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Simply Dead

映画の感想文。

『Chan is Missing』(1982)

『Chan is Missing』(1982)
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 サミュエル・ホイが歌う「Rock Around The Clock」広東語カバーで、映画は幕を開ける。舞台はサンフランシスコの中華街。タクシードライバーとして起業したばかりのジョーと甥のスティーブは、営業許可証の取得を友人のチャン・フンに世話してもらおうと大金を預けた。ところがチャンは数日前に事故を起こし、それから行方不明に。ジョーとスティーブは方々を訪ね歩き、チャンの足取りを追うが、その行方は杳として知れない。やがて彼がなんらかの事件、あるいは政治的対立に巻き込まれたかもしれない疑惑が浮かび上がる……。

 香港出身の国際派監督ウェイン・ワンが、1982年に発表した単独長編デビュー作。彼が新進気鋭のインディペンデント作家として注目されるきっかけになった出世作だ。当時アメリカで映画制作を学んでいたアン・リー監督は「人生を決定的に変えた1本」として本作のタイトルを挙げている。

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 本作で描かれるのは、在米中国人/中華系アメリカ人の複雑なアイデンティティだ。主役であり、物語のナレーターもつとめるジョーは物心ついたときにアメリカへ渡ってきた移民第一世代(FOB=Fresh Off the Boat)。いっぽう、お調子者キャラの甥っ子スティーブは、アメリカ生まれの移民第二世代(ABC=American Born Chinese)。そんな世代間の違いにとどまらず、さらにまた多種多様なグラデーションがある。たとえば中華人民共和国を支持する者もいれば、反共主義の中華民国(台湾)シンパもいて、もちろんノンポリもいる。ジョーのように英語圏の文化に早く適応した者もいれば、いまだに英語が得意でない人々もいる(出自によって北京語、広東語など話し言葉も異なる)。

 スティーブに至っては黒人スラング満載の口調を操り、アジア系の女の子に「あんた、リチャード・プライヤーの真似でもしてるの?」などと言われる始末。『風が吹くとき』(1986)のジミー・T・ムラカミ監督も、日系人収容キャンプを戦後に出てヴェニス・ビーチの高校に通っていたころ、黒人やチカーノ(移民二世以降のメキシコ系)のグループと付き合ってばかりいたというから、それはそれでリアリティのある描写なのかもしれない。そんな年齢的にも性格的にも異なる凸凹探偵コンビのようなジョーとスティーブは、失踪したチャンの足取りを追って、移民社会の迷宮へと入り込んでいく。

 実在するコミュニティを背景に、即興を大いに取り入れた俳優たちの演技が映し出されるモノクロ映像には、ドキュメンタリーと見紛うようなリアリティと臨場感がある。『バワリー25時』(1956)のような、フィクションとドキュメンタリーの中間を観ているような感覚だ。低予算のモノクロ撮影も効果的で、時にはそれがノワールスリラー風のスタイリッシュな画面に転調したりする。ジョーが事件のなりゆきを訥々と語るナレーションも、ちょっぴり探偵映画の趣きだ(有名なミステリー小説の主人公、チャーリー・チャン警部の名前も劇中でたびたび引用される)。

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 チャンが残していったとされるコートには、新聞記事の切り抜きがあった。旧正月のパレードに「どの国の旗を振るか」で親中国派と親台湾派が衝突し、隣人同士で諍いを起こしていた老人の1人が何者かに射殺された、という事件である。ジョーはこの件にチャンが関わっており、実行役をつとめたあとで失踪したのではないかと推理する。さらに、謎の女性から「これ以上、チャンの周りを嗅ぎまわらないで」という電話までかかってきて、ジョーは(まるでチャンがそうだったように)自分の命が狙われているのではないかというパラノイアに陥る。なお、旧正月のパレードをめぐる中国派と台湾派の衝突は実際にあった出来事だそうだ。

 一方、スティーブにとってチャンは「他人の金を持ち逃げした単なる嘘つき野郎」であって、さっさと警察に届けを出そうとジョーに何度も進言する。が、ジョーは長年の経験から「警察は信用できない」と繰り返すばかり。終盤、2人が埠頭で会話する長回しシーンは、それぞれの育んできた価値観、人間観、米国社会との相対しかたの違いが浮き彫りになる。非常にドラマティックな名場面だ。

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 ジョーにとってチャンを探し出すことはもはやカネの問題ではない。が、証言を集めれば集めるほど、チャンの人物像には矛盾が生まれていく。アメリカでひとかどの人物になって中国に戻ることを熱望していたとも、あるいは香港に帰りたがっていたとも、いちばん好きな音楽はメキシコのマリアッチだったとも語られる。その本心は、結局誰も理解することはない。そしてチャンが持ち逃げしたと疑われていた大金も、思わぬところから戻ってくる……。

 物事も、人の心も、決して単純で明確な答えが得られるものではない。ウェイン・ワン監督のそうした人間観が、すでにこの出世作には色濃く投影されているかのようだ。中華系移民社会を舞台にしたドラマとしては『夜明けのスローボート』(1989)『ジョイ・ラック・クラブ』(1993)に繋がり、コミュニティドラマの名手としての手腕はのちの代表作『スモーク』(1995)に引き継がれる。安易な解決よりも余韻を重視するノワール・センスは『スラムダンス』(1987)、俳優たちのアドリブ演技を楽しんで見つめる演出は『ブルー・イン・ザ・フェイス』(1995)を想起させる。多くの面でウェイン・ワンの「原点」を感じさせる作品だ。

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 出演者の多くはサンフランシスコを活動拠点にするアジア系演劇人で、中華系のみならず日系・フィリピン系も混在している。ジョー役のウッド・モイは、1918年に中国広東省で生まれ、第二次大戦中は米陸軍信号隊に所属していたという文字どおりのベテラン俳優。映画出演作は多くないが『SF/ボディ・スナッチャー』(1978)『ハワード・ザ・ダック/暗黒魔王の陰謀』(1986)などに端役で出演している。スティーブ役のマーク・ハヤシは名前のとおり日系人で、そのコミカルな快演は本作の大きな魅力のひとつだ。ウッド・モイを始めとするキャストとは以前から演劇仲間として交遊があり、映画ではその後『ベスト・キッド2』(1986)で敵キャラのひとり・タロウ役を演じたりしている。また、ジョーの姪エイミー役で非常に達者な芝居を見せるローリーン・チュウは、ウェイン・ワン監督の次作『Dim Sum: A Little Bit of Heart』(1985)で主演に抜擢。アクの強い中華料理店のコック役でひときわ強烈な印象を残すのは、映画監督でもある台湾出身のピーター・ワン。『グレートウォール』(1986)で監督・主演をつとめ、『男たちの挽歌II』(1987)に神父役で出演したあと、ツイ・ハーク製作の『激光人/レーザーマン』(1988)を監督。主演をつとめたのは本作のスティーブことマーク・ハヤシだ。

 今年(2022年)3月、米クライテリオン社から本作のBlu-rayが発売された。その映像特典のなかで、ウェイン・ワンは「アメリカでも、香港でも、中国でも、どこへ行っても自分は“異邦人”だった」と語っている。70年代後半、海外留学を経て出身地である香港のテレビ局で働き始めたウェイン・ワンは、型破りな演出ばかり試したがったせいで職を失った。世代的にはアン・ホイやアレン・フォン、パトリック・タムのように香港ニューウェーブの一員として世に出てもおかしくなかったが、彼はその時代の波に乗りそびれ、再びアメリカに渡る。その“異邦人”としてのアイデンティティを、ウェイン・ワンは孤独や疎外感ではなく、自身の作家性に変えた。その世界と、そこに生きる人々の姿を客観的に見つめつつ、その内面深くのヒューマニティにも迫ろうとする……そんなワン監督のスタイルが、すでにデビュー作で明確に確立されていたことを、『Chan is Missing』は明らかにする。

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▲アドリブ満載のセリフで爆笑させてくれるピーター・ワン

・DVD Fantasium
Blu-ray『Chan is Missing』(Criterion)

1982年アメリカ/モノクロ/スタンダード/76分/劇場未公開
監督:ウェイン・ワン
脚本:テレル・セルツァー、ウェイン・ワン
脚本(ナレーション):アイザック・クローニン、ウェイン・ワン
撮影:マイケル・チン
録音:カーティス・チョイ
挿入歌:サミュエル・ホイ、パット・スズキ、ロス・ロボス・デル・エステ・デ・L.A.
出演:ウッド・モイ、マーク・ハヤシ、ローリーン・チュウ、ピーター・ワン、プレスコ・タビオス、フランキー・アラーコン、ジュディ・ニヘイ、エレン・ユン、エミリー・ヤマサキ、ジョージ・ウー
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