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Simply Dead

映画の感想文。

ディテール・オブ・『死霊の罠』

『死霊の罠』ブルーレイ化クラウドファンディング
勝手に応援企画その3
ディテール・オブ・『死霊の罠』

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▲米シナプス社から発売された『死霊の罠』DVD

 やはり『死霊の罠』はどう考えても素晴らしい映画だ。『別冊映画秘宝 怖い、映画』では加藤よしき氏に渾身のレビューを書いてもらったし、自分でも『映画秘宝』本誌のカリコレ2019特集で紹介文を書いたりしたが、まだ書き足りない。思う存分、字数を気にせず、その魅力を書き尽くしてみたい。今回のクラウドファンディングに乗じて、その欲望を叶えることにした(身勝手)。

 2000年11月に米シナプス社から発売された『死霊の罠』DVDに収録された、池田敏春監督と特殊メイクの若狭新一氏によるオーディオコメンタリー(ただし英語吹替)は、ファン垂涎の貴重な情報が満載だ。それをもとに、記録を担当された白鳥あかねさんの名著『スクリプターはストリッパーではありません』、雑誌『映画芸術』池田敏春監督追悼特集なども参考にして、改めて『死霊の罠』という作品が持つディテールの面白さを書き連ねてみたい。

【注:映画終盤の展開まで触れているので、未見の方はご注意ください!】

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 いきなりエンドクレジットの話になるが、毎回観るたびに「協力/熱川バナナ・ワニ園」と出てきて「!?」となる。映画の冒頭、深夜番組のレポーター・名美(小野みゆき)がワニの捕食シーンを間近に見て「ひ!」と驚愕の表情を浮かべるシーンの撮影に協力したのが、おそらく熱川バナナワニ園。本編が強烈すぎて冒頭のことなど忘れてしまうから、いつも無駄に驚いてしまう。

 さて、物語の発端となるスナッフビデオは、脚本の石井隆のアイデアだそうだ。80年代当時におけるもっとも禍々しいホラーアイテムとして、みごとに「厭な感じ」を醸し出している。このスナッフビデオで最初の犠牲者を演じているのが、橋本杏子。80~90年代にかけて数多くのピンク映画・アダルトビデオに出演した人気女優だ(一時引退後、2002年に復帰)。1988年には深町章監督の新東宝作品に何本も主演し、金子修介監督の『ラスト・キャバレー』にも出演している。

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 カメラに据え付けられたナイフが女の眼球を突き刺す変態的ショットは、『血を吸うカメラ』(60年)か『アンダルシアの犬』(28年)、はたまた『サンゲリア』(79年)を想起させるが、この刃先がさらに上に向かい、瞼まで切り裂いていくしつこさと芸の細かさが素晴らしい。特殊メイク担当、若狭新一の技が光る。

 石井隆といえば「堕ちていく女」名美と「惚れた女を救えない男」村木の物語を描き続ける情念の作家として知られているが、ホラー要素の強い作品も多い。劇画における石井ホラーの代表作は、ごく普通のサラリーマンが連続殺人を繰り返す姿を描いた『魔樂』(86~87年連載)だろう。ここでもビデオが禍々しいアイテムとして登場する。映画でも監督デビュー作『天使のはらわた 赤い眩暈』(88年)をはじめ『ヌードの夜』(93年)や『GONIN 2』(96年)でも執拗にホラータッチの悪夢シーンを描き続けているし、『GONIN』(95 年)での竹中直人演じるマイホーム・パパのエピソードは完全にサイコホラーだ。『フリーズ・ミー』(00年)や『人が人を愛することのどうしようもなさ』(07年)の狂気のなかで解放されていく女性像も忘れがたい。即物的恐怖に振りきった『死霊の罠』は、映画においては最もハッキリと石井隆のダークサイドが露わになった貴重な一作といえよう。

 何者かの送ってきたビデオを観た名美が、取材に行かせてくれと懇願するTVプロデューサーを演じるのは、島田紳助。彼の主演作『ガキ帝国』(81年)の監督である井筒和幸のツテで特別出演してもらったそうだ。当時は大変な人気者だったので、ギャラは高かったという(池田発言)。

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 名美はビデオの映像を手がかりに、殺人現場と思しき廃墟への突撃取材を決意。その道連れとなるのが女所帯の番組制作チームという設定が面白い。姉御肌の名美をリーダーに、おっとりしていて男に振り回されがちなスタイリストの麗(小林ひとみ)、天然キャラでムードメイカーの理江(中川えり子)、そしてクールな構成作家の雅子(桂木文)という顔ぶれ。もちろんホラー映画の法則として美女たちを血祭りに上げるための設定でもあるが、きちんと彼女たちを「男どもに負けず、しっかり業界の第一線で働く女性たち」として描いているのがいい。仕事ができる女性をまったく描くつもりがない『ダンスウィズミー』(19年)みたいな映画とは志が違う。ドライバーとして強引に同伴させられる唯一の男、ADの近藤(『天使のはらわた 赤い淫画』で村木を演じた阿部雅彦)がとことん軽薄で頼りない役立たずでしかないところにも、時代性を反映したジャンルムービーを作ろうという監督の明確な意志を感じる。

 小野みゆきの衣装は、彼女が自前で用意したもの。小林ひとみも自分で服を選んできたが、監督から「お稚児さんみたい」とNGが出たため、記録助手の鶴田しのぶの服装を真似たという。

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 主な舞台となる廃墟のロケ地として選ばれたのは、朝霞のキャンプ・ドレイク跡地。池田監督でさえ「夜になると本当に怖かった」ともらすような場所で、スタッフは連日寝泊まりし、美術に使えそうなガラクタを探し求めて敷地内を歩き回り、朝9時から深夜3時まで続く撮影に耐えた。しかも「撮影現場で笑った者は即刻クビ」という厳しさ。スケジュールはどんどん延び、気温も下がっていく。当然のごとく脱落者も続出し、撮影も終盤になるとスタッフの人数がガタ減りしていたという。

 撮影をつとめたのは田村正毅。もともとはドキュメンタリー出身だが、本作ではアルジェントの『シャドー』(82年)を思わせるクレーンショットや、360度ドリーショット、「めまい」ショットなど、池田監督の要求に応えて過剰なまでにスタイリッシュなカメラワークの数々に挑んでいる。黄色や青といったキーカラーの表現もみごとだ。また、本作では低予算のため35ミリではなく、16ミリフィルムの音声トラック部分まで映像記録用に使いきる「スーパー16」方式を採用。35ミリカメラに比べて機動性がきくという利点があり、ややノイジーな映像の質感も、結果的に作品のムード作りに大いに貢献している。

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 そして、ついに犠牲者が出る。小林ひとみが床や壁から飛び出した鉄杭によって串刺しになる強烈な殺害シーンは、なんと池田監督が演出していないのだという。スケジュールの都合で仕掛けの多い場面はB班に任されることになり、このシーンもそのひとつだったとか。B班監督の堀内靖博も池田監督と同じく日活出身で、のちに『8マン すべての寂しい夜のために』(92年)などを監督。撮影は、石井聰亙監督や阪本順治監督とのコンビで知られる笠松則通がつとめた。

 リトル・ペンタゴンの建物内に入っていった名美たちは、カメラのフラッシュを焚いて真っ暗な建物のなかを照らしながら前進する。これはロケハンに来たとき、あまりに建物の内部が暗いため、池田監督たちが実際にやったことだそうだ。そして、その場で作中に取り入れようと思いついたのだという。

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 4人の前に、吊り下げられた小林ひとみの死体が廊下の奥からゴーッと近づいてくるシーンは、黒沢清監督の『CURE』(97年)終盤のワンシーンを思い出させる。本作のプロデューサーをつとめた神野智と、製作担当の下田淳行が、のちにツインズジャパンで『CURE』を含む黒沢清作品を数多く制作することを思うと、なんとなく“原点”めいたものも感じさせる名場面である。

 ショックで悲鳴を上げ、散り散りになって逃げだしてしまう4人。中川えり子は広大な廃墟を本気でダッシュし、膝がしらに本物のあざを作りながら熱演。桂木文も同様に、埃まみれで廃墟内を駆けずり、転げまわった。女優陣の頑張りは池田監督を感心させたという。

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 謎の殺人者に監禁され、自由と引き換えに中川えり子をレイプする男を演じたのは、清水宏。『人魚伝説』(84年)では白都真理にメッタ刺しにされるヤクザ、『湯殿山麓呪い村』(84年)では無理やり即身仏にさせられる破戒僧などを演じ、その後も池田作品に出演し続けた名バイプレイヤーだ。本作では文字どおりの汚れ役で、『フェノミナ』(84年)チックな死にざまも見せてくれる。

 見知らぬ男に犯されたあげく、ワイヤーで首を絞められ、ワゴン車の屋根から脳天落としされて絶命するという、実に踏んだり蹴ったりな死にざまを見せる中川えり子。ここで、清水宏の口から溢れた血を顔面に浴び、目の周りに深紅の隈取りを施したようなビジュアルになるのが、とてもいい。これは桂木文の絶命シーンにもつながるイメージなので、池田監督が意図的に「血を目に落とせ」と指示したのかもしれない。

▼理枝(中川えり子/上)と雅子(桂木文/下)の死にざま
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 桂木文が殺されるシーンでは、監督の要望で歌舞伎のような白塗りメイクが施された。実際には歌舞伎というより就寝前のOLの顔面パックみたいだが、頭上からスイングしてきたナタが彼女の横顔に叩き込まれ、両目が充血し、顔半分が鮮血に染められた瞬間、監督の意図した歌舞伎メイクが完成するわけだ。このシーンでは瞬間的にアプライエンス・マスクが使われているそうで、オーディオコメンタリーでの監督と若狭新一の会話が面白い(英語吹替なのでニュアンスの正確性は微妙)。

若狭「あんなに苦労して作ったマスクなのに、たった3コマぐらいしか映ってないじゃないの!」
池田「どんなに短くても、映画にとっては絶対に必要で大事なカットなんだってば! それに、観客にはそこだけ生身じゃないダミーを使ってるってバレてほしくなかったんだ。観客は敏感だからさ、そのギリギリの線を考えるとあの尺がベストだった。でも、いい出来だったよ」

 ちなみに、同年ビデオ・LDが発売された桂木文のプロモーションビデオ『愛しい人』は、ディレカン所属の相米慎二が監督している。池田組でひどい目に遭わせたことのお返しだろうか?

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 これ以降、映画の登場人物は名美と、廃墟をうろつく謎の男・大輔の2人きりになる。大輔役の本間優二は、元ブラックエンペラーの名誉総長。ドキュメンタリー『ゴッド・スピード・ユー! BLACK EMPEROR』(76年)で出会った柳町光男監督に抜擢されて『十九歳の地図』(79年)で俳優デビューし、10年間活動したのちに俳優業を引退。『死霊の罠』はその少し前の出演作であり、まぎれもなく代表作の1本だ。その不良性とねじれた色気が、観る者を巧みにミスリードする。(本人は苛酷な撮影にも決して音を上げず、近くのコンビニで買ったものを差し入れてくれたりするナイスガイだったそうな)

 米国盤DVDのオーディオコメンタリーによれば、最初の脚本(実際には完成稿のことらしい)では、ラストに明かされるシリアルキラーの正体は中学生の少年だったという。いま思えば、まるで1997年の酒鬼薔薇事件を予見するような内容である。しかし、さすがに問題があるとの監督判断でその案は却下となり、『悪魔のシスター』(73年)や『バスケット・ケース』(82年)を思わせる現在のかたちとなった。また、大輔が雪駄をはいているという設定に関しても、池田監督と石井隆は衝突。いろいろあって石井は企画から降り◆「降りたという事実はなく、準備稿、決定稿も石井隆氏によるものである」と、ご指摘を受けました。謹んでお詫び申し上げます。◆、脚本の後半部分は池田監督がリライトしたそうだ(あくまで池田監督の言。米国盤DVDのオーディオコメンタリーの英訳が、微妙なニュアンスを取りこぼしたのかもしれない)。◆ラストの展開については「準備稿と完成稿ではたしかに内容が異なっており、出来上がった映画では、準備稿でもともと書かれていた胎児のヒデキが登場するラストが復活した」のだそうです(追記:2019.9.29)◆

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 大輔のはいている雪駄は、最初の名美との会話シーンで、彼がやくざ者であると観客に思わせるための小道具となる(「ここんとこずっとテレビのないところにいたもんでな」というセリフから想像できるのは、刑務所か、あるいは閉鎖病棟である)。中盤、彼が階段で名美と会話しながら、ずっと足元で雪駄をもてあそんでピタピタ音を出し続け、名美に「やめて、それ!」と怒鳴られるシーンがある。池田監督曰く、ここで彼の子供っぽさを出したかったのだそうだ。

 大輔が初めて弟のヒデキについて言及すると、スキットルがひとりでに階段を転げ落ちて、大輔が拾いに行く。「ヒデキか? いいかげんにしろよな」。このとき、名美の視点から(つまり階段の上から)、しゃがんでスキットルを拾う大輔の姿が映る。あの長身痩躯の本間優二が、一瞬、子供に見えるのだ。このカットは何度観ても怖い。吉良知彦による音楽が入るタイミングも絶妙だ。

 地下のトンネルを2人で歩くシーンで、大輔は「訪ねていけば抱かせてくれるのか? こりゃいいこと聞いた」と名美に対して軽口を叩く。その場違いな発言などから、だんだんと、見た目はアウトロー風の大輔もまた「子供」であることがわかってくる。そして次の瞬間、彼は胸を押さえて苦しみだす……嫉妬したヒデキが怒っているのだ。ちなみに、このトンネルの場面はキャンプ・ドレイクではなく、戸田競艇場の地下で撮ったのだそうだ。

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 大輔とヒデキは、池田監督が好んで描き続けた人間の「二面性」を体現するキャラクターだ。彼らは『スプリット』(17年)に登場する多重人格者のように見えて、実は『トータル・リコール』(90年)のクアトーのように「1人かと思いきや2人いる」具体の持ち主でもある。ちょっとトマス・トライオンの小説『悪を呼ぶ少年』や、スティーヴン・キングの『ダーク・ハーフ』のプロローグも連想させるキャラクターだ。ライターの熱さを感じないという演出は、大輔の肉体と魂が完全に分離しているようにも思えて、やはり秀逸である(しかし、実際持っていた本間優二にしてみれば、泣くほど熱かったらしい)。

 終盤のシーンでは、兄弟の人格が同時に現れ、会話までしてのける。ヒデキの声を演じるのは『鉄腕アトム』のアトム役でおなじみの……というより、ここは『妖怪人間ベム』のベロ役でおなじみと言いたい、清水マリ。その無邪気な声の醸し出す禍々しさは忘れがたい。画の生々しさゆえに、人工的なアニメ声と芝居が異化効果を生み、えもいわれぬ気色悪さを感じさせるという点では、今敏監督の『PERFECT BLUE』(98年)も思い出す。

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▲『死霊の罠』と併せて観たい『ハサミ男』

 いわゆる多重人格の症状として、複数の人格が同時に現れることはまずない。むしろそれは「妄想人格」といったほうが正しい……というのは殊能将之の傑作ミステリ『ハサミ男』に書かれた蘊蓄の受け売りだが、この小説を池田監督が映画化した『ハサミ男』(04年)の主人公である「彼女と彼」こそ、池田監督の終生のテーマ「二面性」の総決算というべきキャラクターである。そしてもちろん、『死霊の罠』の大輔とヒデキに直結するキャラクターでもある。何しろ本作で大輔とヒデキの母親の声を演じた二木てるみが、15年後の『ハサミ男』でも、やはり「彼ら」の母親役として登場するのだから。

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 一度は脱出しながらも戦う決意をする名美。泣きべそをかきながら、髪を結び、懐中電灯と拳銃を手にして、廃墟に戻っていく姿が「ザ・戦うヒロイン」という感じで実にカッコいい(車にあった飲みかけの缶コーヒーを飲んでいくディテールにもグッとくる)。ここでの彼女の覚悟に感動した身からすると、ラストの展開はやっぱりやりきれない。その無念さが、繰り返し観てしまう理由なのかもしれない。

 名美がトンネルを抜け、殺人者の部屋に辿り着くクライマックスで、作品の禍々しさはピークに達する。広々とした病院のベッドルームめいた大部屋は、オレンジ寄りの黄色に染め上げられている。黄色は「人間の注意力を喚起し、不安を誘う色」として、池田監督が本作の随所にちりばめたキーカラーだ。ベッドの背にある壁には人体解剖図が描かれ、柱の周りには木の根のようにコードが垂れ下がっている。監督曰く『エイリアン』(79年)のH・R・ギーガーによる美術を意識したそうだ(確かに、冷や汗まみれの小野みゆきが地下通路から顔だけのぞかせて、部屋の様子を眺めるカットは『エイリアン』終盤のワンシーンそっくり)。低予算映画の美術としてはハードルの高すぎる注文だが、その出来栄えは素晴らしい。

▼圧巻としか言いようのないクライマックス
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 ヒデキの念動力によって部屋じゅうから爆炎が上がり、スプリンクラーの豪雨が降り注ぐ。室内での爆破撮影はとても危険だが、この映画では出演者の至近距離で20発ぐらい爆発している。しかも部屋全体が水浸しで、凍えるほど寒かったという(実際、撃たれた本間優二の息が白い)。こういう仕掛けの多い、しかも危険性の高い撮影の場合、通常は絵コンテを用意して計画的に撮っていくものだ。しかし、池田監督はコンテなしでひたすら直感的に撮り続け、自分でもどう繋がるのかわからない状態だったという。

 大輔の体を破ってヒデキの“本体”が姿を現すシーンは、低予算映画とは思えない特殊メイク&造型のクオリティも相まって、忘れがたいインパクトを与える。はっきりとしたフォルムを把握できない造型なのもいい。池田監督のイメージでは、ヒデキの造型は絶対に幼児である必要があった。幼い子供の純粋さが生むネガティブな感情……嫉妬心、身勝手さ、残酷性が、彼を殺しに駆り立てるからだ。「映画だからこそ、現実にはありえないものを観客に見せることができる。現実にいる殺人鬼と被害者しか出てこない、普通のホラー映画を撮るつもりはなかった」……これもオーディオコメンタリーでの池田監督の発言である。

 名美とヒデキが死闘を繰り広げるくだりは、もはや大友克洋マンガのサイキックバトルに近い迫力である(コマ撮り・モノクロ・ハイコントラストのヒデキの主観ショットは何度観てもカッコいい)。そして、大輔は最後の力を振り絞り、暴走した弟と心中する。燃え尽き、焼けただれた本間優二のメイクは、朝6時から6時間かけて完成したという。本当にもったいないぐらい出番は短いが、どこか怪人感の漂う『墓地裏の家』(81年)タッチの造型がすばらしい。

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 病院のベッドで目覚めた名美が出会う中年刑事を演じたのは、ベテラン名脇役の三谷昇。「観客に安心感を与え、現実に帰還させる役割にぴったり」という意図のキャスティングだという。もしかしたら池田監督の『湯殿山麓呪い村』(84年)で三谷が演じた刑事とも、同一人物なのかもしれない。

 仕事に復帰した名美の体に異変が起きる衝撃的なラストシーンは、『ハウリング』(81年)や『悪魔の受胎』(79年)といったジャンルムービーではお約束の、歴代「厭なラスト」にのっとった展開といえる。同時に、このシーンは池田監督が見た悪夢を下敷きにしているという。オーディオコメンタリーでの監督の言によると「夢のなかでは、最後に女の目がぐるっと反転して白目になったので、女優にも頼んだら無理といわれた。だからフィルムの裏焼き処理で近いイメージを表現した」とのこと。

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 凄惨というほかないヒデキの“再誕”シーンでも、特撮と特殊メイクがみごとな効果を上げている。カリコレ2019での『死霊の罠』上映後トークでゲストの若狭新一氏が語っていたが、この場面も相当な苦労の賜物らしい。ヒデキが「ママ~」と言う口元のアップは監督の容赦ないリテイクを食らい、撮影が終わってキャストのアフレコ収録をしているとき、その裏でヒデキの頭部を作り直して再撮したのだという……壮絶!

 しかし、そんな池田監督の妥協なきこだわりが、本作をいまだに古びない作品にしているのは間違いない。だからこそ、これからも長く残るかたちで残さなければならないのだ。品行方正な名作ばかりが「映画遺産」ではない。血まみれの俗悪な夢に懸けたプロフェッショナルたちの情熱を、我々は忘れてはならない。

●クラウドファンディング・サイト
MOTION GALLERY
「邦画スプラッター・ホラーの傑作
『死霊の罠』『死霊の罠2 ヒデキ』のブルーレイ化を実現させよう!」
https://motion-gallery.net/projects/cinema_donuts-001

『死霊の罠』エンドロール

キャスト/小野みゆき、桂木文、小林ひとみ、中川えり子、阿部雅彦、清水宏、橋本杏子、前原祐子、須和野裕子、清水マリ、三谷昇、二木てるみ(母の声)、島田紳助、本間優二

製作/升水惟雄
企画/渡辺敦
プロデューサー/神野智、大塚未知雄
脚本/石井隆
撮影/田村正毅
照明/三好和宏
特殊メイク/若狭新一
操演特殊効果/岸浦秀一
美術/丸尾知行、林田裕至
編集/川島章正
記録/白鳥あかね
整音/山本逸美
助監督/渡辺容大
ビデオ撮影/清水博志
視覚効果/伊藤高志
監督助手/監物英一、早川喜貴
撮影助手/伊藤栄美、茂呂高志、土屋武史
特機/芳賀真人
照明助手/市川元一、池田義郎、金子浩治、立石和彦、宮坂斉志、三上誠司
装飾/足立茂
美術助手/三宅喜郎、西本太郎、大沼武、影山拓、村山誠二、須坂文昭、林谷和志
ヘアメイク/金森恵
特殊メイク助手/甲斐三幸、真鼻宏行
特殊操演効果助手/小野瀬幸一、米倉裕二
ネガ編集/渡辺明子
編集助手/太田義則
選曲/関谷行雄
音響効果/柴崎憲治、佐々木英世
記録助手/鶴田しのぶ
企画助手/室賀厚、伊藤直克、森田登、乗田豊、斉藤雅弘
スタント/深作覚、二家本辰己
製作主任/久家豊
製作進行/武井豊、井上陽一
製作担当/下田淳行

〈B班撮影〉
監督/堀内靖博
撮影/笠松則通
助監督/武井法政
記録/吉田まゆみ
撮影助手/石井浩一、遠藤孝史

IMAGICA
映像サービス
アスカロケリース
映広音響
東洋音響
高津映画装飾
ポパイ・アート
ローカスト
モンスターズ
日映美術

衣装協力/CAGI、東京ファントム
協力/レンタルのニッケン、SONY、富士通株式会社、ミノルタカメラ株式会社、熱川バナナ・ワニ園

音楽プロデューサー/梶原浩史
音楽/吉良知彦
演奏/ザバダック
(協力)アーティストマネージメントオフィス

監督/池田敏春

Copyright (C)1988
JAPAN HOME VIDEO CO., Ltd.
DIRECTORS CAMPANY INC.


JHV、ディレカン、『死霊の罠』

『死霊の罠』ブルーレイ化クラウドファンディング
勝手に応援企画その2

JHV、ディレカン、『死霊の罠』
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 ジャパンホームビデオとディレクターズ・カンパニー。映画『死霊の罠』を生んだ、ふたつの会社。前者は話題のドラマシリーズ『全裸監督』(19年/Netflix)でもスポットが当てられた黎明期のアダルトビデオ業界で、最も成功したビデオメーカーのひとつ。そして後者は日本映画界の新しい波を自ら生み出そうと荒海へ漕ぎ出した、若き映画作家たちによる独立映画制作集団。どちらも80年代の映像業界を語るうえでは外せない存在である。

 ジャパンホームビデオは、日本のアダルトビデオ最初期のメーカー「日本ビデオ映像」の設立メンバーだった升水惟雄によって、1984年に設立。1986年に「アリスJAPAN」レーベルを立ち上げ、人気女優を起用した数々のヒット作を世に放った。『死霊の罠』のメインキャストに、小林ひとみ、中川えり子という当時の人気AV女優が起用されているのも、その繋がりからだ。アダルト部門と並行して、一般作品の制作・販売を行う「JHV」というレーベルを設け、川尻善昭監督・菊地秀行原作のアニメ『妖獣都市』(87年)『魔界都市〈新宿〉』(88年)、実写作品『砂の上のロビンソン』(89年)などを自社制作。塚本晋也監督の『鉄男』(89年)をビデオリリースした会社としても思い出深い。

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▲初期JHVが生んだ傑作のひとつ、『妖獣都市』(87年)。2019年、待望のブルーレイがリリースされた

 一方のディレクターズ・カンパニーは1982年に設立。「既存の大手映画会社に頼らず、作家性と娯楽性を両立させた作品を企画・制作していく、監督中心主義の映像プロダクション」を標榜し、業界内外で大いに話題を呼んだ。参加監督は長谷川和彦、相米慎二、池田敏春、根岸吉太郎の元日活組に加え、自主映画出身の井筒和幸、石井聰亙、大森一樹、黒沢清、そしてピンク映画界で監督・プロデューサーとして活躍していた高橋伴明の9名。社長には博報堂社員だった宮坂進が就き、その同僚だった渡辺敦が企画や専属監督のマネージメントをつとめた。

 本格的長編第一作となった池田敏春監督の『人魚伝説』(84年)は、それこそ伝説的といえる予算超過&スケジュール遅延でいきなり会社の屋台骨を揺るがし(そもそも当初の目算が誤っていた説もある)、良くも悪くもディレカンという会社を象徴する一作となった。その後もディレカンは企業VPやCM、カラオケビデオや本番なしのアダルトビデオといった小さな仕事をこなしつつ、石井聰亙監督の『逆噴射家族』(84年)、相米慎二監督の『台風クラブ』(85年)『光る女』(87年)といった意欲作を次々と放っていく。が、興行的成功には結びつかず、さまざまな問題を抱えたまま1992年に倒産することになる。

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▲池田敏春監督作品『人魚伝説』(84年)。キングレコードよりブルーレイ・DVD発売中

 池田監督は渾身の一作『人魚伝説』の興行的不振にもめげず、アダルト作品やカラオケビデオといった長編以外の仕事も挟みながら、ディレカンの専属監督として活動。結城昌治の小説を『天使のはらわた』シリーズの石井隆が脚色したにっかつロマンポルノ『魔性の香り』(85年)、同じく石井脚本によるTVドラマ『夜に頬よせ』(86年/88年放映)を手がけた。そこに、ジャパンホームビデオから渡辺敦プロデューサーのもとに持ち込まれた企画が、『死霊の罠』として結実するのだ。

 ジャパンホームビデオは「オリジナルビデオ作品として売る長編のホラーもの」の製作をディレクターズ・カンパニーに依頼。JHVでは同じころ、かの悪名高きスプラッタービデオシリーズ「ギニーピッグ」を復活させ、日野日出志監督の『ザ・ギニーピッグ マンホールの中の人魚』、倉本和比人監督の『ザ・ギニーピッグ2 ノートルダムのアンドロイド』(ともに88年)をリリース。『死霊の罠』もその枠に入る予定だったのだろう。

 監督として白羽の矢が立った池田敏春は、石井隆脚本による『死霊の罠』という企画案を提出。これにOKが出て、製作が本格スタートする。

 低予算作品のため、ロケ地選びにも大きな制約があったが、ディレカン側のプロデューサー神野智(のちのツインズジャパン社長)が朝霞のキャンプ・ドレイク跡地を発見。池田監督と石井隆は現地の下見に赴き、その不気味なムードを買ってメインロケ地に決定。当時はまだほかの映画やテレビの撮影にも使われておらず、夜になると完全な真っ暗闇になるため、さしもの池田監督も「本当に怖かった」という。

▼『死霊の罠』ガールズの面々。上から小野みゆき、小林ひとみ、中川えり子、桂木文
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 ジャパンホームビデオ側は主演に売れっ子AV女優の小林ひとみを推したが、池田監督は面談の結果「主役には向かない」と判断し、別の主演候補を探すことに。そして「シガーニー・ウィーヴァーに雰囲気が似ている」という理由で、小野みゆきが抜擢された。池田監督の頭には最初から、本作の主人公のあるべき姿として『エイリアン』(79年)『エイリアン2』(86年)のシガーニー・ウィーヴァーのような「戦うヒロイン像」があったのだ。小野みゆきは池田監督直々の出演オファーを快諾。自前の衣装で撮影に臨むなど、並々ならぬ意欲で戦うヒロインを熱演した。一方、助演に回ることになった小林ひとみ、中川えり子も、ホラー映画のサブヒロインになりきってなかなかいい演技を見せている。厳しい池田演出の賜物だろうか?

 当初はビデオ用作品だった『死霊の罠』は、フィルムの出来の良さから劇場作品に格上げ(どの段階で決定されたかは不明)。同じくディレクターズ・カンパニーが製作した高橋伴明監督のホーム・インベージョン・スリラー『DOOR』(88年)と2本立てで、ジョイパックフィルム配給で公開された。このとき、池田監督はハードな撮影の疲れからか体調を崩して入院しており、公開中に劇場まで足を運ぶことはかなわなかった。初めて大きなスクリーンで観たのは10年後、アメリカで『死霊の罠』が上映されたときだったという。

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▲『死霊の罠』と同時公開された高橋伴明監督『DOOR』

 劇場での興行成績は芳しくなかったものの、『死霊の罠』はもともとターゲットにしていたビデオ市場で好調な売れ行きを記録。すかさずパート2の企画が立ち上がった。ディレカンの渡辺敦プロデューサーは、『DOOR』の助監督をつとめた平山秀幸の監督デビュー作として企画を進め、脚本に『人魚伝説』の西岡琢也を迎えてストーリーを練り上げていった。ジャパンホームビデオが所有するサイパンの寮を使ったロケーションも念頭に入れたシナリオは、いつしかブラックコメディの色合いを強めていき、純然たるホラー作品を求めていたジャパンホームビデオは製作から撤退。結局、この企画はディレカンが引き継ぎ、アルゴ・プロジェクト作品『マリアの胃袋』(90年)として完成する。

 一方、ジャパンホームビデオでは脚本家の橋本以蔵を監督に起用し、新生『ザ・ギニーピッグ』シリーズの第3弾を製作していた。しかし、1989年夏に日本中を騒然とさせた連続幼女誘拐殺人事件の影響でお蔵入りの憂き目に。翌90年に『LSD -ラッキースカイダイアモンド-』のタイトルでひっそりとビデオ発売された。そして、橋本監督が次に同社で撮ることになったのが、新たに仕切り直された続編企画『死霊の罠2/ヒデキ』(92年)であった。

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 『死霊の罠』で成功を収めたスプラッターホラーという命脈が、まさかの事件でいきなり絶たれてしまったJHVは、スプラッター以外のホラー路線を模索する。その結果生まれたのが、Jホラーの原点のひとつである小中千昭脚本・鶴田法男監督の『ほんとにあった怖い話』シリーズである。すべては歴史のなかで繫がっているのだ。

 池田敏春監督は、その後もジャパンホームビデオとの関係を晩年まで保ち続けた。JHVとディレカンが組んだオリジナルビデオ『ねっけつ放課後クラブ』(89年・全3巻)のVol.1とVol.3を監督したほか、『監禁逃亡 禁断の凌辱』(95年)をはじめとする『監禁逃亡』シリーズの3作品、新堂冬樹原作・竹内力主演の『無間地獄 凶悪金融道』二部作(02年)などを監督。また、竹橋民也名義で『監禁逃亡』シリーズや『痴漢の指』(98年)などの脚本作も数多く手がけた。よくあるエロVシネかと思ってよくよくジャケ裏のストーリーを読んでみると、猟奇殺人や異常心理といった池田監督好みのモチーフがじゃんじゃん盛り込まれていて楽しい。

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▲池田敏春監督作のひとつ、『監禁逃亡 性奴隷』(97年)

 しばらくしてディレカンを離れた渡辺敦プロデューサーとも、1991年の『女囚さそり 殺人予告』、1992年の『くれないものがたり』、1993年の『ちぎれた愛の殺人』、2004年の『ハサミ男』で仕事をともにしている。特に『ハサミ男』は池田監督が自ら集大成と語る入魂の一作であり、『死霊の罠』との共通点も少なくない。2人にとっては、ディレカン時代からの総決算といえる作品だったのではないだろうか。

(つづく)

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ヒデキは、まだそこに……『死霊の罠』とキャンプ・ドレイク

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ヒデキは、まだそこに……
『死霊の罠』とキャンプ・ドレイク


 恋人の浮気現場を目撃した看護婦・土屋名美(桂木麻也子)は、悔しさで家を飛び出したところで車に撥ねられる。運転していたのは会社をクビになったばかりの証券マン・村木(竹中直人)。意識不明の名美を慌てて助手席に押し込んだ村木は、がむしゃらに車を走らせる。ひと気のない郊外で車を停め、村木は自暴自棄の心境も手伝ってか、名美の若い体に欲情。愛撫されるうちに目を覚ました名美は、村木を押しのけ車から逃げ出し、棒きれで彼を殴りつける。廃墟に逃げ込んだ名美を追う、血と雨でずぶ濡れの村木――。

 石井隆の監督デビュー作『天使のはらわた 赤い眩暈』(88年)の一場面である。その撮影に使われたのが、埼玉県南部にあった米軍基地“キャンプ・ドレイク”の跡地だ。その敷地は朝霞市・和光市・新座市、一部は東京都練馬区にまでまたがり、面積は約4.5平方kmに及ぶ。戦中には帝国陸軍の軍需工場(被服廠、武器弾薬工場など)が密集していた地域で、終戦後に進駐軍が占有。米軍情報部の主要中継局舎として作られた多角形の建物は“リトル・ペンタゴン”の通称で知られ、『赤い眩暈』、そして同じ場所でほぼ全編ロケ撮影された『死霊の罠』(88年)にも印象的に登場する。

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▲『天使のはらわた 赤い眩暈』より

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▲『死霊の罠』より

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▲キャンプ・ドレイク、リトル・ペンタゴン外観

 朝鮮戦争、ベトナム戦争の際には重要拠点として機能したキャンプ・ドレイクは、米軍のベトナム撤退後、徐々に返還されることになった。敷地の大部分は立入禁止区域として長らく手付かずのまま廃墟となっていたが、1986年にキャンプ・ノースと呼ばれた北部全域が返還。テレビドラマや映画の撮影にうってつけのロケ地として、さっそく『赤い眩暈』『死霊の罠』で活用されたわけだ。

 『赤い眩暈』ではすさんだレイプシーンの舞台として、そして行く当てのない男女の隠れ家として描かれた場所が、さほど時置かずして、池田敏春監督作品『死霊の罠』では殺人鬼が巣食う魔窟となった。この2作を繋ぐのは、言うまでもなく『赤い眩暈』の監督・脚本、そして『死霊の罠』の脚本を手がけた石井隆。そして両作の制作スタッフをつとめた下田淳行。下田はのちに製作会社ツインズジャパンのプロデューサーとして、黒沢清や塩田明彦らと組んで数多くの作品を手がけている。画面のなかでキャンプ・ドレイクの建物が醸し出す雰囲気は、黒沢清作品の廃墟にも通じるものがある。

『死霊の罠』は廃墟映画として見応え満点、見どころ満載の傑作である。ここまでキャンプ・ドレイクというロケーションを活かしきった作品はないだろう。池田監督の目には「宝の山」に見えたのではないかとすら思えるほど、丹念に廃墟のさまざまな表情を捉えている。

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 『死霊の罠』の映像には、ホンモノをフルに活かしたロケ撮影ならではの生々しい不気味さが濃密に漂う。かつて野戦病院としても使われた建物には、医務室や薬品倉庫、負傷兵たちが眠れない夜を過ごしたベッドルームもあり、劇中でもその残滓を感じ取ることができる。ほんの数年前まで誰も足を踏み入れなかった場所から漂う禁忌的ムード、瘴気が画面に映り込むほどの禍々しい空気感は、到底ゼロから作り出せるものではない唯一無二の代物である。そこへさらに池田敏春監督のビジョン、丸尾知行&林田裕至をはじめとする美術スタッフの頑張りが加わって、あの鬼気迫る映像が作り上げられたのだ。

 実際、キャンプ・ドレイクは心霊スポットとしても知られている。朝鮮戦争時にはここから前線に飛び立って命を落とした兵士ももちろん少なくなかったし、基地周辺に歓楽街があったことから犯罪も多く、治安は非常に悪かったという。ベトナム戦争時には、先述のように基地内に野戦病院(米陸軍第249総合病院)が設置され、負傷兵を乗せたヘリコプターがひっきりなしに離着陸。地元の人々はフェンス越しに数限りない傷病者と死体袋を眺める日々を送った。やがて「死んだ負傷兵の幽霊が現れる」という怪談も囁かれるようになった。

 そんな場所に乗り込んで、死屍累々のスプラッターホラーを撮ろうというのだから、どんな祟りや呪いを受けても不思議はない。

 小林ひとみは阿部雅彦とセックスシーンを演じて鉄杭で串刺しになり、中川えり子は清水宏に犯されてワイヤーで首をへし折られ、桂木文はナタで横っ面を叩き割られ血のモニュメントと化し、小野みゆきはスプリンクラーの豪雨を浴びながら火炎に脅え床を這いずり回った。米軍撤収後、積もりに積もった約10年分の埃とカビにまみれながら……。毎晩その場に泊まり込み、終わらない苛酷な撮影と、遅延するスケジュールのなかで疲弊していったスタッフも同様に。

 といっても、キャンプ・ドレイク跡地はべつに「呪われた場所」でもなんでもない。現在、この広大な土地は学校や団地、そして陸上自衛隊の朝霞駐屯地などに活用されている。一部は公園として解放され、いまも映画や特撮番組のロケ地として頻繁に使われるそうなので、見覚えのある方もいるだろう。『死霊の罠』撮影当時の堂々たる廃墟ぶりは、いまやほとんど感じられない。

 ちょうど夕暮れ時に合わせて、キャンプ・ノース跡地の「朝霞の森公園」周辺をちらっと見に行ってみた。ほんの少しでも片鱗をうかがうことができれば、と思いながら。

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▲「朝霞の森公園」入口。夜になるとゲートが閉められるが、子供たちがまだ遊んでいた。

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▲立ち入り禁止になっていた公園の工事中エリア。緑道を整備するらしい。

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▲日が落ちると、当然、林の奥は真っ暗。

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▲公園近くの通学路。右側はえんえんと続く長いフェンスに囲まれた林がそのまま残されている。

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▲月が出ていた。フェンスの奥は手つかずの林。

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▲雰囲気十分。

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▲夜がまた来る……

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▲先ほどの通学路。敷地を縦に貫くように伸びる真っ直ぐな道の長さから、基地の広大さがわかる。

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▲そのとき、雷が。

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▲もう一発。

 晩夏だったので日が落ちるのも早く、空には雲が広がり、何度も稲妻が光った。まるで「そのへんにしておけ」と言わんばかりに、森から冷気があふれ出す。ついさっきまでの蒸し暑さからは考えられないほどに。

 帰りは朝霞駐屯地、隣接する団地の外縁をぐるっと回るように自転車で走ってみた。敷地の広大さを肌で感じ、それだけの土地が廃墟となっていた往時の光景に思いを馳せた。

(つづく)


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