Simply Dead

映画の感想文。

『イップ・マン 葉問』(2010)

『イップ・マン 葉問』
原題:葉問2(2010)

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 必見の秀作。香港ならびに中国で爆発的ヒットを記録し、ドニー・イェンを一躍大スターの座へと押し上げた『イップ・マン 序章』(2008)の、待望の続編である。香港では前作の1.5倍という興行成績を叩き出し、2010年の国内映画興収ランキングNo.1の座に輝いた。大陸でも『唐山大地震』や『譲子弾飛』といった大作に次いで、中国語作品としては年間興収第4位にランクイン。日本では単館公開なので地味な印象しかないかもしれないが、実はとんでもないメガヒット作なのである。

 すでに『イップ・マン 序章』(以下『1』)を観た人の中には、本作『イップ・マン』(以下『2』)のほうが完成度の面ではやや劣るという意見もあるし、逆に『2』のほうが前作より面白いという意見もある。個人的には、どちらの声にも納得できる。確かに、身も心もイップ・マンになりきったドニー・イェンの佇まいが与えるインパクトと感動、映画として研ぎ澄まされた完成度の高さを誇っているのは、『1』のほうだと思う。しかし、昔ながらの香港映画らしい娯楽性、前作を愛した観客たちのためのファンムービー的要素も含めたサービス精神においては、『2』のほうに軍配が上がる。特に、香港映画を長く観続けている人ほど『2』のほうを高く評価する傾向があるのではないか。

 ファンの熱心な後押しによって、『1』の劇場公開もめでたく決定した今だからこそハッキリと言えるが、『イップ・マン』2部作はやはり順番どおりに観なければ、その面白さを十分に堪能することはできない。『2』を未見の方には、ぜひこの機会に『1』からご覧になっていただきたいし、すでに『2』を劇場で堪能したという方にも、『1』を観てから再度『2』を観るとさらに細部まで楽しめるはずだ。

(以下、作品の内容に細かく触れているので、未見の方はご遠慮ください)

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 前作のラストで佛山から脱出したイップ・マン一家は、終戦をはさんで、香港へとやってくる。『1』で古き良き武林の気風が息づく地・佛山を魅力的に描いたウィルソン・イップ監督は、『2』では1950年の香港の情景をリアルに再現してみせる。その画面から溢れ出る濃密なノスタルジーと地元愛のムードこそ、『2』が多くの香港人の心を掴んだ要因のひとつではないだろうか。今度は我々の父や母たちの物語なのだ、という人々の意識が、前作以上にキャラクターへの愛着と感情移入を強く誘発したのかもしれない。

 シナリオの構成、キャラクター配置も、前作を心から楽しんだ観客へのサービス精神に満ち溢れている。そもそも、詠春拳の達人である主人公イップ・マンが、外国人との対決を通して抑圧された同胞たちの鬱屈を解放し、中国武術の精神性=中国人としてのアイデンティティを説くという大枠のストーリーからして、完全に『1』の焼き直しである。加えて、前作における重要なサブキャラクターたち……ルイス・ファン演じる乱暴者のカム・サンチャウ、サイモン・ヤム演じる親友チンチュンなどの意外すぎる再登場も、ファンには嬉しい趣向だ。

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 そして、前作でイップ・マンの友人が日本軍将校・三浦(池内博之)によって練習試合で殺されてしまうくだりも、『2』ではサモ・ハン演じる洪拳師範ホンが、英国人ボクサーのツイスター(ダーレン・シャラヴィ)との壮絶な試合で命を落とすという展開で繰り返される。さらに、『1』ではラム・カートン演じる通訳が担っていた「裏切り者」的な役柄を、今回はケント・チェン扮する英国人の腰巾着のような警察官が担当していたりと、非常に分かりやすい「セルフオマージュ」が随所に散りばめられている。

 事程左様に、『2』は前作を観ている人ほど隅から隅まで楽しめる造りになっているのだ。だからこそ『2』のほうを先に上映してしまった日本での公開形態には、大いに疑問を感じる。まあ、今となっては過ぎたことだけれども。

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 『1』は前半で戦前の平和な日々を、後半で戦時中の暗い時代を描くという構成のため、映像的には彩度を落としたモノクロに近いルックの印象が強かった。しかし、『2』は全編にわたって実に豊かな色彩を感じる映画に仕上がっている。ほんのりとセピア色の夕陽に包まれた魚市場、柔らかな自然光が射し込む茶館、活気に溢れた下町の通りや公園の情景、照明と美術でアンバーとグリーンを巧みに組み合わせた配色の妙が光るクライマックスの試合会場などなど。もちろん1作目のシンプルでストイックな画作りも素晴らしいのだが、『2』のほうが見た目として充実しているという声にも頷ける。撮影を手がけたプーン・ハンサンは、80年代からツイ・ハークやスタンリー・クワンといった香港ニューウェーヴの監督たちと組み、近年ではチャウ・シンチー作品なども手がけている大ベテランだ。

 前作に続いてサモ・ハンが動作導演を務めたアクションシーンの数々も、1作目のそれとは少し趣が異なる。『1』では物語上、あるいは場面上の「意味」を重視した簡潔かつ濃密なアクション設計がなされていたが、『2』ではもっと「見せ場」としての面白さを追求した演出が行われている。別の言い方をすると、とにかく「見せたいだけ見せる」ことに懸けた、エンタテインメント性と自由度の高い特盛主義のアクションだ。魚市場での大立ち回りは、そんなサービス精神が最も如実に表れているくだりだろう。もちろん、ドラマティックに盛り上がるところもしっかり押さえてあるからこそ、前作同様にアクションシーンそれ自体が観客に強い感動をもたらす名場面たりえている。

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 特に強烈な感動を覚えるのが、茶館でのドニー対サモ・ハンの試合シーンだ。まず、ドニー演じるイップ・マンが立つ円卓に、サモ・ハン扮するホン師父がワイヤーワークで軽やかに飛び移り、ひとしきり軽い拳の応酬があってから、いよいよふたりが真正面から対峙して互いに構え合う。そのショットの凄みと美しさは、香港アクション映画ファンなら思わず感涙を禁じ得ないだろう。彼らが初めて本格的に共演し、大迫力の死闘を繰り広げた『SPL/狼よ静かに死ね』(2005)以来の対決シーンであるという感慨もあるが、このシーンはそれ以上に歴史的な意味合いを含んでいる。

 長い歳月をかけ、ついに21世紀アジアを代表するアクションスターとなったドニー・イェンが、全てのアクション俳優の憧れであり続けるブルース・リーが師と仰ぐ唯一の人物、イップ・マンを演じるという奇縁。そのアクション監督を務めるのが、かつて『燃えよドラゴン』(1973)でブルース・リーと共演し、のちに世界的な香港映画ブームの立役者となったサモ・ハンであるという巡り会わせ。ふたつの世代を代表するスター2人が、偉大なる先人にリスペクトを捧げながら、全身全霊で作り上げた迫真のバトルシーンには、どこか儀式的な神々しささえ感じられる。だからといって上品ぶった仕上がりではまったくない。両者が円卓の縁に沿って歩きながら、激しく手技の応酬を繰り広げるくだりは、まさに息詰まる迫力。そしてまっぷたつに割れた円卓の端と端にふたりが着地するところは、劇中の観衆と同じく思わず「好!」と歓声を上げたくなる場面だ。

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 ドニー・イェンは前作に引き続き、細かな所作から全身の佇まいに至るまで、イップ・マンという実在の人物になりきることで、その精神性と風格を体現しようと試み、見事に成功している。真剣勝負に臨む際の凛々しい表情にも惚れ惚れするが、それ以上に、家族や弟子たちに接する時の人間味溢れる柔和な顔が魅力的だ。クライマックスの試合後、イップ・マンが英国人の観衆に向かって演説するシーンは、まさに畢生の名演技。イップ・マンという人物の持つ謙虚さと力強さが、劇中の聴衆同様に観客にも伝わり、胸を打つのだ。

 これまではあまり内面的に深みのない役柄でも、甘んじて受けることも少なくなかったはず(それはアクションスターという職業の宿命かもしれない)。しかし、この『イップ・マン』2部作で、人間としても武芸者としても完成された人物を完璧に己のものとして演じきった今、俳優ドニー・イェンのポテンシャルは無限に広がったと言えよう。

 ホン師父を貫禄たっぷりに演じるサモ・ハンも、役者として、またアクションスターの重鎮として、円熟した仕事を見せてくれる。『1』で裏方に徹したのが引き金になったのか、もう水を得た魚のような熱演ぶり(笑)。ダーレン・シャラヴィとの試合で強烈なパンチを次々に食らい、壮絶な最期を遂げるくだりの痛々しいやられっぷりも圧巻だ。

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 イップ・マンの香港での一番弟子となるウォンを演じるのは、大陸出身の人気若手俳優ホァン・シャオミン。いかにも血気盛んな問題児的キャラクターがよく似合っている(広東語の吹き替え声優があまりうまくないのは、ファンにとって少し残念かも)。彼のライバル的な立ち位置で登場する洪拳の弟子を演じる、トー・ユーハンの存在感も光っている。劇中での服装がやけに現代的で、50年代らしさが全然ないのはどうかと思うが、アクションのキレはなかなかのもの。彼は実際には詠春拳の使い手で、ハーマン・ヤウ監督の『葉問前傳』(2010)では青年時代のイップ・マンを演じている。

 イップ・マンの妻役のリン・ホンは、前作では圧倒的な美しさとツンデレ風キャラで観客の目を奪ったが、本作では健気に夫を支える良妻というキャラクター以上の深みが感じられず、やや残念ではある。とはいえ、その美貌は存分に堪能できるし、泣き顔がまた可愛い。そして、英国人の上司に振り回される警官に扮する名脇役ケント・チェンの好演も印象に残る。年齢を重ねながら小悪党的な佇まいを微塵も失っていないところが素晴らしい。久々にその姿をスクリーンで見たという方も多いのではないだろうか。

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 前作のラストから数年の開きがあるわりに、イップ・マンの息子があんまり成長してないところもまた、香港映画らしい大らかさ(?)。前作の魅力を大事に継承しながら、また違った味わいを目指したエンタテインメントとして、『イップ・マン 葉問』は極めて水準の高い快作に仕上がっている。何はともあれ、劇場で楽しむべし!

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DVD『イップ・マン 葉問』
Blu-ray『イップ・マン 序章&葉問』ツインパック

製作/レイモンド・ウォン
監督/ウィルソン・イップ
アクション監督/サモ・ハン・キンポー
脚本/エドモンド・ウォン
撮影/プーン・ハンサン
音楽/川井憲次
出演/ドニー・イェン、サモ・ハン・キンポー、リン・ホン、ホァン・シャオミン、ダーレン・シャラヴィ、ケント・チェン、ルイス・ファン、サイモン・ヤム
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