Simply Dead

映画の感想文。

『マスカラ』(1994)

『マスカラ』
原題:마스카라(1994)
英語題:Mascara

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 イ・フンという韓国の映画監督がいる。彼は1962年ソウルに生まれ、米・オハイオ州立大学の映画学科を卒業。1993年に、16mmのビデオ用映画『甘い囚人』で監督・脚本・撮影を手がけ、一部業界人の注目を集めた。誘拐された裕福な家庭の娘と、身代金の支払いを拒否された誘拐犯が織り成す騒動を描いた作品だという(現在フィルムは紛失状態)。翌94年には、念願の35mm劇場長編デビュー作『マスカラ』を発表。韓国映画界では珍しくトランスセクシュアルを主題に据えた犯罪メロドラマで、実際のトランスジェンダーが“ヒロイン”を演じたことでも画期的な作品だった。が、興行では惨敗し、批評面でも黙殺状態。それでも同世代の若き映画人たちにとっては希望の星であり、一部マスコミからもさらなる活躍を期待されていた。

 1996年9月、イ・フンはソウル市内のロックカフェ「ローリングストーン」で起きた火災に巻き込まれ、34歳の若さで世を去った。次回作として、女吸血鬼が登場するエロティックなホラー映画を、フィリピンの島でオールロケ撮影する計画を立てていたらしい。

▼在りし日のイ・フン監督、近影
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(C)PRESSianMOVIE

 ぼくがイ・フンという名前を知ったのは、パク・チャヌク監督の著書「パク・チャヌクのモンタージュ」を読んだのがきっかけだ。イ・フンはパク・チャヌクの親友だった。パク監督は自著の中で、今は亡きシネフィル仲間にしてライバルであったイ・フンについて、当時の韓国ではなかなか作品を観ることができなかったエイベル・フェラーラ監督に傾倒していたこと、そのエキセントリックな映画的嗜好が若き日の自分に多大な影響を与えたことなどを記している。

 イ・フンが遺した2本の映画は、現在では「幻の作品」となっており、なかなか観る機会がない。ところが、とある韓国の中古ビデオショップのサイトを眺めていたら、偶然に『マスカラ』のタイトルを発見。表示されていたパッケージ写真が同じ題名のオランダ映画(シャーロット・ランプリングが出てるやつ)だったので、どうかなあとは思ったが、ダメもとで注文してみることにした。そして数日後、小包で届いたのは、紛うかたなきイ・フンの『マスカラ』であった。

 そんなわけで、まさに知る人ぞ知る、カルト中のカルトムービーを観てみたわけだが……まず初めてに言っておくと、『マスカラ』は大変な低予算映画である。新人監督の劇場映画デビュー作だけあって、ぎこちなさも荒っぽさも目立つし、決して口当たりのいい万人向けの作品とはいえない。しかし、これが実に魅力的なフィルムだったのだ! 特に、B級映画ファンやトラッシュ映画ファンが観れば、間違いなくその感性に惹かれるところがあると思う。

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〈おはなし〉
 写真家のオ・キヒョク(キム・セヨン)は、ミステリアスな雰囲気が漂うサロン「Buzz」の常連客である。彼はその店で働くホステスのヘジュ(ハ・ジナ)に心奪われていた。ふたりは何度もデートを重ね、ヘジュもキヒョクに思慕を抱いていたが、なぜか肉体関係だけは頑なに拒み続けた。実は、彼女は性同一性障害であり、肉体的には男性だったのである。

 ある時、サロンの経営者であるチョ社長(チャン・ドゥイ)は、ギャンブルで多額の借金を作り、暗黒街のボスから催促を迫られる。返済の代わりに殺しを請け負うことになったチョ社長は、ヘジュにその役目を押し付けようとする。その渦中、ヘジュとキヒョクは田舎でデートしている時、3人組のチンピラに絡まれる。ヘジュは愛するキヒョクの前で屈辱的な暴行を受けた挙げ句、その“秘密”を暴露されてしまった。幻滅したキヒョクは彼女の前から去り、絶望したヘジュは社長から依頼された殺しの仕事を実行する。

 ヘジュは代行殺人と引き換えに得た大金で、日本に渡って性転換手術を受け、顔に整形まで施す。そして、ユジョン(チャン・ソンミ)という別人の姿となって帰国し、再びキヒョクの前に現れるのだった。一方、彼女はかつて自分を辱めたチンピラたちへの復讐を開始。ひとり、またひとりと標的を血祭りに上げながら、ユジョンは素性を隠してキヒョクとの愛を育んでいく。だが、撮影現場で偶然にチョ社長と出くわした彼女は、その正体を見破られてしまい……。

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 冒頭、暗闇をバックにひとりの男の顔が浮かび上がる。それが鏡の中の姿であることは、鏡面の端にあしらわれた蝶のマークによって分かる。そして、背後から美しく華奢な女性の手が伸びてきて、彼の髪をハサミで切り始める──。なんともスタイリッシュな導入部だが、画面の中心に映しだされる男は、チャールズ・ブロンソンを100発ぶん殴ったようなブチャムクレ顔の俳優、チャン・ドゥイだ。観る者すべてに強烈なインパクトを与える顔をオープニングに持ってきて、なおかつ耽美的な映像を展開するツイストが、もうすでにして魅力的である。さらに、男の髪を繊細な手つきで切り揃えていく女の手は、厳密には「女性」のものでないことが、のちに明らかになる。

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 ストーリーは上記のとおり、『クライング・ゲーム』(1992)と『セコンド』(1966)を合わせたような、あるいは『フェイス/オフ』(1997)を先取りしたかのような内容だ。レイプ被害者の女性が凄惨な復讐劇を繰り広げる後半の展開には、もちろん監督が敬愛するエイベル・フェラーラの『天使の復讐』(1981)のエッセンスも反映されているだろう。濃厚なベッドシーン、暴力的なセックス描写などがふんだんに盛り込まれ、エロスものとしての商品価値も十分。奇妙なデザインを外壁に施した怪しげなナイトクラブ、陰影に満ちた裏社会の男たちの会合、閑散としたビリヤード場など、犯罪映画のツボを押さえたムード作りも、チープながらうまくいっている。また、ヒロインが薬で眠らせた男にガソリンをぶっかけて焼き殺したり、野外セックスの最中に男の性器を切り取って遠くへぶん投げたりと、荒っぽいバイオレンス描写の数々でもジャンルムービー愛好家を楽しませてくれる。

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 過去作品の引用を織り交ぜ、あえて安っぽいB級映画センスによってビザールな犯罪メロドラマをまとめ上げたイ・フン監督の手腕には、ジャンルムービーへの正しい理解と愛情がみなぎっている。その点で異論を唱える者はいないだろう。同時に『マスカラ』は、かつての韓国映画になかったセクシュアルな革新性を兼ね備えてもいる。つまり、トランスジェンダーという社会的アウトサイダーの存在をシリアスなものとして真正面から扱い、愛の本質を問う悲痛なラブストーリーの主人公に据えたという点だ。美しいトランスジェンダーと、醜い顔のギャング、そして面白みのないハンサム(キム・セヨン)。三者の織り成す愛憎劇のビザールで力強いメロドラマ性には、どこかキム・ギヨンにも通じる既成概念の破壊衝動も感じさせる。

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 ヒロインのヘジュを演じるハ・ジナは、実際のトランスジェンダーであり、これが映画デビュー作となった。韓国初のトランスジェンダー映画に主演し、韓国初のトランスジェンダーによるベッドシーン(そして凄絶なレイプシーン)にも挑んだ、先駆的存在である。見た目的には、ちょっとアゴが長いのが特徴的ながらも、なかなかの美人で、スチルで見るよりも実際の映画で観た方が美しい。憂いを湛えた表情がとても魅力的で、素人ながら演技もうまい(本人の生きざまそのものが役柄に反映されているので当然と言えば当然かもしれない)。また、本作は全編アフレコなので、ヒロインの台詞も別の女優によって吹き替えられており、なおさら女性として見ても違和感がない。

 惜しむらくは、映画の後半で性転換手術と整形を施したヘジュ=ユジョンを演じるチャン・ソンミが、ハ・ジナほどの憂いを感じさせない普通の顔立ちの女性になってしまうことだ。終盤のとあるシーンで1カットだけ、再びハ・ジナの顔が映しだされるのだが、やはりハッとさせられる。本物の説得力にはかなわないということか。とはいえ、チャン・ソンミもなかなか頑張って“復讐の天使”を熱演している。

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 性的マイノリティの荒野をさすらうヒロインの心象を表すものとして、本作では全編にデイヴィッド・ボウイの初期ナンバーが用いられている。オープニングタイトルで「Suffragette City」が流れ出す瞬間のカッコよさときたら! 以降、ちょっと使いすぎじゃないかと思うくらい、ずーっと「In The Port of Amsterdam」やら「Queen Bitch」やらが流れ続ける。性転換を果たしたヒロインの再登場シーンで流れるのは、当然のごとく「Changes」だ。中盤とラストのメランコリックな場面に流れる「In The Port of Amsterdam」の使い方も泣かせる。さらにルー・リードの名曲たちも、彼女の孤独と覚悟を示すテーマソングとして響き渡る。中でも「Walk On The Wild Side」の使い方が秀逸だ。この音楽センスだけで「あ、この監督ちょっとあなどれんな」と思える。デイヴィッド・ボウイのレコードジャケットが画面に映ってるのにルー・リードの曲が流れたりする雑さとか乱暴さも込みで、イイのだ。

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 彼女を束縛するチョ社長役に、チャン・ドゥイという強烈なキャラクターの役者を起用した配役も素晴らしい。見るからに悪役顔ながら、どこかエキセントリックな魅力があり、キム・セヨン扮するハンサムな主人公よりも断然カッコイイ。映画の後半では、ひょっとしてヒロインの最大の理解者は彼なのではないかという思いすら観る者に抱かせてしまう。なぜかアラビック・ダンスが趣味という設定も、複雑さと純粋さが入り混じった彼のパーソナリティを表すものとして効果的だ。チャン・ドゥイとしても、映画でここまでの儲け役を演じたことはないのではないか。後半はずっとハットを被っているので園子温監督にも見えてくる。

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 『マスカラ』はお世辞抜きで見どころの多い映画だ。超低予算の小品であり、寂れたビデオ屋のエロ映画コーナーに置かれていても違和感のない通俗的なキワモノ映画だが、実に上等なキワモノである。イ・フンという監督の持って生まれた《B級映画スピリット》ともいうべき感覚が全編に香り、なんとも甘美で蠱惑的な魅力を醸し出している。ぶっきらぼうな編集、その場の思いつきのようなカメラワーク、まったく金のかかっていない美術、その辺の知り合いに声をかけたようなキャスティングなど、いわゆる通常の映画の評価基準でいえばマイナス要素になる部分も、この映画ではさして気にならない。それどころか、それらも画面全体の味わいを構成する要素として活きている。

 それでいて、小技がきいている。サロン「Buzz」の外観として出てくる、裂け目の間から女の顔が覗いているという奇怪な壁のデザインはインパクト絶大だ。低予算映画でもこういう場所をちゃんと見つけてきて冒頭のツカミにするところが、ちゃんと映画を分かっている感じがする。その他にも、苦悩するヒロインの表情を360度回転しながら捉えるブライアン・デ・パルマ風のドリーショット、あえて露出オーバーにして白日夢的感覚を際立たせた回想シーン、そしてエンドクレジットが始まる直前で画面がストップモーションになるタイミングの素晴らしさなど、随所に施された工夫に監督のセンスのよさが窺える。前述の音楽の使い方もまた然り。

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 予算的制約や技術的な未熟さによって逆にアートフィルムになってしまうというトラッシュ映画ならではのミラクルも、おそらく半分は意図的に再現しようと試み(半分は一生懸命やって普通に失敗しているんだろうけど)、結果的にはちゃんと達成している。特に、ヒロインが暴行されるシーンの荒っぽい手持ちカメラの雑さ加減は、殺伐とした場面のムードとぴったり合致していて素晴らしい成果を上げている。最近『キャビン・フィーバー2』(2009)で話題を集めたタイ・ウェスト監督にも通じる“トラッシュ優等生”ぶりと言ったら伝わるだろうか。いくらそういうものが好きでも、実際にその感覚をフィルムに定着させるのは難しいのだが、世界で何人かはそれができてしまう。イ・フン監督もまた、そんな星の下に生まれた人だったのだと思う。

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 『マスカラ』を観ると、パク・チャヌク監督が撮った最初の2本『月は…太陽がみる夢』(1992)『3人組』(1997)は、まさにイ・フン監督と近しいテイストを狙って玉砕した作品であったことがハッキリと分かる。B級映画志向と反商業主義的な作家性の融合を図り(それを天然でやれるタイプではなかったのに)、見事にしくじった。『月は?』にはそれなりに魅力的な部分もあるのだが、B級テイストの醸成という面では断然『マスカラ』の方に軍配が上がるし、『3人組』は力みすぎて空転している。彼はB級の人ではなかった。そして短編映画『審判』(1999)で軌道修正を図り、大作『JSA』(2000)で完全にAクラスの人となって、最高傑作『復讐者に憐れみを』(2002)をものするまでに至る。B級映画的な題材を特Aクラスの重量級演出で撮り上げるというスタイルを掴むまでの苦闘の道のりがそこにある。イ・フンの影響は、パク・チャヌクの才能の開花を確実に遅らせるほど、強いものだったのだ。

▼『マスカラ』韓国版VHSのジャケット裏面
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 イ・フン監督の親友のひとり、映画雑誌編集長のオ・ドンジンは、追悼文のなかで「もし彼が生きていれば、誇張でもなんでもなく、韓国のエド・ウッドになれただろう」と語っている。だが、個人的には「韓国のマシュー・ブライト」の称号もいっしょに添えたい。この人はいつかとんでもない傑作を撮ったに違いない、と思えるからだ。『マスカラ』は、イ・フン監督が世を去って10年後の2006年、パク・チャヌク監督やオ・ドンジンなどの協力で、追悼上映会が催された。日本でも字幕付きで上映してほしいけど、マイナーすぎてまず無理だろう。

 ちなみに『マスカラ』劇中で、アイスクリームばかり食べている暗黒街のボスを演じているのは、『猟奇的な彼女』(2001)や『僕の彼女はサイボーグ』(2008)などの監督であるクァク・ジェヨン。また、ヒロインの回想シーンで、彼女のセクシャリティに影響を与えた隣家に住む青年を演じたのは、今と見た目が全く変わらないパク・チャヌク監督だ。

▼真ん中が『猟奇的な彼女』のクァク・ジェヨン監督
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本「パク・チャヌクのモンタージュ」(キネ旬ムック)


製作/ソン・ヨングク
監督・脚本/イ・フン
撮影/チェ・チャンギュ
照明/シン・ジュンハ
音楽/チョン・サンユン
編集/キム・ヒス
助監督/キム・ヨンソク
出演/ハ・ジナ、キム・セヨン、チャン・ドゥイ、クァク・ジェヨン、チョン・ソンギ、ホ・ジョンス、イ・ヘイン、イ・ジェスン、キム・ミョンス、チャン・ソンミ、ユン・テヨン、チョ・ヨンウク、パク・チャヌク
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