Simply Dead

映画の感想文。

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『テロリストたちの夜/自由への挽歌』(1977)

『テロリストたちの夜/自由への挽歌』
原題:Sleeping Dogs(1977)

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 70年代ニュージーランドの政情不安を背景にした政治アクションスリラー。製作・監督は、のちに『カクテル』(1988)や『バンク・ジョブ』(2008)といった作品を手がけるロジャー・ドナルドソン。主演はこれが本格的映画デビュー作となったサム・ニール。両者とも、この作品への高い評価がハリウッド進出の大きな足がかりとなった。また、本作はニュージーランド国内だけで全て撮影・製作された最初の35mm長編劇映画であり、初めてアメリカで劇場公開されたニュージーランド映画としても知られている。

 原作はC・K・ステッドの小説「Smith's dream」。脚本は、準主役として出演もしているイアン・ミューンと、アーサー・ベイスティングが共同で書き上げた。ゲストスターとして名優ウォーレン・オーツがアメリカから招かれ、短い出番ながらも印象的な役柄で登場する。

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〈おはなし〉
 かつてない不況にあえぐニュージーランド。TVのニュース番組では、現政府の強圧的政策に対する国民の不信や不満、各地で頻発する抗議行動やストライキについて伝えている。その朝、スミス(サム・ニール)は家を出た。愛する妻を友人に寝盗られたからだ。傷心を紛らすため、彼はマオリ族の所有する小さな島に管理人として移り住む。孤独だが自由な生活を謳歌するスミス。その頃、街ではデモ隊と軍隊が衝突し、政府が自らテロ事件を仕組んで弾圧の強化をはかるなど、手段を選ばぬ暴力がカオスとなって渦巻いていた。

 ある日、スミスはいきなり島へやってきた軍服姿の男たちに拉致される。何も分からぬまま地下室に幽閉された彼は、学生時代に知人だった政府高官ジェスパソン(クライド・スコット)と面会。スミスが暮らしている小島は反体制派の武器庫だと告げられ、国家反逆罪で死刑になりたくなけば革命家としてTV番組に出演して偽証しろ、そうすれば国外へ逃してやると脅迫される。

 TV局への護送中に隙を見て逃亡したスミスは、郊外のモーテルに身を隠し、バリーという偽名を使って管理人になる。そこに訪ねてきたのは、なんと妻を奪った友人ブレン(イアン・ミューン)だった。彼は反政府ゲリラの首領であり、このモーテルは抵抗組織のセーフハウスだというのだ。翌日、現政権に雇われた米国人ウィロビー大佐(ウォーレン・オーツ)率いる中隊がたまたま訪れ、モーテルはさながら兵舎と化す。ブレンは兵士たちを皆殺しにしようとスミスに協力を迫るが……。

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 妻と友人の不倫をきっかけに家庭も仕事も放り出し、世捨て人のような生活を始めたノンポリの主人公が、ひょんなことから政治的武力闘争に利用されそうになり、あれよあれよという間に「政府のお尋ね者」「テロリストの英雄」として祭り上げられていく。そんな男の不条理な運命が、スリルとアクションをふんだんに盛り込んだパワフルな演出で、ひたすらスピーディーに綴られる。とにかく語り口のテンポが速い(上記のあらすじは、映画の約半分までの内容に過ぎない)。映画が始まってすぐ、主人公の身には次から次へと事件が振りかかり、逃走に次ぐ逃走、反撃に次ぐ反撃を余儀なくされる。あまりにも矢継ぎ早に新展開がたたみかけられ、ほとんどご都合主義的なタイミングで登場人物が次々と主人公の前に現れるので、はっきり言って観ていて不自然に思えてくるほどだが、最初から最後までまったく飽きさせないことは間違いない。この内容を99分にまとめ上げたロジャー・ドナルドソン監督の豪腕は大したものだ(ただし、データベースでの上映時間表記は107分となっている。日本版ビデオはカット版なのだろうか?)。

 当時のニュージーランドの国民感情を反映した、悪政への強い憤懣ありきの作品でありながら、一方的な政府批判には陥っていない。主人公スミスは自国の政治にも人生のしがらみにも背を向け、無人島での気ままな一人暮らしを始めた途端、皮肉にも政治的闘争の渦中に引きずり込まれ、しまいには「泣く子も黙る思想犯」として政府とゲリラの両陣営にその名を轟かせることになる(彼自身は何もしていないのに)。不条理で、寓話的ですらあるアイロニカルな設定には、国全体が危機に陥っている時に無関心を決め込むことへの痛烈な揶揄も込められているのだろう。今の日本にも通じる内容といえるのではないか。

 同時に、映画の視点は徹底してゲリラ側にも国家側にも肩入れしない、中立の立場が保たれている。暴力を行使することで事態を解決しようとする点においては、どちらも何ひとつ変わらないという冷徹な姿勢が貫かれており、J=P・マンシェットの『地下組織ナーダ』にも通じるノワール的な客観性が感じられる。

 そんな中で、主人公スミスは政府軍にもゲリラにも嫌悪感を露にしながら、最終的には政治的イデオロギーとは無関係に、命を賭けた戦いにのめり込んでいく。“惰眠をむさぼる犬ども”のひとりだった男が、スリリングな逃避行の日々の中で“獣の生きざま”に目覚めていく終盤の展開には、純粋なアクションロマンとしての魅力がしっかりと息づいている。追跡してきた軍隊に発砲しながら「なあ、俺たち大物だぜ!」と叫ぶスミスの姿が痛快だ。平凡な男の魂に熱情と狂気が宿っていく過程を見事に演じた、サム・ニールの熱演が光る。

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 後半で行動を共にすることになるスミスとブレンの微妙な関係性も、物語に奥行きを与えている。妻を寝盗られた男と寝盗った男(しかも友人同士)という気まずいにもほどがある、いつ殺し合いになってもおかしくない関係のふたりが、互いに怒りや憎しみをちらつかせながら逃げ続けるうち、予想外の絆をつむいでいく過程は、心理劇として見ても実にスリリングかつ興味深い。物語のクライマックスで、スミスはブレンのこめかみに銃口を当てるが、それは殺意でも敵意でもなく、愛情からくる行為なのだ。

 本作の脚本も執筆しているブレン役のイアン・ミューンは、残念ながらゲリラ集団のリーダーに相応しいカリスマ性や色気に乏しく、率直に言ってミスキャストである。それゆえにサム・ニールの存在感が引き立っているともいえるのだが。

 スミスとブレンの奇妙な愛憎関係の狭間にいる妻グロリアに関しては、映画ではまったく内面のあるキャラクターとして描かれない。おそらくは意図的に。彼女はどう見ても、大の男同士が憎しみ合ってでも取り合うような“いい女”には見えないし、図らずも愛する男たちの間に争いを招いてしまうパッショネイトな女の悲しい性なども感じられない。ただ薄っぺらで無神経な女として、なんの重要性もない役として登場するのみだ。だからこそ本作はランニングタイムを大幅に縮められたのだろうし、監督ロジャー・ドナルドソンの興味がそちらへまったく向いていないこともまた明らかである(あるいは、107分版ではもっとしっかり描かれているのだろうか?)。

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 アクション演出にも気合いが入っている。外貨獲得のため、本作をヒットさせて映画をニュージーランドの産業のひとつにしようという思惑もあったのだろう。いわばオーストラリアにおける『マッドマックス』(1979)、あるいは韓国における『シュリ』(1999)のような位置づけの作品だったのではないか。特に鮮烈な印象を与えるのが、一般市民と鎮圧部隊の衝突を描いた前半のシーン。パニック状態で逃げ惑う民衆と、男も女も見境なく棍棒を振り下ろす警官たちの姿を捉えた画面の凄惨なリアリティと臨場感は、さながら記録映像を見ているかのような迫力だ。また、映画の後半、スミスとブレンが政府軍の包囲を蹴散らして車で脱出するカーチェイスシーンも忘れがたい。他にも、モーテルで繰り広げられる戦争映画のごとき銃撃戦、森に追いつめられたゲリラたちへの容赦ない空爆シーンなど、実際に軍の協力を得て撮影されたというスペクタクルシーンも見応え十分(映画自体は政府の非道ぶりを批判した内容なのに!)。

 撮影を手がけたのは『ダウンタウン物語』(1976)や『エンゼル・ハート』(1987)など、アラン・パーカー監督との仕事で知られるマイケル・セラシン。彼もまたニュージーランド出身の映画人のひとりだ。本作『テロリストたちの夜』では、殺伐とした物語の背景に広がるニュージーランドの緑豊かな自然美が、独特のトーンを形作っている。室内シーンの陰影の美しさも印象的だ。


製作・監督/ロジャー・ドナルドソン
原作/C・K・ステッド
脚本/イアン・ミューン、アーサー・ベイスティング
撮影/マイケル・セラシン
出演/サム・ニール、イアン・ミューン、クライド・スコット、ウォーレン・オーツ、ネヴァン・ロウ、イアン・ワトキン、ドナ・アカーステン
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