Simply Dead

映画の感想文。

『鬼火山荘』(1980)

『鬼火山荘』
原題:귀화산장(1980)
英語題:The Haunted Villa

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 イ・マニ監督の傑作『魔の階段』(64)を下敷きにした、幽霊ホラーに限りなく近いスリラーとでもいうべき恐怖映画。この作品が作られた1980年、監督のイ・ドゥヨンは『最後の証人』『傘の中の三人の女』『避幕』と立て続けに傑作を連発し、まさに絶頂期を迎えていた。本作『鬼火山荘』もまた同じレベルの傑作……というわけではないが、その卓抜した演出力と作家性が存分に発揮されたフィルムであることは間違いない。泥臭さと垢抜けなさでは他の追随を許さない、80年代以前の韓国ホラー映画ジャンルにおいても、イ・ドゥヨン演出独特のシャープネスは健在である。

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〈おはなし〉
 世界的注目を集める外科医であり、よき家庭人でもあるハン医師(ナムグン・ウォン)。ある晩、彼はふとした出来心から看護婦のキョンア(キム・ユンミ)と肉体関係を持ってしまう。妊娠した彼女は、ハンに今の奥さんと別れて自分と結婚してほしいとせがむ。だが、ハン医師は妻の両親から病院の院長職を任されたばかりで、当然のごとく聞き入れようとしない。

 するとキョンアは彼の別荘に住み込み、ハンの妻とも懇意になって、家庭生活にまで踏み込んでくるように。彼女の「愛情表現」はだんだんと脅迫じみた言動となってハンを苦しめる。ある夜、言い争いの末に激昂したハンが、思わずキョンアの体を突き飛ばすと、頭を打った彼女はそのまま動かなくなってしまった。慌てたハンは、キョンアの体を運び出し、別荘の井戸の中に投げ込んでしまう……。

 次の日から、ハンの周辺で奇怪な出来事が起こり始める。剃刀を研ぐ不気味な音と共に、死んだはずのキョンアが至るところに姿を現し始めたのだ。ハンは心身共に追いつめられ、ついに重度のノイローゼに陥ってしまう。彼女は生きているのか、それとも……?

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 イ・ドゥヨン監督は、主人公をおびやかすのが幽霊なのか人間なのかという境目を、敢えて曖昧に(辻褄さえも合わせずに)処理し、観客に鮮烈な驚きを与える。真夜中の病院で、実体のない幽霊もしくは幻覚と思われた女が、剃刀でズバッ! と主人公の背中を切り裂くシーンは、けっこう衝撃的だ。しかも、その動作は異様なまでに機敏。さすが、幽霊を描かせてもアクション派なんだ! と妙に納得させられる。

 キョンア役のキム・ユンミは、冷たく神経質そうな表情が実に恐ろしくも魅力的で、まさにハマリ役。後半では神出鬼没の女幽霊(?)として登場し、怖いというよりも、だんだんカッコよく見えてくる。ハン医師を演じるのは「韓国のグレゴリー・ペック」とも謳われる名優ナムグン・ウォン。マッチョ系ハンサム男優の代名詞的存在である彼が、本作ではひたすら子鹿のように怯えまくるのがおかしい。

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 主人公が体験するのは、まさに男性にとっての悪夢そのものだ。当時の韓国ホラーは完全にポルノと同じくくりで、成人男性向けの低級な娯楽として作られていた(ゆえに、女性が観たら怒り出すような「男に甘い」結末が用意されているのも、むべなるかな)。世の男どもの背筋を一瞬ゾッとさせ、日々の反省を促すという、現在では失われてしまったジャンルの産物である。

 とはいえ、この映画における男女観は、悪い意味で伝統的な男尊女卑思想に裏打ちされた他の韓国ホラー映画のそれとは、やや一線を画しているように思える。

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 心理スリラーとしての色彩も強い本作では、男らしさの塊のようなナムグン・ウォンが、みじめなまでに追いつめられていくさまが、丹念かつ冷徹に映し出される。つまり、男性優位主義の徹底的な破壊・無力化である。その一方で、復讐の鬼と化したヒロインの非人間的な暴れっぷりや表情を、どこか痛快なものとして描いている。こういった感覚は、古色蒼然とした「女の恨」を描くことに終始しがちな80年代以前の韓国ホラーのなかで、なかなかお目にかかれないものだ。映画のラストカット、カメラに向かって投げキッスをする彼女のストップモーションに、大げさな警報音が被さるという演出には、「そこのアンタも気を付けなさいよ」という男性陣に対するメッセージと共に、「女の怖さ」に軍配を上げる女性寄りのユーモアが滲んでいる。

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 まあ、小難しい話はさておき、本作はスリージーなB級ホラー映画としても十分に楽しめる“良心作”だ。ライティングや美術などによって、画面の随所に毒々しい原色があしらわれ、たいへん分かりやすい怪奇映画ムードが全編に横溢。特に目を引くのが、院長室に置かれた色つきセロハンを張った衝立だ。もはや美術というより立派な撮影機材である(要するに、でっかいカラーフィルター)。もちろん、ちゃんとそれが剃刀でビリビリビリーッと切り裂かれる場面も用意されている。

 そして、イ・ドゥヨン監督のトレードマークである切れ味鋭いカッティングが、本作ではショック演出として見事に応用されている。死んだはずの女の幻影が、幾度も現れては消え……という一連のシークェンスで見られる、非常に細かく巧みなショット構成は、まさにイ・ドゥヨン印のワザモノ。その切れ味は、韓国怪談映画の古典『月下の共同墓地』(1967)のクライマックスも想起させる。

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 切れ味といえば、剃刀というアイテムをここまで巧みに用いたホラー映画もないのではないか? ヒロインの幽霊(幻影?)が初めて登場する床屋のシーンは特に秀逸だ。やつれ気味の主人公が、理髪師の女性に髭を剃ってもらっていると、彼女の姿がパッとヒロインの姿にすり替わる。そして叫び声も上げられぬままに、喉元や目元を剃刀の刃が撫でていく……そのクロースアップ・ショットを積み重ね、神経に障るような鋭利な恐怖を巧みに煽っていくのだ。趣向としては目新しくないが、その見せ方は抜群にうまい。

 また、先述した真夜中の病院でのアクティブな襲撃シーンでは、剃刀の刃が風を切る「ビュッ」という音が、聴覚から観客を戦慄させる。剃刀を研ぐ「シャッシャッシャッ」という音も、主人公を精神的に追いつめていくノイズとして随所に仕掛けられ、強烈なインパクトを刻みつける。この映画を観た人は、しばらくその音が耳から離れないはずだ。

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 イ・ドゥヨン監督はその後『おかしな関係』(1983)という作品で、本作と同様「死んだはずの女が、男の幸福な家庭生活を崩壊に導く」というストーリーの変奏を試みている。こちらはホラーというより、スリラー+メロドラマ+ブラックコメディといった趣の、ちょっと風変わりな作品だった。また、本作の脚本を書いたパク・チョルミンは、イ・マニ監督の『魔の階段』から多大な影響を受けているらしく、シナリオデビュー作の『白髪の娘』(1967)や、タイトルからして似ている『魔の寝室』(1970)も、やはり本作と似たようなストーリーラインをもつホラー映画であるらしい。ちなみに『魔の寝室』の主演もナムグン・ウォンである。

 「TRASH-UP!! vol.3」の韓国ホラー映画特集でこの映画について紹介した時は、現物を入手することができず、あとになって映画評論家の龍熱さんにビデオをお借りして、やっと観ることができた。もう想像以上の内容で、ムッチャクチャ感動した(龍熱さんありがとうございます!)。現在では、KMDB VODでノートリミング・ノーカット版の本編が配信されており、比較的簡単に観ることができる。終盤の謎解き部分が多少強引で分かりづらいところもあるので、ぜひ字幕つきで再見してみたい。

・KMDB
『鬼火山荘』作品紹介ページ
『鬼火山荘』動画配信ページ

監督/イ・ドゥヨン
脚本/パク・チョルミン
撮影/ソン・ヒョンチェ
照明/チャ・ジュンナム
音楽/キム・ヒガプ
出演/ナムグン・ウォン、キム・ユンミ、チョン・ヤンジャ、ハン・ユンジン、シン・ウチョル、イ・ヘリョン、ハン・テイル、ヒョン・ギルス
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