Simply Dead

映画の感想文。

『隠された記憶』(2005)

『隠された記憶』
原題:Cache(2005)

cache.jpg

↓ネタバレしております。

 まるで『ロスト・ハイウェイ』(1997)の二番煎じ的な導入部でスタートするが、本作もまた、新手の犯罪テクニックや凝った犯人当てを見せるミステリー映画ではない。ほとんど抑圧的に罪を認めようとしない男が、あるひとつの視線によって翻弄される「怪談」だ。

 ビデオカメラの映像は(デジタル技術の進歩で画質がクリアーになったおかげで)透明な匿名性を帯び、“誰か”の目線ですらなくなっていく。アングルのさりげなさが見事だ。やがて「犯人は誰か?」という物語的な興味すら消失していくうち、社会が個人を見つめ返しているような錯覚にとらわれる。ジャーナリズムと呼ばれるものにも近いその視線は、居るだけで、在るだけで、個人の精神を蝕んでいく。もはやカメラの存在すらあやふやなラストの定点観測ショットには、『回路』(2000)の幽霊のような不気味さも感じる。

 主人公は過去の罪を暴かれるだけでなく、それを頑なに否定し続けなければ生きていけない、病んだ人間性まで晒すことになる(つまらないことを言えば、主人公が自ら無意識におこなった犯行とも思える)。「早く謝って和解すればいいのに」などと考えてしまうが、西洋インテリ層はそうもいかないのかもしれない。いや、謝れない人は世界中にいるか。自分のことも省みるに……

 ミヒャエル・ハネケ監督は、常にシンプルな映画作りを心掛けているという。そこで起きる事柄が残酷であるほど、複雑な問題を孕んでいるほど、シンプルに描かねばならないと。ただし、そのシンプルさは「見やすさ」と同義ではない。時に耐えがたいほどの長回しで状況を切り取り、緊張感と不安感を観客に強いるものだ。例えばマイク・ホッジス監督の描く、歯切れのいいシンプリシティとは質が違う。

 しかし、本作では緊張の度合いが映画自体の長さによって弛緩しており、さほど成功しているとは言えない。カンヌでわざわざ賞をあげるほどのことはない。「無駄を省く」ことがシンプリシティを崩すことにもなるという、面倒な道を歩んでいる人だなあと思った。

 主人公の母親役で、マルコ・フェレーリ監督の『Dillinger e Morto』(1969)などでおなじみの名女優、アニー・ジラルドが出てきてびっくりした。寝たきり芝居だったが、台詞回しは闊達そのもの。


監督・脚本/ミヒャエル・ハネケ
撮影/クリスチャン・ベルジェ
プロダクションデザイン/エマニュエル・ド・ショヴィニ、クリストフ・カンター
編集/ミシェル・ハドゥスー、ナディン・ミュズ
出演/ダニエル・オートゥイユ、ジュリエット・ビノシュ、モーリス・ベニシュー、アニー・ジラルド、ベルナール・ル・コク、ワリッド・アフキ、レスター・マクドンスキ
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