Simply Dead

映画の感想文。

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『レポゼッション・メン』(2010)

『レポゼッション・メン』
原題:Repo Men(2010)

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 お、おもしれえ……! 観ている間、そんな嬉しさが幾度もこみ上げてくるSF映画の快作。人工臓器の取り立て人というパンチのきいたアイディアを、アクション満載の直線的ストーリーとして組み上げ、乱暴なまでの力技でラストシーンまで走りきってしまう力量が何しろ凄い。原作・共同脚本を手がけた作家エリック・ガルシアの個性が、濃密なSF感覚として全編に横溢。それを見事に具現化しているのが、ダニー・ボイル作品のストーリーボードやPV演出などを手がけてきた新鋭監督、ミゲル・サポチニクのパワフルな演出と卓抜したビジュアル造形だ。フィリップ・K・ディックのディストピアSF小説に代表される様々な過去作品のリファレンスを散りばめつつ、いちばん凶悪な頃のポール・ヴァーホーヴェンが帰ってきたようなバイオレンスもてんこ盛りで、こういう作品こそ映画好きに応援されて然るべきではないだろうか?

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 劇中で描かれる悪質な人工臓器の貸し付け商法は、あからさまにサブプライムローンのメタファーであり、そこで臓器回収人(レポ・マン)として働く主人公ジュード・ロウは、単刀直入に言うと企業に飼われている殺し屋である。ローンが払えないクライアントに最後通牒を突きつけ、有無をいわさずメスで腹をかっさばき、血まみれの人工臓器を引きずり出してあとは知らんぷり。誰がどう見ても「最悪の仕事」だが、彼はそれを淡々とプロフェッショナルとしてこなすことに誇りを持って生きている。自らが債務者として追われる身になるまでは。

 『レポゼッション・メン』は単純に企業悪を風刺するだけでなく、そこで働く個人にも等しく冷徹な目を向けている。これはアメリカだけでなく現代の社会全体を覆っている病理だろう。『フィクサー』(2007)を思い出してほしい。世のため人のためには全くならない、むしろ誰かを不幸にすることで利益を弾き出すことを仕事にしている人々がいる。彼らは自分のやっている仕事が、低所得者の生活破綻や、深刻な環境破壊、社会秩序の崩壊などにつながることを心のどこかで知りながら、それが資本主義社会の現実だと自らに言い聞かせ、目先の利益や評価を求めて企業に尽くすことを選んでしまう。そのとき、彼らは仕事に対してもプロフェッショナルであると同時に、自分の良心に嘘をつくことにかけてもプロフェッショナルとなるのだ。その「彼ら」とは、「私たち」のことかもしれない……。『レポゼッション・メン』はいささか極端なかたちで、ジュード・ロウ扮する主人公がその病理に目覚めていく過程を、ダークな笑いにくるんで描きのめしている。

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 ローンが払えないからといって生活に必要な車や住居を取り上げてしまう信用商法の冷酷さを、本作では「人工臓器の強制回収」というメタファーで描いているわけだが、それはカンペキに人間の死にも直結する行為なので、さすがに乱暴な話ではある。『ブレードランナー』(1982)みたいにアンドロイド狩りをするならまだしも、いくら社会秩序が失われて久しいディストピアといったって、そう簡単に取り立て人ごときが市民をバンバン殺しまくっていいのだろうか? 遺体はそのまま放置されてしまうようだが、警察はどうしているのか? 貸し付け契約書に「強制回収時の事故等に関しては責任を負いかねます」みたいな条項が書いてあれば許されてしまう世界なのか? 大体こんなことを繰り返していたら企業としての信用もガタ落ちになって、客なんか来ないのではないか?……等々、様々な疑問が頭に浮かぶ。映画をシナリオで観るタイプの人は、きっと最初のほうでつまづいてしまうだろう。

 そうした疑問に対して、この映画の作り手は緻密な世界観設定を用意して逐一答えるよりも、むしろ不条理な設定であることを観客に気づかせ、頭を働かせながら観てくれることを望んでいるようだ。あるひとつの結論としては、今この現実社会においても、人々から財産を巻き上げて社会的な死に至らしめる悪徳企業は、立派に成立しているはずである。こうした論理の導きを促すために、冒頭のボイスオーバーでわざわざ「シュレディンガーの猫」理論を紹介しているのかもしれない(?)。一方ではハリウッド謹製の娯楽作品として、SF設定の瑕疵について観客がいつまでもこだわる余裕を与えず、新たなストーリー展開や強烈な見せ場をたたみかけ、前へ前へとグイグイ引っ張ることにも心血を注いでいる。個人的には、まんまと「ああ、SFってこのぐらい強引なほうが楽しいよな」とか思わされてしまったので、バカをひとり騙せた時点で概ね成功していると言えるのではないだろうか。もちろん誰にでもできる芸当ではない。きっと天性の嘘つきに違いないエリック・ガルシアの大胆不敵な力技のなせる業だ。

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 腕利き回収人レミーの活躍(=殺戮)をノリノリで描く前半部は、ラフでタフなブラックジョーク・ハードボイルドといった感じで小気味いい。このくらいの野卑な図太さでP・K・ディック作品も映画化されるべきだと思う。レミーの家でバーベキューパーティーを開いている最中、相棒のジェイクが近所を通りかかった債務者から「臨時回収」するくだりは特に秀逸。きわどいユーモアと残酷さに満ちていて、その蛮行を嬉々として行うのが“いいひと役者”としては右に出る者のいないフォレスト・ウィテカーであるという面白さもある。

 後半、追跡劇に移行してからもアイディアがみっちりと詰め込まれていて飽きさせない。なぜか双子のように同じ格好をしたアジア系の母娘が営む闇医者が登場するシーンなど、このタイミングでまだそんなに楽しいことをする余裕があるのか! と感心してしまった。そして、観客が望むようなクライマックスに向かって、ご都合主義もなんのそので強引にストーリーを押し進めていくパワフルな語り口が痛快。『オールド・ボーイ』(2003)を意識したと思しき長回しアクション、とてつもなくエロティックで痛々しいラブシーンなど、なんで今こんなことやってんのか全然わかんねえけど面白いよーッ! としか言いようのない見せ場を連打し、まさに夢のような映画を観ている気分にさせてくれる。

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 ……と、次に待ち受けるのはSF的に極めて正しいツイストだ。映画好きなら誰もが「ミ」で始まって「ル」で終わる例のアレを思い浮かべるだろう(展開から細かい人物配置まで本当にソックリなので絶対に言えません!)。そこで、それまでのやや無理のある展開も腑に落ちるし、観ながら「あれ、なんだったの?」と引っかかっていた細かい描写も、意味ありげに思い出されてくる。例えば、主人公が本社ビルの廊下で倒しまくる敵の中にいた、顔の見えないアイツはやっぱり……とか。このオチを逃げと見るか、パクリと見るか、評価は分かれるだろう。が、個人的には『ミ○○○○○○○○ル』をまだ観たことがないような若者が、SF映画の面白さに初めて気づく作品として、バッチリ合格ラインに達していると思う。

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 プアホワイト出身の元軍人という荒っぽい役柄に扮したジュード・ロウが、なかなか新鮮な魅力を放っているのも見どころ。劇中では時代や地域が特定されていないため、絵的にはまるっきりハリウッド映画なのに、かなりラフなイギリス訛りで全編しゃべり通しているのも面白かった。フォレスト・ウィテカーの巧演も忘れがたく、ヒロインを演じるアリシー・ブラガの存在感も印象に残る。特別出演のRZAも役作り不要(?)のハマリ役だったし、出ている役者は軒並みよかった。音楽の使い方も小技がきいていて楽しい。タイトル部分を飾るのは『ダーク・シティ』でも印象的に使われた「Sway」だ。

 胸躍るアイディアの面白さと腕力押しの豪快さが融合した、今時のハリウッドでは貴重な快作である。見逃すべからず。(ちなみに原作小説『レポメン』は、映画とは内容が全然違うらしい。そっちの映像化も観てみたかった)

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Blu-ray & DVDセット『レポゼッション・メン』
原作本『レポメン』 by エリック・ガルシア(新潮文庫)


監督/ミゲル・サポチニク
原作/エリック・ガルシア
脚本/エリック・ガルシア、ギャレット・ラーナー
撮影監督/エンリケ・シャディアック
プロダクションデザイン/デイヴィッド・サンドファー
衣装デザイン/キャロライン・ハリス
音楽/マルコ・ベルトラミ
編集/リチャード・フランシス=ブルース
出演/ジュード・ロウ、フォレスト・ウィテカー、アリシー・ブラガ、リーヴ・シュライバー、カリス・ファン・ハウテン、チャンドラー・カンタベリー、ライザ・ラピラ、ティファニー・エスペンセン、ジョー・ピング、RZA
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