Simply Dead

映画の感想文。

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『女は抵抗する』(1960)

『女は抵抗する』(1960)

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 ナベプロの創始者で「ロカビリーマダム」の異名をとった渡辺美佐をモデルに、若尾文子演じる若き女性プロモーターの奮闘と挫折を描いたバックステージもの。社会派メロドラマっぽいタイトルからは内容が分かりづらいが、戦後日本のショービジネス史/ポップミュージック史にかなり早いうちからスポットを当てた異色作で、強い自立心をもって時代の最先端を生きようとするヒロインの青春ドラマとしても見応えがある秀作。これも『八月生れの女』(1963)と同じく、神保町シアターで開催中の特集「みつめていたい!若尾文子」で観た。

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〈おはなし〉
 ベテラン興行師を父に持つ主人公・矢代美枝(若尾文子)は、大学在学中からプロモーターとしての活動を開始する。まず、彼女は人気ジャズバンド「グリーンガイズ」のリーダー・久慈明(川口浩)を口説き、ジャズ合戦を企画。対戦相手に選んだのは、白崎興行に所属する人気バンド「ゴールデンキングス」だ。白崎興行の社長・白崎(高松英郎)は、父の芸能プロを破滅に追い込んだ男だったが、美枝はビジネスライクに交渉にあたり、なんとか企画を実現に持ち込む。結果は大成功。そして、観客からの圧倒的支持を得たのは「グリーンガイズ」の方であった。

 新たに矢代プロを立ち上げた美枝は、ロカビリーブームに目を付け、新人バンドに声をかけ始める。久慈と「グリーンガイズ」の面々は、美枝に頼まれ、彼らに音楽指南を施すことに。美枝は大々的なロカビリーフェスティバルを企画し、大劇場での開催を画策するが、劇場側はなかなか首を縦に振らない。苦心する彼女の姿を見て、久慈は秘かに劇場主を説得。こうして日本初のロカビリーの祭典「ウエスタン・カーニバル」が開催された。企画は大成功を収め、ロカビリーブームが全国を席巻。一躍時の人となる美枝だったが、その栄光も長くは続かないと彼女自身も知っていた。次々と仲間が去り、手酷い裏切りにあってもなお、美枝はたくましく立ち上がり、次の流行を追い求め続ける……。

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 監督はこれがデビュー作の弓削太郎(ゆげ・たろう)。個人的には、同じく若尾文子主演の恋愛コメディ『お嬢さん』(1961)でのシャープでスピーディーな演出ぶりが印象深い。本作では、ヒロインが地道な努力を重ねて着実にステップアップしていく過程を、丹念かつ手際のいい飛躍を交えてテンポよく活写。同時に戦後日本のジャズエイジの熱狂や、ロカビリーブームの到来なども丁寧に描いている。なんとなく、初期韓国ロックの興亡を描いた青春映画の傑作『GOGO 70s』(2008)とも重ね合わせて観てしまった。

 ヒロインのリアルタイムの生きざまに焦点を合わせたタイトな構成も素晴らしい(同じく興行師だった彼女の父親が失意のうちに死んでいったという背景も、短い台詞だけであっさり処理される)。犯罪捜査ものを得意とする脚本家・長谷川公之の硬質な語り口のシナリオと、過剰なセンチメンタリズムを排した弓削演出が、心地好いケミストリーを生み出している。とてもデビュー作とは思えない落ち着きぶりだ。

 とはいえ、華やかなショービジネスの世界を描くにしては、やや遊びが少なく地味すぎる語り口にも思える。音楽映画として観た場合、やや盛り上がりに欠けると言われても致し方ない。映画の前半、ふたつのジャズバンドが同じステージ上で同時に演奏の腕を競うというコンサートシーンは、音楽ファン的な視点から見ると「そんな雑な勝負あるか」という感じかもしれないが、映画的にはなかなか盛り上がる。しかし、中盤以降のロカビリーバンドの演奏シーンになると、その「狂騒」は映し出されるものの、当時の「熱狂」を映画の観客に伝播させるまでには至らない。カメラが冷静すぎるのだろう。

 だが、時に苛烈で残酷なドラマが待ち受けるバックステージの世界を描く手つきとしては、間違っていない。高松英郎演じるライバル社長の事務所のシーンなど、ほとんどフィルムノワールみたいな濃い陰影に満ちていて、その過剰さがなかなかいい。助監督時代は市川崑に師事していただけあって、スタイリッシュなオープニングタイトルや、抑えた感情表現を好むクールでテンポのいい演出、冬枯れのトーンを基調とした映像感覚には、師の薫陶が感じられる。陰影に富みすぎな撮影を手がけたのは、『穴』(1957)や『黒い十人の女』(1961)などで市川監督と組んだ小林節雄。

 個々の場面にも、思わずハッとするような演出が多々ある。特に、ヒロインの妹分で、グルーピーのような女の子たちを束ねるリーダー的存在の宮川和子が、劇場主にかけあって「ウエスタン・カーニバル」の開催を助けてくれたジャズマン・川口浩に電話するシーンが素晴らしい。正確に言うと、川口浩が「僕はそんなの知らないよ」としらばっくれて電話を切ったあと、宮川和子が独り言をつぶやく場面。「嘘だわ。絶対に嘘。そんなわけない。自分の手柄にはしないで美枝さんに花を持たせようとしてるんだ。あたしだったら惚れちゃうな」みたいな台詞を誰にともなく、ワンカットでさらさらっと言う、その繋ぎの呼吸が絶品なのである。

 また、グルーピーの女の子たちの描写もうまい(その中のひとりは江波杏子)。こういうのは多くの場合、ただうるさくて鬱陶しいだけの脇キャラとして描かれがちだが、この映画ではちっともイヤミじゃない。ロカビリーバンドたちをどう応援するかという作戦会議の場面などでも、役名もないような彼女たちにしっかりと撮り方を工夫して見せ場を与えていて、それがちゃんと面白い場面として成立している。

 若尾文子はひたむきでエネルギッシュ、しかし常にドライな生き方を貫こうとする現代的ヒロイン・美枝を生き生きと熱演。凛とした表情の中に、気丈で負けず嫌いの一面を覗かせる微妙な心の機微も、まるで我がことのように自然に演じきっている。物語後半で悪質な詐欺にかかり、失意に暮れる彼女の佇まいも魅力的だ。アパートを訪ねてきた川口浩に対して心ない態度をとってしまうシーンは、若尾文子の卓抜した演技力を堪能できる本作のクライマックスである(もうちょっと見せてほしいところで、食い足りなさを残して次の展開へ行ってしまう弓削演出のクールネスが憎たらしい)。

 ヒロインを支えるジャズマン・久慈明(モデルは渡辺美佐の夫で、ナベプロ社長の渡辺晋)に扮する川口浩の好演も光る。抑えた芝居が実によく、素人目で見るぶんにはサックス演奏シーンも結構サマになっている。先述の宮川和子のユーモラスな存在感が映画に精彩を与える一方、人気ロカビリー歌手の山下敬二郎がボーカルをつとめるロカビリーバンドの面々もイイ顔ばかりで印象的。音楽好きには、渡辺晋とシックス・ジョーズ、坂本九、ダニー飯田とパラダイスキング、平尾昌章とオールスターズ・ワゴンといった実際のミュージシャンたちのカメオ出演も楽しいだろう(終盤のザ・ピーナッツの登場も洒落ている)。

 やっぱり弓削太郎の映画はいい、という思いを新たにした。このくらい適度に低い体温で娯楽映画を作る人が、ぼくは好きだ。傑作にしてやろうなどという欲を感じさせないところもいい。だから大成しなかったのかもしれないけれども……(大映のプログラムピクチュア職人として働き続けたが、大映倒産後に行方不明となり、1年後に自殺体で発見という悲しい最期を迎えた)。このあと、ビデオで弓削監督の『黒の商標』(1963)と『いそぎんちゃく』(1969)を続けて観たが、やっぱりクールなところが際立っていて、特に後者は快作だった。観るべきところは常にある監督だと思う。


監督/弓削太郎
脚本/長谷川公之
原案/石松愛弘
撮影/小林節雄
美術/柴田篤二
音楽/中村八大
出演/若尾文子、宮川和子、川口浩、高松英郎、片山明彦
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