FC2ブログ

Simply Dead

映画の感想文。

おかあさんがいっしょ。『死霊の罠』と『ハサミ男』

『死霊の罠』ブルーレイ化クラウドファンディング
達成記念企画(あとづけ)

おかあさんがいっしょ。
『死霊の罠』と『ハサミ男』


hasamiotoko_english_keyart.jpg

「この子は、体も病んでいるが心がもっとやられている。火傷のように爛れているんだ」

 あの眼光。鬼気迫る表情。映画ファンなら誰もが『赤ひげ』(65年)の二木てるみに圧倒されたはずだ。狂気に満ちた眼差しで床を磨き続ける天涯孤独の少女、おとよ。上のセリフは、三船敏郎演じる赤ひげが見習いの保本(加山雄三)を担当医として任命し、鼓舞するときの言葉だ。『死霊の罠』(88年)米国盤DVDのオーディオコメンタリーでも、池田敏春監督は二木てるみを紹介するときに『赤ひげ』を代表作として挙げていた。

 もし、おとよが岡場所から救出されず、あのまま狂気を育み続けていたら、どうなっていただろうか?

 『死霊の罠』で二木てるみが演じたのは、謎の殺人者ヒデキの母の声。冒頭とクライマックス近くで聞こえる「ヒデキちゃーん」という呼び声は、どこにでもいる普通の母親のそれだ。子供の秘めた邪気や悪意など、まるで疑っていないような母の声。だからこそ不気味さはいや増す。彼女はヒデキの闇を知らなかったのだろうか?

 そして16年後、二木てるみは再び池田敏春作品で「殺人者の母親」を演じることになる。

【注:映画『ハサミ男』の核心部に触れていますので、未見の方はご注意ください】

hasamiotoko_JPposter.jpg

 池田敏春監督が飽くことなく描いてきた「二面性」というモチーフ。『魔性の香り』(85年)の哀しきヒロイン・秋子、『ちぎれた愛の殺人』(93年)の妻と同化する男・村木、そして『死霊の罠』のヒデキと大輔。殊能将之の同名小説を映画化した『ハサミ男』(04年)はそのひとつの到達点と言えよう。それまでの池田作品では謎めく存在として配置してきた多重人格者を、ここではついに堂々の主人公として、語り部として、共感をさそう者として、さらには救われるべき者として描いている。

 原作小説のファンにはあまり評判のよくない映画化であり、その理由もわかる。原作が持つミステリ小説としての醍醐味、巧みなミスリードがもたらす衝撃とカタルシスは、この映画版においては早々に放棄されるからだ(映像化のアイデアとしては秀逸だと思うが、たぶん本当の問題はそこではない。詳しくは後述)。人格が分離していることを明白に可視化した「彼女と彼」を主人公として、物語は展開していく。

 原作では別人格が現れるタイミングにはあるパターンがあるが、映画版は「2人」でいることが常態化しているため、一種のバディものに振っている。自殺願望と殺人衝動に取りつかれた異常に自己評価の低い女性(麻生久美子)と、知的で能弁、飄々として常に偉そうなメンター兼サポーター人格(豊川悦司)の凸凹探偵コンビ。豊川演じる「彼」は、原作における「医師」とはだいぶ人物造形も異なるが、どこにでもくっついてくる“口の悪い探偵助手”として、それはそれで魅力的なサイドキック・キャラになっている。池田監督いわく、喋り方は相米慎二をモデルにしたそうだ。どこへ行くにも常に一緒の2人が、周囲に違和感をまきちらしながら事件を解明していくという、キャラクターものとしての舵の切り方は功を奏していると思う。『死霊の罠』のヒデキと大輔の日常も、こんなふうにポップに描いたらどうなるか?なんて夢想してしまう。

 映画独自のアレンジとして、「彼女」と会話していた者が「彼」の声を耳にして、不気味がるというくだりがある。ここで即座に思い出すのが、『死霊の罠』の終盤、ヒデキと大輔の“会話”を名美(小野みゆき)が盗み聞きするシーンだ。サイコな人物の内面が漏れ出て外部の人間にも影響を及ぼす、ほんの少し条理を超えた映画のマジックも池田作品のトレードマークである。

hasamiotoko_bed.jpg

 作品全体のタッチは、原作のクールな一人称文体を反映して、池田敏春作品としては珍しいほど温度が低く、淡々として、冷笑的だ。それでいてテンポは速い。捜査に奔走しながら見当違いの方向へ突っ走っていく刑事たちのパートは、監督も「テレビの刑事ものを意識した」とメイキングで語っているが、フィクショナルな感触が強調されるぶん「茶番」感もいや増している。それに拍車をかけるのが、オールアフレコという手法だ。

 池田監督がロマンポルノ時代から親しんできたアフレコという手法は、本作においては単なる経済的事情以上に、作品全体に漂う虚構性、非現実的な作り物っぽさを増強するために機能している(ちなみに『死霊の罠』もオールアフレコだし、『赤ひげ』の岡場所での乱闘シーンも、見事なまでに音が整理されたアフレコ処理で作られている)。ただ本作の場合、その狙いが誤解され、額面どおり「チープでわざとらしい」演出と受け取られているフシはある。

 池田監督は、おそらく音づくりに関しては同録の生々しい音より、夾雑物の少ないフィクショナルな音響設計のほうを好んだのではないか。そういう部分でも『ハサミ男』は池田監督の実験意欲がひときわ強く感じられる作品である。「不自然」であることが、むしろ歓迎されるのだから。

hasamiotoko_killing.jpg

 メインストーリーの女子高生殺人事件が解決したあと、映画では原作にないオリジナルパート=最終幕が20分近くも続く。ここで登場するのが、二木てるみ演じる「彼女」の母親である。我が子の罪を知らない、のんきな母親。二木は『死霊の罠』、『鍵』(97年)に続いて3本目の池田作品への参加となる。『がんばれ!! タブチくん!!』(79年)などで声優経験もあり、アフレコ慣れしている二木の達者なセリフ回しが、ゾクゾクするほど違和感を際立たせる。

 本作の違和感、不自然さがピークに達するのが、「彼女」のトラウマとなった父親の死の回想シーンだ。バカバカしければバカバカしいほど良い、とでも言いたげな安っぽい合成処理の飛び降り映像。普通に映画を観ていたら終盤で急に投げやりになった……みたいな印象すら抱きかねないだろう。でも、あの描写にこそ池田敏春という人の凄みを感じてしまうのは、気のせいだろうか。父親の死にわざとらしく居合わせる女子高生姿の「彼女」。わざとらしくそこに駆けつける母親。おそらく複数の時制が混濁した、事実と異なる記憶の再生。そこには「人は記憶を改竄する生き物だ」という強い意識を感じるし、もっと言えば「トラウマなるもの」に対する不信感が伝わってくるような冷たさがある。

 そうなると、『死霊の罠』のあのテープの声も怪しく思えてくる。あれは本当に「ヒデキの母」の声なのだろうか? ヒデキ(大輔)の作り上げた記憶のなかにある母のセリフを読まされている、赤の他人の声なのではないだろうか?

hasamiotoko_kanojo.jpg

 原作では素早く切り上げられる「彼女」と「父親」のドラマを、池田監督は独自の脚色でたっぷりと掘り下げ、殺人衝動の根源たるコンプレックスからの解放を丹念に描いていく。それは、原作ファンにとっては受け入れがたい部分でもあるだろう。それでも、このエピローグは感動的だ。少女たちを殺して回る殺人鬼よりも、「彼女」に寂しい思いをさせた父親の自殺のほうをこそ、この映画では罪深いものとして描く。希死念慮に憑かれた主人公の内面世界を、そして彼女が救済を得るまでのプロセスをひたすら丹念に真摯に描くことは、もしかしたらセルフセラピー的な意味もあったのかもしれない。

 池田監督は原作者に映画化のオファーをしたとき、『シックス・センス』(99年)を引き合いに出したという。それは終盤のどんでん返しからの連想ではなく、おそらく池田監督のなかで『シックス・センス』が歳の離れた凸凹探偵コンビを描いたバディものであり、なおかつ疑似親子ものであるという認識があったからではないか。池田監督にとって『ハサミ男』は、ずっと「父と娘」のドラマだったのだ。

 ここまでシリアルキラーの心情にやさしく寄り添った映画も、なかなかないだろう。もし「もうひとりの自分(またはイマジナリーフレンド)とお別れする名場面ベストテン」みたいなランキングがあるなら、個人的には『ファイト・クラブ』(99年)や『氷の接吻』(99年)や『キャスト・アウェイ』(00年)などと一緒に、本作の屋上のシーンはけっこう上位に入れたい。真犯人が社会的制裁なしに救いを得て幕を下ろすエンディングを、原作の切れ味とはまた違った繊細さで描いてみせるのも、池田監督らしくて痛快だ。

hasamiotoko_onomiyuki.jpg

 そして、本作にはもうひとりの「母親」が登場する。殺された女子高生、樽宮由紀子の母・とし恵だ。娘とは不仲の冷たい母親というイメージで語られる彼女を演じるのが、『死霊の罠』の名美こと、小野みゆきである。かつてヒデキたちが母の面影を重ねたヒロインの、16年ぶりの池田作品への帰還となった。出番は多くないが、「真実は見たとおりとは限らない」という本作のサブテーマを体現する人物であり、主人公の心を強く揺さぶる重要なキャラクターを好演している。池田監督がこの役を彼女に託したことに、ちょっと感動する。

 監督自ら「持てる技術の集大成」と語った『ハサミ男』には、それまで池田作品を支えてきたキャスト・スタッフが集結。常連俳優の清水宏や広岡由里子、プロデューサーの渡辺敦、共同脚本の香川まさひと、撮影の田口晴久、音楽の本多俊之ほか、池田作品ゆかりの人々が多数、名を連ねている。企画立案から撮影に至るまで、さらに完成から劇場公開されるまでも時間がかかり、都内ではお台場のシネマメディアージュでの単館公開という不遇な扱いを受けた作品だが、改めて再評価されるべきではないだろうか。特に『死霊の罠』とは、セットで(殺人者側から)観直してほしい一作だ。


★目標額達成!★
クラウドファンディング・サイト
MOTION GALLERY
「邦画スプラッター・ホラーの傑作
『死霊の罠』『死霊の罠2 ヒデキ』のブルーレイ化を実現させよう!」
https://motion-gallery.net/projects/cinema_donuts-001

『ハサミ男』 2004/119分/メディアボックス配給/DVD:東宝
製作/東宝、東北新社、広美
企画/藤原正道、瀬崎巌、岡田真澄
エグゼクティブプロデューサー/斎春雄、渡辺英一
プロデューサー/釜秀樹、林哲次、渡辺敦
原作/殊能将之
監督/池田敏春
脚本/池田敏春、香川まさひと
音楽/本多俊之
ラインプロデューサー/大里俊博
撮影/田口晴久
照明/斉藤志伸
美術/西村徹
編集/大畑英亮
録音/神保小四郎
整音/山本逸美
脚本協力/長谷川和彦、山口セツ、相米慎二
出演/豊川悦司、麻生久美子、斉藤歩、樋口浩二、石丸謙二郎、清水宏、永倉大輔、菅原大吉、小池章之、阪田瑞穂、小野みゆき、柄本佑、外波山文明、蛍雪次朗、広岡由里子、三輪明日美、二木てるみ、寺田農、阿部寛
スポンサーサイト



コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://simplydead.blog66.fc2.com/tb.php/570-b245ce01
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)