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Simply Dead

映画の感想文。

『The Lake』(1978)

『The Lake』(1978)

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 イギリスの映画興行では、ある時期まで「添え物」の中短編映画が同時上映されることが一般的だった……というのは『The Orchard End Murder』(1981)のレビューでも触れたが、この『The Lake』もまた「不気味なラストシーンが忘れられないトラウマ的作品」として、一部の観客の脳裏にこびりついている一編だという。

 監督・脚本は『アポイントメント 悪夢の約束』(1982)のリンゼイ・C・ヴィッカーズ。ハマーフィルム作品のアシスタント・プロデューサーやCM演出などを手がけていた彼が、長編映画デビューの足掛かりとして、ほぼ自主制作で撮り上げた約30分の短編である。撮影は製作費を抑えるためにロンドン近郊で行われ、編集も監督自らおこなった。低予算とはいえ、プロの現場経験者により商業映画として通用するクオリティで作られたので、すぐに買い手がついたという。本国では数年にわたって様々なジャンル映画の「添え物」に活用されたようで、『サイレント・パートナー』(1978)と同時上映だったとか、『ハウリング』(1981)と2本立てだったという証言もある。

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 映画は、森のなかにある廃墟と化した一軒家から始まる。厚い埃をかぶり、蜘蛛の巣が張り、家畜小屋は空っぽ。生活感が途絶えて久しい家の様子を転々と映し出していく映像は、どこか『悪魔のいけにえ』(1974)冒頭に出てくる廃屋のシーンを思わせる。背景音として、家のなかを駆けまわる子供たちの声や足音、練習曲を奏でるピアノの音色が遠い記憶のようにこだまし、音の設計にも細かい神経を使った作品であることがわかる。割れた額縁に収められた1枚の写真にカメラがズームすると、幸福そうな笑顔を浮かべた4人の家族が映っており、父親らしき初老の男性は右手の薬指が欠けている。

 そこに、1台の車がやってくる。乗っているのはバーバラ(ジュリー・ピースグッド)とトニー(ジーン・フォード)の若いカップル、そして1頭のロットワイラー。車から降りた2人は家の周りを歩きながら、かつてこの家で起きた事件について語り合う。3年前のある日、錯乱した父親が家族も家畜も皆殺しにしたうえ姿を消し、いまだに行方不明なのだという。「きっと犯人は自殺したと思うわ。そんな記憶を背負って生きていけないもの」とバーバラは言う。2階の窓から誰かが見ている気配がするが、彼らは気づかない。

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 2人は近くの湖に向かう。湖畔にシートを広げてピクニックを楽しむカップルの姿を、ヴィッカーズ監督はゆったりと時間をかけて丁寧に映し出す。『The Orchard End Murder』ほどの卑猥さではないが、しっかりとラブシーンを挟んでいるのも、テレビと映画の差別化を図るための商業的要請なのかもしれない。水辺で横になる男女、じっと佇む犬、静けさを湛えた湖面という構図が、まるで絵画のように美しい。

 やがて、コンドル(ロットワイラーの名前)が何者かの気配に気づいて吠え始める。劇中、素晴らしい演技を見せるこの名犬は、監督の次作『アポイントメント 悪夢の約束』にも重要な役(としか言いようがないくらい重要な役)で出演している。トニーは愛犬を追って森の中に消え、無邪気に棒を投げて遊び続ける。バーバラも後を追うが、やがて森のなかで迷子になってしまう。この不用意な孤立のプロセスを、ヴィッカーズ監督は巧みに、自然に描いてみせる。子どものように遊びに熱中してしまう男性、その一方で不安にさらされてしまう女性という、鋭い観察眼に基づく「カップルあるある」な構図と、超自然ホラーのムードが相まって、観る者の不安を煽る。

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 徐々に増していく不穏なムード醸成も、映画全体の語り口と同じように、やはり丹念かつ繊細だ。森の奥から忍び寄る一人称視点のカメラワークは、ホラーファンが観れば『死霊のはらわた』(1981)の先取りとしか思えない(サム・ライミが英国のホラー短編を観ているかどうかは疑問だが)。痙攣する小指、不自然に動く茂みなどのフィジカルな動作に、電子音のSEを重ねて違和感を募らせる演出もうまい。勝手に回転を始める時計の針、突如コントロールが利かなくなる自動車といった「テクノロジーの非力さ」を示唆するような描写は『アポイントメント 悪夢の約束』でも繰り返され、ヴィッカーズ監督の恐怖観が現れているといえる。湖の底から巨大な泡がぼこりと湧き出し、その波紋が岸辺にいるバーバラの足元に到達するというビジュアルによるムード醸成も秀逸だ。この自然物を用いた静かな恐怖演出は、どちらかというとオーストラリア映画によく見られる「地霊」的な感覚で、西欧圏ではちょっと珍しい気がする。

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 コンドルはトニーが投げた棒を取りに、湖のなかを元気よく泳いでいく。が、戻ってこない。気がつくと、その体は微動だにせず湖面に浮いている。トニーは愛犬を救うため、湖の真ん中に向かって泳ぎ出す。そのとき水中から、薬指の欠けた男の手が……という『脱出』(1972)のラストシーンさながらの不気味なビジュアルも忘れ難い。

 ただし本作の場合、ある殺人者の狂気や妄執を描いたゴースト・ストーリーとして解釈するより、もっと得体のしれない「何か」を恐怖の核としているような感覚がある。ある日突然、彼を狂わせ、その一部として取り込んでしまったもの。この森や湖に潜む、あるいは人類よりも遥かに昔からこの土地に棲む「姿なき邪悪なもの」の気配というべきか。

 具体的なゴア描写やモンスター描写抜きで、そういう自然への畏怖に基づくプリミティヴな霊的存在を描こうとする姿勢は、当時の欧米ではなかなか珍しかったのではないか。ヴィッカーズ監督は『アポイントメント 悪夢の約束』でも、謎の失踪事件が起きた「神隠しの森」に棲む邪悪な何ものかと、思春期の少女が抱く極端なエモーションが融合して起きる悲劇を描いている。それらは有り体の宗教観や、人間本位の自然観などには基づいていない。『The Lake』でも同じだ。ひとたび「それ」の標的となった者は、捕食者と獲物の関係のごとく、生き残る術はない。神のご加護など、ない。

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 1978年といえば、ジョン・カーペンター、デイヴィッド・クローネンバーグ、ダリオ・アルジェントらが台頭し、いまにもスプラッターホラーが大流行を迎えようとしている時期である。そんな時代において、ヴィッカーズ監督はやや異色の存在だったと言えよう。むしろ感覚的には『ピクニック at ハンギング・ロック』(1975)や『ザ・ラスト・ウェーブ』(1979)のピーター・ウィアーに近い。単なるバッドエンドにとどまらない、シンプルだが秀逸な演出が施された『The Lake』のラストシーンも、初期ウィアー作品に似たミステリアスな余韻を残す。多くの人にとって本作が「忘れられない記憶」となった由縁だろう。

 その後、リンゼイ・C・ヴィッカーズは念願の初長編『アポイントメント 悪夢の約束』を撮り上げ、『インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説』(1984)のジョージ・ギブスが特殊効果スーパーバイザーをつとめたとんでもないクライマックスが観る者の度肝を抜いた。が、この作品を最後に、ヴィッカーズは残念ながら映画業界に見切りをつけてしまう。

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 2021年にBFIから発売された短編集Blu-ray「Short Sharp Shocks」で初ソフト化を果たした『The Lake』は、翌22年リリースの『アポイントメント 悪夢の約束』Blu-rayにも特典のひとつとして(ヴィッカーズ監督のオーディオコメンタリーつきで)収録された。後者のBlu-rayには、ヴィッカーズ本人が自らのキャリアを語る貴重なインタビューも収録されている。引退の理由については特にハッキリと説明はしていないが、「労多くして実りの少ない」映画稼業への疲れと、やっと長編デビューを飾っても仕事のオファーが次々に舞い込むわけでもなかった業界への絶望について、ちらほらと語っている。あるいは、その作風の渋さゆえに、狂騒の80年代ホラーブームから振り落とされたという残酷な見方もできるだろうか。

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「Short Sharp Shocks」英国盤Blu-ray(BFI)
『アポイントメント 悪夢の約束』英国盤Blu-ray(BFI)

1978年イギリス/カラー/ヴィスタ/33分/劇場未公開
監督・脚本・編集:リンゼイ・C・ヴィッカーズ
製作:クリストファー・B・ウォーバートン
撮影:ノーマン・ワーウィック
音楽:ディック・ウォルター
出演:ジュリー・ピースグッド、ジーン・フォード、コンドル
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