Simply Dead

映画の感想文。

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『休日』(1968)

『休日』
原題:휴일(1968)
英語題:Holiday

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 1960?70年代の韓国映画界で、多彩なジャンルの秀作を残した伝説的監督、イ・マニ。遺作となった『森浦への道』(1975)の編集中に45歳という若さで世を去るまで、彼は24年間に50本もの長編映画を監督した。1966年公開の代表作『晩秋』は、当時から映画史に残る名作と謳われ、のちに斎藤耕一監督によって『約束』(1972)として再映画化。さらにキム・ギヨン監督の『肉体の約束』(1975)、キム・ヘジャ主演の『晩秋』(1981)と繰り返しリメイクされ、現在は米国ロケを敢行したヒョンビン主演の最新版が公開待機中だ(残念ながらオリジナル版のフィルムは現存していない)。また、『グッド・バッド・ウィアード』(2008)の元ネタとなった満州ウエスタン『鉄鎖を断て』(1971)の監督としても知られている。

 『休日』は、恋人から妊娠したと告げられた若い男の一日を綴る、73分の小品だ。徹底的にメランコリックで悲劇的な内容だが、同時に穏やかな美しさと慈しみにも満ちた傑作である。イ・マニ監督のフィルモグラフィーの中でも、本作は幻の1本と言われていた。「退廃的で暗すぎる」という理由から検閲を通過できず、とうとう一度も劇場にかかることなく封印されてしまったからである。それから37年後の2005年、奇跡的にフィルムが発掘され、同年のプサン国際映画祭の「イ・マニ回顧展」などで上映されて大きな話題を呼んだ。現在は「kmdb」の動画配信サービスで観ることができる。

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〈おはなし〉
 教会の鐘の音が鳴り響く、冬の終わりのある日曜日。すっからかんのホウク(シン・ソンイル)は、いつものように恋人ジヨン(チョン・ジヨン)に会いに行く。彼女はホウクとの子供を身籠っていたが、ふたりとも今は家庭を設ける余裕などない。ホウクは堕胎手術の費用を得るため、ジヨンを公園に待たせて知り合いを訪ねて回る。しかし、行く先々でことごとく拒絶され、ついには友人の金を盗んで逃げてしまう。

 病院へやってきたふたりは、待合室で心変わりして医師に出産の相談をする。が、医師はジヨンの健康に問題があるので堕胎することを薦める。彼女が手術を受けている間、ホウクは再び孤独に街を彷徨う。サロンで酒を飲んでいた彼は、そこでひとりの寂しげな美女と出会い、一緒に酒場や屋台を転々。泥酔したふたりは工事現場で情事に及ぼうとするが、教会の鐘の音で我に返ったホウクは、愛するジヨンのもとへひた走る。

 病院に駆けつけたホウクに、医師はジヨンが手術中に死んだことを告げる。ホウクは悲しみに打ちのめされながら、彼女の父親の家を訪ねて事情を説明するものの、門前払いに遭ってしまう。さらに、金を盗んだ友人にも捕まり、思う存分ぶちのめされる。顔中を血だらけにしたまま、恋人と過ごした日々のことを思い浮かべながら、夜道をひたすら走り続けるホウク。そして、彼は行き先も知らない路面電車に飛び乗るのだった……。

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 冷たい風が吹きすさぶ丘の上の公園、すすけた裏路地、喧噪に溢れる歓楽街、終わらぬ夜を走り続ける路面電車……。イ・マニ作品に登場するロケーションはいつも強く印象に残るが、本作に出てくるソウルの情景の数々は、抜群に素晴らしい。冬枯れの街のうら寂しさ、都会の冷たい拒絶感をひしひしと伝えながら、そこに映しだされる光景は実に表情豊かで、趣深くもある。

 まだ戦後の貧しさが影を落とす68年当時のソウルを見事に捉えたモノクロームの映像が、全てに拒まれ、彷徨う男の孤独を見事に際立たせる。極端なローアングルや俯瞰を大胆に取り混ぜたカメラワークも、ヌーヴェルヴァーグ直撃世代のイ・マニ監督の実験性をうかがわせて印象的だ。そして、男の帰りを待ち、公園でひとり佇むヒロインの姿を映すシーンは、まさにフォトジェニック。詩情溢れる美しさとはこのことだ。これを観ると、いまだ見ぬ幻の名画『晩秋』への夢も、否応なく膨らんでしまうというもの。

 ある「休日」をひとつの縮図として、イ・マニは人生そのもののやりきれなさ、閉塞感を映し出してみせる。ストーリーだけ見ると、暗く絶望的なだけの映画かと思われてしまいそうだが、実際にはユーモアや温かみを感じさせる場面が随所に配されており、決して観た人をどん底まで落ち込ませるイヤガラセのような作品にはなっていない。同時に、突き放した客観性も保たれているので、ひとりよがりの自己憐憫を綴ったプライベートフィルムとも異なっている。あくまで普遍的なドラマとして、人間のネガティヴィティを見つめ、それを否定もせず、とても分かりやすいかたちで観客に伝える秀逸なフィルムに仕上がっているのだ。(実際には、人々の目に触れるまで40年近くかかったのだけれども)

 映画の前半、観客が主人公のキャラクターに感情移入できるポイントとなるシーンが、実にスマートで素晴らしい。恋人との待ち合わせ場所に向かうため、無一文の彼はタクシーに無賃乗車し、続いて売店でタバコ1箱をタダでせしめる。しめしめとほくそ笑んでいると、彼はマッチを持っていないことに気づき、近くで焚き火にあたっていた労働者たちのもとに近付く。火種を借り、一服した彼は、ごく自然にその場にいた人々全員にタバコを分け与える……。このひと続きのシークェンスで、主人公の小ずるさと、実は優しく気のいいヤツであるという部分を、見事に描きだしてみせるのだ。イ・マニの人間描写のうまさが際立つシーンである。

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 優柔不断で小心者で、悪いヤツではないが負にからめとられやすいたちの男・ホウクを、シン・ソンイルは完璧に演じきっている。性(さが)としての「どうしようもなさ」と「優しさ」を、不可分のものとして体現できる彼の資質を、イ・マニ監督は誰よりも的確に見抜いていたのではないだろうか。本作の素晴らしく繊細な演技を見ていると、そんなことをしみじみと思ってしまう。

 終盤、血だらけの主人公を乗せて夜の街を走り続ける路面電車の画は、どこかユ・ヒョンモク監督の名作『誤発弾』(1961)のラストにも似ている。文字どおりの終着駅=デッドエンドに向かいながら、全てを失った彼の疲れきったモノローグが被さる。無字幕で観たのでどんな台詞か最初は分からなかったが、あとで内容を調べてみたところ、思わず二度泣きしてしまった。なんて味わい深いエンディングなんだろう……。ぜひ、映画祭などでちゃんと字幕つきで観てみたいと思った。

 脚本を手がけたペク・ギョルによると、本作はシナリオの事前審査でも「暗いから直せ」と言われ、その段階ですでに本来あったプロローグとエピローグを削っているらしい。まず、オープニングは川で水死体となっているホウクの姿から始まり、『サンセット大通り』(1950)のように死んだ男のナレーションが被さって物語がスタートする。そしてエピローグでは、遺体の損傷が激しいために誰も彼の身元を確認できず、警官が手帳に「身元不明」と書き込んで終わるというオチだったそうだ。また、映画完成後の審査では、ホウクが髪を刈って軍隊に行く(!)ラストシーンを足せば、公開許可を出すと言われたらしい。これには監督、脚本家はもちろん、プロデューサーまでも反対したので、結局オクラ入りになってしまったのだとか。

 こんなに美しい作品が公開禁止に追い込まれたのは、その内容があまりにも激しく検閲官のパーソナルな心情を揺さぶったからではないか? などと思ってしまうくらい、今でも名作として十分通用する映画だと思う。映画評論家のホ・ムニョンは、2005年の初上映に寄せて、本作を「最もイ・マニ的な作品のひとつ」と評した。


監督/イ・マニ
脚本/ペク・ギョル
撮影/イ・スッキ
照明/ユン・チャンファ
音楽/チョン・ジョングン
出演/シン・ソンイル、チョン・ジヨン、キム・スンチョル、キム・スンオク、アン・ウンスク
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コメント

休日

はじめまして
初めて見た韓国映画が「晩秋」(82年・キム=スヨン監督)でしたので、イ・マニ作品DVDが出るというので、早速購入しました。

今さっき見終えました。
度肝を抜かれました。
今年の最高作は”息もできない”と思ってますが、私は、この”休日”を超える完成度の映画を見たことがありません。
特に、行きずりの女と街をさまよう”行き着いた刹那感”を示すシーンは強烈に印象に残りました。

”誤発弾”にせよ”ペパーミントキャンディ”にせよ、韓国映画で主人公が泥酔するとロクなことがありませんが、今回も息を飲むシーンだったといわざるを得ません。

ご紹介いただきありがとうございました。DVDを買って、正解でした。

  • 2010/10/01(金) 22:42:02 |
  • URL |
  • 電話番 #-
  • [ 編集]

コメントありがとうございます

『休日』ご覧になっていただけて嬉しいです。
ぼくも、こんなに美しい映画があったなんて、
しかも長年オクラ入りになって倉庫に眠っていたなんて、と驚きました。
イ・マニ監督も、キム・ギヨンやハ・ギルジョンと同じく、
もっと日本の映画ファンにも知られていい作家だと思います。

キム・スヨン監督版の『晩秋』は、ぼくもいつか観てみたいです。
主演が『母なる証明』のキム・ヘジャなんですよね。

  • 2010/10/04(月) 13:41:04 |
  • URL |
  • グランバダ #h1buydM2
  • [ 編集]

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