Simply Dead

映画の感想文。

『マージン・コール』(2011)

『マージン・コール』
原題:Margin Call(2011)

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 現在も続く世界的金融危機の引き金となった、2008年の「リーマン・ショック」をモデルに、ニューヨークに本社ビルを構える大手投資銀行が経営破綻に至るまでの24時間を描いた社会派ドラマ。新人監督によるインディペンデント作品ながら、ケヴィン・スペイシー、ポール・ベタニー、ジェレミー・アイアンズなどの豪華キャストが一堂に会し、「その日、その決断」に携わった人々を力演。日本では劇場未公開のままDVDスルーとなった。タイトルの「マージン・コール」とは、投資家が保有するポジション(資産の持ち高)にレート変動などによって評価損失が生じた際、預託している保証金に追加金を払い込んでポジションを保持するか、この時点で解約するか決めてほしいという、取引業者からの連絡のことだそうだ。

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 見境のない住宅ローン貸し付けによってバブル崩壊を招いたサブプライムローン問題は、そのローン債券を組み込んだ金融商品を取り扱う投資銀行にも莫大な損失をもたらした。2008年9月、業界大手のリーマン・ブラザーズが約64兆円という驚異的な負債を抱えて倒産すると、金融ビジネスへの不信、ひいてはアメリカ経済全体への不安が広まり、世界的な金融危機へと発展していった。これがリーマン・ショック。映画『マージン・コール』は、ある投資銀行が破綻するたった1日前、リスク管理部で働く一介の若手社員ピーター(ザカリー・クイント)が、その日の朝にリストラされた上司に託されたデータをもとに、危機的状況を割り出してしまうところから始まる。ほとんど誰も気づかぬまま沈没寸前まで追い込まれていた大企業に、言わば遅すぎた「マージン・コール」が突きつけられるのだ。そして、本来は取引先に対して「マージン・コール」を正しく通知しなければならない投資銀行が、その後にとった行動とは?

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 バーで飲んでいた上司を呼び出し、さらにそのまた上司の重役連もオフィスに駆けつけ、ついにはCEOまでヘリコプターで急行するという経緯を段階的に見せることで、事態の深刻さをスリリングに浮かび上がらせていく演出が巧みだ。映像的には、スーツ姿の人々が無機質なオフィスを右往左往する姿を映し出すだけなので、一見えらく地味で淡々としている。だが、実際こうして地味に淡々と世界市場崩壊のトリガーが引かれたのだと思うと、非常に不気味である。失踪した元管理部長デイル(スタンリー・トゥッチ)を探しに行ったピーターたちが、タクシーの窓から道行く人々の姿を眺めながら「彼らは明日、世の中がどんなことになるのか知らないんだ……」と呟く場面は、強烈な印象を残す。

 本作のオリジナル脚本を手がけ、長編監督デビューも飾ったJ・C・チャンダーは、ある特定の出来事を描きつつ、あくまで「状況の俯瞰図」ではなく「現場の人々」にフォーカスを合わせて映画を展開させる(だから、僕みたいに金融ビジネスに詳しくない人間でも、サスペンスフルな人間ドラマとして観ていられる)。サブプライムローンの仕組みや、経営破綻に至るまでの負債額の推移、実体を持たない金融商品をやりとりする投資ビジネスの実態などには、さほど詳しく踏み込まない。グラフや数値を示したパソコンのディスプレイを、画面に大写しにすることもない。描かれるのはあくまで、その状況に直面した社員や責任者たちの反応・言動である。そうなると必然的に、映画の内容は「倫理」をめぐるものになってくる。

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 図らずも大事件の発見者となってしまったピーターは、これまで間近で会ったこともなかった人たち……利益拡大と資産保全のためなら、どんな非情な手段も辞さない経営陣の前に引っ張り出され、事情の説明役を務めることになる。彼の驚きは観客の驚きだ。40代前半の若さで統括部長を務めるコーエンに扮するサイモン・ベイカーは、いかにもやり手だが人間的には何かが決定的に欠落した人物を説得力十分に演じている。ピーターの上司であり年収2億円近い給料を稼いでいるウィル(ポール・ベタニー)もまた、クールな性格や達観した態度ではコーエンに引けを取らない人物だが、そこまでの非情さや冷徹さは持ち合わせていない(だからこそウィルは、同じくらいの年齢で遥か上位に出世したコーエンに対して「追い越された」という意識を強く持っている)。

 そして、真夜中にヘリで乗り込んでくるCEO・トゥルド役のジェレミー・アイアンズは、登場した瞬間から「あちら側の人種」ならではの威圧感と貫禄を迫力たっぷりに見せつける。大銀行のトップで立ち回る彼らは、我々一般市民とは異なる視野をもって苛烈な日々を生きている人種だが、一方で、全く目に見えていないものもだんだん分かってくる。それは「常識」「倫理」「良心」といったものだ。

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 トゥルドとコーエンは今の状況が発覚する前に、自社の保有するポジションをすべて「売り逃げ」することで損失を最小限にとどめようとする。つまり、すでに資産価値が暴落していると分かっていながら、黙ってそれを叩き売るということだ。ケヴィン・スペイシー演じる勤続30年のベテラン社員、サムは猛反対する。それは職業倫理に反することだし、顧客の信頼を裏切ることだし、何より市場全体の信用が地に墜ちることを意味するからだ。しかし、彼らは会社の資産を死守するため、最悪のリスクヘッジを断行する。といっても実際に手を下すのはサムやウィルやその部下たちであり、責任者という名の人柱になるのはリスク管理部長のロバートソン(デミ・ムーア)である。当の発案者であるコーエンは素早く、巧みに立ち回って安全な立場をキープする。彼らはそうやって生き馬の目を抜く業界をしたたかに生き延びてきたのだ。

 翌日、トゥルドは昼食をとりながら、すっかり割り切った態度で「歴史上、世界恐慌は何度も繰り返されてきた。だが、勝者と敗者の比率はいつも変わらない」とサムに言う。それによって仕事を失い、生活を破壊されるであろう大勢の人々の姿、そして打ち砕かれたサムたちの尊厳、もっと言えば世界の調和など、彼の眼中にはない。数字しか見えていないのだ(正確にいえば総資産額)。

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 プライドもモラルも捨て、部下たちも巻き込んで組織ぐるみの悪事に手を染めてしまったサム。それでも彼は、辞表を叩きつけることすらできない。彼もまた金が必要だからだ。映画のラストで、サムは病死した愛犬の墓を泣きながら掘る。同時に、彼は自らの内にあった大切なものを自身の手で殺し、それを葬ったのである。秀逸なエンディングだ。

 ここからは余談。かつてTVシリーズ『新トワイライトゾーン』(1985)で、ウェス・クレイヴンが監督したエピソード「動揺日(Shatterday)」というエピソードがあった。広告代理店に勤める自堕落な独身男(ブルース・ウィリス)が、ある夜バーで飲んでいる時に間違えて自分の家に電話すると、電話口の向こうに「もうひとりの自分」が出てしまう。恐怖に駆られた主人公は自宅にいる「もうひとりの自分」をなんとかして叩き出そうとするのだが、向こうは常に先回りして彼の思惑に引っかからない。そのうち「もうひとりの自分」は、かつて酷い目に遭わせた元恋人に謝罪し、年老いた母親と一緒に暮らすことを決め、いいかげんな付き合い方しかしてこなかった今の恋人とも真剣な交際を始める。さらに、環境汚染を招く商品の宣伝プロジェクトを成功させてしまったことを悔い、会社に異議を唱える。まさに人間のネガとポジが完全に分離してしまったのだ。あっという間にネガ男の人生を乗っ取ったポジ男は「お前は自分のダメな人生を改善しようとしなかった。だが私は違う」と言い、とうとうネガ男の存在は霧のように消えてしまう……。

 原作はハーラン・エリスンの短編小説。一見すると「自分の人生を誰かに乗っ取られる恐怖を描いたスリラー」にも思えるが、一方では「欠点だらけの自分が死んで、いいところしかない自分だけが生き残ってほしい」という、切実な願望を描いたファンタジーでもある(それが“勝手に”起こるところがダメ人間らしい願望でもあり、恐怖でもあるのだが)。ここでも、決して世のため人のためにならないと分かっていながら職務を全うしなければならないという職業意識と、人としてのモラルのせめぎ合いというテーマがすでに内包されている。今のこの世界は、そのアンビヴァレンスがさらに広く深く進行しているのではないか。揉み消し屋の弁護士が大企業に反旗を翻す『フィクサー』(2007)など、そうしたテーマを真正面から描いた作品が増えてきたのも、それが今の一般観客の胸にダイレクトに突き刺さる切実な問題だからだろう。映画『マージン・コール』もまた、そんな問題提起を我々に投げかける秀作である。

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 少額のギャラで本作に集結した豪華キャストの中では、やはりケヴィン・スペイシーとポール・ベタニー、ジェレミー・アイアンズの存在感が際立っている。特にアイアンズが画面に登場した瞬間に張りつめる緊張感は凄い。冒頭と終盤にだけ登場するリスク管理部長役のスタンリー・トゥッチも、いい味を出している。そして、リブート版『スター・トレック』(2009)で若きスポックを演じたザカリー・クイントが、大多数の観客とほぼ同じ目線で事態を見届ける若手社員ピーター役を好演。彼は今回、プロデューサーにも名を連ねている。この映画の制作プロダクションのひとつ「Before the Door Pictures」は、クイントが大学の同窓生たちと共同経営する会社なのだそうだ。

▼『マージン・コール』出演者たちの愉快なポートレート
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・Amazon.co.jp
DVD『マージン・コール』


監督・脚本/J・C・チャンダー
製作/ジョー・ジェンクス、ロバート・オグデン・バーナム、コーリー・ムーサ、マイケル・ベナローヤ、ニール・ドッドソン、ザカリー・クイント
撮影/フランク・デマルコ
プロダクションデザイン/ジョン・ペイノ
衣装デザイン/キャロライン・ダンカン
編集/ピート・ボドロー
音楽/ネイサン・ラーソン
出演/ケヴィン・スペイシー、ポール・ベタニー、ザカリー・クイント、ペン・バッジリー、サイモン・ベイカー、ジェレミー・アイアンズ、デミ・ムーア、スタンリー・トゥッチ、メアリー・マクドネル
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