Simply Dead

映画の感想文。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

『劇場版 空の境界 ―矛盾螺旋―』(2008)

『劇場版 空の境界 ―矛盾螺旋―』(2008)

mujun-rasen01.jpg

 ものすごい傑作。びっくりした。ちょっと胃もたれするくらい面白かった。

 『劇場版 空の境界』は、ゲーム『月姫』シリーズや『Fate/stay night』などのシナリオライターとして知られる奈須きのこの小説をアニメ化した、全7部作のシリーズ。生まれながらに分裂した人格と殺人衝動、そして全てのものに宿る「死の線・死の点」を見ることができる“直死の魔眼”を持つヒロイン・両儀式が、暴走する邪悪な力と戦い続ける姿を、猟奇ミステリやオカルトホラー、青春ドラマなどの要素を交えて描いた作品である。

 アニメーション制作を手がけたのは、TVアニメ『フタコイ オルタナティブ』『がくえんゆーとぴあ まなびストレート!』などで注目されてきたスタジオ、ufotable。長大で複雑怪奇な物語を、独立した7本の劇場作品として制作し、なおかつ原作同様に時系列をシャッフルした順序で連続公開するという意欲的な試みが話題を呼んだ。昨年12月に公開された第一章『俯瞰風景』から始まり、第二章『殺人考察(前)』、第三章『痛覚残留』、第四章『伽藍の洞』、そして本作『矛盾螺旋』と封切られ、12月20日からは第六章『忘却録音』が公開される。最終作は『殺人考察(後)』。タイムラインとしては最も過去にさかのぼる話だった第二章『殺人考察(前)』、その後編である。

 こんな思いきった構成ができるのも、すでに原作小説を読んでいるコアなファンが主なターゲットであり、多少の混乱もアトラクションのひとつとして作られているからだ。ゆえに原作未読者には手が出にくい作品だろうし、ファンでもないのに繋がりがバラバラのアニメを約2年ぐらいかけて観通そうという根気や覚悟を持てる人も少ないだろう。僕も最近になって仕事絡みで5本いっぺんに観なければ、正直しばらくノータッチだったと思う。そして『矛盾螺旋』を観て、愕然とした。こんな傑作を見逃すところだったのか、と。

mujun-rasen02.jpg

 第五章『矛盾螺旋』は、それまでの1時間枠で作られた中編4本と違い、初の2時間近い長編作品である。映画としての見応えも、演出的な面白さも、格段にアップしている。開巻から数分も経たないうちに、作り手の「映画にしてやる!」という意欲も気迫もケタ違いであることがハッキリと分かるのである。監督・絵コンテを手がけたのは、『まなびストレート!』でテクニカルディレクターを務めた平尾隆之。

 物語はタイトルが示すとおり、複雑にねじくれている。主人公は、両親を殺して逃げている少年・臙条巴。彼はある夜、不良たちに絡まれているところを両儀式に救われ、しばらく彼女の家に身を寄せることに。だが、親殺しを報じるニュースや警察からの追手はなく、いつまで経っても何の音沙汰もない。ただ不安な日々を悶々と過ごしていた巴は決心を固め、式とともに両親の死骸が待つ自宅マンションへと向かう。その時、式はその建物が発する異様な気配を察知した……。そこからさらに、死を蒐集する魔術師・荒耶宗蓮の野望、式の雇い主である人形師・蒼崎橙子の過去、奇怪な構造を持つマンションに隠された秘密などが、異なる視点から描かれていく。やがてそれらの断片が、ひとつの悲しく残酷な真実と、凄絶な対決のクライマックスへと収斂される。

 これが初の劇場長編となる平尾監督は、カット単位でめまぐるしく時制が入り乱れるトリッキーな演出を全編に駆使し、なおかつ映画の途中で物語の視点が劇的に変わるという凝った構成をとっている。冒頭から終盤に至るまで、暴力的なまでに行きつ戻りつをたたみかけ、現実認識を揺さぶるパワフルな演出は、いつまでも夢から覚めない男の悪夢をスピーディーに描いたフランスの傑作短編『朝の日課』(2005)を思い出させた。その手法が、単に奇をてらったテクニック自慢ではなく、ストーリーやテーマに密接に関わる重要な演出であるところが素晴らしい。しかもカッティングのセンスが抜群にいいので、最初は意味が分からなくても映像のドライブ感だけでグイグイ引き込まれていくのだ。

 こまやかな映像トリックの積み重ねが大きなうねりを生み、物語のテーマや仕掛けられた謎を徐々に明らかにしていく、そのダイナミズムはまさしく映画の醍醐味。なおかつ、そのエキセントリックな語り口がエモーショナルな高揚へと導かれていくプロセスも巧みだ。家族の温もりを求めながら悲劇的な運命をたどる少年・巴の、痛切な孤独にひしと寄り添った演出家の視点が胸を打つ。ストーリー上の細かい不自然さも感じられなくはないが、濃密なドラマの昂りがそれらを補って余りある。

 アニメならではの映像的快感、超現実的なアクションのもたらすカタルシスにも溢れている。冒頭の式と巴の出会いに絡めたチンピラたちとの格闘シーンの呼吸、マンションの廊下で式が集団相手に繰り広げる『オールド・ボーイ』(2003)ばりの長回しアクション、終盤のエモーショナルなクライマックスなど、いいところを挙げるとキリがない。何よりヒロインが本当にカッコよく描けている時点で合格だ。

 先に「アニメならではの」と書いたが、一方でアニメーションとしてはかなり意欲的な(つまり普通の演出なら避けて通るような)アングルや芝居も多い。殺人現場の一部始終を引きのワンシーン・ワンカットで延々見せきるという黒沢清ライクな演出を、わざわざ手描きのアニメで表現してしまうケレン味と粘り強さには、半ば呆れつつ胸打たれてしまった。原画マンは死ぬ思いだったろうけど。

 おそろしいほどスピーディーに展開する部分もありつつ、動きのないワンカットを一枚画のレイアウトや美術的な面白さだけで、長々と見せきってしまう骨太さもある。強烈なスプラッターシーンやバイオレンスも、逃げずに堂々と描ききる(苦手な方はご用心)。観客を置いてけぼりにしかねないアクロバティックな編集も、ある種の度胸と野心あってこその試みだろう。それも含めて「才気」だと思う。粗さもあるが、『矛盾螺旋』には間違いなく作家の若々しく過剰な才気が奔っているのだ。今年公開された巨匠たちの大作を軽く蹴散らす、映画的興奮が。

 もちろん、これ1本だけ観ても一目瞭然の傑作なのだけれど、できれば前4作をクリアしたあとで本作を観てほしい。正直、全てが傑作というわけではないし、原作ファンではない人が観ると抵抗感を覚える部分も多々あるだろう(それだけ原作を大切にして作られているということでもある)。しかし、物語の基本設定や、独特のストーリーテリング、複雑怪奇なドラマを背負ったキャラクターたちに慣れ親しんでから観れば、よりいっそう楽しめるはずだし、何より『矛盾螺旋』開巻直後から襲いかかる「えっ、今までと全然違うじゃん!」という強烈なカタルシスの波は、前4作を観ていないと絶対に味わえない感覚だ。この快感は何物にも代えがたい。

 誤解のないように書くと、他の作品もそれぞれにクオリティは高く、見どころはある。個人的には、第四章『伽藍の洞』のシンプルな作りはとても好ましかったし、第一章『俯瞰風景』は背景美術の見応えが凄まじい。面倒かもしれないが、レンタルなどで4本消化してから本作を観てもらえば、最高に楽しい2時間が待っていると約束できる。

 とにかく、こんな傑作はもっと多くの映画ファンの目に触れられて然るべきだ。公開時はデジタル素材上映だったらしいが、これはぜひフィルムで観てみたいと思った。

・Amazon.co.jp
DVD『劇場版 空の境界 ─矛盾螺旋─』【通常版】
DVD『劇場版 空の境界 ─矛盾螺旋─』【完全生産限定版】
本「劇場版 空の境界 第五章『矛盾螺旋』画コンテ集」

(参考リンク)


監督・絵コンテ/平尾隆之
原作/奈須きのこ
脚本/平松正樹
キャラクターデザイン・作画監督/須藤友徳、高橋タクロヲ
美術監督/池信孝
撮影監督/寺尾優一、松田成志
3D監督/中村慎太郎
色彩設計/千葉絵美
音響監督/岩浪美和
音楽/梶浦由記
ラインプロデューサー/鈴木龍
制作プロデューサー/近藤光
アニメーション制作/ufotable
配給/アニプレックス
製作/劇場版「空の境界」製作委員会
声の出演/坂本真綾、柿原徹也、鈴村健一、本田貴子、遊佐浩二、藤村歩、東地宏樹、中田譲治

スポンサーサイト

コメント

初めまして、通りすがりです。

矛盾螺旋はDVD化をずっと待っていたタイトルでしたので期待も大きかったのですが、ひとつだけちょっといただけないな、と思えるところがありました。

34分あたりから始まるマンション廊下での乱闘シーン。このシーンだけは、なんだかこれまでの4作の同様のシーンと比べて見劣りするな、と思うのは私だけでしょうか。なんか、違和感があるんです、ここだけ。

別のTV作品でも、乱闘シーンだけ作画崩壊を起こしているタイトルがあった、というのもあって、それだけが気になりました。

ただ、作品自体は十分に満足の行く出来でした(幹也には絶対見せないだろう魔術師としての橙子さんとかね)し、損はないタイトルでした。

ところで、ひとつだけツッコミ。読解ミスならいいんですが、「殺人考察(後)」は時間軸としては「忘却録音」の後、一番最後に当たります。

  • 2009/01/30(金) 01:45:56 |
  • URL |
  • -RIO- #-
  • [ 編集]

はじめまして。コメントありがとうございます。

これまでのシリーズが画的にすごく統制のとれたものになってるので、確かにあのシーンは違和感あるかもしれませんが、ぼくは逆に新鮮でした。作画としては「ああいう巧さもある」と思うので(うつのみやさとる系というか)、特に崩壊とは感じませんでした。あれをアリだと感じるのは人それぞれでしょうけれども、個人的にはむしろ楽しめた部分です。それをここでやるか!? という驚きもあって。

で、ぼくもさっき届いたばかりのDVDで確認してみたんですが、あのシーン、意外と短かったんですね。初見では本当に『オールドボーイ』ばりの長回しに思えたんですけど(笑)。

> 読解ミスならいいんですが、「殺人考察(後)」は時間軸としては「忘却録音」の後、一番最後に当たります。

あ、すいません。
「タイムラインとしては最も過去にさかのぼる第二章『殺人考察(前)』の後編となる、『殺人考察(後)』である」という意味でした。なんかダラダラするので端折ったんですが余計分かりにくくなっちゃいました。ごめんなさい。

でもやっぱり面白いですね、「矛盾螺旋」は。

  • 2009/01/30(金) 05:10:59 |
  • URL |
  • グランバダ #-
  • [ 編集]

訂正

本文中、ご指摘の箇所だけ、ちょこっと書き直しました(さほど上手くはないですが)。あとだしですいません。

元の文:最終作は、タイムラインとしては最も過去にさかのぼる第二章の後編『殺人考察(後)』である。
 ↓ ↓ ↓
訂正後:最終作は『殺人考察(後)』。タイムラインとしては最も過去にさかのぼる話だった第二章『殺人考察(前)』、その後編である。

  • 2009/01/30(金) 05:25:53 |
  • URL |
  • グランバダ #h1buydM2
  • [ 編集]

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://simplydead.blog66.fc2.com/tb.php/326-46d6efb1
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。