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映画の感想文。

『パブリック・エネミーズ』(2009)

『パブリック・エネミーズ』
原題:Public Enemies(2009)

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 傑作。ここ最近のマイケル・マン監督作品の中では断然いい。去年のうちに観なかったことを深く反省。2009年の上位20本の中にはぜひ入れたかった。

 犯罪王ジョン・デリンジャーと捜査官メルヴィン・パーヴィスの物語という、これまであらゆるメディアで語り尽された素材を、マイケル・マンはどう料理したか。答えは極めてシンプルである。「かつて見たことのないビジュアルで、皆がよく知る物語を“オレ流のリアリズム”で提示する」。本作はその一点にのみ心血が注がれていると言っていい。

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 『パブリック・エネミーズ』のビジュアルは、過去に作られた同ジャンルの作品、あるいは同時代を描いた作品では、ほとんどお目にかかったことのない新鮮さに満ちている。カメラアングル然り、ライティング然り、ロケーション然り。デジタル撮影がもたらした効果も大きいだろう。徹底的なリサーチを重ね、リアリティと臨場感にこだわりつつ、意固地なほどに過去作品のイメージに頼らない画面作りを実現させており、感動的ですらある。特に、ドラマティックな照明に彩られた夜の空港のシーン、鮮烈な白と明るさに溢れた留置所のルック、深夜の森での銃撃戦と逃走劇の美しさは忘れがたい。

 それは同時に、ニューシネマ以降のよくある「リアル一辺倒のギャング映画」にもしない(できない)ということであり、そこで潔く“オレ流”のクライムドラマ=男のファンタジーに仕上げてみせたのが、いかにもマイケル・マンらしいと言えよう(まあ、この人にはそれしかできないという話もあるが)。そういう映画なので、ジョン・ミリアスの『デリンジャー』(1973)と比較したりするのは、たいへん馬鹿馬鹿しい。[追記:町山智浩さんが「アメリカ映画特電」で両作を全く別物の作品として比較されていて、これは必聴。ただなんとなくのマイケル・マン批判ではなく、きっちり「映画としての在り方の違い」について語っています]

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 大事なのは“オレ流”であること。マイケル・マンは確かにディテールの作家だが、大枠におけるリアリズムには常に興味がない。ジョニー・デップ演じるジョン・デリンジャーはひたすらカッコいい台詞しか言わないし、クリスチャン・ベール扮するメルヴィン・パーヴィス捜査官は憎まれ役でありながらクリーンな男であり続ける。マリオン・コティヤールのヒロインに至っては、最後までノワールのノの字も感じさせない一途な愛の体現者だ。

 類型的なキャラクター造形、陳腐に陥る一歩手前のロマンティシズム、シンプルすぎて深みのないストーリーといった要素が、この監督に限っては好ましいものに思える。そんな稀有な作家であるマイケル・マンの個性は、この『パブリック・エネミーズ』でも強固に貫かれている。それは絶対的に映画を信じている者にしか持ち得ない、ある種パラノイア的な強みだ。映画の終盤、デリンジャーが死を迎えるその日にとった「ある行動」は、もちろん完全なフィクションであり、誰もが「んなアホな!」と突っ込みたくなる場面だが、それこそが“映画の夢”ではないだろうかと観客を心酔させてしまう力がある。伝記映画の枠組みを逸脱したファンタジー領域へと足を踏み入れることによって、まるで映画自体がジョン・デリンジャーという男の大胆不敵さを倣ってみせるかのようだ。

 前2作『コラテラル』(2004)と『マイアミ・バイス』(2006)では、監督のトレードマークであるリアリティとファンタジーの均衡が、デシタル技術の導入と機を同じくして、著しく損なわれた感があった。しかし、本作ではそのどれかひとつでも諦めることなく、ようやく最適のバランスを掴み取ったように思えた。

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 撮影には機種の異なるデジタルカメラを同時に数台回し、複合的に使っていたそうだが、そのため映像の統一感という面では、ややムラがある。フィルムよりも綺麗なのではないかと思うほどシャープでキメ細かいカットもあれば、デジタル特有の残像というかブラーが残って、アクションのキレを殺している部分もある(『アポカリプト』でも感じた特徴だ)。とはいえ、作品全体としては非常に美しいルックを作り出している。「ギャング映画には元々なんの興味もないから観ていない」と言い切るマン監督が、本作を撮るにあたって参考にしたのはエドワード・ホッパーの絵画らしいが、ホッパーといえばもちろん『電子頭脳人間』(1974)である。まあ、敢えて説明は省こう。

 技術面でとても面白い試みだと思ったのは、ナイトシーンにおける大胆な高感度撮影の使い方。TVの犯人逮捕ドキュメント番組、あるいは防犯カメラで撮ったかのようなノイズの浮いたDV画質で、1920年代を撮るという倒錯的な感覚にも惹かれたし、今の観客は実際のところ、そういうビデオっぽい映像のほうが「それなりにリアルな」緊迫感を抱いてしまうのではないか。前2作ではそれが当たり前に「現代」を映すだけで、大して感心しなかったが、今回の使い方には唸った。マイケル・マンがどこまで意識的に仕掛けているのかは分からないが、えらくトリッキーな映画であることには違いない。

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 マイケル・マン作品の醍醐味と言えば「渋い脇役の面構え」だが、今回の映画で最も印象に残る顔といえば、ウィンステッド捜査官を演じたスティーヴン・ラングである。『アバター』(2009)の軍人役ですっかり有名になってしまったが、本作で魅せる大人の威厳も非常に魅力的だ。まさかこの人が最後の最後で儲け役になるとは思わなかった、という意外性も手伝って印象に残る。そして、デリンジャーの右腕的存在であるレッド・ハミルトン役のジェイソン・クラークも、抑えた芝居と寡黙な存在感が後半でじんわりときいてきて素晴らしかった。他にも、ジェームズ・ルッソ、スティーヴン・ドーフ、マット・クレイヴンといった通好みの顔ぶれが、ひたすら主役のドラマを引き立てるために地味なサポートロールに徹している贅沢さも心地好い。「赤いドレスの女」ことアンナ・セージを演じるブランカ・カティッチ(あの『黒猫・白猫』のヒロインだ!)の存在感も光る。

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 公共の敵、ジョン・デリンジャーを「時代の終焉を象徴する男」として描き、ロマンたっぷりに惜別の思いを捧げたマイケル・マン。その胸中には“映画の夢”を途絶えさせてはならないという男の意地が、熱く静かに脈打っている。



製作/ケヴィン・ミシャー、マイケル・マン
監督/マイケル・マン
原作/ブライアン・バロウ
脚本/ロナン・ベネット、アン・ビダーマン、マイケル・マン
撮影/ダンテ・スピノッティ
プロダクションデザイン/ネイサン・クロウリー
衣装/コリーン・アトウッド
音楽/エリオット・ゴールデンサール
編集/ポール・ルーベル、ジェフリー・フォード
出演/ジョニー・デップ、クリスチャン・ベール、マリオン・コティヤール、

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コメント

>>ロマンたっぷりに惜別の思いを捧げたマイケル・マン

デリンジャー映画ってぜんぜんみてないんでアレなんですけど、今作でデリンジャーというひとを犯罪者寄りではなく「仕事のできる男」風に描いた点がさわやかでよかったです。

  • 2010/02/05(金) 13:42:49 |
  • URL |
  • ホの字 #-
  • [ 編集]

コメントありがとうございます。
「(どんなにクールで知的で人望も厚い男のなかの男でも)所詮は犯罪者」みたいな思想がひとかけらもない映画で、清々しかったですね。とにかくカッコ内の部分しか見ていないという。

  • 2010/02/05(金) 19:07:53 |
  • URL |
  • グランバダ #h1buydM2
  • [ 編集]

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