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Simply Dead

映画の感想文。

『偽りの果て』(1947)

『偽りの果て』(1947)
原題:Non Coupable

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 町医者アンスラン(ミシェル・シモン)は、かつては名医と謳われたが現在は酒に溺れる毎日を送っている。献身的な愛人マドレーヌ(ジャニー・オルト)の支えなしには生きていけないような状態だ。その夜もアンスランは酒場で酔いつぶれ、マドレーヌが迎えに来る。その帰途、彼は酔ったまま車を運転し、夜道でバイクに乗った若者をはねてしまう。咄嗟の機転で証拠隠滅を図るアンスラン。翌日、その件は不運な事故として処理され、アンスランたちの関与は疑われなかった。

 うまく罪を隠しおおせた……この明晰な頭脳で! 私は決して「役立たずの酔いどれ」でも「終わったヤブ医者」でもない!と再び生きる情熱を取り戻したかのように、アンスランは次なる“完全犯罪”の好機を探し始める。

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 日本には伊藤雄之助、イギリスにはチャールズ・ロートン、韓国にはチェ・ブラムがいたように、どの国にも「唯一無二の存在感」をもつ孤高の名優たちがいる。フランスにおいては、ミシェル・シモンがその代表格ではないだろうか。ジャン・ルノワール監督の『素晴らしき放浪者』(1932)、ジャン・ヴィゴ監督の『アタラント号』(1934)といった名作で強烈なインパクトを刻み込まれた人も多いだろう。あご髭の似合う長さとデカさと丸みを兼ね備えた顔立ちは彫像にしたくなるほど立派な造形で、舞台においても抜群の存在感を発揮したであろう恰幅の良さ、朗々たる声音とセリフ回しは「怪優」の一語では片づけられない貫録があり、やはり稀代の名優と呼んで差し支えない。

 そして、エキセントリックな変わり者をこんなにも自然に悠々と演じられる人もいない(実生活でも奇人と呼ばれていたとか)。パトリス・ルコント監督の『仕立て屋の恋』(1989)と同じ原作を持ちながら、まったく印象の異なるジュリアン・デュヴィヴィエ監督の傑作『パニック』(1946)では、群集心理の恐ろしさの標的となる街の変人を説得力たっぷりに、しかし切なさも滲ませながら見事に演じていた。

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 そんなミシェル・シモンの魅力を最大限に活かした、もはやアイドル映画のような一本が『偽りの果て』だ。彼が演じる町医者は、劣等感とプライドが常に内奥でせめぎあい、「このままでは人生終われない」と焦りながら、酒に頼らずにはいられない。シラフのときは貧しい患者から治療費を巻き上げることもできない善良な男だが、医療業界の堅苦しいルールをきらい、信憑性のない民間療法にも手を出しがちな自称自由人でもある。はぐれ者扱いされる現状にはそれなりの理由があるのだが、それにしても世間の評価が低すぎると感じている人物。確かに変人だが、平凡でもある。そんな人物が間違った情熱に憑かれ、間違った方向へドライブしていく様を、ミシェル・シモンは絶妙に演じる。事件捜査の進展具合を、本庁からやってきた刑事や知り合いの新聞記者にそれとなく聞き込むシーンの、ひそかなトキメキを滲ませる芝居は国宝級にキュートでもある。

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 主人公が追い求める「完全犯罪の快楽」とは、小さな田舎町に衝撃を与えるほどの事件を起こしながら、自らの存在をそこから完全に消すことだ。彼のなかで同等に燃え立つ「承認欲求」とは、完全に矛盾する。そのアンビヴァレンツにこの物語の面白さがあり、どこか現代に通じるテーマでもあるように思える。

 愛人マドレーヌの不貞という思わぬ事実は、アンスランに凡庸な嫉妬の感情を起こさせるが、それ以上に「よりよき完全犯罪」を遂行するためのモチベーションとなる。活き活きと計画に取り組むミシェル・シモンの表情は『ゴーン・ガール』(2014)のロザムンド・パイクにも重なって見えるほどだ。しかし、そんなことをしてまで守ったふたりの生活は、それまでとまったく違うもの(=冷たい支配と被支配)に変質してしまうのではないか? と、観る者にスムーズに疑念を抱かせるのも『ゴーン・ガール』的に巧い。冒頭の酒場のシーンで、一見みじめに落ちぶれたように見えながら、寄り添い支え合うふたりの姿を目撃しているだけに。

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 そして本作はフィルムノワールでもあるので、主人公にとって最も皮肉な「罰」がラストシーンに訪れる。無名であることを恐れるな、というようなメッセージはいつの世にも有効なものだ。これと似た結末をまったく違ったニュアンスで描いた、クロード・シャブロルの『一寸先は闇』(1971)も併せて観たくなる。

 監督のアンリ・ドコアンは戦前から活躍するベテラン映画人だが、本作『偽りの果て』をはじめ、犯罪/ノワールものも多数手がけている。ジョルジュ・シムノンの原作をアンリ=ジョルジュ・クルーゾーが脚色した『家の中の見知らぬもの』(1942)、潜入捜査官を描くギャングノワールの古典『筋金〈ヤキ〉を入れろ』(1955)など、ほかにもいろいろ観たくなった。

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DVD「〈フランス映画パーフェクトコレクション〉フィルム・ノワール 偽りの果て」(コスミック出版)
※『偽りの果て』『カルタの裏』『裁きは終りぬ』『サンタクロース殺人事件』ほか10作品収録

1947年フランス/モノクロ/スタンダード/93分/劇場未公開・TV放映
監督/アンリ・ドコアン
脚本/マルク=ジルベール・ソヴァジョン
撮影/ジャック・ルマール
出演/ミシェル・シモン、ジャン・ドビュクール、ジャニー・オルト
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