Simply Dead

映画の感想文。

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『ジェシー・ジェームズの暗殺』(2007)

『ジェシー・ジェームズの暗殺』
原題:The Assassination of Jesse James by The Coward Robert Ford(2007)

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 今時、大列車強盗ジェシー・ジェームズを題材にした映画で、しかも160分の長尺と聞けば、どう考えても通りいっぺんの活劇にはなりえない。サム・ペキンパーの『ビリー・ザ・キッド ?21才の生涯?』(1973)みたいに巧く処理しているとも思えなかったので、まあ『アマデウス』(1984)みたいな映画なんだろうと予想していたが、実際は想像以上に間口の狭い話だった……と書くとつまらなかったみたいに聞こえるが、全然そんなことはない。むしろ、ここまで徹底して「個」の葛藤を見つめたドラマだったのか、という驚きがあった。およそエンタテインメント性に欠ける、映画にしたところで誰も喜ばないような話を、あえて全力で映像化し、見応えある力作に仕上げてしまったスタッフの意欲と根気には恐れ入る。

 『ジェシー・ジェームズの暗殺』は、殺す者/殺される者という数奇な関係を持ってしまった男たちの、微妙な心の綾をつぶさに追った力作である。娯楽映画的な西部劇ではなく、「憧れ」と「虚栄」を軸にした骨太の心理ドラマだ。ケイシー・アフレックとブラッド・ピットが、どうしようもなく痛ましい隔たりを持った2人の人物を見事に演じている。どちらも当て書きのようなハマリ役で、その巧演ぶりには少々胸焼けを覚えるほど。

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 互いに人として相容れないことを痛切に思い知りながら、ボブ・フォードは心の奥底でジェシー・ジェームズへの憧れを捨てきれない。その愚かさ、その悲しみ。一方ジェシーはボブに必要以上の苛立ちを覚えながら、なぜか彼を近くに置こうとする。サディズムか、博愛主義か。ボブが身近にいればいるほど、ジェシーは自らの内なる暗黒を意識せざるを得ないのに。

 彼らの断絶は、器の大きさの違い、大物と小物といった面だけではくくれない。決して交わってはならない、関わり合えば必ず悪い結果を導くであろう関係というのは、世の中のどこにでも存在する。最近、デイヴィッド・マメットの『Oleanna』(1994)を観たばかりだったので、余計にそんな事を思った。

 どんなに人付き合いの上手な人でも、どんなに心の広い人格者でも、あるいはどんなに豪胆で恐れ知らずの猛者でも、「アイツだけはダメだ」という相手が必ずいる。ところが他方から見れば、それは「好きなのに受け入れられない理不尽」であるというケースも珍しくない。愛は憎しみに変わり、破綻へと帰結する。我々は長い人生のなかで、それがごく一般的な出来事として起こりうることを知っているはずだ。

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 それでも彼らは出会ってしまう。のみならず、互いに心をささくれ立たせながら、引き合ってしまう。避けられない運命なのか、それともカリスマの生涯にはあらかじめ備わった自壊のメカニズムなのか。様々な思索を観客に抱かせながら、水と油のような男2人の物語は“卑劣な暗殺”という結末を迎える。ジェシー・ジェームズは自らの伝説的生涯の幕引きにボブ・フォードを利用したのではないか、ともとれる曖昧さで。

 だが、ボブの人生は終わらなかった。少なくともしばらくは。未見の方のために伏せるが、この映画でもっとも面白いのは不名誉な有名人となった彼の奇妙な後半生である。心理ドラマ的にも、彼の選んだ身の振り方には驚嘆すべきものがある。長々とジェシー・ジェームズの話を見せるよりはこちらをじっくり描くべきだった気がするが、プロデューサーを兼ねるブラッド・ピットはカリスマの複雑な内面をできるだけ長く演じたかったのだろう。とにかく最後の20分ほどで映し出されるエピローグこそ、本作のいちばんの見どころだ。

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 監督・脚本に雇われたのは、初長編『チョッパー・リード/史上最凶の殺人者』(2000)で注目を浴びたニュージーランド出身のアンドリュー・ドミニク。さながら母国の厳しい自然と重ね合わせるように、19世紀アメリカの荒涼とした風景を捉えた視線が新鮮で魅力的だ。その中をさまよう無頼の者たちの疲弊していくパラノイアックな心情に迫る繊細さも、これまであった西部劇のどれとも似ていない。

 撮影監督はコーエン兄弟作品でおなじみ、ロジャー・ディーキンス。窓越しから見るようなうつろな視線を再現するカメラワークが、象徴的な効果を生んでいる。この種の特殊レンズを徹底して全編に使ったのは、ロバート・アルトマン監督の『クインテット』(1979)以来ではないか。古ぼけた写真のような美しいルックで西部劇のイメージを打ち壊している点でも、やはりアルトマンの『ギャンブラー』(1971)や、あるいは『天国の日々』(1978)を想起させた。ディーキンスはカメラオペレーターまで兼任する熱の入れようで本作に臨んでいる。

 オーストラリアからはニック・ケイヴとウォーレン・エリスが音楽に参加。反復される幻想的なメロディが印象に残る。彼らの前作『プロポジション ?血の誓約?』(2005)の完成度には迫らないが、作品への貢献度はかなり高い。

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 実力派揃いの出演者の中で、特に気を吐いているのが、チャーリー・フォードを演じたサム・ロックウェルだ。いかにも小悪党らしい下卑たならず者として登場するが、無理を通してジェシーとボブを引き合わせようとする弟思いの面、ジェシーへの畏怖に震え、また変わりゆく弟の内面に危惧し、彼らの一触即発の関係を目にしながらどうにもできない傍観者の苦悩を、表情豊かに絶妙に演じている。エピローグでの芝居も素晴らしい。なんで映画賞にノミネートされなかったんだろう。

 完成が随分と遅れたことでも知られる本作だが、編集・構成に迷いがあるのは素人目にも明らか。はっきり言って、ディック・リデルがウッド・ハイトの父の若妻を寝盗るくだりは要らなかったのではないか。台詞か短い回想で処理すればよかったと思う。あと、女優の顔の揃え方がちょっと画一的すぎるんじゃないかと思った。メアリー・ルイーズ・パーカーとアリソン・エリオットとズーイー・デシャネルじゃ、ほとんど三姉妹である。

 ともあれ、こういう映画がハリウッドで作られるのは非常に珍しいと思うので、できれば劇場で観てほしい。間違ってもアクション活劇とかアウトローたちの熱い友情ドラマとかを期待してはダメだけど。

・Amazon.co.jp
DVD『ジェシー・ジェームズの暗殺』特別版(2枚組)
原作本『ジェシー・ジェームズの暗殺』by ロン・ハンセン(集英社文庫)
CD“The Assassination of Jesse James by the Coward Robert Ford -Music from the Motion Picture-”(米国盤)



監督・脚本/アンドリュー・ドミニク
原作/ロン・ハンセン
撮影監督、Aカメラオペレーター/ロジャー・ディーキンス
衣装/パトリシア・ノリス
音楽/ニック・ケイヴ、ウォーレン・エリス
出演/ケイシー・アフレック、ブラッド・ピット、サム・ロックウェル、サム・シェパード、ジェレミー・レナー、ポール・シュナイダー、ギャレット・ディラント、メアリー・ルイーズ・パーカー、アリソン・エリオット、ズーイー・デシャネル、マイケル・パークス、テッド・レヴィン
ナレーション/ヒュー・ロス
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