Simply Dead

映画の感想文。

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『あなたは遠いところに』(2008)

『あなたは遠いところに』
原題:님은 먼곳에(2008)
英語題:Sunny

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 傑作。『楽しき人生』(2007)のイ・ジュニク監督による“音楽映画三部作”の最終章で、1970年代初頭のベトナム戦争を背景にした力作ドラマである。タイトルの由来は、70年代に活躍した韓国の有名な女性歌手キム・チュジャのヒットナンバーから。劇中では他に彼女の代表曲「遅くなる前に」「ベトナム帰りのキム上司」などが歌われ、CCRの「Susie Q」やアイルランド民謡「Oh, Danny Boy」なども効果的に使われている。

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〈おはなし〉
 1971年。田舎の農家に嫁いだ女性スニ(スエ)は、夫(オム・テウン)が兵役中のため、義母とふたり暮らし。義母は家系を絶やさないことにしか興味がなく、毎月スニに夫との面会と外泊を強いるが、夫はスニに対して冷淡な態度をとるばかり。彼女にとって楽しみといえば、農家のおばさんたちの前でキム・チュジャの曲を歌うことぐらいだった。

 そんなある時、いつものように夫と面会したスニは、突然「俺のことを愛しているか」と問われ、答えに窮する。夫は数日前、ソウルにいる愛人から手紙で別れを告げられていた。「お前なんかに、愛の何が分かるってんだ」と、彼は吐き捨てるように言う。……翌月、また兵舎へ面会に訪れたスニは、夫が何も言わずにベトナムの戦場へ向かったと知らされ、愕然とする。義母はパニックに陥り、自分もベトナムへ行くと言って聞かない。スニはそれを押しとどめるうち、自分が代わりに行くと言ってしまう。

 とりあえず渡航手段を探そうと町へ出てみたものの、激戦下のベトナムに一般人が入国できるわけもなく、スニは途方に暮れる。そんな彼女の前に、金を稼ぐためサイゴンへ行こうとしていたバンドマンのジョンマン(チョン・ジニョン)という男が現れる。スニは彼の率いるバンドの臨時歌手としてスカウトされ、「サニー」という芸名をもらい、バンドメンバーと共にベトナムへと旅立つことになった。その先に、波瀾万丈のドラマが待ち受けているとも知らず……。

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 ベトナムへ旅立ってしまった兵士の夫を追い、自らも異国の戦地に身を投じる妻……という、大雑把なあらすじだけ書くとまるで夫婦愛の尊さを謳った美談のようだが、実際はそんなに簡単なメロドラマではない。夫には愛人がいて、妻も彼の裏切りを知っている。互いの仲は冷えきっているにも関わらず、それでも彼女が遠い異国に旅立つ理由はなぜか。一人息子を失いたくない姑への気遣いもあるが、何より冷淡な夫から浴びせられた言葉がその心に大きな楔を打ち込んだからだった。「お前に“愛”の何が分かる?」。結婚生活を裏切った男の口から図々しくも放たれたその一言は、しかし確実に彼女の足元をぐらつかせる。その答えを得るために、ヒロイン・スニは「異国のあなた」を追い、遠大なオデュッセイアが幕を開けるのだ。

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 スニ自身、なぜ自分がそこまでして夫に会おうとするのか、理性や言葉では分かっていないように見える。恨み言のひとつもぶつけようというのか、ほんのわずかでも残った愛情を証明しようというのか。愛とも憎しみともつかぬ感情を抱きながら、ただ彼にもういちど会わなければならないというオブセッションが彼女を衝き動かす。理屈抜きの信念でとことん突き進む純粋さと逞しさを持ったヒロイン像を、主演女優のスエはこれ以上ない説得力で演じていると思う。韓国での公開時にも「ヒロインの行動理由が分からず、感情移入できなかった」という批評があったようだが、分かりやすい感情を描くだけが映画ではない。彼女の胸中にある言葉にならない感情とは何なのか、それが観客の興味を引っ張る最大のミステリーでもある。

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 夫が地獄のような戦場を這いずり回る間、スニは慰問バンドの歌手として、ろくでなしのバンマス・ジョンマンに引きずり回されながら、戦争の様々な断面を客観的に見ていくことになる。その視点の新鮮さが、この映画の大きな魅力だ。一般人の目で描かれる戦争映画が依然として少ない中、本作のような作品は貴重である。そして歌謡映画+戦争ドラマといえば、マーク・ライデル監督の佳作『フォー・ザ・ボーイズ』(1991)などがあったが、こちらはより生々しい戦地の空気と、いかがわしいショービズ稼業の不良性に肉薄している。

 また、田舎出の素朴なヒロインがセクシーに変身し、兵士たちに希望を与えるスターとして輝き始める姿も、当然ながらすこぶる魅力的だ。舞台衣装を忘れてきてしまったので、急遽、軍服コスプレで出てくるという展開は「分かってるな?」という感じ。ステージの熱狂と歓喜のなかで、自己を解放していくスニの姿は、彼女の求める“愛とは何か”という問いの答えを、身をもって体現していく過程にも見えて感動的である。

 もちろん綺麗事ばかりではない。死と隣り合わせにある戦場に身を置いている以上、彼女もまた戦争の部外者ではいられなくなる。中盤、バンドメンバーたちは思いがけない極限状況に追い込まれ、戦場の恐怖と真実を知ってしまう。もうかつての自分たちには戻れない……そのことを、スニが米兵たちの前で歌う「Susie Q」1曲で鮮やかに表現する演出が実に見事だ。

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 そして、ある目的のために米兵相手に甘んじて屈辱を受け入れる彼女の姿は、六・二五動乱(朝鮮戦争)以来、アメリカの反共闘争に利用され続けてきた一面を持つ韓国という国の明らかなメタファーである。このシーンにこめられた痛切な憂いは凄まじい。ここまで自国の痛ましい姿を深々とえぐってみせるのも、韓国映画らしいパワーだと思う。

 それらの行程を経て訪れる物語の結末は、まさに万感迫る圧巻のクライマックスだ。イ・ジュニク監督はそこでも説明を避け、ただ言葉にならないエモーションを「画」として映し出し、映画を終える。おそらくは全てのイメージの出発点となったであろう、印象深いラストカットを残して。

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 イ・ジュニク監督の卓抜したストーリーテリングの力は、本作でも健在だ。ひたすら無駄を配し、抑制のきいた静かな語り口で淡々とシーンを積み重ねながら、感動的なクライマックスへと巧みに導いていってしまう。重みと深みを湛えたメッセージも、声高でないからこそ胸に響く。それでいて茶目っ気に溢れ、ユーモラスな場面で観客を楽しませることも忘れない。このバランス感覚は韓国の職人監督としては珍しいというか、ややイーストウッド的なストイシズムまで感じさせる熟練ぶりである。

 『あなたは遠いところに』では、単なるメロドラマの枠を超えた根源的な“愛の物語”を、オデュッセイア的な戦場のロードムービーとして展開させ、痛烈な韓国史観も交えつつ、ラブストーリーとして見事に閉じてみせる。きわめてシンプルなかたちでありつつも、他の映画とは一線を画した構造と語り口がとても魅力的な傑作なのだ。イ・ジュニク監督は、イ・チャンドン、ポン・ジュノと並んで、現在の韓国映画界を代表する名匠と呼んでいいと思う。

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 主演女優スエは、素朴な田舎娘からセクシーな歌手へと変身するヒロイン像をコントラスト豊かに体現しながら、内面的には一本筋の通ったキャラクターをしっかりと演じきった。一見おとなしそうに見えながら、簡潔な言葉をやや低めのトーンで話す台詞回しが、彼女の誰にも媚びない気の強さを端的に表していて効果的。ステージシーンでの変身ぶりも魅力的で、特に終盤の「Susie Q」熱唱シーンは圧巻である。

 そして、前作『楽しき人生』から引き続いての登板となる性格俳優チョン・ジニョンが、やはり今回も素晴らしい。どうしようもないろくでなしのバンドマスター・ジョンマン役を絶妙に演じており、情けない弱さをもったワルが似合う役者って素敵だなーと、本作の彼を観るとつくづく思う。『楽しき人生』では中年バンドのギター担当だったが、今回は楽器をサックスに持ちかえ、見事な演奏を聞かせてくれる。他のバンドメンバーもそれぞれ個性が立っていて、忘れがたい印象を残す。中でも、無口なギタリスト役のチュ・ジンモ(『霜花店』の美形俳優とは別人)が、あまりに“それっぽい”佇まいで笑ってしまった。

 スニの夫に扮するオム・テウンもいい。出番は少ないながら、しっかりと存在感のある芝居で物語のキーパーソンを見事に演じている。彼を目の敵にしながら、戦友として絆を紡いでいく同僚兵士パク・ユノの好演も印象的だ。イ・ジュニク作品の常連で“音楽映画三部作”全てに顔を出している名脇役シン・ジョングンの登場も嬉しい。

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 迫力に満ちた戦闘シーンや、70年代のサイゴンシティを再現したロケセットなど、映像的な見どころも多い。ベトナムを舞台にした場面は、タイで3ヶ月にわたるロケ撮影を敢行。戦場シーンの撮影ではタイ政府軍の全面支援を受け、数百人の現役軍人がエキストラとして参加しているという。銃器や手榴弾などのプロップ(小道具)も、韓国からタイ国内には持ち込めなかったため、現地軍の協力で撮影用に改造した実物を大量に使用。機関銃の射撃音などもタイで録音した「本物」のサウンドエフェクトで、かえってリアリティが増したという。監督曰く、「実際の製作費は70億ウォンだけど、画面を見ると200億ウォンぐらいかかった大作に見えると思うよ」。

 ちなみにイ・ジュニク監督は少ない予算で迫力のある画面を作る手腕に定評があり、それらのスペクタクルシーンも必要最低限のショット数とフレームで構成されている。よく見るとかなり経済効率のいい撮り方をしているのが分かるはずだ。個人的には、そういうところも好きな部分だったりする。

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 『あなたは遠いところに』は11月から開催される「韓流シネマフェスティバル2009」で上映される。全ラインナップの中でもずば抜けて優れた作品だと思うし、絶対に劇場のスクリーンで観た方がいい映画なので、ぜひお見逃しなきよう。

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DVD『あなたは遠いところに』


監督/イ・ジュニク
脚本/チェ・ソックァン
撮影/ナ・スンヨン
照明/パク・セムン
音楽/イ・ビョンフン、パン・ジュンソク
出演/スエ、チョン・ジニョン、チョン・ギョンホ、チュ・ジンモ、シン・ヒョンタク、オム・テウン、パク・ユノ、イ・ジュシル、シン・ジョングン、チョ・ミリョン
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