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Simply Dead

映画の感想文。

『屋根の上の赤ちゃん』(1969)

『屋根の上の赤ちゃん』(1969)
原題:Daddy's gone a-hunting

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 イギリスから新天地アメリカにやってきたキャシー(キャロル・ホワイト)は、サンフランシスコ国際空港の出口で、いきなり雪玉をぶつけられる。投げてきたのはケネス(スコット・ハイランズ)という無邪気で魅力的な青年だった。ふたりは惹かれ合い、同棲生活を始める。キャシーは勤め先として広告会社をケネスに紹介され、彼女はそこから着実にキャリアを積み重ねていく。一方、売れっ子カメラマンを目指すケネスはなかなか芽が出ない。生活力がなく子供じみた甘えが抜けない彼に対し、キャシーの愛情が冷め始めたころ、妊娠が発覚。こんな状況で出産したくないというキャシーの主張を、ケネスはまるで聞かずに「立派な父親になってみせるさ!」と豪語するばかり。不安に苛まれるキャシーは職場の先輩の勧めで堕胎手術を受け、その事実をケネスに告げる。絶望した彼は彼女のもとを去り、ふたりの恋は終わった。その後しばらくして、キャシーは有望な若手政治家バーンズ(ポール・バーク)と出会い、結婚する。

 そして、キャシーは再び妊娠する。

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 男性ストーカーの恐怖を描いたという点で先鋭的だった本作は、のちにB級ジャンルムービーの巨匠として名を馳せる若き脚本家ラリー・コーエンが、その才気を発揮した初期作である。もともとはアルフレッド・ヒッチコック監督のために書かれたシナリオだったそうで、言われてみれば『めまい』(1958)や『サイコ』(1960)を思わせる箇所もあり、都市生活者である若い女性を主人公にした異常心理犯罪スリラーはいかにもサスペンスの巨匠好みの内容だ。後半、誘拐事件の捜査にあたる刑事たちの描写は、黒澤明の『天国と地獄』(1963)も想起させる(さほど役には立たないが)。

 しかし、コーエン渾身の脚本はヒッチコックの琴線には触れなかったらしく、代わって製作・監督に乗り出したのがベテラン職人監督のマーク・ロブソンだった。犯罪ノワールの拾い物『恐怖の一夜』(1950)の頃のシャープな演出はどこへやら、直近のヒット作『哀愁の花びら』(1967)のメロドラマ調を引きずった、もったりとしたスリラー演出に60年代末期のハリウッドの低調ぶりを見る思いだが、シナリオの面白さにかろうじて救われている。

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 チャーミングな悪戯っ子のように登場し、最終的には「赤子殺し」という重罪をナチュラルに企てるケネスを演じるのは、カナダ出身の若手俳優スコット・ハイランズ。二代目アンソニー・パーキンスを狙って残念ながら外してしまったような感もあるが、本作における狡猾かつチャイルディッシュ、薄気味悪くてタチの悪いストーカー演技は、けだし妙演といえよう。奔放とも病的とも受け取れる男性性を振りまくケネスの言動は、『サイコ』のノーマン・ベイツとはまた違った生々しさがあり、時にはうんざりするような自戒も込みで「男って昔から……」と嘆息させられる。

 初対面の相手にいきなり雪玉をぶつけて悪ふざけで済ませてしまう身勝手さ、小動物をいじめて遊ぶような小児的残酷性、立入禁止の高層ビルの屋上に平気で登っていく(しかもデート中に)根拠のない万能感に裏打ちされた危なっかしさ……といったサイコな性格描写の積み重ねは、今見ても十分にリアルな不安を誘う。特にキャシーが深刻な面持ちで妊娠を告げようとするシーンの直前、ケネスが上半身裸でベッドに寝転がって紙ヒコーキで遊んでいる描写は、観る者すべてに「ダメだこりゃ」と思わせる秀逸なシーンである。

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 健全で裕福な家庭環境を得て、今度こそ赤ちゃんを産むことを決意するキャシーの前に、病的な元カレ=ケネスの不穏な影がちらつく。最初はヒロインの妄想かとも思えるケネスの輪郭は徐々に明確となり、ついには産婦人科の待合室で彼女の夫バーンズと平気で会話を交わすほど大胆になる。この場面で、ケネスがさらりと口走る「Welcome to the club.」というセリフは、日本語で言えば「御同輩ですな」みたいな慣用句だが、もちろん二重の意味がある。バーンズは「父親仲間」だと思っているのに対し、ケネスのほうは「同じ女を取り合う者同士」「これから自分の仕掛けたゲームに引っ張り込む相手」として喋っているわけである。このように重層的でウィットを含んだセリフやシチュエーションを巧妙に散りばめているあたり、いかにも「脚本家の映画」という感じだ。

 このあたりのダークなウィットは、リライトを担当した共同脚本のロレンツォ・センプル・ジュニアが加えたのかもしれない。彼もまたコーエンと同じくテレビ業界で活躍したのち、一風変わったサイコスリラー『かわいい毒草』(1968)で映画界でも注目された。妄想と現実の区別がつかないナイーブな青年アンソニー・パーキンス(!)が、狂気の小悪魔的少女チューズデイ・ウェルド(!!)に翻弄される『かわいい毒草』は、ハーレイ・クインに翻弄されるジョーカーの物語のようでもあって、テレビの実写版『バットマン』の主力ライターでもあったセンプルのコミックセンスが垣間見えるキュートな怪作である。

 シドニー・ポラック監督&ロバート・レッドフォード主演コンビの『コンドル』(1975)も、センプルによる初期稿はもっと荒唐無稽な活劇寄りのシナリオだったというし(序盤のコミカルさと残酷さが入り混じるタッチはそれっぽい)、その後はディノ・デ・ラウレンティスのお気に入りとして『キングコング』(1976)や『フラッシュ・ゴードン』(1980)も手がけている。『屋根の上の赤ちゃん』でも、サスペンスを増強しつつ「遊び」の要素も加えるために呼ばれたのではないだろうか。キャシーが不安から来る苛立ちを、イルサというベタな名前の家政婦さんに何度もぶつけてしまうくだりなどは、ラリー・コーエンっぽくない気がする。同じ移民同士なのに……という皮肉なユーモアが効いているが、おそらくシナリオほど愉快な場面にはなっていない。

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 生まれたばかりの赤ん坊をケネスにさらわれ、狼狽しつつも最終的には夫や警察に頼らず独力でカタをつけようと奮闘するキャシーのキャラクターは「戦うヒロイン」の原型とも言える。生き馬の目を抜く大都会で自立し、若くして社会的成功を掴む女性という主人公の造型も、当時の時代感覚を投影したものだろう。その主人公が自らの意志で堕胎手術を受けるというくだりも、当時としては踏み込んだ描写だったはずだ。ただし、マーク・ロブソンの演出には堕胎という行為自体にやや否定的なニュアンスが含まれており、ヒロインがその過去に(おそらく多分に倫理的な、または一般的宗教的価値観に基づく)罪悪感を抱き続けている描写など、別の意味で時代性を感じさせる部分もある。キャシーが英国人であるという設定も、この役がハリウッドのトップ女優たちに敬遠されたせいだろうか。

 主人公キャシーを演じているのが、キャロル・ホワイトであるというのも映画史的に重要なポイントだ。彼女の起用は言うまでもなく、ケン・ローチ監督の長編映画デビュー作『夜空に星のあるように』(1968)で労働者階級のシングルマザーを演じた実績ありきだろう(ちなみに『屋根の上の赤ちゃん』は1950~70年代の北米に存在した大手劇場チェーン、ナショナル・ジェネラル・コーポレーションの自社配給作品で、『夜空に星のあるように』も同社配給で前年に米国公開されている)。ケン・ローチ以上に期待の新星として注目されたホワイトは、早々にハリウッド進出を果たしながらも、その真価を発揮することはできなかった。ショービジネスの世界で身を持ち崩した彼女は、ついに出世作を凌ぐ成功を掴むことなく、1991年に48歳という若さで世を去ってしまう。彼女を手放してしまったケン・ローチも、回顧インタビューなどでことあるごとにその才能の損失を嘆いている。

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 1969年当時のハリウッドでは珍しく先進的/同時代的なヒロイン役を得たはずの『屋根の上の赤ちゃん』でも、残念ながらホワイトの芝居は冴えない。表情はいいが、セリフに覇気がない。ケン・ローチ仕込みの抑制のきいたリアルな芝居を試みたのかもしれないが、古くさい定型ではあってもエネルギッシュな芝居が要求される娯楽映画工場=ハリウッドにおいては通用するはずもなく、ましてや(当時から古色蒼然の気配が色濃かったであろう)マーク・ロブソンの伝統的スタジオ・ムービー志向のもとではぎこちなく浮くか沈み込むほかない。それでも、キャシーが我が子の奪還をがむしゃらに試み、マーク・ホプキンス・ホテルの屋上で直接対決に至るクライマックス近辺には、彼女のパワフルな生命力あふれる資質が(ようやく)表れている。

 本作から2年後、クリント・イーストウッドは女性ストーカーを描いた『恐怖のメロディ』(1971)で鮮烈な監督デビューを飾る。さらに16年後、その焼き直しと言える『危険な情事』(1987)が世界的に大ヒットし、「怖い女」を主題としたスリラージャンルが確立された。しかし『屋根の上の赤ちゃん』で描かれたような(実社会ではより現実的であったはずの)、男性による女性へのファナティックなストーキング行為、あるいは支配的なハラスメントを扱った犯罪スリラーはあまり作られてこなかった。2022年現在、『ドント・ウォーリー・ダーリン』や『MEN 同じ顔の男たち』といった「有害な男性性」を描いた作品が相次いで公開される今こそ、本作は再評価されるべきなのかもしれない。そして現代的視点できちんと注意深くリメイクすれば、今度こそ傑作が生まれる可能性もある。

 ワーナーアーカイブから2012年に発売された日本版オンデマンドDVDは、すでに廃盤。とりあえず再販を望む。

・DVD Fantasium
『屋根の上の赤ちゃん』DVD-R(Warner Archive)

1969年アメリカ/カラー/ヴィスタ/108分
製作・監督/マーク・ロブソン
脚本/ラリー・コーエン、ロレンツォ・センプル・ジュニア
撮影/アーネスト・ラズロ
音楽/ジョン・ウィリアムズ
出演/キャロル・ホワイト、スコット・ハイランズ、ポール・バーク、マーラ・パワーズ、ジェームズ・B・シッキング、マチルダ・カルナン
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