Simply Dead

映画の感想文。

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『マスターズ・オブ・ホラー/世界の終り』(2005)

『マスターズ・オブ・ホラー/世界の終り』
原題:John Carpenter's Cigarette Burns(2005)

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〈おはなし〉
 名画座を経営するカービー(ノーマン・リーダス)は、副業として希少フィルムの発掘も生業にしている。ある日、彼はミステリアスな富豪バリンジャー(ウド・キア)からの依頼で、幻の映画『世界の終り』を探し出すことになる。その映画はシッチェス映画祭で初上映された際、観客が暴動を起こし、2度目の上映時には劇場が焼失。以来、誰の目にも触れていない代物だった。

 20万ドルの報酬を得るため、そして幻の映画の正体を知るために、カービーは世界各地を飛び回る。だが、その存在に近づくにつれ、周囲で血なまぐさい出来事が次々に起こり、カービー自身も奇妙な幻影にとらわれ始める。はたして『世界の終り』とは本当に呪われたフィルムなのか?

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 13人の監督によるホラー競作プロジェクト“マスターズ・オブ・ホラー”の一編。職人ジョン・カーペンターのことだから、他とは一線を画す快作になっているだろうと、観る前からなんとなく信じてはいた。それは確かにその通りだったが……本作は、単に手際のいい語り口や、巧みな演出ばかりを愉しむ小品などではなかった。そこには、映画を観ること、映画を作ることについての根元的な探求がなされていた。それも、ジョン・カーペンターという稀代のホラー映画作家の手によって。

 ストーリーだけ見ると、ファンは思わず『マウス・オブ・マッドネス』(1994)を連想してしまうはずだ。しかし『世界の終り』で「その映画」がもたらすのは、カタストロフですらない。もっと個人的で、絶望的な何かだ。

 映画を作ることの目的として「観た人の人生を変える」という命題がある。その映画に出会ってしまった瞬間から、その人の人生は変わってしまった。もう後戻りはできない。巷にはびこる感動作を俎上に、ポジティブに語ることもできるその「作用」を、カーペンターは真正面からネガティブなものとして提示してみせた。封印された極悪なフィルム。それを探し求めて止まない映画マニアの心理。その帰結……。ある程度、濃い観客になればなるほど、本作のストーリーは痛々しいほどリアルな感覚として刺さってくるはずだ。

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 一方、カーペンターは“作る側”としての実感も込めて、存在そのものが悪となったフィルムの誕生と封印を描いている。個人的にはどうしても、そこに特別な感慨を抱かずにはいられない。カーペンター自身は、決して「悪そのもの」のようなフィルムを作っていないからだ。『ハロウィン』(1978)や『遊星からの物体X』(1982)といったグランドブレイキングな傑作を多く放ってはきたが、それらは優れて巧みな“映画”であり続け、無神経な「悪影響」という言葉からも遠く思えた。『ザ・フォッグ』(1980)は言うに及ばず、『パラダイム』(1988)でさえそうだった。しかし、恐怖を追及し続けてきた作家として、存在してはいけないものを創り出したいという願望は強いのではないか……。

 その語り口は相変わらず巧みで、淀みないものだが、本作『世界の終り』には普段とは違う張りつめ方を感じた。それで、ふとそんな気持ちがよぎったのだ。近年の作品に顕著だったコミカルな語り口は排除され、冷ややかで真摯な陰鬱さが全編に漂っている。どことなく、黒沢清作品の終末観に近い。

 そんな自己言及的なチャレンジングな内容も、TVだからできた部分もあるのだろう。もし本作が劇場公開されようものなら、どこまでメタな感覚を引き起こしただろうか。本当にフィルムに「シガレット・バーンズ」(ロールチェンジマーク)が焼き込まれ、どっちがどっちか映写技師も混乱したに違いない? 『ファイト・クラブ』(1999)以来だ、とか言いながら。

 実際、前半で映画オタクの映写技師が、上映プリントからシガレット・バーンズの入ったコマを切り取って集めているという場面が出てくる(ひどい奴だ)。それによって、観客は普段よりもカッティングを敏感に意識させられてしまう。カーペンターには珍しいジャンプカットの多用は、余分な動きを切り詰めるという目的以上に、今観ているフィルム自体の存在を意識させる演出だ。

 男が1カット撮影の力強さを謳いながら、見も知らぬ女性タクシー運転手の首を鉈で切り落とすシーンも然り(カーペンターはここできっちりカットを割ってみせる)。この辺りは明らかに、現実のテロリストによる人質殺害ビデオからのリファレンスだろう。“マスターズ・オブ・ホラー”シリーズの売りとなっている暴力描写の見せ方では、やはりカーペンターは図抜けて巧い。ストーリーにおいても描写においても、そして作品自体の特殊性においても、『世界の終り』は他を圧倒する傑作だ。

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 日本でも人気のモデル出身俳優、ノーマン・リーダスが主人公を好演。大富豪役のウド・キアも妙演を見せている。監督の息子コーディ・カーペンターによる音楽も、おなじみの反復リズムとは違ったタッチで、不穏なムードを静かに盛り上げている。



監督/ジョン・カーペンター
脚本/ドリュー・マクウィーニー、スコット・スワン
撮影/アッティラ・スザレイ
音楽/コーディ・カーペンター
出演/ノーマン・リーダス、ウド・キア、クリス・ブリットン、グウィニス・ウォルシュ、コリン・フー、ザラ・テイラー

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