Simply Dead

映画の感想文。

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『彼とわたしの漂流日記』(2009)

『彼とわたしの漂流日記』
原題:김씨 표류기(2009)
英語題:Castaway on the Moon

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 大傑作! 去年の「韓国映画ショーケース2009」での上映で初めて観て(そのときの上映タイトルは『キム氏漂流記』)、あまりの面白さに韓国版DVDも買ってしまったくらい大好きな映画。まあ、ちょっと小粒な作品なので、日本での公開があまり期待できないせいもあったけど……と思っていたら、めでたく国内公開が決定! いよいよ本日6/19から、新宿バルト9ほかで全国上映がスタートする。今の時期、ほかにも面白そうな映画はたくさんやってると思うけど、今度ばかりは騙されたと思ってぜひ! お願いします!!

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〈おはなし〉
 大都市ソウルのど真ん中を流れる巨大な川・漢江。その中州に、ひとりの男が流れ着く。彼の名はキム(チョン・ジェヨン)。多額の借金を背負い、頼る者もなく、人生に絶望した彼は、橋の上から飛び込み自殺を図ったのだった。しかし、目覚めるとそこは無人の島。泳げないキム氏は、すぐ目の前にある対岸へも辿り着くことができない。助けを叫んでもその声は届かず、さながらロビンソン・クルーソーのような状況に陥ったキム氏。とことんツイてない自分を呪っていたのも束の間、彼はふとしたことから、島のなかで“小さな希望”を見つける。……こうなったら、ひとりでとことん生きてみよう。こうしてキム氏の誰にも知られぬサバイバル生活が始まった。

 話変わって、漢江沿いの高層マンションに暮らす少女“わたし”(チョン・リョウォン)は、すでに3年間も自室に閉じこもり、インターネット漬けの日々を送っていた。ある晩、彼女はカメラの望遠レンズ越しに、奇妙な人影を発見。川の真ん中にあるちっぽけな無人島に、何者かが棲んでいる! その日から、彼女は謎の地球外生命体=島の住人を観察し始める。砂浜に書かれた「HELLO」の文字に好奇心を抱いた“わたし”は、そのメッセージに応えようと、勇気をふりしぼって部屋のドアを開けた……。

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 はたして、都会のど真ん中で「ロビンソン・クルーソー漂流記」を成立させられるか? という、きわめて突飛かつバカバカしく、そしてハードルの高いアイディアを、本作は最良のかたちでまとめ上げている。プロット自体のバカバカしさもきっちり残しつつ、丹念で真実味のあるサバイバル描写で観客をストーリーに引き込み、主人公への感情移入を巧みに促す演出が、じつに見事だ。また、自殺や引きこもりといった現代的モチーフを織り込み、社会性と寓話性をバランスよく配置したシナリオも素晴らしい。知り合いのライターさんは、本宮ひろ志のマンガ『まだ、生きてる…』を参考にしているのではないかと言っていて、あとで読んでみたら「おお、確かに」と思うところもあった。気になる方はそちらも要チェック。

 中盤からは、ヒロインと主人公のコミュニケーションをめぐるドラマへと思いがけず移行。異様に回りくどい「通話」のプロセスで大いに笑わせつつ、はたしてふたりが出会うことができるのか? というサスペンスが観客の興味を牽引していく。ちょっと『(ハル)』(1996)にも似ているが、その通信手段はよりフィジカルかつコミカルで、不器用さに溢れていて愛らしい。そして最後には、とてつもなく美しいラブストーリーとして映画をみごとに着地させてしまうのだ。その語り口の鮮やかさといったら、もう! しかも、そこには韓国ならではの日常的慣習が巧みに活用されており、そのあたりの芸の細かさにも唸らされる。(ちょっと『セプテンバー11』のショーン・ペン監督編を思い出した)

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 監督・脚本は、イ・ヘジュン。『アラハン』(2004)や『南極日誌』(2005)などの脚本に参加し、『ヨコヅナ・マドンナ』(2006)ではイ・ヘヨンと共同監督をつとめ、本作で単独監督デビューを飾った。『彼とわたしの漂流日記』では、ややドライでオフビートな現代的ユーモアをきかせつつ、全体に心地よいウェルメイド感と品の良さを漂わせる(韓国映画ではお約束のウンコネタでさえも、だ)。小道具の使い方や伏線の張り方も秀逸で、何しろ語り口のうまさが抜群なのである。

 また、丁寧な演出にも好感が持てる。それこそ、元ネタにしているであろう『キャスト・アウェイ』(2000)などの過去作品を想起させる描写のひとつひとつも、おざなりなパロディーや奇をてらった変化球には走らず、オーソドックスな演出を貫いて素直に、逃げずに、丹念に撮っているのがいい。それでいて新鮮なビジュアルセンスも持ち合わせていて、日常風景のなかに非日常を現出させるファンタジックな場面の撮り方が非常にうまい。引きこもり少女の部屋の描写も面白いし、何よりクライマックスの処理は見事というほかない。今の日本映画からまるっきり欠落している才能や構成力というものが、本作には全て凝縮されているような気さえする。

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 しっかりしたテーマ性を持っているのも、この映画の美点だ。今、コミュニケーションツールはどんどん発達してきている。それなのに人間同士のコミュニケーションが昔ほど密接になるといったことはなく、逆にどんどん細く薄く脆弱なものになっていくような気がするのは、自分がただの古くさい人間だからだろうか? この映画の主人公とヒロインは、まさにコミュニケーション不全に陥った現代人の極端なサンプルといえる。彼らが奇妙に中途ハンパな距離を隔てて、おそろしくプリミティヴな手段で「通話」しようと試行錯誤するプロセスは、まるでアクション映画のようにスリリングで、良質の恋愛コメディらしい楽しさと微笑ましさに満ちている。同時に、その困難であるがゆえのひたむきさを通して、誰かとコミュニケートするということが本来もちうる重み、その力を教えられるような気がしてくるのだ。

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 すっかりコメディ御用達俳優となった感のあるチョン・ジェヨンは、文字どおりの「都会のロビンソン・クルーソー」をほぼ全編キッタナイ顔で熱演。ひたすらシリアスに四苦八苦すればするほどおかしいというコメディ演技の基本をしっかりと実践しており、爆笑させつつも深い共感と愛情を観客に抱かせる名演を披露している。個人的には『シルミド』(2003)以来のベストアクトなのではないかと思った。そして、ヒロインを演じたチョン・リョウォンの魅力も特筆もの。非常に現代的なプロポーションと透明感のある美貌を持った彼女が、引きこもりのインターネット中毒少女を小汚い格好で演じるという面白さと共に、彼女自身の優れたコメディエンヌとしての資質が見事に活きている。彼女こそ、この映画のもつ“新感覚”を体現している存在なのではないだろうか。

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 製作は『シルミド』や『公共の敵』シリーズなどの監督として知られ、映画会社シネマサービスの主宰者でもある韓国映画界の大物、カン・ウソク。ここ最近、監督としては男っぽくて血なまぐさいアクション専門作家という印象が定着して久しいけれども、プロデューサーとしては本作のように新しい感覚を持った作品もきっちり手がけているところが意外、というか頼もしい。とはいえ、一方では『容赦はしない』(2009)みたいなモンダイ作もプロデュースしてるんだけど……。でも『彼とわたしの漂流日記』はどんなチョンボも帳消しにする力を持った秀作だと思う。

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 この先しばらく、日本では韓国映画の話題というと『TSUNAMI』だの『義兄弟』だの、いかにも派手派手しい超大作ばっかり取り沙汰される気がするけれども、ぼくにとっては『彼とわたしの漂流日記』が劇場公開されただけで、2010年の日本における韓国映画シーンは充実していた! といえるくらい存在感の大きい作品(いや、『テコンV』も忘れてはいけない!)。とにかく、映画を観終わったあとは新大久保の韓国料理屋に駆け込んで「ジャージャー麺ひとつ!」と笑顔で叫ばずにはいられない傑作。必見!

※『殺人の追憶』のソン・ガンホも大好物だった韓国式ジャージャー麺(チャジャンミョン)は、中華料理のジャージャー麺に韓国独自の大胆なアレンジを施した大衆的メニュー。中華ジャージャー麺のイメージで注文すると結構ビックリするオリジナルテイストに溢れた料理なので、ぜひお試しあれ。

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DVD『彼とわたしの漂流日記』

監督・脚本/イ・ヘジュン
撮影/キム・ビョンソ
音楽/キム・ホンジプ
出演/チョン・ジェヨン、チョン・リョウォン、ヤン・ミギョン、パク・ヨンソ
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