Simply Dead

映画の感想文。

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たまには小説の感想でも……『標的』

『標的』 by 林紗羅(イム・サラ)

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 「TRASH-UP!! vol.3」韓国特集の仕事が一段落して、気がつけば映画ばかり観ていたので、「コリアン・ミステリ ─韓国推理小説傑作選─」という本を読んでみた。全13編の短編小説が収められたアンソロジー本なのだが、これがなんとも微妙な内容で、それミステリって言わないんじゃないの……? と思ってしまうような作品が大半だったりする。

 特に顕著な特徴としては、ヒネリがない。いちど話をオトして、さらにヒネリを加えていくのがミステリの常套手段だと思うのだけど、大概それがなく、ハンパなところで幕となる。『最後の証人』(1980)の原作者でもある韓国ミステリ界の重鎮、キム・ソンジョンによる短編『失踪』ですら、導入部や中盤の展開はスリリングで面白いのに、最後は「んー?」と首を捻ってしまうような終り方をしてしまうのだ。読み進めるほどに、韓国の作家は基本的にミステリ(ことに短編)とか、あんまり向いてないんじゃないだろうか……という考えが頭をよぎるのである。

 中には、ユ・ウジェという作家の『敵と同志』のように、中身は列車を舞台にした密室サスペンス+どんでん返しの平凡な折衷だが、南北のスパイ戦と組織内部の疑心暗鬼をモチーフにしている点から二重の意味を読み取らないと、内容をちゃんと理解したことにならないようなものもある(そんな深い意味はないかもしらんけど)。その辺は外国人の読者には難しいところだろう。とはいえ、いきなりミステリ本として純粋に楽しむには全体的にツラい気がした……途中までは。

 そんな上記のような印象を、完全に吹き飛ばしてしまう一編がある。イム・サラ(林紗羅)という女性作家が書いた『標的』という作品だ。これは他の短編とは比べ物にならない、正真正銘の傑作だった。

 物語はある女性の視点から語られる。90年代の現在、出版社で編集者として働いている彼女は、かつて韓国で民主化運動が最も加熱していた80年代に大学生だった世代である。しかし、彼女自身は当時の学生運動の“熱さ”に馴染めず、息を潜めるようにして学生生活を送るしかなかった。日本にもシラケ世代があったように、実際そんな若者も少なくなかっただろう。そして時が経ち、晴れて民主国家(その実バブリーな資本主義社会)が成立した今、彼女が目にしたものは「まやかしの英雄たち」の登場だった。当時、大して活躍もせず、死にもの狂いでデモ隊の最前列で旗を振っていたわけでもないのに、まるで自分が革命の闘士だったかのように振る舞う詐欺師たち。

 本作のなかでは、それはひとりの女の存在に集約される。みんなの憧れの的だった運動家に恋人としてつきまとい、自身は何をしたわけでもないのに、今になって美化された当時の思い出を詩集として出版しようとしている女・ウンス。本作の語り手であるヒロイン・スンフィは、つとめてシニカルに、その図々しい生きざまに対して敬意さえ表しながら、しかし明確な敵意をもって彼女(と、彼女に代表される嘘つきども)に呪詛を投げかける。

 激動の時代に傍観者でいることしかできなかった者のコンプレックス。傍観者であればこそ、はっきりと見える矛盾と欺瞞。こうした鋭い視点を持つ作品には、個人的にあまりお目にかかったことがなく、すごく新鮮だった。イム・サラの文体はどこかニューロティックな繊細さと、歯に衣着せぬ烈しさが同居し、女性ならではの秘めたるパッションのたぎりを感じさせる。『標的』はそんな導入部を経て、時代的屈折を抱える主人公スンフィの前に、また別の心理的屈折を与えた“もうひとりの女”を登場させ、ミステリアスな物語へと読者をいざなっていく。

 大学最後の夏、スンフィはウンスの紹介で、米国籍を持つユン・チソルという美しい女と出会った。魅惑的な報酬付きで、アメリカへの旅に同行してほしいというのだ。理由は、スンフィが学校新聞のために書いた短編小説を読んで気に入ったからだという。明らかに怪しい申し出だったが、スンフィは半ばチソルの放つ魅力にのまれるようにして、アメリカ行きを承諾する。その旅が、彼女に一生消えぬ記憶をもたらすことになるとも知らず……。

 コネチカット州ニューロンドンの海岸から、ロングアイランドへ向かう船上で起こる第一の事件。紅蓮の夕陽に照らされたデッキの上で、スンフィが目撃した光景とはなんだったのか。そして10年後、ロシアに舞台を移して再び繰り返される2人の女の旅……。女たちのノワール・エピックともいうべき見事なドラマ構成、逃れ得ぬ悲劇へと引き込まれていく心理描写、ブライアン・デ・パルマの映画を彷彿とさせる美しく鮮烈なクライマックスが圧巻だ。わずか20ページの短編とは思えない時間的・地理的スケールの大きさ、そして何より、映画的ビジュアルの喚起力がずば抜けている。同性愛的ニュアンスを漂わせる報われないラブストーリーとして深読みもできるし、三者三様の生き方を歩んだ女たちの「時代」との関わりを描いた興味深いドラマでもある。ぜひ長編サイズのシナリオに膨らませて、パク・チャヌク監督あたりに映画化してほしいと思った。

 残念ながら、イム・サラの小説はこの『標的』しか邦訳されていないが、本国では『私のプリマドンナ』や『愛する時と死する時』といった長編作品が出版されているらしい。ミステリのみならず、童話作家としても活躍しているとか。また、彼女の小説を原作にした映画『とても特別な変身』(1994)もある。主演は『血も涙もなく』(2002)のイ・ヘヨン。これも機会があったら観てみたい。

▼『標的』 著者イム・サラさん
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 話を『コリアン・ミステリ』に戻すと、『標的』のあとに収録された短編はどれも面白かった。ブレット・イーストン・エリスの文体をパクったような艶笑譚『いとしのシンディ・クロフォード』(キム・サンホン作)、朝鮮戦争がもたらした悲劇的な運命のいたずらを描く『月夜の物語』(イ・スグァン作)、オチは脱力ものだがコミカルな語り口が面白い『隠しカメラ』(イ・スンヨン作)などが印象に残った。

・Amazon.co.jp
「コリアン・ミステリ ─韓国推理小説傑作選─」


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