Simply Dead

映画の感想文。

『星なき夜に』(2006)

『星なき夜に』
原題:La Stella Che Non C'e(2006)

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 イタリア映画祭2007出品作品。傑作。本当に、観てよかった。

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〈おはなし〉
 ジェノヴァ。不景気で稼働を停止した製鉄所に、中国の代表団が訪れ、高炉を購入する。整備技師ヴィンチェンツォ(セルジョ・カステリット)は、高炉に欠陥があることを突き止め、運び出すのを待つよう忠告する。しかし代表団はあっという間に高炉をバーナーで解体し、持ち帰ってしまった。

 ヴィンチェンツォは単身、交換部品を持って上海へと渡る。だが、高炉はすでに何処かへと転売されていた。彼はその行方を突き止めるため、代表団の通訳をしていた少女リュウ(タイ・リン)を探し出し、同行を依頼。かくしてふたりの長い旅が幕を開けた。

 長江に沿って武漢へ、重慶へ、さらにまた奥地へ……様々な光景がふたりの前に現れる。最初はとげとげしかったリュウも、次第にヴィンチェンツォに心を開いていく。そして彼もまた、リュウが生きてきた波乱の人生を知る……。

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 純粋で頑固な中年男と、気の強い世話焼きな少女が、頼りない掛け合いを紡ぎながら、途方もない旅路を行く。魅力的にちぐはぐなカップルを待ち受けるのは、想像を絶する現代中国社会の混沌とした姿だ。

 完璧さと誠実さを貫こうとする主人公の信念は、そのどちらも欠如した格差社会の実態を目の当たりにするにつれ、激しく揺らぐ。それは今、世界のあらゆる場所で目にする国政の不条理と社会に育まれる病理、国民の主体性欠落というパターンの、極端なカリカチュアにも見える。

 撮影監督ルカ・ビガッツィのカメラは、この国のリアルへと鋭く無遠慮に分け入り、カルチャーギャップに打ちのめされる主人公の心情をダイレクトに伝える(中国政府がよく撮影を許したものだ)。「中国人は他人の話をちゃんと聞かない」という風刺喜劇性も、この映画の残酷な隠し味になっている。それでも映像は常に瑞々しく、不意に涙を溢れ出させるほどに美しい。この国が様々な表情を持ち、心を揺るがす美に溢れた稀なる国であることも、本作は雄弁に物語る。

 その眼(カメラ)が映し出すものは、未知の世界の圧倒的情景を描くスペクタクルであり、信念や誠意といった人間性についての考察であり、ほのかなラブストーリーだ。何にせよ、言葉では言い尽くせない。これが映画だ、と思った。

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 セルジョ・カステリットは、近頃見ない「頑固一徹な男」という人間くさいキャラクターを、抑えたトーンで表現しきっていて素晴らしい。『結婚演出家』(2006)の監督役より遥かに魅力的。そして、少女リュウを演じたタイ・リンは、本作最大の発見だ。

 たとえ旅の結果がどうなろうと、ふたりのような人間がいれば、世の中は捨てたもんじゃないと観客に思わせてくれる。ジャンニ・アメリオ監督は、シンプルでひたむきなロードムービーの中に、様々な感動を映してみせた。

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 本作のすみやかな日本公開を、切に願う。


監督/ジャンニ・アメリオ
原作/エルマンノ・レア「処分」
原案・脚本/ジャンニ・アメリオ、ウンベルト・コンタレッロ
撮影監督/ルカ・ビガッツィ
編集/シモーナ・パッジ
音楽/フランコ・ピエルサンティ
出演/セルジョ・カステリット、タイ・リン、タン・シャンビ、ワン・リン
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