Simply Dead

映画の感想文。

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『詩』(2010)

『詩』
原題:시(2010)
英語題:Poetry

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 第11回東京フィルメックス・クロージング作品。『シークレット・サンシャイン』(2007)のイ・チャンドン監督の最新作である。今回もまた、一見すると非常に平坦な映像を積み重ね、淡々とした語り口を貫きつつ、気がつけば静かな迫力と、べっとりと心に青黒い染みが貼りつくような余韻をもたらす、相変わらずの比類なき“イ・チャンドン作品”であった。本国では興行的に振るわなかったそうだが、確かに今時の一般観客が敬遠するタイプの作品ではあるだろう。前作もそうだったが、もはや面白みさえ余分なものとして排除するような語り口が、本作でさらに計算深く研ぎ澄まされている。分かりやすく「傑作!」と思わせてくれた『ペパーミント・キャンディー』(1999)などと比べると、随分と遠くにやってきたものだなあ、と思った。

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 もちろん今回もイ・チャンドンは鬼のように意地悪である。主人公は、親戚やご近所さんにひとりはいそうな、可愛らしくてお洒落なおばあちゃん・ミジャ。66歳となった今でも少女っぽさと純真さを引きずっているかのような人物像を、往年の名女優ユン・ジョンヒが(たぶん天然の素質も活かしながら)素晴らしくリアルに演じている。ある日、彼女は地元の文化センターの講習会に参加し、生まれて初めて詩を書いてみようと思い立つ。ところがその矢先、その年齢で背負うにはあまりにもヘヴィーな出来事が次々と襲いかかる。一緒に暮らしている中学生の孫が、ある女子学生を自殺に追い込んだ集団暴行事件に加わっていたというのだ。打ちのめされる間もなく、彼女は遺族への慰謝料として早急に500万ウォンを工面しなければならなくなるが、この歳でそう簡単に用意できる金額ではない。さらに、病院での精密検査の結果、自分が進行性アルツハイマーにかかっていることも判明。その上、パートタイムの仕事で介護をしている半身麻痺の老人からは「一度でいいからヤラせてくれ」と迫られたりする始末。そんなハードな状況のなかで、彼女はあと1ヶ月のうちに、一編の詩を書き上げなければならないのだった……。

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 とんでもなくアイロニカルな筋立てである。しかし、普通ならそのままブラックユーモアに走ってしまいそうな状況を作り上げながら、イ・チャンドン監督はそこで「本物の詩が生まれる瞬間」を真摯に捉えようとする。目の前が真っ暗になりそうな状況のなかで、この映画のヒロインは一所懸命に周囲の世界をつぶさに見つめ、その美しさを探求しようとする。同時に、目を背けたくなるような現実とも向き合い、死んでしまった少女とその家族への罪悪感や、内面が全く読めない孫との関係、そして性欲を解消できずに苦しむ老人への憐れみといった様々な感情も、すべてを飲み込んでいく。

 もし彼女が詩を書くことなどに興味を持たず、この世界を見つめようともしていなかったら、問題の幾つかには目をつぶっていたかもしれない。だが、幸か不幸か、その時の彼女の心はあらゆるものを採り込むために開け放たれてしまっていた。やがてヒロインが徐々に「詩心」を掴んでいく様子をつぶさに見せることで、イ・チャンドンは芸術が芽生える過程をスリリングに、感動的に提示してみせる。人生の闇にも光にも等しく目を向け、採り込んでいくことで、彼女はにわか詩人として、何よりも人間として劇的に成長していくのだ(そこには、アルツハイマーの進行、死への接近という逆説的な“成長”も含まれている)。

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 求めるものを得ようとするならば、身を引き裂くような苦痛や困難は免れないのだと言わんばかりに、イ・チャンドンは仮借なく「試練」を課す。あるいは、そうした極限状況のなかで大きく一歩を踏み出した時、それがあさっての方向だろうとなんだろうと、人は何かの真髄に辿り着くことがあるのではないか、という仮説にも見える。それがよかったことなのか悪かったことなのか、それは誰にも(今すぐには)分からない。『シークレット・サンシャイン』で、主人公がとてつもない苦痛の果てに、神との距離を縮めることができたように。

 映画は明確な結末というより、観客に解釈を委ねるかたちで幕を閉じる。そこに映し出されるのは、少女の遺体がゆっくりと川を流れてくる冒頭のシーンと繋がるイメージだ。フィルメックスのQ&Aで、監督はそのラストシーンに登場する川は冒頭のそれとは違い、「生命」を表現していると語った。そう言われて個人的に思い出したのは、大島弓子のマンガ『八月に生まれる子供』のラストで描かれた「再生」のイメージだった(これも素晴らしい作品だからぜひ読んでほしい)。常識的に考えれば前途多難としか言いようのない本作のラストにも、そんな微かな希望が込められているのだろうか。

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 主演女優ユン・ジョンヒの自然な表情は、一見すると現実逃避にも見えかねないヒロイン・ミジャの行動を、ひたむきで純粋なものとして、説得力十分かつ魅力的に伝えている。見ていて心配になってくるほどの危うさも脆さも心細さもみっともなさも、全てをさらけ出すように生々しく演じてみせた女優魂には敬服するほかない。そして、バイアグラを飲んでヒロインに迫る半身麻痺の「会長」に扮したキム・ヒラの熱演も特筆もの。実際に脳卒中で倒れ、リハビリ生活の末に『死生決断』(2006)で俳優復帰した彼が、自らの体験を活かして障害者を体当たりで演じている姿には、感動を禁じ得なかった。また、孫のジョンウクを演じたイ・デイヴィッドも、保護者に反抗せずにはいられない思春期の少年らしさを絶妙に表現していて素晴らしい。『極楽島殺人事件』(2007)でも「こいつ、いいな」と思ったが、今回は輪をかけて好演。その他、本人役で登場する詩人キム・ヨンテク、死んだ少女の母親役のパク・ミョンシン、加害者グループの父親のひとりを演じたアン・ネサンらの存在感も忘れがたい。

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 ちなみに、この映画は実際に起きた事件をもとにしている。『シークレット・サンシャイン』の舞台となった地方都市・密陽(ミリャン)で2004年に起こった、女子中学生集団暴行事件だ。ある女子学生が密陽市の高校に通う男子生徒たちから度重なる性的暴行を受け、母親の通報をきっかけに事件が発覚し、40人近くの男子高校生が身柄を拘束された。しかし、被害者の少女は捜査開始後も警察からの保護を受けられず、加害者の家族から脅迫されたり、捜査過程でもわざと加害者たちと近距離で対面させられたりして、多大な精神的ダメージを受けたという。その一方、加害者の男子高校生たちには結局なんの刑罰も科されず、今でも全員が普通に生活しているそうだ。人権軽視と女性蔑視がまかりとおる韓国社会の歪みを象徴する出来事として、あちらでは非常に有名な事件である。

 今年のフィルメックスで上映されて話題を呼んだ『ビー・デビル』(2010)のチャン・チョルス監督も、「傍観者であることの罪」というテーマの源泉のひとつとして、この集団暴行事件を挙げていた。また、ポン・ジュノ監督の『母なる証明』(2009)で描かれる、町中の男たちの慰み者にされながら誰もが黙認していた女子学生という存在も、おそらく同じ事件をモチーフにしたものだろう。そして、イ・チャンドン監督は今回の『詩』で、「加害者の家族」という新しい視点から、この忌まわしい出来事に光を当てている。ここでは、子供たちの罪そのものに目を向けるより、彼らの将来のために事件をなかったことにしようと奔走する加害者の親たちや学校関係者たちの姿を通して、倒錯した現代社会の病理が浮き彫りにされる。

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 観た人に様々な思いを喚起させるディープな作品ではあるが、決して難解な手法で混乱させるような映画ではない。すべては身近な日常のなかで起こり、思わず笑ってしまうようなユーモアもいっぱいだ。シンプルな筋立ての中に、多彩な社会問題や、世界や他者との関わりといったテーマを巧みに織り込んだ秀作である。ただ、タイトルにもなっている「詩」そのものに興味が全くない人や、ある種のセンセーショナリズムに惹かれて観に行く人、あるいはもっと明快に意地悪なストーリー展開を期待してしまう人(ぼくです)にとっては、退屈な部分が多いかもしれない。特に前半はきついかも。だが、根気よく付き合えば、いろいろな素晴らしい瞬間に出会えるはずだ。今年のカンヌ国際映画祭では脚本賞、そして大鐘賞では最優秀作品賞・脚本賞・主演女優賞・助演男優賞を獲得。日本公開は来年の秋以降だそうだ。

(追記:日本では『ポエトリー アグネスの詩』のタイトルで2012年2月に劇場公開。2013年1月にDVDリリース)

・Amazon.co.jp
DVD『ポエトリー アグネスの詩』


製作/イ・ジュンドン
監督・脚本/イ・チャンドン
撮影/キム・ヒョンソク
照明/キム・バダ
美術/シン・チョムヒ
衣装/イ・チュニョン
出演/ユン・ジョンヒ、イ・デイヴィッド(イ・ダウィ)、キム・ヒラ、キム・ヨンテク、アン・ネサン、パク・ミョンシン、キム・ゲソン、キム・ジョング
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