Simply Dead

映画の感想文。

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『チェイサー』(2008)

『チェイサー』
原題:추격자(2008)
英語題:The Chaser

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 傑作。すでに韓国盤DVDで何度か観ていたけど、やっぱり劇場の大画面で観ると格別だった。

 ある事情で警察組織を追われ、今はデリヘルの経営者に身をやつしている元刑事ジュンホ。そして、風俗嬢や金持ちの老人を狙い、猟奇殺人を繰り返す男ヨンミン。ある真夏の夜、ふたりは出会った──。その瞬間から幕を開ける追跡劇を、息詰まる緊迫感で描いた異色犯罪スリラー、それが本作『チェイサー』である。監督・脚本を務めたのは、ナ・ホンジン。これがデビュー作とは思えない堂々たる演出、卓抜した語り口で、エモーショナルかつ殺気と死臭に満ちた傑作を作り上げた。

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 この映画は、03?04年にかけて21人を殺害し、ソウルを震撼させた実在の連続殺人犯ユ・ヨンチョル事件がモデルとなっている(後に殺したのは31人と供述)。韓国の人々の間では、今も生々しい記憶として残っている事件である。ナ・ホンジン監督は、犯人が逮捕される前後2日間ほどの出来事に焦点を当て、事実とフィクションを巧みに織り交ぜながら緻密なストーリーを構築。風俗業者の通報が犯人逮捕の決め手となるという点は実際の事件に即しており、それが本作の重要なポイントになっている。

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 タイトルは『チェイサー』だが、その図式は「追跡者VS犯人」とは限らない。主人公ジュンホが元刑事の勘で犯人の男ヨンミンを捕えるところまでは呆気ないほど手早く描かれ、映画はそこから本当の追跡劇を疾走させていくのだ。街のどこかに監禁されているはずのデリヘル嬢ミジンの行方を、雇い主のジュンホが必死に探し回る姿をサスペンスフルに活写しつつ、犯人の拘留期限切れが迫る過程もスリリングに映し出される。中盤、ジュンホがひょんなことからミジンの娘を連れて夜の街をさまようことになり、子連れ探偵もの的な展開になっていくあたりが非常に魅力的だ。

 やがて物語は予想外の方向へねじ曲がり、『悪魔のいけにえ』(1974)を思わせるような衝撃的展開を迎える。熱いヒューマニズム脈打つ捜索劇から、想像を絶する暗黒へ……そして尋常ならざる殺気に満ちたクライマックスへと雪崩れ込んでいく、その情け容赦ないドラマ構成が圧倒的だ。

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 実在の事件をもとにしている作品の性質上、本作は様々な避けがたい運命の“分かれ目”を見せていく映画にもなっている。ひとつひとつの小さな偶然、ひとつひとつの些細な決断が、その人間の生死を決する瞬間となる。その見せ方が非常にさりげなく、抜群にうまい。時に切なく、時に残酷な意味を持つそれらの瞬間が、フィルムノワール的な妙味として周到に仕掛けられているのだ。繰り返し観る方には、その辺りの演出もぜひ注目してほしい。

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 刑事としての勘を徐々に取り戻しながら、世界の闇と対峙していく苦悩の主人公ジュンホを演じるのは、キム・ユンソク。『オールド・ボーイ』(2003)のチェ・ミンシクがさらに落ちぶれたような風体で登場しながら、わずかに残された己の人間性を懸けてひたすら疾走し続ける男を熱演し、観る者を感動させずにはおかない。とにかく走る。ひた走る。『フレンチ・コネクション2』(1975)のジーン・ハックマンに匹敵する走りだ(それを焦点深度の浅いステディカムで執拗に追っかけるカメラマンも相当なものだが)。これまで映画界では脇役として活動していた彼にとって『チェイサー』は大ブレイクの機会となり、国内映画賞の主演男優賞を総なめにした。

 犯人ヨンミン役を不気味に演じたのは、ハ・ジョンウ。どこにでもいる普通の青年にしか見えない無名性、ふてぶてしく冷酷な表情のギャップが異様なインパクトをもたらす。キャラクター造型がやや類型的なのが残念だが、『殺人の追憶』(2003)の犯人がもし画面に登場していたならこんな感じだったのでは……という興奮を感じさせるリアリティがある。悲運のデリヘル嬢ミジンを演じたソ・ヨンヒの儚い美しさも忘れ難い。その娘役のキム・ユジョンの愛らしさと力強いまなざしも印象的。主人公の元同僚刑事チョン・インギ、ジャガイモみたいな風貌の舎弟ク・ボヌンもいい味を出している。正直言って全体的に地味目なキャスティングだが、その全員がことごとく素晴らしい。

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 裏町の匂いまで漂ってくるような映像の質感も、本作の大きな魅力のひとつだ。撮影を手がけたイ・スンジェの名前は覚えておいた方がいい。夜のソウルを駆け巡るロケーション撮影、リアルな美術セットが素晴らしい効果を上げている。その真に迫る都会の闇のリアリティがあってこそ、欲望の渦巻く街ソウルの現実、危険と隣り合わせに生きざるを得ない者たちの哀しみが痛切に伝わってくるのだ。

 ぜひ劇場で堪能してほしい傑作なので、あんまり興を削ぐようなことは言いたくないのだけど……日本公開版だけ、例の「あの場面」をモノクロ処理してしまうのはどうなの!? とは思った(もちろんオリジナル版は血の色も鮮烈に映えるカラーである)。そうでもしないとR-15指定が獲得できなかったのかもしれないが、その後に来るドラマのエモーショナルな高まりを半減させかねない改変だし、本編中で最もドラマチックなシーンでもあるだけに、単なる規制を越えて「演出への介入」とも取れる効果が図らずも生まれてしまっている。そこら辺は観ていて少し気にかかった(まあ、DVDなどでは元に戻るだろうけど)。とはいえ、それしきの“修正”はものともしないパワフルさを持つ作品であることは間違いない。

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 ダークな実録犯罪スリラーの中に、警察機構批判、ヒューマニズム、タイムリミット・サスペンス、そして度肝を抜く残酷描写と、様々な要素が盛り込まれた『チェイサー』は、それこそ『殺人の追憶』にも比肩しうる骨太な社会派エンタテインメントの傑作だ。ノースター、新人監督のデビュー作、成人指定という条件にも関わらず国民的大ヒットを飛ばしてしまった事実からも、その面白さは折り紙付きである。必見。

・Amazon.co.jp
DVD『チェイサー』ディレクターズ・エディション


監督・脚本/ナ・ホンジン
撮影/イ・ソンジェ
照明/イ・チョロ
編集/キム・ソンミン
音楽/キム・ジュンソク、チェ・ヨンナク
出演/キム・ユンソク、ハ・ジョンウ、ソ・ヨンヒ、ク・ボヌン、キム・ユジョン、チョン・インギ、パク・ヒョジュ
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