Simply Dead

映画の感想文。

『眠れる野獣』(2001)

『眠れる野獣』
原題:As the Beast Sleeps(2001)

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 ノーザン・アイルランド・フィルム・フェスティバル2008上映作品。停戦協定によってお払い箱となった英領北アイルランド・プロテスタント民兵組織の兵士たちが、行き場のない生活のなかで仲間割れや破綻を来たしていく姿をシビアに描いた傑作だ。BBC北アイルランドで製作されたテレビ映画だが、凡百の劇場作品を遥かに凌駕する見応えと力強さを備えたフィルムである。

 本作で描かれるのは、北アイルランドが英国に帰属し続けることを望んで、IRA(アイルランド共和軍)やカソリック系住民と衝突してきた「ロイヤリスト」と呼ばれる武装集団の物語。プロテスタント地域に生まれ、幼い頃から対立意識を否が応にもすりこまれ、カソリック排斥の闘士として教育された者たちが、停戦合意後どういう状況を迎えたのか。

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 世間はカソリック派に同情的で、自分たちの立場は悪い。昨日までタダ酒を飲めたバーへ行っても、今日からはみんなと同じように金を払えと言われる(店の備品のほとんどは彼らが強奪して手に入れたものなのに)。就職しようにも資格を持っていなければ面接さえしてもらえない。自分たちに命令を与えてくれた上層部は「時代は変わった。今は行動を起こすな」と言うばかり。理想を信じて戦い続けてきた男たちを、待望の「平和」が追いつめる矛盾。彼らにとって全てが丸く収まる方法は、停戦が破られ再びアイルランド紛争が始まることなのだ。

 やがて、金を求めて犯罪に手を染める者が現れ、それを処分するために仲間内で粛清が行われる。やっと昔どおりに戦えると思えば、相手は同胞だったという皮肉。そしてこの映画はフィルム・ノワールでもあるので、主人公は家族同然の親友を手にかけることになる。

 なかなか映画では描かれなかったプロテスタント側の事情を生々しく映し出した本作『眠れる野獣』は、製作から7年が経った今でも新鮮な衝撃を与えてくれる。地元の劇作家ゲリー・ミッチェルによる脚本が見事だ。無駄のないドラマ構成、個性豊かなキャラクター描写、社会問題を冷徹にえぐりとる厳しい視線で、パワフルな悲劇を作り出している。主人公を究極の迷いに叩き込むラストシーンが素晴らしい。

 ハリー・ブラッドビア監督は、暗闇を多く配したリアルなライティングと手持ちカメラを多用し、臨場感に満ちた映像で登場人物たちの生活と苦悩に迫る。76分とは思えない見応えで、悲劇的結末へ向かう重いドラマを一気に見せきり、圧倒的である。

 俳優陣のアンサンブルも見どころ。日本では馴染みのない名前ばかりだが、役者の層の厚さと実力差を思い知らされる。組織の代表を演じたデイヴィッド・ヘイマンだけが唯一名の通った映画俳優ではないだろうか。ヘイマンはカルトムービーになった社会派バイオレンスドラマ『最終監房』(1979)の主演俳優として知られている。

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 この映画が作られた後、現実の北アイルランドは再び迷走を続ける。カソリックとプロテスタントの連立政権は、2002年のスパイ疑惑(英国警察の機密情報などがカソリック派議員によってIRA側に漏洩していたとされる)事件をきっかけに、機能停止。両宗派の居住区はピースウォールと呼ばれる高い壁に仕切られ(現在もなくなったわけではない)、一時は紛争解決のロールモデルだった地域も「早い話がアパルトヘイトだ」と揶揄された。人は困難な相互理解と融和よりも、今の生活や思想を変えずに済む安穏な断絶を選んでしまう。ようやく自治政府が回復したのは、2007年の5月。ついこの間のことである。問題の難しさを理解する上で、本作のような作品は貴重だろう。

 今回の映画祭ではあまりたくさん観られなかったが、この映画を観られただけでもよかった。


監督/ハリー・ブラッドビア
脚本/ゲリー・ミッチェル
撮影/マーク・ガレット
編集/ポール・エンダコット
出演/スチュアート・グレアム、パトリック・オケイン、デイヴィッド・ヘイマン、コルム・コンヴェイ、レイン・ミーゴー、ダニエル・マグレディ

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