Simply Dead

映画の感想文。

『ゾディアック』(2007)

『ゾディアック』
原題:Zodiac(2007)

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 デイヴィッド・フィンチャー監督が、70年代にサンフランシスコで実際に起きた連続殺人事件を題材に描いた、実録犯罪映画の力作。お得意のテクニカルな映像技巧は抑えつつ、澱みない語り口とリアルな描写の積み重ねによって、157分という長尺をドラマチックに見せきっている。いまだに犯人が捕まっていない未解決事件という、通常のカタルシスが約束されないストーリーでありながら、これだけ堂々とした映画に仕上げてしまうのはやっぱり大したものだ。そもそも本作の主眼は、犯人探しのミステリーとは違ったところに向けられている。

 猟奇連続殺人をテーマに扱ったのは出世作『セブン』(1995)以来だが、両作品の印象は全く違う。フィンチャーは今さら事件そのものの異常性を主体に描こうとはしない。犯人の残した謎に魅入られ、真相究明に取り憑かれていく人々の“執心”がこの映画のメインテーマだ。私生活を犠牲にし、人生を台無しにしてまで、ひとつの事件にのめり込んでいく主人公たちの姿は、監督フィンチャーの肖像にすんなり重なる。常に妥協を知らないこだわりを貫き通してきた彼にとって、5年ぶりの長編となる本作『ゾディアック』は、自身の心の闇を見つめるセラピーだったのではないか。「決して諦めないこと」は、美徳などではない。だが、そうせざるを得ない人間もいる……という釈明にも見える。負のナルシズムというべきか、硬質の自己憐憫というべきか、この物語の主人公たち(と、その狂気じみた執心)に寄せるフィンチャーの共感は揺るぎない。

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 といって、ミステリーやサスペンス面で見るべきところがないかというと、むしろ逆だ。ハイテクどころか通信機器も満足に行き届かない70年代当時の捜査状況が丹念に描き込まれ、「なぜ事件は解決されなかったのか?」という一風変わった興趣で、フィンチャーは観客を巧みに引き込んでいく。未曾有の犯罪者ゾディアックの登場が社会全体をパニックへと陥れ、司法やジャーナリズムを翻弄していく過程は、実にスリリングで面白い。

 苦渋と絶望を備えたシビアなサスペンス演出も、フィンチャー作品ならでは。閃きに思えたものがまやかしであると分かった瞬間の衝撃と落胆。好奇心に身を任せるうち、いつしか自分自身が死の危険に直面していることに気付いたときの戦慄。『セブン』と共通するのは「困ったらとりあえず図書館に行け」という鉄の掟?

 時代風俗をことさらに協調しないシンプルな演出も潔い。といっても細部の再現には細心の注意を払っており、画面内に漂うその時代独特の空気感の作りこみは、さりげなくも徹底している。冒頭の映画会社のタイトルロゴを70年代バージョンで揃えるなど、こだわるところには相変わらず異常にこだわっている(いやしかしワーナーの場合は、丸文字っぽいデザインの「W」しか出てこないロゴだったら完璧だったのに……なんて個人的には思ったり)。音楽にベテラン作曲家デイヴィッド・シャイアを起用したのも、70年代ムードのリアルな再現を狙ってのことだろう。新聞社の描写は、シャイアが音楽を手がけた『大統領の陰謀』(1976)そっくりでおかしい。

 撮影監督ハリス・サヴィデスのカメラワークは、淡々としていながら無駄なく鮮やか。きびきびした編集とも相まって、一見地味だが飽きさせない。フルデジタル機材を使いながらも、決して派手な技術自慢には走らず、基本的には現場のライティングや美術との相性で、どれだけアナログの質感を出せるか、というところを追求している。が、気がつくと時折ムチャクチャな技巧をしれっと挟み込んでくるので油断ならない。まるで空にレールが敷いてあるかのような空撮(っぽいCGだよな、多分)などは、フィンチャーらしくて面白かった。

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 実力派揃いのキャスティングもまた、本作を成功に導いた要因だろう。主演のジェイク・ギレンホールを始め、映画ファンなら誰しも一目置く役者陣が、次から次へと出てきて嬉しかった。もはや錚々たる豪華キャストと言って差し支えない。特に、アンソニー・エドワーズの主張しない存在感と、『ファイト・クラブ』(1999)にも出ていたザック・グレニエ(メル・ニコライ役)が印象的だった。あとでimdbで確認したけど、車で赤ん坊と拉致されそうになる女性をノークレジットで演じていたのは、やっぱり『ガス・フード・ロジング』(1991)のアイオン・スカイだった。なんでかと思ったら、冒頭とエンディングで流れる「ハーディ・ガーディ・マン」を歌うドノヴァンの娘だからだそうだ。初めて知った。

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監督/デイヴィッド・フィンチャー
原作/ロバート・グレイスミス
脚本/ジェームズ・ヴァンダービルト
撮影監督/ハリス・サヴィデス
プロダクションデザイン/ドナルド・グレアム・バート
アートディレクション/キース・P・カニンガム
編集/アンガス・ウォール
音楽/デイヴィッド・シャイア
出演/ジェイク・ギレンホール、マーク・ラファロ、ロバート・ダウニーJr.、アンソニー・エドワーズ、クロエ・セヴィニー、ブライアン・コックス、ジョン・キャロル・リンチ、フィリップ・ベイカー・ホール、イライアス・コティーズ、ダーモット・マルローニー、ザック・グレニエ、アダム・ゴールドバーグ、クレア・デュヴァル、ジェームズ・レグロス、ドナル・ローグ、ジェームズ・キャラウェイ、キャンディ・クラーク、キアラ・ヒューズ、アイオン・スカイ、ジミ・シンプソン
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