Simply Dead

映画の感想文。

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『L'Enfer d'Henri-Georges Clouzot』(2009)

『L'Enfer d'Henri-Georges Clouzot』(2009)
英語題:Henri-Georges Clouzot's Inferno

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 『恐怖の報酬』(1953)や『悪魔のような女』(1955)といった傑作で知られるフレンチ・スリラーの巨匠、アンリ=ジョルジュ・クルーゾー。1964年、彼は人気女優ロミー・シュナイダーを主演に迎えて『L'Enfer(地獄)』という長編映画の製作にとりかかるが、出演者セルジュ・レジアニの途中降板や、監督自身が心臓発作で倒れるなどのトラブルに見舞われ、製作は中断。『L'Enfer』は幻の映画となったが、クルーゾーの死後、クロード・シャブロル監督がその遺稿脚本を受け継ぎ、エマニュエル・ベアール主演の『愛の地獄』(1994)として完成させた。

 ……ぼくが『L'Enfer』について知っていたのは、上記ぐらいの情報でしかなかった。まさかそれが、とんでもなく実験的な試みに溢れた異色作になるはずだったとか、フィルム缶にして185個分・計13時間にものぼる膨大な量の撮影済みフィルムが現存していたとか、クルーゾーの病的なまでの執念が必然とも言える破綻を招いた悪夢のようなプロジェクトだったとか、そんなことは知る由もなかった。それらの驚きに満ちた“真実”を教えてくれるのが、このセルジュ・ブロムベール&ルクサンドラ・メドレア監督による秀逸なドキュメンタリー『L'Enfer d'Henri-Georges Clouzot』である。

▼右から出演者のダニー・カレル、セルジュ・レジアニ、ロミー・シュナイダー、監督のクルーゾー
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 本作は、1964年当時にスタジオで撮影された大量のテストフィルム、オーヴェルニュ地方のカンタル県ガラビで撮影された本番テイクの現存フッテージに加え、現場に参加したスタッフたちへのインタビュー、そして未撮影パートを補足する再現シーンによって構成されている。証言者として登場するのは、助監督を務めたコスタ・ガヴラス、同じく助監督とスタンド・インを務めたベルナール・ストラ、戦前から活躍するベテラン美術スタッフのジャック・ドゥイ、カメラオペレーターを担当したウィリアム・リュプチャンスキーなど、錚々たる面々である。

 現存フッテージは音声トラックが残っていないため、最小限のSEと、ブリュノ・アレクシウによる音楽で品よく補われている。また、セットでの撮影に入る前に製作が中断されたため、撮影されなかった箇所については、当時のシナリオをもとに俳優のジャック・ガンブランとベレニス・ベジョが代役としてシーンを再現。共同監督のほかに製作・脚本・ナレーターを務めるセルジュ・ブロムベールは、クルーゾーが一体どんな映画を作ろうとしていたのか、それがなぜ破綻の道を辿ったのか、多角的に浮かび上がらせようと試みている。

▼再現シーンを演じるべレニス・ベジョ、ジャック・ガンブラン
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 まず『L'Enfer』の内容について簡単に説明しておこう。舞台はとある田舎の風光明媚なリゾート地。ホテル経営者の主人公マルセル(セルジュ・レジアニ)は、若く美しい妻のオデット(ロミー・シュナイダー)とともに幸福な暮らしを送っていた。しかし、彼はある出来事をきっかけに妻が浮気しているのではないかと疑念を持ち、ひそかに嫉妬の炎を燃やし始める。どこにもはけ口がないままに膨れ上がった疑惑は、やがて狂気へと変貌し、妄想にとらわれたマルセルは彼女を尾行し始める……。大筋はシャブロルの『愛の地獄』とほぼ同じ。あまりに魅力的すぎる妻を得た男の悲劇であり、誰の心にもたやすく生じる嫉妬や妄執の恐ろしさを赤裸々に描いたサイコスリラーである。

 フェデリコ・フェリーニ監督の『8 1/2』(1963)を観て感銘を受けたクルーゾーは、4年ぶりとなる新作『L'Enfer』で、現実と幻想の大胆な混濁を試みる。現実世界の場面をモノクロで撮影し、狂気にとり憑かれた主人公の見る妄想をカラーで撮影するという手法で、主人公の引き裂かれた内面を表現しようとしたのだ。といっても単なるパートカラーではなく、カラー部分はのちに現像段階で特殊な処理を施すことを想定し、出演者の肌や唇は青く塗られた(色を反転することで、人間の肌は普通の色調っぽく見えるのに、周囲の世界は奇妙な色彩に溢れているという効果を出そうとしたのだろう)。

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 さらに、クルーゾーは主人公の幻想シーンに、視覚的な「動き」と「錯視効果」を組み合わせたキネティック・アートの表現を採り入れ、かつてない鮮烈なイメージを作り出そうとした。変幻するカラフルな照明効果、特殊なレンズや鏡を用いたトリッキーな映像がもたらす悪夢的感覚に、クルーゾーの鬼才ぶりが如何なく発揮されている。そこに、ややSM趣味の入ったポルノグラフィックなセンスが加わっているのも、彼の新機軸を見るようで興味深い。のちにクルーゾーは遺作となった『囚われの女』(1968)でもキネティック・アートの表現を採り入れ、ささやかながら本作の雪辱を果たしている。

 また、撮影現場で録音されたはずの音声素材が現存しない代わりに、主人公のモノローグのテスト録音テープが残っており、それもやはりクルーゾーのこだわりと先鋭性がうかがえるものだ。緻密な計算に基づいて逆回転やオーバーラップなどの細かい工夫を施したサウンドデザインは、神経症的不安を誘う異様な仕上がりで、さながらデイヴィッド・リンチの世界である。

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 それらの現存フッテージの、なんと魅惑的なことか! 観ながら思わず「どうして完成しなかったのか!?」「出来上がってたら傑作になったに決まってるのに!!」と叫び出したくなるほど、刺激的な映像がバンバン登場する(観ていくうちに、その感想もだんだん変わってくるのだが)。圧巻は、本番のロケ撮影が始まる前に撮り溜められたテストフィルム集である。ここだけでもどこかの美術館のモニターで、エンドレスで流してほしいくらいだ。

 米・コロムビア映画からの出資を取りつけ、潤沢な予算を得たクルーゾーは、スタジオにこもってひたすら実験を繰り返した。絶頂期の美しさを誇るロミー・シュナイダーが、超現実的なライティングのもと、様々なメイキャップを施され、様々なオブジェと共演し、彼女自身が淫靡極まるモダンアートとなってあらゆる表情を引き出される……これを「贅沢な遊び」と言わずして、なんと言おう。残されたフィルムに映る彼女のエロティックな魔力は、ただごとではない。

▼イメージシーンのテスト映像の数々
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 ロミー・シュナイダーもまた、初顔合わせとなる巨匠との仕事に、相当な意気込みをもって臨んでいたのだろう。まだテスト撮影段階だというのに、どんな奇天烈な要求にも応え、ヌードになることも辞さないプロフェッショナルぶりを見せている。きっと演技派女優として大きなステップアップを達成できる作品になると、この時点では信じて疑っていなかったのだろう。

 対する夫役のセルジュ・レジアニの佇まいも、彼女に負けず劣らず素晴らしい。「困った犬」のような顔に優しさを滲ませながら、苦悩を内側に溜め込んでいく男の不器用さを、物言わずして体現してみせる。むしろ本作の核は彼の存在だったのではないか、とすら思えるほどだ(今思えば、クルーゾーはもっと彼を手厚く扱うべきだった)。

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 ロケ撮影パートもまた素晴らしい。河岸に面した瀟洒なリゾートホテル、そして観光名所として知られるガラビ橋(高さ100m近いアーチ型の鉄道橋)がかかっているというビジュアルは、それだけで映画的だ。ロミー・シュナイダーの美しさにも惚れ惚れするばかりである。撮影は3チーム制で行われ、クロード・ルノワール、アルマン・ティラール、アンドレアス・ウィンディングといったフランス映画界を代表する名キャメラマンが一堂に会し、神がかり的なショットがいくつも収められた。特に印象的なのは、マッチョな男友達(マリオ・ダヴィッド)に誘われて水上スキーを楽しむ妻オデットの姿を捉えつつ、画面奥の山道に、夫マルセルが並走する姿が見えるというカット。手前を走る水上スキーと同じスピードで全力疾走しなければならないS・レジアニへの凄まじい負担の掛け方も含めて、これは本当に凄い。ロミーもまた、鉄橋の線路上に全裸で縛りつけられ、そこに蒸気機関車が突進してくるという凄まじいシーンを体当たりで演じている(汽車は逆回しで撮っているとはいえ、裸はスタントなしである)。

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 だが、そういった見事なショットを撮るために、クルーゾーは現場で粘りに粘り、カメラの脇に佇んでどう撮るか悩む時間も増え、スケジュールはどんどん遅れていった。そもそも、名キャメラマンを3人も集めたところで「船頭多くして船なんとやら」であり、それぞれが専属の撮影クルーたちを引き連れていたために現場は大混乱をきたした。撮影プランの話し合いはいつ果てることなく続けられ、ある日クルーゾーに部屋の外から呼び出されたクロード・ルノワールは窓から逃げ出したという。

 クルーゾーは役者の演技に対してもとことん厳しく、中でも最大の“犠牲者”となったのがセルジュ・レジアニであった。来る日も来る日も山道を延々と走らされ、何度となくリテイクを食らい、スタンド・インでも事足りる遠景ショットでさえ彼自身が演じた。次第に監督とレジアニの仲は険悪になり、彼はついに現場から姿を消してしまう。一応、病気による降板という説が一般化しているが、スタッフたちの口ぶりでは、やはり感情のもつれが原因だったようなニュアンスである。

 先述したとおり、レジアニの存在は本作の「核」だったのではないか。すでにこの段階でプロジェクトは決定的な崩壊を迎えたのだろう。代役としてジャン=ルイ・トランティニャンが現場にやってくるが、彼の出演場面は1テイクも撮影されないまま、たった3日で降板。打開策が見えないまま、クルーゾーは湖での撮影を続ける。そして、ロミー・シュナイダーと女友達役のダニー・カレルのレズビアン的な絡みを撮っている最中、心臓発作で倒れる。映画はそのまま製作中断となり、膨大な撮影済みフィルムは差し押さえられ、倉庫へとしまわれた……。

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 クルーゾーは前作『真実』(1960)に主演したブリジット・バルドーとの不倫が噂され、妻のヴェラ・クルーゾーはそれがもとで神経衰弱に陥り、映画公開と同年に心臓発作で急逝(自殺という説もある)。その痛手から復帰し、2人目の妻イネスを得て再出発したクルーゾーが、意気込みも新たに挑んだ新作が『L'Enfer』であった。だが、それも彼自身のサディスティックな完璧主義と、パラノイア的な執念によって、破綻を迎えてしまう。そこには、どこか自己破滅的なものを感じずにはいられない。ある夫婦の間に生じた嫉妬のドラマを描くという、極めてミニマムな素材に対して、映画作家クルーゾーの野心はあまりに巨大すぎたのだろうか? 一方では、同じく何度もトラブルに見舞われ“呪われた映画”と揶揄されながら、巨額の製作費を投じて完成に漕ぎ着けた『ポンヌフの恋人』(1991)という例もあるというのに……。

 もちろん、このドキュメンタリーを観終わったあとも、完成作を観たかったという思いは募る。しかし同時に、これは宿命的に完成することのなかった作品なのではないか、という複雑な思いも抱かずにはいられない。まさに「映画の魔」を感じさせてくれる、貴重な作品である。

・DVD Fantasium
Blu-ray+DVD『Henri-Georges Clouzot's Inferno』(米国盤・リージョンオール・英語字幕)


監督/セルジュ・ブロムベール、ルクサンドラ・メドレア
製作、脚本、ナレーター/セルジュ・ブロムベール
撮影/ジェローム・クリュメナケル、イリナ・リュプチャンスキー
プロダクションデザイン/ニコラス・フォレ
編集/ジャニス・ジョーンズ
音楽/ブリュノ・アレクシウ
インタビューシーン出演/コスタ・ガヴラス(助監督)、ベルナール・ストラ(助監督)、ジャック・ドゥイ(美術)、ウィリアム・リュプチャンスキー(カメラオペレーター)、グエン・チー・ラン(記録)、カトリーヌ・アレグレ(出演者)
再現シーン出演/ジャック・ガンブラン、ベレニス・ベジョ


『L'Enfer』(1964・未完)
製作・監督・脚本/アンリ=ジョルジュ・クルーゾー
撮影/クロード・ルノワール、アルマン・ティラール、アンドレアス・ウィンディング
出演/ロミー・シュナイダー、セルジュ・レジアニ、マリオ・ダヴィッド、ダニー・カレル、カトリーヌ・アレグレ、アンリ=ジョルジュ・クルーゾー

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