Simply Dead

映画の感想文。

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『凶人ドラキュラ』(1966)

『凶人ドラキュラ』
原題:Dracula Prince of Darkness(1966)

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 英ハマーフィルムの「ドラキュラ」シリーズ第3作。世界的ヒットを飛ばした『吸血鬼ドラキュラ』(1958)から8年を経て、再びクリストファー・リーが主役に登板したファン待望の本格的続編だ。監督は第1作ならびに番外編的な第2作『吸血鬼ドラキュラの花嫁』(1960)を手がけたテレンス・フィッシャー。本作以降、リー主演の「ドラキュラ」シリーズは『新ドラキュラ/悪魔の儀式』(1972)までコンスタントに続いていく。

 この映画が公開された1966年と言えば映画業界も低迷期。ハマーも起死回生のヒット企画を模索していた頃だ。それまで続編出演を渋ってきたリーを担ぎ出し、新味のあるストーリー展開を試み、画面サイズもシリーズ初のシネマスコープと頑張ってはみたものの、やはり8年のブランクとモチベーションの低さは作品に表れている。

 本作のドラキュラ伯爵はろくに、というかまったく言葉を発さず、優雅な物腰など見せず、獲物の美女に向かってズダダダッと走ってくる、まるっきりの怪物だ。クローブという忠実な配下がいるからいいようなものの、放っておくと何をしでかすか分からない。配下を自在に操り、自らはケダモノのような存在であり続ける悪の王というのは、トビー・フーパー監督のTVM『死霊伝説』(1979)でも踏襲されていた図式だ。

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 ミステリアスな魅力に溢れた第1作のキャラクター像をかなぐり捨て、本作では大胆なイメージチェンジが行われている。が、それは確信に満ちた変更には見えない。ドラキュラというキャラをどう捉えたらいいものだろうか、という惑いの産物に思える。8年の間に監督や主演俳優たちの中でかくも見事に興味が失われてしまったのかと驚くほど、本作のドラキュラにはキャラクターそのものがない。彼らにとってドラキュラは、こちらの想像以上に「死んでいた」。格好いい見せ場もあるが、やはり部分的な印象でしかなく、出番も少なく物足りない。

 どちらかというと、ドラキュラよりも手下の人物描写の方に力が入っていて、先述のクローブもなかなか不気味だが、同じくドラキュラの魔力に魅入られ、修道院に保護されている狂人ルドヴィグのキャラクターに味がある。とにかく余計なことしかしない奴なのだけど、叱責されるでもなく「いいからいいから、お部屋に戻ろうね」などと優しく看護されている辺りが妙にリアルだった。

 お話は、イギリス人旅行者の男女4人が、何処とも知れない森の中に置き去りにされ、御者のいない馬車をつかまえて乗り込んでみると、辿り着いたのはドラキュラ城だった……という、スラッシャー映画のような設定。フィッシャーの演出は枯れた味が出始めていて、66年という時代性を考えると、かなり古くさい(実際、中途半端な時代なのだけど)。とはいえ終盤に繰り広げられる、馬車によるチェイスシーンから、氷上での対決になだれこむ活劇的呼吸の鮮やかさは、さすがのものだ。それでも全体的に、第1作の快調さは望むべくもない。そもそも横長のスコープ・サイズは明らかにフィッシャーの怪奇演出には不向きで、トリミング版の方がまだ迫力がある気がする。

 演出的・作劇的な苦しさも一目瞭然だが、ピーター・カッシング演じるヘルシング教授の不在というのも、紛れもない痛手だろう。やはりハマーフィルムの『ドラキュラ』は、好敵手がいないと冴えないのだ。

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製作/アンソニー・ネルソン・キーズ
監督/テレンス・フィッシャー
脚本/ジョン・サンソン
撮影/マイケル・リード
音楽/ジェームズ・バーナード
出演/クリストファー・リー、バーバラ・シェリー、アンドリュー・キア、フランシス・マシューズ、スーザン・ファーマー、チャールズ・ティングウェル

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『凶人ドラキュラ』DVD
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