Simply Dead

映画の感想文。

『L.627』(1992)

『L.627』(1992)

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 ベルトラン・タヴェルニエ監督が手がけた社会派刑事ドラマの秀作。現役警官の脚本協力を得て、日々捜査にいそしむパリの麻薬取締班の活動と、巷にはびこる麻薬犯罪の実態をリアルに描く。タイトルは麻薬常用者や売人の逮捕・罰則に関する公衆条例のこと。フランス本国ではセザール賞4部門にノミネートされるほどの高評価を受けながら、内容の地味さのためか日本公開はされず、第1回フランス映画祭などで限定上映されるにとどまった。現在、東京国立近代美術館フィルムセンターで開催中の「現代フランス映画の肖像〜ユニフランス寄贈フィルム・コレクションより〜」で、やっと日本語字幕つきのフィルムで観ることができた。

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〈おはなし〉
 叩き上げの麻薬取締班刑事として、毎日ひたすら捜査活動に明け暮れる通称“リュリュ”こと、ルシアン・マルゲ(ディディエ・ブザス)。彼は上司と揉めたことがきっかけで左遷され、一時は分署の窓口対応係に回されるが、間もなく新しい麻薬捜査チームに配属される。そこで待っていたのは個性豊かな面々ばかり。リュリュは再び麻薬犯罪の現場に舞い戻り、闘いの日々に身を投じていく……。

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 警察の麻薬取締員の仕事を、公共の社会事業のひとつとして見つめる視点が新鮮。例えば、左遷された主人公リュリュがいくつもの分署を転々とするくだりや、捜査活動の前後における「手続き」や「書類作成」といった事務のひとつひとつも、本作は執拗なくらいにじっくりと映し出す。ハリウッドで作られるヒロイックな刑事アクション映画や、TVの刑事ドラマなどでは、普通は省略されるかバッサリ切られる部分だろう。

 じゃあ退屈な映画なのかというと、そうではない。薬物常用者たちへのケアも含めた彼らの仕事を、ソーシャルワーカーに近いものとして丹念に描きながら、緊張や葛藤に満ちた刑事ドラマとしての面白さもしっかり盛り込まれている。語り口自体は派手さのない、きわめて欲のない淡々としたものだが、上映時間146分という長尺を見せきるパワーはしっかりと持ち合わせている。

 素材と視点、語り口の組み合わせにおいて「地味に類を見ない」バランス感覚は、タヴェルニエ独特のセンスだ。ある炭鉱町を舞台に、教育や福祉、家族の在り方を見つめた『今日から始まる』(1999)にも通じる、タヴェルニエの現代フランス社会への関心と視点が、この映画にも如実に表れている。あえて本作と近い作風を探すなら、70年代香港で作られた政府公報目的のTV司法ドラマ『ICAC』『CID』、ソーシャルワーカーの視点から社会問題を描いた『北斗星』などが思い浮かぶ。

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 タヴェルニエは現場主義の主人公リュリュを中心とした多彩なキャラクター陣の個性をそれぞれに引き立て、ある「職場」の人間関係のドラマを鮮やかな手際で活写する。狭苦しいプレハブ内に作られた部署で、肩を寄せ合って仕事する捜査員たちの連帯感をリアルに伝える、俳優陣の活き活きとした芝居が魅力的だ。並行して、日常生活と隣り合わせにある様々な社会問題、巷にはびこる麻薬ビジネスの底辺の実態、負のサイクルに絡め取られた社会的弱者の存在に目を向ける。主人公とHIVポジティブの娼婦が紡ぐプラトニックなラブストーリーをうっすらと縦軸にしながら、いくつもの印象的なエピソードを積み重ねていくシナリオと演出の妙が見ものだ。もちろん、刑事モノになくてはならない緊迫感溢れるアクションシーン、サスペンスフルな捜査劇の面白さも随所にあり、ダレ場はあっても飽きさせない。

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 プロフェッション(職能)としての麻薬取締課の刑事を見つめたストーリーの中で、主人公は葛藤し、傷つき、やがては仕事の意義を見失う。そんな彼に「この仕事が誰かを救っている」という希望を与えるラストシーンが秀逸だ。温かさと同時に、ほろ苦さや切なさも含んだ幕切れに、不覚にも涙ぐんでしまった。現代的テーマを扱いながら、どこかでフランス映画伝統の美徳を感じさせる独特の品性が、タヴェルニエ作品の魅力だと思う。

 また、主人公が刑事稼業の傍ら、休日はビデオカメラマンのバイトをしているという設定が面白い。結婚式などのイベントに呼ばれていっては、市井の人々の姿をビデオにおさめる彼の視線は、そのまま売人たちや中毒者たちがはびこる社会の底辺にも、同じように向けられている。その視点の在り方が、彼の独自の職業意識とプロフェッションを形成しているのだという深みも与えていて、秀逸な設定である。

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 知名度の高いスターを使わず、リアリティを持った芝居のできる実力派俳優たちを数多く起用したキャスティングも素晴らしい。麻薬問題に真っ向から立ち向かう中堅刑事リュリュを演じたディディエ・ブザスは、権威や不正に対しては反抗的だが、優しさと良識を併せ持った人物像を好演。ちょっとケヴィン・クラインを思わせる佇まいが魅力的だ。リュリュと心を通わせる娼婦セシルを演じるララ・ギラオ、明るくセクシーな女性刑事マリー役のシャルロット・カディ、リュリュを支える美しい妻に扮するセシル・ガルシア=フォゲルと、女優陣の際立った名演も本作の見どころ。また、リュリュの相棒として活躍する若手刑事役のフィリップ・トレトンをはじめ、いちいちキャラの立った仲間たちを演じる役者陣の演技も印象深い。その中でやたらとイケメンで知性派の刑事ヴァンサンを演じているのは、監督の息子であるニルス・タヴェルニエだ。

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DVD『L.627』(英国盤・PAL)

製作/アラン・サルド
監督/ベルトラン・タヴェルニエ
脚本/ミシェル・アレクサンドル、ベルトラン・タヴェルニエ
撮影/アラン・ショカール
美術/ギイ=クロード・フランソワ
音楽/フィリップ・サルド
出演/ディディエ・ブザス、ララ・ギラオ、ジャン=ポール・コマール、シャルロット・カディ、ジャン=ロジェ・ミロ、ニルス・タヴェルニエ、セシル・ガルシア=フォゲル
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