Simply Dead

映画の感想文。

『ウソから始まる恋と仕事の成功術』(2009)

『ウソから始まる恋と仕事の成功術』
原題:The Invention of Lying(2009)

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 号泣。今年観た映画の中では『トイ・ストーリー3』(2010)に匹敵するくらいの勢いで泣いてしまった。TVシリーズ『The Office』で知られるイギリスの人気コメディアン、リッキー・ジャーヴェイスがハリウッドに招かれて撮り上げた監督デビュー作で、アメリカ出身のマシュー・ロビンソンが共同監督/共同脚本を務めている。誰の目にも観る気を失わせる邦題とは違って、原題は「ウソの発明」というシンプルなもの。「もし人間が“ウソ”という概念を持たずに進化・発達した社会があったら?」という突飛な設定で始まり、そのなかで人類史上初めての嘘をつくことになる男の物語が描かれる。以前、町山智浩さんがTBSラジオの番組「キラ☆キラ」で紹介していたので、知っている人もいるだろう。

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〈おはなし〉
 ここはウソの存在しない世界。主人公マーク(リッキー・ジャーヴェイス)は、レクチャー映画社に務める平凡な脚本家である。ある晩、彼はとびきり美しい女性アンナ(ジェニファー・ガーナー)とデートするが、「あなたの遺伝子は欲しくないから、二度と会わないと思うわ」と冷たく言い放たれてしまう。翌日、会社に無能と判断されたマークは仕事をクビになり、売れっ子脚本家のブラッド(ロブ・ロウ)からは「前から君が嫌いだったよ」と爽やかに言われる始末。家賃も払えず切羽詰まったマークは、銀行に行って貯金を全額引き出そうとする。その瞬間、彼の脳髄に未知のショックが! 預金額を聞かれ、彼はとっさに「800ドルです」と多めの額を口にしてしまう。そのデタラメを銀行員はそのまま素直に信じ、彼に金を手渡した。一体これはどういうことだ!? マークは人類で初めて「ウソ」をつく能力を得てしまったのだ……。

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 この映画が描く「ウソのない世界」では、誰もが率直で、歯に衣着せぬ物言いをするため、痛烈な罵倒を受けても素直に受け止めるしかないし、自殺志願者に「大丈夫、人生なんとかなるさ」などと慰めを言う者もいない。結果として、あまり面白みのない無感情な社会が出来上がっている。街の様子も、どこか50年代風のクラシカルな雰囲気と近代的な冷たさが同居する、中庸の居心地よさを取って表情を捨てたような社会だ。それは異色のディストピア・イメージともいえる。このあたりの描写における容赦ないブラックユーモアは、まさにリッキー・ジャーヴェイスの独壇場といった感じ。多分、生まれつきハートが黒い人なんだと思う(ジョン・クリーズとか、サシャ・バロン・コーエンとか、バナナマンの設楽統とかと一緒で)。

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 冒頭15分ほどで描かれる主人公マークの住む世界、周囲の人々との「言葉のボクシング」のごとき残酷であけすけなやりとりを観ながら、観客は「はたしてこんな社会が成立可能なんだろうか?」とか、「文明や歴史が築かれていくためには、大なり小なりウソや方便は必要なんじゃないだろうか?」という思いにとらわれ、いろんな考えを頭の中でめぐらせるはずだ。深く考えれば考えるほど、矛盾や不自然さを感じてくるだろう。といっても、この映画が目指しているのは「ウソのない世界」をリアルで説得力のある設定として成立させるという部分ではない。むしろ逆に、その世界をとてつもなく突飛なものとして映すことで、我々の社会に「ウソ」がどれだけ当たり前のように氾濫し、それなしでは成立しえなくなっているかを考えさせることこそが第一義なのであって、周到な辻褄合わせをする気など最初からないのだ。それは『レポゼッション・メン』(2010)における、人命が限りなく軽視された未来社会の設定と同じである。つまり、ファンタジックな寓話の舞台として描かれるに過ぎず、本題はそのあとの展開にある。

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 ジャーヴェイス演じるマークは、ふとしたきっかけで「ウソをつくこと」を体得し、世界でただひとりのウソつきとなって、街角に出てあらゆるウソを試す。彼の言うことをなんでも素直に受け取ってしまう純粋な人々のリアクションも含めて、とても面白いシークェンスだ。最初に彼の口からついて出るウソが金銭絡みであるという卑小さが実にリアルであり、同時に作り手の計算高さを感じるところでもある。始まりはとにかく小市民的な、気まずくなるほどしょーもないウソであることで、のちに主人公がつく一世一代の「大ウソ」や、あるいは個人的欲望からくるウソとは明らかに性質の違う「誰かのためにつくウソ」が“発明”される瞬間が、ひときわ光り輝くのだ。

 そして、想像力や洞察力といったものも、物事を見たとおりにそのまま判断する「事実しかない世界」の視点からは生まれないのだと、この映画は語る。ウソをつく力を得たことで、主人公は突飛なことを想像できるイマジネーションを手に入れ、“フィクション”という概念をこの世に誕生させる(もちろん、他の人々にとっては驚くべき“事実”として受け止められるのだが)。イマジンという行為は、世界を異なる視点で捉える力を獲得することであり、それは他人を理解しようとすることにも繋がってくる。それが後半の展開にも大きく効いてくるあたりも、また深い。

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 この映画で最も重要な場面……病院のベッドで、死を前にして怯える母親に対してマークが「大丈夫。怖くない。死んでも人は無になったりしない。幸せな世界が待ってるんだ」というシーンは、“天国”という概念がまったくのウソから誕生したことを示唆すると同時に、人が誰かのためにつく最も優しいウソのかたちを描いてもいる。観る者の涙腺をかなりの高確率で決壊させる屈指の名場面ではないだろうか(今思い出しても、ちょっと涙ぐんでしまうくらい)。それだけでも泣かせるのだけど、横で聞いてる医者や看護婦たちもキラキラした目で「本当?」と聞き入っているカットで、もうバーストしてしまった。ホントずるい。しかも医者やってんのが、心ないキャラクターを演じさせたらピカイチのジェイソン・ベイトマンなんだもの。

 それから物語のスケールはにわかに大きくなる。“天国”の存在を示してしまった主人公は、人々にその詳しい説明を求められ、やがてイエス・キリストやモーゼと同じ「預言者」の役割を担うことになる。マークはピザの箱に殴り書きした「十戒」を人々の前で読み上げ、雲の上にいる全能の主“The Man in the Sky”=神の存在をその場ででっち上げるのだ。つまり、ウソという概念がなければ、宗教すらも成立しないのだという奥深いテーマまで突っ込んでいく。このあたりは、町山さんもラジオで指摘していたように、実に秀逸なやり方で宗教や神という概念の成立過程を暴いてみせた、ホントに見事な展開だと思う。

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 さて話は変わるが、ぼくもどちらかというと正直者よりウソつきの類に入る人間だと思う。子供の頃は基本的にウソばかりついていた。それは、本当のことを言って怒られたくないからだったり、事実をそのまま話すより誇張した方が面白いからだったり、まあ決して「素直な子」ではなかった。それから、ほんの少しずつ「本当のこと」とか「真情」もちゃんと言えるようにリハビリして、現在に至っている。でも、自分が元来ウソつき寄りの人間だという自覚は常にどこかで感じながら生きているし、その素養は今の仕事にちょっと役立っているとも思う。ちなみに映画の感想を書く時は、言葉の字面の気持ちよさに引っ張られたりして、ついつい思ってもないウソを書きそうになりがちである。そこで踏みとどまって、いかに素直な「真情」を言葉として引っぱり出すか、というのが毎回の課題だったりする(たまに負けるけど)。

 できるだけ見事なウソを考えるのが生業の人もいるだろう……作家とか、宣伝マンとか。あるいは自分にウソをついて、最悪の仕事をして金を稼ぐ人もいるだろう……悪徳企業の社員とか、政治家とか。または日常生活のなかで、誰かの幸福のためにウソをつき続けている人もいるだろう……バットマンとか、スパイダーマンとか。その種類はどうあれ、自分にとっての「ウソ」を身近に意識している人ほど、この映画は心に響くのではないだろうか。

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 映画の後半では、あらかたウソを出し尽くしてしまった主人公が、今度は他人から「真情」を引っ張り出そうと奮闘する。ジェニファー・ガーナー演じるヒロインは、ブサイクで冴えない完全ストライクゾーン外の主人公と友人として付き合ううち、彼に感化されて想像力や洞察力を少しずつ身につけていく。やがて、彼に対して愛情を抱き始めるものの、彼女は完璧な遺伝子目当てに、性格の悪いイケメン脚本家と結婚しようとする。つまり無意識に、自分の「真情」にウソをついてしまう。ここは「ウソのない世界」だが、言いたいことを口ごもり、本当の願いを心の奥に閉じ込め、自分自身を抑圧することは可能なのだ。主人公はそれまでウソにウソを重ね、それを純粋な人々に易々と信じ込ませてきたが、ここに来てようやく、己の真情だけで相手にぶつかっていく。愛する人に「ウソをつかないで」と言うために。その姿は、やっぱり胸を打つのである。

 俳優の監督作だけあって、やはりキャスティングが素晴らしい。特に、ヒロインを演じたジェニファー・ガーナーの可愛さったら、もう! 今まで観た彼女の出演作のなかで断トツに魅力的だ。また、主人公のボンクラ仲間を演じるスタンダップ・コメディアンのルイス・CKを始め、ジャド・アパトウ組の看板役者としてお馴染みのジョナ・ヒル、アメリカではシットコムの人気俳優として知られるジェイソン・ベイトマン、脚本家としても活躍する女性コメディアンのティナ・フェイ、そしてモキュメンタリー・コメディの先駆者であるクリストファー・ゲストら、アメリカのコメディ業界を代表する豪華キャストと、英国代表ジャーヴェイスとの息の合った共演ぶりも見どころだ。いけすかないハンサム野郎を喜々として演じるロブ・ロウの怪演もおかしい。また、フィリップ・シーモア・ホフマンやエドワード・ノートンも「えっ!?」という場面で顔を見せている(後者はクレジット見るまで気づかなかった……)。

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 12/16現在、日本版DVDはレンタルのみだが、そのうちセル版も出るはず。DVDには特典として、本編からはカットされた石器時代が舞台のオープニング・シークェンス(正直すごくつまらない)や、メイキング、NG集などが収録されている。ジャーヴェイスはかなりの笑い上戸らしく、何かというと新種の野鳥みたいな金切り声を上げて爆笑してしまうため、大量のNGを出してフィルムを無駄にしたんだとか。よくそんなんでコメディアン続けられたな……。あと、ジャーヴェイスが友人をわざわざイギリスから呼び寄せ、ハゲの原始人役で映画に出演させるというドキュメンタリーも秀逸(先述のように、そのシーンは本編からバッサリ切られた)。本当にハートが黒い人なんだな、と痛感させてくれる。


製作/リンダ・オブスト、オリー・オブスト、リッキー・ジャーヴェイス、ダン・リン
監督・脚本/リッキー・ジャーヴェイス、マシュー・ロビンソン
撮影監督/ティム・サーステッド
プロダクションデザイン/アレクサンダー・ハモンド
編集/クリス・ギル
音楽/ティム・アタック
出演/リッキー・ジャーヴェイス、ジェニファー・ガーナー、ロブ・ロウ、ルイス・CK、ジョナ・ヒル、ジェフリー・タンバー、フィオニュラ・フラナガン、ティナ・フェイ、ジェイソン・ベイトマン、クリストファー・ゲスト、フィリップ・シーモア・ホフマン、エドワード・ノートン
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コメント

楽しみました

通りすがりなのに突然コメント失礼します。

この映画、公開当初に観たのですが、まぁ面白かったな~程度でした。
が、こちらのレビューがあまりにも興味深く、また見たくなりました!
タイミングのいいことに実は今日の夕方、スターチャンネルかなにかでこれ放送されるんですよね、嬉しい偶然!

ライターさんだからなのかもわかりませんが、長い感想文もさらさらっと読めてしまい、とても興味深かったです。
楽しかったですしとても参考になりました、どうもありがとうございました!

  • 2011/06/06(月) 15:01:41 |
  • URL |
  • 通りすがりデス #BGtb/A7A
  • [ 編集]

ご感想ありがとうございます。お返事が遅れてすみません。励みになります!
元々何を書いても長い文章になりがちで、いまだにブログをやっているのも「好きなだけ長々と書けるから」というのが最大の理由なんですが、読む人には負担をかけているだろうなあ……という意識もどこかにあるので、なるべく読みやすく書こうとは思っています。だから、そう言っていただけると凄く嬉しいです。
でも、究極的には、単純なことですが「いい作品はいい文章を書かせてくれるものだ」ということに尽きるのだと思います。

  • 2011/06/14(火) 00:54:01 |
  • URL |
  • グランバダ #h1buydM2
  • [ 編集]

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