Simply Dead

映画の感想文。

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『シークレット』(1979)

『シークレット』
原題:瘋劫(1979)
英語題:The Secret

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 今月から始まる第22回東京国際映画祭「アジアの風」部門で特集が組まれる、香港を代表する女性監督アン・ホイ(許鞍華)の劇場映画デビュー作。ひと組の男女が山中で惨殺死体となって発見され、そこから家族の知らなかった秘密や意外な人間関係が明らかになっていくという、ミステリー仕立てのスリラー映画。70年代に実際に起きた殺人事件をもとにしていて、のちのJホラーにも繋がるような恐怖描写が随所にあり、おそろしく不吉なムードが全編に張りつめる傑作である。脚本のジョイス・チャンは、のちにパトリック・タム監督の傑作にして怪作『レスリー・チャン/嵐の青春』(1982)のシナリオも手がけている。

 物語の主人公は、殺された女性ユエンの妹ミン(シルヴィア・チャン)。残された家族が悲しみに暮れる中、家の周辺に「赤い服の女」の影がちらつき始める。もしや、姉の幽霊? ミンは姉と一緒に殺された恋人アチョウとの関係について調べ始め、忘れかけていた自身の記憶も手繰り寄せながら、やがて驚愕の真実に辿り着く。それと並行して、姉ユエンが慕っていた盲目の祖母、容疑者として逮捕された精神薄弱の男など、さまざまな視点が錯綜し、事件の奇怪な全容が明らかになっていく。

 まず目を引くのが、編集の面白さ。主軸となる家族の物語に、全然違う主観の描写や、時制の異なるシーンなどが不意に挟み込まれ、巧みに観客の不安感を煽っていく。しかもカッティングが非常にシャープでリズミカルなので、説明を排した語り口に翻弄されつつも、観客はどんどんミステリアスな面白さに引き込まれていくのだ。

 構図もいちいち見事。印象的なカットが多くあり、人物のアップを多用したワイドスクリーンの大胆な使い方に監督の才気を感じる(TV出身ということもあるだろう)。エドワード・ヤンが『恐怖分子』(1986)で台北を捉えたように、香港の裏町の景観をリアルに捉えたロケーションも効果的だ。撮影はのちに『客途愁恨』(1990)などでもアン・ホイと組み、監督業にも進出したデイヴィッド・チャン(鐘志文)。

 物語としては情痴殺人を扱ったミステリーでありながら、その演出は完全にホラー映画のトーン。何がそこまで不安を昂らせるのか(時代性なのか、監督のパーソナルな心情なのか)、とにかく鬼気迫る不穏なムードが全カットに漲っている。女の弱さ、そして怖さを浮き彫りにしていくストーリーテリングに、アン・ホイの冷徹かつ繊細なタッチが冴える。静かな語り口の中に、損壊した死体や解剖シーンなどのグロテスクな描写もしれっと織り交ぜるあたりは、さすが香港映画人。幽霊譚のような展開を見せていく中盤のあるシーンでは、完全に黒沢清作品に影響を与えたと思しき、しかもずっとシンプルでさりげなく効果的な「赤い服」の見せ方があり、度肝を抜かれた。

 作品全体に漂う絶望的で神経症的な雰囲気は、同じく女流監督のイ・スヨンが撮った『4人の食卓』(2003)に似ていなくもない。また、子供の撮り方が本当に気持ち悪いのも特徴。「ただそこにいるだけ」の画であっても、まるで別の生き物を見るような違和感で捉えられていて、強烈な恐怖を誘う。その理由は映画の後半で明らかになるのだが、しかし子供をこういう目線で確信的に撮れること自体が凄い。これもまた女性ならではの感覚だと思った。

 この緊迫したテンションが終盤に至っても落ちないのが、この映画の凄さ。幽霊ホラーかと思ったら実は……という筋立てだと、観客の気持ちが冷めてしまいそうな気もするが、本作の場合は全然そんなことはなく、その緊張感も異様なドラマ性も持続したまま凄絶なクライマックスへと雪崩れ込むのである。特に、ラストシーンの衝撃たるや、軽くトラウマになるほど凄まじい。同時期にデビューしたツイ・ハーク監督の『カニバル・カンフー 燃えよ!食人拳』(1980)のラストに匹敵するインパクトだ。

 等身大のヒロインを自然体で演じるシルヴィア・チャンの可憐さ、薄幸の美しさと死に憑かれた者の凄みを湛える姉役のテレサ・チウら、俳優陣の存在感も印象に残る。盲目の祖母のキャラクターも秀逸だ。不気味なムードを煽るラム・マンイーの音楽も貢献度大である。

 香港ニューウェーヴを代表する1本として知られながら、現在は諸事情によって観る機会がほとんどないのが残念(福岡市総合図書館のライブラリーには日本語字幕つきのプリントがあるとか)。ぼくが観たのは、あまりよからぬ手段で入手したキズだらけのビデオ素材。これはぜひ、いつかスクリーンで観てみたいと思った。


監督/アン・ホイ
脚本/ジョイス・チャン
撮影/デイヴィッド・チャン
美術/チョウ・キンナム
音楽/ラム・マンイー
出演/シルヴィア・チャン、テレサ・チウ、チョイ・シウキョン
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