Simply Dead

映画の感想文。

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映画『狙撃者』と原作『ゲット・カーター』

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 マイク・ホッジス監督の傑作ハードボイルド・スリラー『狙撃者/Get Carter』(1971)の原作小説、テッド・ルイスの『ゲット・カーター』が扶桑社文庫から新訳復刊された(BBSに情報を書き込んでくれた徒歩3分さんに感謝)。元々、小説は『Jack's Return Home』というタイトルだったが、映画のヒットにあやかって小説も『Get Carter』と改題。日本ではその昔『殺しのフーガ』という邦題で書籍化されていたこともある。長らく絶版状態が続いていたが、今回ようやく日本語で読むことができた。

 物語はまさに「dead simple(死ぬほどシンプル)」。ロンドンの暗黒街で一目置かれるギャング、ジャック・カーターが数年ぶりに故郷の地方都市ドンカスターを訪れる。事故死した兄フランクの葬式に出るためだ。不審な事故の真相を突き止めようとする彼の前に、地元のギャングや有力者、ロンドンから追ってきた仲間たちが跋扈する。やがて真実を知ったカーターは怒りに燃え、復讐を遂げていく……。

 有無を言わさぬ主人公カーターの復讐鬼ぶり、クールなアンチヒーローぶりは、リチャード・スタークのピカレスク小説『悪党パーカー』シリーズと並んで魅力的。その映画版『狙撃者』では、マイケル・ケインがジャック・カーターを演じ、英国映画史上に残る名キャラクターとなった。映画については以下に詳しく書いたので、どうぞご参考に。

deadsimple 『狙撃者』 Get Carter (1971)

▼『狙撃者』撮影中のヒトコマ
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 さて、テッド・ルイスの原作小説について。帯には「ブリティッシュ・ノワール史上最高の作品」と謡われているが、そこまでの内容じゃない(ブリティッシュ・ノワールの平均レベルがどこまでか知らないが)。シーンの状況説明をディテールたっぷりに描写するくせがあり、そのたびに流れが寸断されるきらいがある。まあ、数多あるペーパーバック・スリラーのなかでは上出来の拾い物として読んだ方がいいかもしれない。

 原作のいいところは、映画でもそのまま活かされている。歯切れのいいバイオレンス、個性豊かなキャラクター描写、地方都市の暗黒面を暴くリアリティ、そこはかとなく漂う寂寥感、はたまたお色気要素など。グルーミーなムードはさすが英国小説らしい。スウィンギング60'sにまるっきり背を向けた作者のノワール姿勢にも共感を覚える。たまに当時のカルチャーを反映した描写もあるが、さすがに賞味期限切れだ(『デス・プルーフ』のサントラで再注目されたデイヴ・ディー・グループの名前も登場する)。

 小説は主人公の一人称で書かれており、当然ながら映画とはいくつか違う点がある。最も顕著なのは、カーターが亡き兄フランクのことを回想するシーンが度々出てくることだ。幼い頃に一緒に遊んだ思い出や、兄弟が仲違いした経緯、昔から頑固だった兄の人柄を偲ばせるエピソードなどが断片的に語られる。つまり、この兄は自殺するような人物ではなかったという主人公の確信、彼を復讐へと衝き動かすモチベーションが回想シーンの繰り返しで補強される。これは小説版の要と言える部分だが、映画版の監督・脚本を手がけたマイク・ホッジスは、そういったセンチメンタルな描写をばっさりカット。兄フランクは棺桶に入った死体としてしか映さず、カーターの復讐の動機をくどくど説明しない。より強靭に研ぎ澄まされたシンプリシティで、その行動原理を「落とし前」の一点に絞る。つまり、ジャック・カーターは映画の方が断然かっこいい。

▼グレンダ役のジェラルディン・モファットとマイケル・ケイン
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 他のキャラクターの中で、特に大幅なイメージ変更がなされているのは、ギャングの元締キニアーと、有力者たちの間をふらつく情婦グレンダだろう。原作のキニアーは「信じられないほど太った男」と書かれているが、映画でキニアーを演じたのはスリムで男前の劇作家ジョン・オズボーンだ。グレンダは小説だとブロンドの酔っぱらい女というアンマリな記述だが、映画ではモデル系美女のジェラルディン・モファットが演じ、より知的でイイ女として描かれている。

 また、各シーンの場面設定や段取りも異なる。映画ではドンカスターからニューカッスルに舞台が移され、ホッジスの綿密なロケハンに合わせて場面設定も変えられた。この辺りはさすがドキュメンタリー演出家として鍛えたセンスの賜物で、見事にニューカッスル独特の景観をストーリーに取り込み、置換している。坂道に沿って並ぶ住宅、火葬場、競馬場、立体駐車場、タイン川にかかる橋、キニアーの屋敷、船着き場、そしてクライマックスの海岸など、数々の印象的なロケーションは映画オリジナルの設定だ。

 作中のバイオレンスについても、小説と映画ではボーダーラインの引き方が違う。小説のジャック・カーターは、女を殺さない。少しでも後味をよくしようという作者の心遣いだろう。片や映画のジャック・カーターは2人も殺す。まあ1人はどちらかというと「見殺し」だが、ぞっとする非情さを表すとともに秀逸なギャグになっているという、個人的には映画で最も感銘を受けたシーンだった。小説でも書かれているとしたら、どう記述されているのかと楽しみにしていたが、やっぱりそこはホッジスのオリジナルだった。映画のカーターは関わった女性を全て不幸に巻き込むと言っても過言ではない(もちろん男もだが)。小説ではロンドンに残してきた愛人アンナとの不倫がバレて、友人に救出の手配を頼んだりするが、映画では何もせず見限る。

▼マイケル・ケインとアンナ役のブリット・エクランド
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 中盤の銃撃戦と、クライマックスの展開も、映画版ではオリジナルの段取りで、よりビジュアル的に膨らませている。そして小説には“狙撃者”が登場しない。だから新訳タイトルは『ゲット・カーター』にキマリ、というわけ。もし2000年ごろに復刊されていたら邦題は『追撃者』で表紙はスタローンだったのか、と思うと恐ろしい。

 幾分ウェットな情緒を含む小説『ゲット・カーター』は、「ノワール」と呼んでも差し支えないと思うが、ひたすらドライに徹した映画『狙撃者』は、やはり「ハードボイルド」であると思う。なんにしろ、この復刊を機に映画『狙撃者』とマイク・ホッジス監督に注目が集まってくれると嬉しい。それにしても、イギリスの小説なのだから「フットボール」くらいは「サッカー」と普通に訳してほしかった。

・Amazon.co.jp
本 『ゲット・カーター』by テッド・ルイス(扶桑社ミステリー)

・DVD Fantasium
DVD 『狙撃者/Get Carter』(米国版)

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