Simply Dead

映画の感想文。

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『Never Apologize』(2007)

『Never Apologize』(2007)

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 カンヌ国際映画祭パルム・ドールを受賞した『if もしも…』(1968)などの作品で知られる、イギリスの映画監督/舞台演出家、リンゼイ・アンダーソン。本作『Never Apologize』は、その強靭な反骨心と風刺精神で社会を挑発し、多くの観客を魅了したアンダーソンの生き様を伝えるドキュメンタリーである。といっても、インタビューや資料映像やナレーションで構成された普通のドキュメンタリーではない。アンダーソン作品の看板俳優、マルコム・マクダウェルが劇場のステージに上がり、スタンダップ・コメディアンよろしく聴衆の前でエネルギッシュに喋り続ける姿をシンプルに映し出した、トークライブの記録映像のようなスタイルで作られているのだ。これがすこぶる面白い。映画ファンには興味深い話が満載だし、アンダーソンかマクダウェルのファンなら文句なしに楽しめるだろう(両方のファンならなおさらだ)。

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 『if もしも…』の主人公ミック・トラヴィス役で映画デビューを飾ったマクダウェルは、リンゼイ・アンダーソンという唯一無二のパーソナリティと、彼が自分にとっていかに大きな存在だったかを、笑いもふんだんに散りばめた巧みな話術でスピーディーに伝えていく。マクダウェル自身が舞台上から放つパワフルな存在感、役者ならではの見事な語りが、観客を魅了し引き込んでいくのだ。自らの体験に基づく思い出のエピソード、さらにアンダーソン本人の日記や関係者の手記の朗読などによって、そのエキセントリックな人間性と、彼らが才能を開花させた時代の熱気が鮮やかに浮かび上がる。

 ステージで語られるエピソードの数々はどれも魅力的で、驚きに満ちている。マクダウェルが初めてアンダーソンと出会った『if もしも…』のオーディション会場での逸話に始まり、クリスティーン・ヌーナンとの共演シーンでの珍事、公開時の反響、カンヌ映画祭での出来事、続くコンビ作『オー・ラッキーマン!』(1973)誕生までのいきさつ、などなど……。プライベートでも面白い話がポンポン出てくる。「これから映画スターとしてやっていくなら映画について知っておけ」といって、若きマクダウェルをジョン・フォードや黒澤明の映画上映に連れて行ったりする“映画の師”だったとか、『if もしも…』撮影後しばらくは仕事も金もないので、風呂場の改装をする代わりにアンダーソン家に住まわせてもらっていたとか。このあたりの話は、『オー・ラッキーマン!』の米国盤DVDなどに収録されているドキュメンタリー『O Lucky Malcolm!』(2006)でも出てくるので、知っている人もいるかもしれない。

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 特に『オー・ラッキーマン!』にまつわるエピソードは、聞いていて思わず涙が込み上げてきてしまうくらい感動的だ。『if もしも…』が成功した後、マクダウェルは「次も一緒に何か作ろうよ! 僕らは最高のチームなんだから」とアンダーソンに持ちかけ、それに対してアンダーソンは「そんなに私と組みたいなら、自分でシナリオを書いてこい」と返答。そこで「分かった、書いてみせるさ!」と受けて立ったマクダウェルが、自身の体験をもとにデイヴィッド・シャーウィンと共同でシナリオを書き上げたのが、『オー・ラッキーマン!』だった。この作品はまさにマクダウェルとアンダーソンの共同作業によって作られたマスターピースであり、公開当時は興行的にも批評的にも振るわなかったものの、一部のファンの間では『if もしも…』を凌ぐ2人の真の代表作として、今も熱烈に愛されている。アンダーソン本人も登場する鮮烈なラストシーンがいかにして生まれたかについても、本作では語られる。マクダウェルが監督に台本でぶん殴られるシーンは35回も撮ったとか。

 トークの中には、アンダーソン作品を取り巻く人々……ミュージシャンのアラン・プライス、美術監督のジョセリン・ハーバート、脚本家のデイヴィッド・シャーウィン、劇作家のデイヴィッド・ストーリーらの名前も登場し、当時の思い出をにぎやかに彩る。中でも、長編デビュー作『孤独の報酬』(1963)に出演して以来、アンダーソンお気に入りの女優となったレイチェル・ロバーツが、カンヌの豪華ホテルで繰り広げた奇行のエピソードは爆笑ものだ。また、『孤独の報酬』の主演男優リチャード・ハリスへの複雑な思い(アンダーソンはゲイだったが公言はしなかった)、舞台『Home』などに出演した名優ジョン・ギールグッドのマイペースぶり(マクダウェルも『カリギュラ』で彼と共演した時の楽しい話を披露)、そして最後の長編となった『八月の鯨』(1987)撮影現場でのリリアン・ギッシュとベティ・デイヴィスの演技スタイルの違いなども、アンダーソンの遺した日記から引用され、実に興味深い。マクダウェルの物真似がやたら上手いのにもビックリする(特にアラン・プライスとジョン・ギールグッドが最高)。

▼アンダーソンの死後に出版された日記本「Lindsay Anderson Diaries」
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 常に舌鋒鋭くあらゆるものを批判し、大のブルジョワ嫌いで、単なる冗談ですまないような言動のせいで人間関係のトラブルも絶えなかったというアンダーソン。そんな彼の強烈なパーソナリティを如実に伝えるのが、クライヴ・ドナー監督の家で開かれた食事会の席で、マクダウェル曰く“世界一いい人”の俳優アラン・ベイツを激怒させたというエピソードだ。まず、「なんで君はいつも首におかしなスカーフを巻いてるんだ?(その頃のベイツは二重アゴを気にして仕事でもプライベートでも常に首周りを隠す服装を好んだ、というのは誰でも知っている話だった)」とイチャモンをつけたところから始まって、「何だってアラン・ブリッジスみたいなブルジョワのダメ監督の映画に3本も出たんだ?」など、だんだんエスカレートしていく毒舌にとうとうキレたベイツは、「いい加減にしろ! お前らだってブルジョワだろ!」と怒鳴って出て行ってしまった。その場にいたマクダウェル夫妻らが「謝った方がいいよ」と説得しても、アンダーソンは「絶対に謝らん(Never Apologize.)」の一点張り。翌日には英国演劇界にそのニュースが駆け巡る始末だった。結局、アンダーソンは最後までベイツに謝らなかった、とマクダウェルは思っていた。

 しかし、アンダーソンはそれから数ヵ月後、アラン・ベイツへの謝罪の手紙を書いていたのだ。その文面をステージ上でマクダウェルが朗読するのだが、それがもうなんというか、ちょっと凄まじい。途中から謝罪文でもなんでもなくなってしまい、ただアンダーソンの筋金入りの批判精神と冷徹な分析力がいやというほど伝わる“声明文”になってしまうのだ。あの場でなぜ自分がそんな言動をしたのか、その時に他の連中はどうだったか、なぜアラン・ブリッジスを槍玉にあげたのか、ひいては自分がいかなる人間であるかを懇々と説明し、結局「あの時、君に不快な思いをさせた私と“彼ら”を許してほしい」という結論になってしまうのである。もちろん、そこにはアンダーソン流の辛辣なユーモアセンスが溢れている。これ以上にリンゼイ・アンダーソンという人物を物語る逸話があろうか、というエピソードだ。

 ちなみに、マクダウェルがひょんなことからアラン・ベイツの代役として、アンダーソン演出の舞台『In Celebration』のニューヨーク公演に出演した時に起きたハプニングの逸話も凄い。仰天必至のとんでもない名前が出てくる。

▼『オー・ラッキーマン!』制作中のアラン・プライスとアンダーソン
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 グロテスクな風刺コメディ『ブリタニア・ホスピタル』(1982)の失敗以来、アンダーソンは映画製作にかつてのパワフルな熱狂を取り戻すことはなかった。その晩年の孤独な暮らしぶりは、彼自身がBBCスコットランドのために作った52分の中編映画『Is That All There Is?』(1993)に克明に記録されている。しかし、そこには常に友人たちや仕事仲間の姿があり、いくら歳月を経ようと彼の魅力に惹かれ続ける人々がいることも証明していた。同作には登場しないが、アンダーソンを人生の師と仰ぐマルコム・マクダウェルも、もちろんその一人だ。ちなみに『Is That All There Is?』は、米クライテリオン盤の『孤独の報酬』に、映像特典として収録されている。

 映画のクライマックスで語られるのは、「最後の会見」……といっても、晩年のアンダーソンとマクダウェルの話ではない。1973年にL.A.を訪れたアンダーソンが、憧れの巨匠ジョン・フォードに会いに行った時のエピソードだ。ここでは、孤独な毒舌家でも不遇の芸術家でもない、純真な映画ファンとしての彼の表情が垣間見られる。すでに癌を患って余命いくばくもない状況にあったフォードは、自宅で最期を迎えたいと言って病院から出てきたばかりだった。フォードは葉巻をくゆらせながら、アンダーソンに「君のラグビーの映画は観たよ(『孤独の報酬』のこと)。ありゃいい映画だったな」と言ったとか。とても素敵な話である。

 そして、112分の上映時間はあっという間に過ぎ、マクダウェルとっておきの「とある席上でアンダーソンが言い放った、実にアンダーソンらしい一言」を披露して、映画『Never Apologize』は幕を閉じる。エンドロールには思わず笑い泣きしてしまうようなオマケもついてくるので、ファンは最後まで「耳」を傾けておくべし。

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 本作の監督を手がけたのは、マイク・カプラン。MGMやワーナー、20世紀フォックスなどで宣伝・マーケティングの重職に就き、ロバート・アルトマンやスタンリー・キューブリック、アラン・ルドルフやバルベ・シュローデルといった個性派監督たちとも深い交友関係を築いた人物だ。近年ではマイク・ホッジス監督の傑作『ルール・オブ・デス/カジノの死角』(1998)の米国公開を成功させ、クライヴ・オーウェンを一躍スターダムにのし上げた功労者の1人でもある。マルコム・マクダウェルとは『時計じかけのオレンジ』(1971)の宣伝を手がけて以来の付き合いで、リンゼイ・アンダーソンとは『オー・ラッキーマン!』で初めて一緒に仕事をした。プロデューサーとしても、アンダーソンの『八月の鯨』、アルトマンの『ショート・カッツ』(1994)、ホッジスの『ブラザー・ハート』(2003)などを製作。監督としてクレジットされるのは、『ショート・カッツ』の製作過程を捉えたメイキングドキュメンタリー『Luck, Trust and Ketchup』(1993)以来だ。本作では旧友のマクダウェルと共に製作も兼任している。前述の『O Lucky Malcolm!』では、マクダウェルが昔の冗談話でカプランをからかっている微笑ましい映像も観られる。次回作に予定されているのは、マイク・ホッジス監督の新作『マリオと魔術師』だ。

▼モスクワでの特集上映が行われた際の記念写真
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 『Never Apologize』は、対象へのパーソナルな視線がいい意味で結実した、刺激的かつ愛情に満ちたオマージュの秀作である。リンゼイ・アンダーソンならびにマルコム・マクダウェルのファンにはぜひ観てほしい。そしてこれを機会に『オー・ラッキーマン!』『In Celebration』といった作品群に再評価のスポットが当たってほしい。日本で上映される可能性はかなり低いと思うが、来年あたりのPFFなら有り得るかも? なお、下記の公式サイトでは、「Video Clip」コーナーで作品の一部分が見られるので、興味のある方はぜひ。

『Never Apologize』公式サイト


・Amazon.co.uk
DVD『Never Apologize』(英国盤・PAL)

・DVD Fantasium
DVD『孤独の報酬』(米国盤・リージョン1)
DVD『if もしも…』(米国盤・リージョン1)
DVD『オー・ラッキーマン!』(米国盤・リージョン1)
DVD『In Celebration』(米国盤・リージョン1)
DVD『八月の鯨』(米国盤・リージョン1)

・Amazon.co.jp
本『ジョン・フォードを読む ―映画、モニュメント・ヴァレーに眠る』 by リンゼイ・アンダーソン


製作/マルコム・マクダウェル、マイク・カプラン
監督/マイク・カプラン
舞台プロデュース/ピーター・クレーン
編集/エリック・フォスター、ケイト・ジョンソン
出演/マルコム・マクダウェル
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