Simply Dead

映画の感想文。

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『Goya's Ghosts』(2006)

『Goya’s Ghost』(2006)

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 大傑作。正直こんなに面白い映画だとは思ってなかった。さすがミロシュ・フォアマン監督! と快哉を上げたくなる見事な風刺劇で、その手腕が最大限に発揮された集大成的な作品とも言える。いつだか輸入盤DVDセールで買ったドイツ盤で観たのだけど、秋には日本でも『宮廷画家ゴヤは見た』というタイトルで公開が決まっているので、「こんな映画だったの!?」という驚きを大事にしたい人は、ここから先は読まなくていい。とにかく、ぜひ劇場で楽しんでほしい傑作であることは間違いない。


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 天才画家フランシスコ・デ・ゴヤの目を通して描かれる、18世紀末?19世紀初頭の激動のスペイン史、人々を見舞う残酷な運命、そして彼らのたどる数奇な愛のドラマ……と書くと、まるで大真面目な歴史大作のように聞こえるかもしれないけど、ところがどっこい。『Goya’s Ghosts』はとてつもなく痛烈で皮肉なユーモアに溢れた、すこぶる可笑しい悲喜劇なのだ。とにかく酷いことしか起こらないのに、メチャクチャ笑わせてくれる。

 壮大なエピックドラマを快いリズムで見せていく語りの名手であり、優れたコメディ作家でもあるミロシュ・フォアマン監督。『Goya’s Ghosts』はその才能が遺憾なく発揮された傑作だ。実在の人物を使って波瀾万丈のフィクションを織り上げた、大胆かつ緻密なシナリオも秀逸。かつての諸作品を思わせるシーンも随所にあり、フォアマンの集大成と言っても過言ではないだろう。

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 本作はゴヤの伝記映画ではない。主軸となるのは、異端審問を再興させて教会の復権をもくろむ野心家の神父ロレンゾ(ハヴィエル・バルデム)、良家の子女でありながら異端審問のえじきとなり悲惨な運命を辿るイネス(ナタリー・ポートマン)をめぐる、数奇なメロドラマである。ステラン・スカラスゲールド扮する画家ゴヤは、両者を繋ぐ存在として登場するいわば狂言回しだ。後半では不幸なヒロインを救おうと奔走する能動的キャラクターにもなるが、結局は主人公たり得ない。あくまで物語の語り部、時代の傍観者であり続ける。それがゴヤという芸術家の特質なのだ、とでも言うかのように。そこにはフォアマンらしい皮肉も感じられるし、ある種の共感もうかがえる。

 映画は実にテンポよく、登場人物たちが予想外の不運に見舞われていく姿をピンボール式に描いており、なかなか簡単にはストーリーを要約できない。以下のあらすじは映画の面白さの半分も伝えていないし、実際、映画の前半部分だけ書くに留めてあるので、読み飛ばしてもらって構わない。

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 18世紀末のスペイン。ある日、良家の美しい娘イネスは教会に呼び出され、「夕食の席で豚肉を食べなかったのはユダヤ教徒だからだろう」と言いがかりをつけられる。否定した彼女はそのまま拷問を受け、苦痛のあまり罪を認めてしまう。イネスをミューズとして寵愛していた画家ゴヤは、教会の実力者ロレンゾ神父に彼女の釈放を嘆願。ロレンゾは地下牢に閉じ込められたイネスと面会するが、全裸で震える彼女の美しさに欲情し、彼女を犯してしまう。数日後、ロレンゾは何食わぬ顔でイネスの両親たちの招きで夕食会へ。だがそれは罠だった。その場で捕えられた彼は、異端審問ではお馴染みの拷問にかけられ、「私は猿です」という宣言書に署名してしまう。脅迫を恐れたロレンゾは、枢機卿にイネスの釈放を求めるものの、一度罪を告白した者を解放するのは無理だと突っぱねられる。進退窮まったロレンゾは逃亡。哀れなイネスは地下牢に囚われたまま、瞬く間に15年が過ぎた──。

 というのが、映画の前半部分。それと前後して、フランスでは市民革命が起こり、やがてナポレオン軍がスペインに侵攻。悪名高きスペインの異端審問は撤廃されるが、スペイン側の抵抗運動によりフランス軍が撤退したことで、国内の教会も復権する……といった実際の出来事がストーリーと巧みに絡み合っていく。そこで浮き彫りにされるのは、これまでのフォアマン作品と同様「社会と個人」という図式だ。歴史の大きなうねりの中で、個人がどのように翻弄されていったかを、残酷かつ辛辣に、なおかつユーモアと愛を込めてフォアマンは描きのめす。その波瀾万丈のドラマ展開を観ているだけでも十分に面白いが、当時の史実を知った上で観れば、より楽しめるはずだ。

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 とにかくテンポよく進むフォアマンの演出は、凄惨な場面もユーモラスなまでに呆気なく処理することで、人間性を失った社会の不条理をシンプルに浮かび上がらせる。ナタリー・ポートマンが役所の手続きのごとき尋問の直後、全裸で後ろ手に縛られ吊るされ泣き叫ぶ拷問シーンにおける、スマートなカッティングときたらどうだろう。感傷的な盛り上がりへの執着がほとんどない、凡百の演出家には決して真似できない冷静さで、鮮烈なショックと不条理を観客の胸に刻みつける。そして、罠にかかったハヴィエル・バルデムが彼女と全く同じ格好で締め上げられるシーンの処理も、実に呆気ないものでありながら、そこには実に意地悪な可笑しさが横溢する。

 メロドラマを過度に盛り上げることなく、シニカルなユーモアと共に淡々と描写を積み重ね、鮮やかにテーマを浮かび上がらせていく。その独特のスタンスによる巧みな語り口は、ラクロの「危険な関係」を独自にアレンジした『恋の掟』(1990)でも発揮されていた。貴族たちの残酷な恋愛ゲームも、フォアマンにかかればハッキリとブラックコメディとしての本質を露にされてしまうのだ。

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 美しいカメラワークや、豪華な美術・衣装などで画面の密度を高めつつ、くどい演出やお仕着せがましいシリアスさは極力排し、不幸や悲嘆や残酷美にひたる暇もなく、とことん快調にドラマが進展する。感動の歴史大作などを期待して観に来ると、初めは唖然とするかもしれない。だが、物語の終わりにはとてつもなくエモーショナルで、スケール豊かなクライマックスが待っているのだ(同時に皮肉な笑いも頂点に達する、素晴らしい幕切れが!)。これこそがフォアマンの真骨頂である。

 驚くべきは、これがオリジナルシナリオであるということ。フォアマンとジャン=クロード・カリエールによる脚本は見事というほかない。フォアマンが渡米第1作『パパ/ずれてるゥ!』(1971)から組んでいる、気心の知れたカリエールだからこそ為しえた共同作業なのかもしれない。

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 俳優たちの演技も素晴らしい。特に、ナタリー・ポートマンの女優魂には感服した。ゴヤの寵愛したミューズを変わらぬ初々しさで演じる彼女ももちろん魅力的だが、映画後半、15年間も拷問部屋で過ごしたヒロインが再び観客の前に現す姿は、あまりにも惨たらしく強烈。全世界のナタポ・ファンは卒倒必至であろう。たとえヌードシーンがボディダブルだろうと、何も残念がることはない。ホラー映画を彷彿とさせる変貌ぶりで、確実にもうひとつ別の壁をぶち破ってくれているからだ。また、無垢な良家の子女→15年後の変わり果てた姿→そして……と、3つの異なるパーソナリティをシンプルに演じ分ける表情変化も巧い。文字どおり、演出次第で女優は化けるなあ、と思った。

 ゴヤを演じるステラン・スカラスゲールドも絶品。実際のゴヤの自画像とはイメージが違うが、反骨の芸術家を説得力たっぷりに力演していて素晴らしかった。何より、パワフルな台詞回しが本当にカッコよくて、その声を聴くだけでもう参ってしまう。今までの出演作のなかでいちばんいいと思う。

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 そして、ロレンゾ神父役のハヴィエル・バルデムも、いやらしさが全身から溢れ出るかのような怪演を披露。狡猾で計算高いように見えて、ひたすらいい加減で情けないダメ男というチャーミングな一面も持った、人間味のあるキャラクターを絶妙に演じている。後半で彼が再びゴヤの前に姿を現すシーンでのふてぶてしさにも、思わず頬が緩んでしまう。『ノーカントリー』(2007)の冷酷さよりは、断然こちらの茶目っ気を推したい。

 フォアマンの「人間を見つめる」姿勢は、ここでも一貫している。ロレンゾ神父は全くもって害しか為さない男だが、『ノーカントリー』のアントン・シガーのような完全な悪人ではなく、弱く愚かで矮小な人間として、同情の余地をもって描かれる。そして、ひたすらに悲惨な目に遭い続けるヒロイン・イネスは、全ての元凶であるロレンゾに対して一途な愛を抱き続ける。社会がそうであるように、人間自身も不条理やアンビヴァレンツを孕んでいく存在だが、フォアマンはその愚かしさを愛する。彼のアイロニカルなドラマの主人公になることを許されているのは、そんな弱みを抱えた愛すべき人間たちだけだ。

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 これまで反体制・反権力・反社会のスピリットをもって映画を撮り続けてきたフォアマンは、常にゴヤ的な映画作家であったと言える。ゴヤは宮廷画家として活躍する一方、グロテスクな画風で世情の不安を切り取り、権力や社会の腐敗を反映した作品も精力的に描き続けていた。『Goya’s Ghosts』は、その精神をそのまま映像のかたちで表現した「動く風刺画」だ。そこには現在に通じる普遍的テーマが多く内包されている。優れた風刺は、その時代のアクチュアリティが風化したとしても、常に人の心を打つ。チェコ時代に手がけた傑作群がそれを証明するように、本作でもフォアマンの信条は強固に息づいている。

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 本作はなかなか日本公開の目途が立たなかったものの、今年ようやく公開が決定。それ自体はとても嬉しいことだけど、パブリシティを見ると一瞬「俺が観たのと同じ映画か?」と思うような売られ方をしているので、若干不安ではある。ともかく、フォアマンの健在ぶりが嬉しいほど伝わる傑作なので、ぜひ劇場で観てほしい。


製作/ソウル・ゼインツ
監督/ミロシュ・フォアマン
脚本/ジャン=クロード・カリエール、ミロシュ・フォアマン
撮影/ハヴィエル・アギーレサロベ
美術/パトリツィア・フォン・ブランデンスタイン
衣装/イヴォンヌ・ブレイク
音楽/ヴァルハン・バウアー
編集/アダム・ブーム
出演/ハヴィエル・バルデム、ナタリー・ポートマン、ステラン・スカラスゲールド、ランディ・クエイド、ホセ・ルイス・ゴメス、ミシェル・ロンズデール
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