Simply Dead

映画の感想文。

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『ボディガード&アサシンズ』(2009)

『ボディガード&アサシンズ』
原題:十月圍城(2009)
英語題:Bodyguards and Assassins

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 東京国際映画祭の協賛企画「2010東京・中国映画週間」で観賞。ピーター・チャン製作、テディ・チャン監督による渾身のオールスター歴史大作。映画祭会期中には13本も観たのに何も書いてなかったので、遅ればせながら簡単な感想でも(ちなみにフィルメックスでは8本観たので、こちらの感想もいずれ)。

 時は辛亥革命前夜の1906年。のちに「中国革命の父」と呼ばれる孫文が、武装蜂起のための密談を各地の革命家たちと行うべく、逃亡先の日本から香港にやってくるとの報せが。その情報を得た清朝は最強の刺客集団を香港に送り込み、逆賊・孫文の暗殺を企てる。それを阻止するべく、当地の富豪・李玉堂を中心とした人々が自ら盾となり、1時間というタイムリミットのなかで命がけの護衛作戦を決行する!!……という筋立て。作り手の狙いは明確で、つまり新世紀を迎えたばかりの香港の町なかで西部劇的アクションをやってやろうという趣向。インディアンの猛攻をかわしつつ原野を駆け抜ける駅馬車のごとく、殺し屋たちがいつ襲いかかってくるとも知れぬ香港の雑踏のなかを寄せ集めの護衛団に守られた人力車が進むという『駅馬車』あるいは『ガントレット』的と言ってもいい緊迫のアクションこそが、本作最大の見せ場だ。知略を尽し、意表をつく刺客VS護衛の攻防戦がいくつものステージに分けて描かれるクライマックスは、まさに「手に汗握る」出色の出来映えとなっている。

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 後半のアクション・スペクタクルに至るまでの前半部では、みっちりと群像ドラマが描かれていく。グランドホテル形式の登場人物紹介と、彼らがいかにして死を賭した戦いに加わり、あるいは巻き込まれていったか、そのプロセスと葛藤のドラマだ。しつこいくらいに「革命」と「大義」を正当化せんとするドラマ展開には、孫文本人の思想とは関係なく、大陸市場向けの大作企画ならではのイデオロギー臭が漂う。そこで鼻白んでしまうという人もいるだろう(ぼくはそうだった)。

 ちなみに、孫文らが起こした辛亥革命によって成立した中華民国は、大総統・袁世凱の独裁や各軍閥の割拠によって分裂。孫文自身も弾圧対象となって「革命未だならず」という言葉を遺し、志半ばにして死んだ(この動乱期を背景にした作品には、ツイ・ハーク監督の傑作『北京オペラブルース』などがある)。そのあたりの苦い歴史を知ると、映画の裏側に織り込まれた悲愴感がより痛切に伝わり、味わい方も違ってくるはずだ。本作『十月圍城』における孫文自身もまた、革命は人民の犠牲をもって為されるものだとする冷徹非情さを背負わざるを得なかった人物として描かれ、単なる正義の人としては扱われていない。

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 この映画が面白いのは、革命精神を声高に謳い、大義に基づく自己犠牲の尊さという中華思想的カタルシスを描いていると見せかけて、後半では全く別方向のテーマを立ち上げている点だ。つまり「革命の名のもとに虫けらのごとく命を奪われていく人々の悲劇」であり、「香港人だって建国のために血を流したんだ!」という強い主張である。また裏を返せば「これだけの血が流れたのに、革命が20世紀中国にもたらしたものは一体なんだったんだ?」という皮肉にも見える。大陸側に気を遣いつつ、香港人の主義主張も通すという計算高さ(と、あえて言ってしまおう)に、プロデュースを務めたピーター・チャンの器用さ、したたかさを見る思いがした。

 ただ、個人的にはやはり先述のように前半部のしつこさが鼻につき、素直に楽しめないところもあった。単純に映画として盛り上がりに欠ける冗長な部分や、長尺のわりに薄味な印象も気になる。完成に至るまでかなりの紆余曲折を経た作品らしいが、その影響もあるのだろう。実際に企画がスタートし、セットの建て込みを始めたのは2003年で、それからSARS禍やら出資者の自殺やらで何度も製作中断の憂き目にあいつつ、執念で完成に漕ぎ着けたのだとか(ほとんど『ポンヌフの恋人』ばりに壮絶なメイキングの一部始終も、調べてみると面白い)。2003年の撮入時点で、ここまで思想的要素の強いシナリオだったのだろうか? という疑問も湧く。

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 ただ、大味な大作と切って捨てるには惜しい魅力を持った良作であることも確かだ。本作で真の英雄として描かれるのは、革命家や思想家ではない。博打で身を持ち崩した清朝の内通者(ドニー・イェン)であり、悲恋に傷つき浮浪者に落ちぶれた元武道家(レオン・ライ!)であり、父を殺されたみなしごの少女(歌手のクリス・リー)であり、ジャイアント馬場みたいに図体がでかい臭豆腐屋のあんちゃん(バスケ選手のメンケ・バータル)であり、ささやかな幸福を夢みる車夫の青年(ニコラス・ツェー)である。社会のどん底に生きる落伍者や、ごく普通の市井の人々が命がけの戦いに挑み、そして散っていく姿の痛切さが、崇高な感動を呼ぶ。それもまた香港人の矜持と呼べるものではないだろうか。また、商人として改革派とは距離を置きながら、徐々に護衛作戦の中心人物となっていく李玉堂のキャラクター造形も出色。演じるワン・シュエインの素晴らしさも相まって、深みのある人物像になっている。

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 前半がイデオロギッシュな匂いに満ちたメロドラマであるだけに、後半の“純・香港活劇”として見せていくアクション・シークェンスは、否応なく心躍るものがある(さんざん溜めるだけ溜められて「やっとか!」という思いも込みで)。香港ではおなじみの高層建築と竹材の足場を用いたサスペンスフルなアクション、暗殺者集団の繰り出す奇怪な武器、世捨て人となった伝説の武道家の復活など、様々な趣向を凝らしたバトルを巧みに配置して観客を飽きさせない。それぞれの見せ場が短くて食い足りないところもあるが、それはオールスター映画の宿命だろう。

 特に素晴らしいのは、やはりなんといってもドニー“ザ・フラッシュ・ファイター”イェンと、カン・リー演じる刺客が繰り広げる壮絶な死闘である。出演作を重ねるごとにアクション映画史を更新することに懸けているかのようなドニー兄貴の気合いと執念は、オールスターキャスト大作のなかにあっても異彩を放ち、今回も圧倒的レベルのアクションを見せつけてくれる。来年G.W.の日本公開の際には、ぜひ劇場でその勇姿をお確かめいただきたい。

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プロデューサー/ピーター・チャン
監督/テディ・チャン、アンドリュー・ラウ(部分演出)
脚本/グォ・チュンリ、キン・ティアンナン、ジョイス・チャン、チャン・トンマン
撮影/アーサー・ウォン
美術/ケン・マク
アクション監督/トン・ワイ、リー・タッチウ
音楽/チェン・クォンウィン、ピーター・カム
出演/ワン・シュエイン、ワン・ポーチェ、レオン・カーファイ、ニコラス・ツェー、ドニー・イェン、レオン・ライ、フー・ジュン、クリス・リー、メンケ・バータル、エリック・ツァン、サイモン・ヤム、ファン・ビンビン、ジャッキー・チュン、ミシェル・リー、ジョン・シャム
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