「ビッグ・スライドショウ」in カナザワ映画祭
Crispin Hellion Glover's "The Big Slide Show" in Kanazawa Film Festival 2008

▲写真は2005年のテキサス州オースティンでの公演より
真っ暗な空間にこつこつと足音が響き渡り、静止した場所を赤いピンスポットが照らしだす。と、そこに現れたのはハンサムなスーツ姿の男。今宵の語り部、クリスピン・ヘリオン・グローヴァー氏である。彼はこれから、幾つかのストーリーを観客に紹介していくという……。
クリスピン・グローヴァーは、長年ハリウッドで活躍する個性派俳優である。その役者としての代表作を挙げておくと、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(1985)のパパ・マクフライ役、『ワイルド・アット・ハート』(1990)のデル叔父さん役、『チャーリーズ・エンジェル』シリーズ(2000?)の痩せ男役、リメイク版『ウィラード』(2003)のウィラード役など多岐にわたる。個人的には『女神たちの季節』(1990)の駆け出しデザイナー、『ホテル・ルーム』第1話「停電」(1993)の優しい夫などが印象深い。やや情緒不安定な役柄を得意とする“怪優”であり、本人自身も相当エキセントリックな人物である、という定評がファンの間では浸透している。
そんなクリスピン氏が自らのライフワークとして行っているのが、「ビッグ・スライドショウ」と銘打たれた巡業興行だ。それはスライド映写、映画上映、Q&A、サイン会という四部構成で行われる。詳しい内容については「映画秘宝」の柳下毅一郎氏による取材記事が詳しい。クリスピン・グローヴァーの監督した映画“It三部作”は、この「ビッグ・スライドショウ」でしか観ることができず、今後ソフト化するつもりはないと本人が断言している。こんな遠い東アジアの片隅では、カルト俳優のパフォーマンス付き映画上映会なんて半永久的に観られないんだろうなあ……と、いちファンとしては半ば諦めていた。ところが、毎年「映画の暴動」の実践に挑み続けるカナザワ映画祭実行委員長の“恐れを知らぬ映画ハンター”O氏が、実にあっけらかんとクリスピン氏の来日公演をオファーし、実にあっさりとアジア初上演が実現してしまったのである(いや、そんな簡単じゃなかったかも知らんけど)。これはなんとしても行かねばなるまい。
そんなわけで、その夜、僕は金沢にいた。目の前に立っているクリスピン・グローヴァーの姿に釘付けになりながら。
巨大なスクリーンに、スライド写真が大写しになる。まずは本の表紙だ。「"Concrete Inspection" by Crispin Hellion Glover!」 著者であるクリスピン氏によって、タイトルが高らかに読み上げられると、その中身が1ページずつ映し出されていく。そこに書かれたテキストを、ダイナミックな身振り手振りを交えて読み上げていくクリスピン氏。そうして6?8冊分のストーリーが一挙に紹介されるのだ(ほとんど暗記していると思われる)。既存のテキストをベースにした作品もあり、完全なオリジナル作品もある。
文章・写真・イラストをコラージュし、奇怪な文脈で組み上げられたストーリー。その行方は観客の誰にも予想できない。地の文を塗りつぶし、勝手に改竄するクリスピン氏の手書き文字は、『イレイザーヘッド』(1977)に出てくる精子を思わせる面妖な生物感を備えた、独特のタイポグラフィーでとても魅力的だ。一個のアート作品としても味わい深い1枚1枚のスライド、膨大なテキスト量の字幕、そしてスクリーンの傍らでエネルギッシュに朗読を続けるクリスピン氏のパフォーマンス、もうどれに注視していいのか観客も頭がグルグル回り始めてしまうほど、その3つ全てがたまらなく面白い。
驚いたのは、おそろしくエキセントリックでシュールな世界を展開させながら、そこにとんでもなく可笑しいユーモアも織り込んでくるところだ。読み上げるテキストと写真が全然合ってなかったり、トンチンカンな前後の繋がりで笑わせたり。「これって凄くバカバカしくて無茶苦茶おかしいけど、本人的には本気かもしれないから笑いづらいよな……」という、こういう場ではありがちな不安を、ほとんど感じさせない。実に分かりやすく秀逸なギャグで、観客を大いに笑わせてくれるのだ(もちろんシュールではあるけれど)。そういう箇所では、何度かクリスピン氏がスライド写真に向かってズビッと長い腕を差し出し、さながら大阪芸人が「どや?」と目で問うかのような“笑い待ち”のアクションをする場面もあり、これが実にラブリー。気さくなユーモアのセンスと、観客を気遣うエンターテイナーとしての矜持を感じた。
凄かったのはクリスピン氏だけではない。通訳・字幕翻訳・さらに字幕の映写オペレーターまで務めた柳下毅一郎氏の存在なくしては、今回の日本公演は成立し得なかっただろう。その姿に、『御巣鷹山』(2005)で映像を観ながらその場で音声トラックを操っていた渡辺文樹監督の姿を重ねてしまったのは、僕だけではないはずだ。あの膨大な量のテキストを短期間で日本語に訳した上、当日は完全に公演スタッフの一人としておそろしく難易度の高い仕事をこなし、しかも終演後にはサイン会の通訳まで務めていたのである。その労苦だけで本が一冊書けそうな気がする。
スライドショウは、最後の1冊「What It Is, and How It Is Done.」をもって幕となる。これはクリスピン氏のオリジナル短編であり、トリを飾るにふさわしい、非常に端正にまとまったユーモラスで美しい一篇だった。そのあと、観客は一旦シアターから出て、準備が整ったところで再び会場に戻る。全員が席に着いたところで、クリスピン氏が監督した映画が上映されるのである。1日目は、“It三部作”の第1弾『What Is It ?』(2005)、そして2日目は第2弾『It Is Fine ! Everything Is Fine.』(2007)。映画の感想については、またの機会に……とても一言では語れない内容だからだ。『What Is It?』はまさに「なんだこれは?」と観た者を唖然とさせる空前絶後のアートフィルムだったし、『It Is Fine ! Everything Is Fine.』に至っては、その場にいた観客全員の魂を揺さぶる未曾有の大傑作だった。
終映後には、再びクリスピン氏が観客の前に現れ、Q&Aが行われる。ひとつひとつの質問に対する答えがとても真摯で、丁寧で、長い。日本の観客はあまり手を挙げないよ、と言われていたそうで、最後の方になると「君、さっきから質問したそうな顔してるね! 聞きたいことがあればどうぞ!」と向こうから話を振ってくるという気さくっぷりであった。もう、メチャメチャいい人なのである(作ってるものは完全にエキセントリックだけど)。美術館の門限を過ぎてしまったので、別会場で行われたサイン会でも、ファン全員に「どこで今回のイベントを知ったの?」とか「僕のサイト見たことある?」とか質問しまくっていたらしい。そのせいで打ち上げ会場にも大幅に遅れて到着し、そこでも綺麗なガールフレンドと一緒にずっとニコニコしていて、みんなの記念写真攻勢にも快く応えていた。どんだけいい人なんだ。
クリスピン氏がこうした巡業興行のかたちで上映活動を続けているのは、「実演(ヴォードヴィル)+映画」という、映画黎明期にあった興行形態を再現するという意図と、実際このやり方のほうが実入りがいい、という理由からだそうだ。確かに、DVD市場も供給過多気味な現状では、下手に流通に乗せてハズす可能性も高いし、誰もが満足な再生環境で作品を観てくれるとも限らない。それよりは、観たいお客さんだけが観に来る環境を作り、ある独特の雰囲気の中で1本のフィルムを大切に観てもらったほうが、作り手としてもストレスが少ないだろう。しかし、それだとあまりに観る機会が少なすぎる。「ビッグ・スライドショウ」の体験は体験として、作品単体の出来も素晴らしいのだから、いつの日かソフト化してほしいな、crispinglover.com限定販売のDVD-Rでもいいから、などと思ったりした。
何はともあれ、今回カナザワ映画祭に来られなかった人にも、ぜひこの感動を味わってほしいと思わずにはいられない、刺激的で素晴らしいショウだった。もっと多くの人に、クリスピン・グローヴァーという人の魅力を間近で目の当たりにして、知ってほしい。とりあえず、ぜひとも東京での開催を!
カナザワ映画祭2008 フィルマゲドン
クリスピン・グローヴァー公式サイト http://www.crispinglover.com
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