Simply Dead

映画の感想文。

『マムート』(2009)

『マムート』
原題:Mammuth(2009)

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 傑作。名優ジェラール・ドパルデュー演じる定年退職者の男がバイクに乗って旅する姿を、一筋縄ではいかないエキセントリックな笑いと、ペーソス溢れる語り口で描いたロードムービー。昨年のフランス映画祭2011で観て、あまりの面白さに度肝を抜かれたが、いまだ日本公開の予定はなく、現時点でほとんど誰にも知られていない。先日DVDで観直したらやっぱり傑作だったので、遅ればせながらここに紹介しておきたい。『空飛ぶモンティ・パイソン』やシティボーイズLIVE、アルベール・デュポンテル作品のファンなら絶対にハマると思う。

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〈おはなし〉
 「マムート(マンモス)」のあだ名を持つ主人公セルジュ(ジェラール・ドパルデュー)は、勤め先の食肉工場で定年を迎え、記念品のパズルをもらって引退する。スーパーでレジ打ちのパートをしている妻カトリーヌ(ヨランド・モロー)を送り出し、慣れない家事に手を出してみるものの、あまりうまくいかない。ある日、彼は役所へ年金の申請に出かけるが、そこで「今まで働いてきた職場の就業記録がなければ、年金は払えない」と言われてしまう。各地で転職を繰り返してきたセルジュは、ガレージに眠っていたバイク「マムート」にまたがり、就業記録を集めるため昔の職場をめぐる旅に出る。

 ところが、セルジュの前には予想外の出来事ばかりが待ち受ける。雇用主の行方が分からなかったり、職場自体がなくなっていたり、記録など残っていないと言われたり。あげく、サービスエリアのカフェで出会ったギプス姿の美女(アナ・ムグラリス)に所持金と携帯電話を盗まれる始末。途方に暮れるセルジュだったが、それでも旅を続けるしかない。かつてバイク事故で死なせてしまった元恋人(イザベル・アジャーニ)の幽霊が、守護天使のように見守ってくれることだけが唯一の慰めだ。旅の途中、セルジュは伯父の家を訪ねるが、そこには自分が名付け親になった姪っ子ソランジェ(ミス・ミン)がいるだけだった。奇妙なアート作品を作りながらマイペースで暮らしている彼女との出会いは、セルジュの旅に思いがけない変化をもたらす……。

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 監督は『Avida』(2006)のブノワ・ドゥレピーヌ、ギュスタヴ・ケルヴェン。一瞬ギャスパー・ノエ系のアートフィルムかと見紛うような粒子の荒い映像で、どこか不穏な空気を漂わせながら始まるものの、ちょっぴり毒の効いたオフビートな笑いの連打で「あ、コメディなんだ」と気づかせる。わりと思いつき的な単発ギャグが多めだが、よけいな説明を排してシチュエーションと構図だけで笑いを誘うコメディ演出は実に上等。特に、家ですることがない主人公セルジュが通り過ぎる車の数をただ数えているシーン、田舎のレストランで出張中らしき男たちが同時に泣き出してしまうくだりなど、間の取り方といい構図といい、非常に秀逸である。主人公の前に血まみれの元カノの幽霊(イザベル・アジャーニ! 生々しい流血のデザインが絶品)がたびたび現れたりする型破りな演出も面白い。

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 また、現代社会が抱えるさまざまな問題、そして全ての人が抱える「老い」と「老後の生活」への不安をさりげなく切り取る鋭い視線も、本作をただ楽観的なだけのコメディに終わらせていない。格差社会の底辺に生きる低所得者層の生活、定年退職者を襲う虚無感、不安定な年金受給問題、役所が押しつける無理難題、寂れゆく地方社会の現実などなど……。そんな「時代の不穏な空気」が、ざらついた質感の映像で見事に視覚化されている。主人公が老人たちの乗る団体バスの列に呑みこまれそうになるシーンなど、老いていくことへの不安を端的に表した描写の数々もうまい。それでいて、語り口は実に軽やかで飄々としており、なんとも不思議な味わいを湛えた作品である。ガエタン・ルーセルによるウクレレを使った音楽の効果も大きい。

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 でっぷり肥えた巨体にグランジヘアーで登場するドパルデューは、まさにマムート(マンモス)そのもの。その見た目と食肉工場で働いているという設定から、思わず『レスラー』(2008)のミッキー・ロークを想起する人も多いだろう。大型哺乳類的な愛らしい佇まいと、最小限に抑えたコミカルさで最大限のおかしみを醸し出す芝居が素晴らしい。久しぶりに会った従兄と挨拶替わりの「クロスオナニー」をおっぱじめるという結構なヨゴレ役でありながら、ドパルデューは年齢を超えたイノセンスを持った人物として、セルジュ=マムートをユーモラスに魅力的に演じてみせる。彼ほどの大御所俳優がこんな奇抜な演出に溢れた作品に体を張って挑んでいるのも、ちょっと感動的だ。

 セルジュは柔和で寡黙な愛妻家だが、決して知性溢れる人物でも、誰にでも好かれる社交家でもない。道中、彼は行く先々でお前は昔からバカだアホだと言われ(最後に会ってからもう十何年も経ってるのに!)、実際マヌケな所行の数々を重ねるが、そんな彼にも今まで彼なりに生きてきた人生があるのだ。セルジュはさまざまな人々や思い出と再会し、自らの長い人生の軌跡をたどっていく。そして、自分と同じアウトサイダーの匂いを持った姪っ子と出会い、彼女への共感とともに、不器用でも真面目にやってきた自分の生き方を肯定する力を与えられる。この先も続いていく「未来」に、新たな光を見出すまでの男の旅路は、爽やかな余韻と希望を観る者にもたらしてくれる。

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 セルジュの妻カトリーヌを演じるヨランド・モローの貫禄溢れる存在感も、ドパルデューに引けをとらないインパクト。夫の携帯電話を盗んだ女詐欺師をとっちめようと、フロントグラス全壊の車で殴り込みに行くくだりは最高に笑わせてくれる。また、金属探知機を持ってビーチをうろつき、金目の物を拾い集めている男を演じるブノワ・ポールヴールドも、短い出番ながら相変わらず強烈な印象を残す。アナ・ムグラリスの特別出演も嬉しい。だが、助演陣でいちばん素晴らしいのは、ソランジェ役のミス・ミンだろう(劇中でも自らミス・ミンと名乗っている)。ひょっとして本物か? と思わせる目つきと佇まいの危なっかしさがたまらなくキュートな彼女は、女優業のほか、歌手やアニメーション作家としても活躍しているという。本作に続くドゥレピーヌ&ケルヴェン監督の次回作『Le Grand Soir』(2012)にも、ブノワ・ポールヴールドやヨランド・モロー、アルベール・デュポンテルらとともに出演するそうだ。

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 高齢化社会・年金問題・就職難などの諸問題を抱える日本にとっても、全く他人事ではない内容である。厳しい現実を見つめながら、希望の持ちようも提示してみせる、未公開なのが本当にもったいない秀作だ。

・DVD Fantasium
DVD『マムート』(米国盤・リージョン1・英語字幕版)


監督・脚本/ブノワ・ドゥレピーヌ、ギュスタヴ・ケルヴェン
撮影/ユーグ・プーラン
編集/ステファーヌ・エルマジャン
音楽/ガエタン・ルーセル
出演/ジェラール・ドパルデュー、ヨランド・モロー、イザベル・アジャー二、ミス・ミン、ブノワ・ポールヴールド、アナ・ムグラリス
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