Simply Dead

映画の感想文。

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『It Is Fine! Everything Is Fine.』(2007)

『It Is Fine! Everything Is Fine.』(2007)

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 今年のベスト1。あの日、カナザワ映画祭でこの映画を観ることができた人たちの多くは、今もずっとその衝撃と幸福を引きずっているのではないだろうか。僕もその一人だ。クリスピン・グローヴァー監督の長編第2作『It Is Fine! Everything Is Fine.』は、本当に素晴らしい作品だった。

 この映画もまた、前作『What Is It?』(2005)同様、グローヴァー本人による実演つき巡業興行「ビッグ・スライドショウ」でしか観ることができない作品だ。だから次にいつ観られるかは、正直言って分からない。それでも次の上映のチャンスに懸けたい人、予備知識なしでこの映画を観たい人、海外に行ってでも観てやろうと覚悟を決めている人は、ここから先の文章はネタバレになるので読まなくていい。できるだけまっさらな状態で観ることをお薦めする。


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 “It三部作”の2本目にあたる『It Is Fine! Everything Is Fine.』は、前作『What Is It?』にも出演した脳性麻痺の中年男性、スティーヴン・C・ステュアートによる半自伝的シナリオを映画化したものだ。主演もステュアート自身が務めている。彼は20歳のときに母親と死別して天涯孤独の身となり、施設に入ることになったが、言葉が不自由なために脳障害者と勘違いされてしまった。以来、何年間も精神病院に入れられていたという。実際はとても聡明な人物であったにもかかわらず……(その話を聞いて思わず、パク・チャヌク監督の短編『N.E.P.A.L. 平和と愛は終わらない』(2003)で描かれた、言葉が通じないために精神病院を6年間たらい回しにされたネパール人女性の実話を思い出した)。そのときの経験と、そこで育んだ妄想の成果が、この『It Is Fine! Everything Is Fine.』のシナリオなのだそうだ。

 映画は、寒々しい病院の廊下から幕を開ける(ロケ地は実際にステュアート自身が入院させられていた病院らしい)。派手な音を立てて床に転げ落ちた男=ステュアートは、看護士に抱きかかえられて車椅子に乗せられる。他の患者たちの視線をあとに、寝室に戻った彼は、ベッドサイドに置かれた古ぼけた写真を眺めながら、無言で想いを馳せる……。そこから映画は、彼のめくるめく妄想世界を映し始める。

 主人公は、長く美しい髪を持つ女性に“特別な愛情”を抱く男、ポール。彼はとあるパーティー会場で寂しげな熟年女性リンダと出会い、恋に落ちる。親密さを増していく2人だったが、ポールはその一方で、リンダの年頃の娘カルマとも惹かれ合う……。そんなクラシックな三角関係のメロドラマを、監督のクリスピン・グローヴァーとデイヴィッド・ブラザーズは、意図的に古くさく、安っぽさを感じさせる演出スタイルで描いていく。描き割り然としたチープな美術セット、やけにカラフルな色彩、奥行きのないカメラワーク、今どき誰も使わないような有名クラシック曲の劇伴音楽などによって。個人的には「ダグラス・サークでも意識してるのかなあ」とか思いながら観ていたのだけど、その意図は上映後のQ&Aで監督自ら語ってくれた(ここではまだ述べない)。

 母娘から同時に惚れられてしまう罪な男ポールを演じるのは、車椅子に乗ったステュアート本人である。彼の喋る台詞は、ほとんどの観客には何を言っているのか聞き取れない(字幕も「×××」と映されるだけ)。しかし、ヒロインたちは彼の言葉を全て理解し、甘い殺し文句に酔い、その魅力の虜となっていく。彼が障害者であることも気にせず……いや、多少は気にするのだけど、それも恋のスパイスになっているような風情で、終始ベタ惚れ状態。当然だ。これは作者=スティーヴン・C・ステュアートの理想の世界なのだから。

 やがて、ポールは恐るべき本性を現し、映画は文字どおり“猟人日記”の様相を呈してくる。飛んで火にいる夏の虫のごとく、ロングヘアーの美女たちはポールの魅力に抗えぬまま、次々とその毒牙にかかっていくのだった……。映像のタッチもぐっとフィルムノワール寄りになり、幻想的で耽美的な犯罪ファンタジーへと移行する。犠牲者となるヒロインたちのバラエティに富んだキャラクター設定には、ステュアートの年季の入った妄想力のたくましさが窺えて、さすがだなと思った。すごく性格の悪いイヤな女もちゃんと入れてくるあたり、芸が細かいというか、嗜好が幅広い。キャスティングも絶妙。

 さながら『マニアック』(1981)を思わせるストーリー展開でありながら、ステュアートのロマンティックな妄想は、単なる猟奇スリラーにとどまることを許さない。主人公の犯罪はあくまでも、愛憎と欲望のクライマックスとして、最もエモーショナルな高まりを迎える瞬間として描かれる。狂おしく愛を求めながらそれを破壊せずにはいられないアンビヴァレンツ、美しさへの歪んだ想いが増長させるエロティックな欲望、そういった情念の沸騰なくして、彼のフェティシズムは完成しない。ステュアートはそんな己の妄想を見事に脚本化し、クリスピン・グローヴァーはそれをできるだけ忠実に、作者の感情と視点に沿って映像化するよう務めたという。

 ステュアートが本作を書き上げるにあたって意識したのは、70年代にテレビで頻繁に放映されていたマーダーミステリードラマなのだそうだ。日本でいう「火曜サスペンス劇場」とか「土曜ワイド劇場」みたいなものか。監督のグローヴァーはその意図を汲み、敢えてクラシカルに、安っぽさすら感じさせる語り口とビジュアルで、往年のミステリードラマの雰囲気を再構築した。『What Is It?』に比べると格段に分かりやすい古典的ストーリーテリングは、ステュアートが病院で浴びるほど観ていたサスペンス劇場の記憶の再現なのだ。つい監督の敬愛するファスビンダーからサークへの流れを夢想してしまったが、それはさすがに思いつかなかった。

 なおかつ、グローヴァーは前作の流れを汲むノイジーな映像の質感、デイヴィッド・リンチ風の大胆な構図なども入れ込み、独自のアーティスティックな演出スタイルもしっかりと提示している。後半になるにつれ、ファスビンダー、あるいはダニエル・シュミットを思わせる退廃的ムードが濃厚に漂い始めるあたりも素晴らしく、なんとなく『天使の影』(1976)を思い出した。そして、終盤に突如として現れる神話的なイメージシーンが何しろ凄い。度肝を抜かれつつ、これが映画ってもんだよ、と思わされた。また、共同監督として名を連ねるデイヴィッド・ブラザーズによるセットデザインも印象的。中でも後半に登場する、大胆に壁や天井を取り払った演劇的セットが秀逸だ。

 人工的な背景の中で描かれる、甘美でエロティックな犯罪劇。一般的には「弱者」という概念で捉えられている障害者が、面白いように次々と人を殺めていくという、たいへん愉快なブラックコメディでもある。もちろんそれは妄想の中でしか成立しない物語であり、そうとしか見えないように撮られてもいる。だからこそ感動的なのだ。

 劇中、主人公が華麗なる女性遍歴を重ね、大胆な凶行を繰り返せば繰り返すほど、つまり妄想であることが明白になればなるほど、灰色の現実を生きたステュアート本人の鬱屈が、切々と観客の胸に響いてくる。それは不自由な肉体と牢獄のような病院の中で、二重に閉じ込められて生きてきた男の“魂の叫び”だ。不条理な苦難に満ちた人生をエロティックな妄想によって武装し、闘い抜いた男の生きた証ともいうべきストーリーなのだ。こんな物語は他の誰にも書けない。その妄想が「映画」として、ステュアート自身による全身全霊の演技によって具現化されていくほどに、現実とフィクションの境界を越えたパワフルな感動の波が押し寄せる。

 その波がまさしく最高潮になる瞬間が、劇中にある迫真のベッドシーンである。「このシーンは絶対、本物として描くべきだ」という強い信念をもって映像化した監督の心意気には、敬服するほかない。全てをさらけ出して熱演したステュアート、その相手役を果敢に務めた女優の勇気も、まさに偉業(それを無修正で上映してしまったカナザワ映画祭も偉すぎる)。今まで観てきた映画の中で、最もエモーショナルなセックスシーンと断言できるくらい、胸打たれた。

 『It Is Fine! Everything Is Fine.』は、そんな特異な人生を歩んだ男の情念が塗り込められた強烈なファンタジーであるとともに、表層の物語が裏にある意味をくっきりと想起させる、優れた多重構造を備えた映画でもある。さらに、先述した70年代テレビドラマを模したというコンセプトによって、非常に分かりやすいストーリー性も獲得している。加えて、監督のアイディアで付加されたブックエンド形式によって見事な円環構造も描いており、エピローグへの鮮烈な着地ぶりには思わず息をのんでしまった。ひとことで言って、かなりよくできた映画なのだ。観客をカオスに叩き込むことがメインテーマだったような前作『What Is It?』とは真逆と言っていい、とてつもなく明解で、普遍的で、深い感動と共感を誘う、完成度のすこぶる高い作品なのである(逆に言えば『What Is It?』ほど唯一無二な感じはないかもしれない)。障害者の性的妄想を描いた映画のどこに感動できるんだ、と言われれば「ああそうですか」としか答えようがないけど……そんな人は『踊る大捜査線3』でも楽しみにしてればいいのではないか。

 本作は、スティーヴン・C・ステュアート、クリスピン・グローヴァー、デイヴィッド・ブラザーズという三者の才能が融合した、一生に一本撮れるか撮れないかの傑作である。特に、長年温めてきた物語を、自ら魂を削って演じたステュアートは、この映画によって永遠の存在となった。その姿は、できるだけ多くの人に観てもらいたいと思う。

クリスピン・グローヴァー公式サイト http://www.crispinglover.com

製作/クリスピン・グローヴァー
監督/クリスピン・グローヴァー、デイヴィッド・ブラザーズ
脚本/スティーヴン・C・ステュアート
美術/デイヴィッド・ブラザーズ
音響/クリスピン・グローヴァー
編集/モリー・フィッツジャラルド、クリスピン・グローヴァー
出演/スティーヴン・C・ステュアート、マーギット・クリステンセン、キャリー・スラサ、ローレン・ジャーマン、ジャミ・フェレル、ブルース・グローヴァー


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