Simply Dead

映画の感想文。

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『戦後最大の誘拐 ─吉展ちゃん事件─』(1979)

『戦後最大の誘拐 ─吉展ちゃん事件─』(1979)

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 昭和38年(1963年)に東京・入谷で起きた幼児誘拐殺人事件を題材にしたTVムービー。本田靖春のノンフィクション小説『誘拐』を原作として、映画『あこがれ』(1966)やTVドラマ『傷だらけの天使』(1974?75)の恩地日出夫が監督し、泉谷しげるが犯人役で本格的な役者デビューを飾った。テレビ朝日「土曜ワイド劇場」放映時には視聴率26%という高い数字を叩き出したが、諸般の事情でソフト化されず、長らく幻の作品となっていた。

 それが今、横浜・黄金町で行われている“黄金町完全無罪フェスティバル 泉谷しげるが来るンだから大目に見ろよ!祭り”の一環として、泉谷しげる監督最新作『ロード・オブ・ライブ』(2008)と共に、シネマ・ジャック&ベティで2本立て上映されている。せっかくなので、ライブ&トークつきの回を観に行ってきた。上映前には、主演を務めた泉谷しげる本人の口から、作品についての解説や撮影当時のエピソードが語られた。

 吉展ちゃん誘拐事件が起こったのは、高度経済成長期の真っ只中、東京オリンピックの前年。事件の模様はメディアで大きく報じられ、ニュースの視聴率は59%にも達した。だが、解決したのは発生から2年3ヶ月も後のことだった。犯人は30歳の時計修理工、小原保。福島県の寒村に生まれ、幼い頃から足に障害を患う彼は、上京して時計職人として働いていたが、借金苦に陥って進退窮まっていた。彼は実家に帰って金を無心しようとするが、門戸を叩く勇気も出ず、野良犬のごとく村内を数日間さまよい、そのまま帰京。営利目的の誘拐を思いつき、近所の公園で遊んでいた4歳の男の子・吉展ちゃんを連れ出して、墓地で首を絞めて殺害した。遺体は適当な墓に隠し、それから男の子の両親に身代金50万円を要求。まんまと金を奪い、17万円足らずの借金を返済したあと、年上の内縁の妻と再出発を夢みた。しかし、警察が脅迫電話の録音テープを公開し、小原の知人や肉親たちがラジオでその声を聞いた時から、彼の運命は狂い始める……。

 恩地日出夫監督は、“戦後最大”と冠された誘拐事件の真実を、つとめて冷徹な演出で暴いていく。それは、悲しいほどちっぽけな男が、どうしようもなく安っぽい動機から起こした犯罪が、解決までに2年3ヶ月を要する難事件となっていく数奇な過程だ。ある種、デイヴィッド・フィンチャー監督の『ゾディアック』(2007)とも通じるものがある。しかし、視点の置き場所は正反対だ。難航する捜査の過程や、被害者とその家族の日常などは、ほとんど描かれない。犯人から自白を引き出した鬼刑事の執拗な取り調べも、この作品ではドラマ的な山場とはならない。ただ、どんな男がその罪を犯したのか、彼が罪を認めるまでどんな日々を生きたかを、厳しく凝視するだけだ。

 東宝で内藤洋子主演の青春映画などを手がけていた恩地監督は、70年代からドキュメンタリーの世界へと傾倒。テレビマンユニオンの初期メンバーとして活躍し、長寿番組「遠くへ行きたい」の演出などを手がけた後、本作『戦後最大の誘拐 ―吉展ちゃん事件―』で「ドキュ・ドラマ」という手法を確立した。だから劇中の登場人物は、全て実名。ロケ撮影も全て現地で行われ、えも言われぬ生々しさに溢れている。その中で浮き彫りになるのは、急速に変化を遂げる時代から取り残されていく者、資本主義社会の底辺でモラルも愛情も失っていく者の悲劇だ。かといって安易な共感などは抱かせない。いたずらに犯人の行動心理へと分け入ったりはせず、感情を退けたクールな目線で、ただ見つめるのみだ。

 主役に抜擢された泉谷しげるは、まさしく野良犬のような男として犯人・小原保を演じ、実に素晴らしい。哀愁も憐憫も一切背負わず、ただダメになっていく男の姿を、最小限の演技でリアルに演じている。その自然体の堕ちっぷりが圧巻だ。終盤、刑務所へ面会に来たかつての内縁の妻に「おばさん」と声をかける時の表情は忘れ難い。彼が罪を悔いたり、改心したりする姿を、最後まで映さないのもいい。

 その脇を固める役者陣の顔ぶれも魅力的だ。中でも小原の内縁の妻を演じる市原悦子が絶品。ダメ男に同情と母性愛をかたむける飲み屋の女将というキャラクターが、これ以上ないくらいハマッている。『青春の殺人者』(1976)の母親役に並ぶ名演だと思う。その他、兄・保を嫌っている末弟役の風間杜夫、借金取り役の殿山泰司、2人組のヤクザ役の長谷川弘と阿藤海、吉展ちゃんの母親役の音無美紀子、刑事役の芦田伸介など、錚々たるメンツが味わい深い演技を見せている。芦田伸介は、同じく吉展ちゃん事件を題材にした東映作品『一万三千人の容疑者』(1966)でも、捜査班の刑事を演じていた。ナレーターを務めたのは、恩地監督とは「遠くへ行きたい」でも組んでいた伊丹十三。

 映像は全編、凍えるような寒色系のトーンで統一され、明るさもギリギリまで絞って、昭和38年当時の町の空気感を再現。ロケ現場でも「当時と違うから」といって町中の灯りを消させたそうだ。昭和の濃密な闇に包まれた映像は、TVムービーというよりは完全に映画のルックである。あまりに画面が暗すぎるため、完成後もしばらくはオクラ入りになったとか(もちろん内容面での問題もあったらしいが)。時代色の再現もかなり細かい。都電や国鉄の出てくる場面も、ちゃんと旧い車両を使って撮っているのには驚いた。

 吉展ちゃんの殺害シーンも、まさにその犯行現場で撮影されたという。その近くには吉展ちゃん本人の墓があり、さすがの泉谷しげるも「あんたには人の心があるのか!」と監督に抗議したが、「そういう君にはあるのか」と返されて結局は折れたんだとか。問題の絞殺シーンは、引きの1カットで犯人の背中側から映したごく簡潔なものだが、その話を聞いたあとでは妙な凄みを感じさせる。「鼻から少し血が出ていたので、手で拭いております」といった言葉を淡々と語る、犯行供述書をもとにした主人公のモノローグも、異様なムードを生んでいる。

 撮影スタッフは黒澤組の強者揃いだったので、かなり無茶な要求が飛び交う荒っぽい現場だったらしい。早朝の場面を撮るために、買い物客で賑わう夕方の商店街を通行止めにしたこともあり、群衆から怒号が上がるたびに撮り直し。泉谷さんも「映画のスタッフってのは本当に無礼でロクなもんじゃないな」と思ったとか。ちなみに黒澤組と言えば、小原が犯行のヒントにしたと言われる『天国と地獄』(1963)のポスターも、劇中にしっかりと登場する(予告編を見て思いついただけで、映画本編は観ていないそうだが)。

 映像の質感といい、演出といい、役者の演技といい、本作はいわゆる実録犯罪ドラマの中でもベストの出来ではないだろうか。とにかく画面に張りつめる寒々しいリアリティが凄まじい。そこには「霊気」みたいなものも漂っているように思える。徹底したドキュメンタリー・タッチを貫いたことで、加害者と被害者、その両方の鎮魂の碑となり得た、稀有なフィルムなのではないか。

 個人的には泉谷さんというと、1992年頃にBS2で放映されていた映画番組「ヤングシネマパラダイス」で、長田綾奈と一緒に司会をやっていたのが印象深い。トークショーと映画の二部構成で、『地球に落ちて来た男』も『鉄男/TETSUO』もこの番組で観た。自分にとっては映画にのめり込む大きなきっかけになった番組だ。その中で「泉谷さんの出た実録犯罪もの、よかったですよね」みたいな話が何度か出てきて、当時はそれがTVムービーだとは知らず「そんな映画あるのかな?」としばらく謎のままだった。今回ようやく、それも大好きな黄金町の映画館で(しかもライブつきで)観ることができて、嬉しかった。

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原作本「誘拐」(ちくま文庫)


監督/恩地日出夫
原作/本田靖春『誘拐』
脚本/柴英三郎
音楽/広瀬量平
出演/泉谷しげる、市原悦子、殿山泰司、松山英太郎、長谷川弘、阿藤海、山谷初男、左時枝、音無美紀子、北村総一朗、津山登志子、芦田伸介、伊丹十三(ナレーション)



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コメント

吉展ちゃん役について

被害者の吉展ちゃん役は誰がやったのでしょうか?
計算上ですと演じていた俳優さんは現在30弱だと思いますが、今何をなされているか知ってる方いませんか?

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