Simply Dead

映画の感想文。

『歩道の終わる所』(1950)

『歩道の終わる所』
原題:Where The Sidewalk Ends(1950)

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 まるで教科書のようによくできたフィルムノワールの傑作。製作・監督はオットー・プレミンジャー、主演はデイナ・アンドルーズとジーン・ティアニー。『ローラ殺人事件』(1944)の監督・主演トリオが再び一堂に会し、重く深みのあるドラマを作り上げている。闇と光の、罪と救済の。

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〈おはなし〉
 ニューヨーク。粗暴な刑事ディクソン(デイナ・アンドルーズ)は、手荒な捜査で犯罪者から恐れられ、警察署内でも浮いていた。ギャングの大物スカリーシ(ゲイリー・メリル)の逮捕に執念を燃やす彼は、ある夜スカリーシの馴染みの賭場で起きた殺人事件の容疑者ペインに会いに行く。ところがその場で乱闘になり、ディクソンは誤ってペインを殺してしまった。とっさに犯行を隠蔽し、死体を海に捨てるディクソン。だが、ペインの別居中の妻モーガン(ジーン・ティアニー)の父親が、その容疑者として逮捕されてしまう。

 ディクソンはモーガンの美しさと優しさに惹かれ、恋心を抱く。同時に良心の呵責に苦しみ、自らの体に流れる汚れた血を呪う……彼の父親は犯罪者だった。それでも最後まで刑事として生きたいと願った彼は、決死の覚悟でスカリーシ一味の隠れ家へと乗り込む……。

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 ウィリアム・L・ステュアートの原作を、『暗黒街の顔役』(1932)の名脚本家ベン・ヘクトが巧みに脚色。ひとつの致命的な嘘が、やがて主人公自身の血の呪縛と、贖罪の物語を導き出していくシナリオが見事。

 オットー・プレミンジャーが描くニューヨークの薄汚れた夜の空気は、なかなかリアルで心地好い。オープニングからしていい予感が漂っている。路上に描かれた落書きとして現れるタイトルから、ノワール世界の代名詞である側構(ガター)へ……ここでは口笛が聞こえるのみで、ある決定的な瞬間(死)まで劇伴音楽は流れない。そんなドキュメンタリー風の乾いたタッチも織り混ぜながら、プレミンジャーはヘヴィーかつダークな物語を、硬質できびきびとした刑事スリラーとして澱みなく見せていく。その巧さには唸らされるばかりだ。

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 DVDパッケージの解説にもあるとおり、主人公を演じるデイナ・アンドルーズの陰鬱な表情は、ただごとではない。荒っぽいやり方でしか自己表現できない男の鬱屈を、今にも壊れてしまいそうな繊細さも滲ませて演じた本作のアンドルーズは、真のノワール俳優と呼ぶにふさわしい。この映画で最も濃密な闇(ノワール)を感じさせるのは、間違いなく彼の顔だ。ここには自分の人生を完全に見失った男が、そして自分は幸福になる価値などないと頑なに信じ込む人間がいる。とても共感してしまった。

 相手役のジーン・ティアニーはただひたすら主人公の闇を照らす“女神”の役を担うばかりなので、特筆すべきことはない。それよりはやはり男のドラマなので、ギャングの親玉スカリーシに扮するゲイリー・メリルの憎々しさ、親友の刑事役バート・フリードの妙演の方が印象に残る。スカリーシの手下の一人を『悪魔の沼』(1976)の怪優ネヴィル・ブランドが演じているのも映画ファンには見逃せないポイントのひとつだ。

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DVD『歩道の終わる所』


製作・監督/オットー・プレミンジャー
脚本/ベン・ヘクト
原作/ウィリアム・L・ステュアート
撮影/ジョゼフ・ラシェル
編集/ルイス・ローファー
音楽/ライオネル・ニューマン
出演/デイナ・アンドルーズ、ジーン・ティアニー、ゲイリー・メリル、バート・フリード、トム・タリー、カール・マルデン、ルース・ドネリー、ネヴィル・ブランド
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