Simply Dead

映画の感想文。

『Ruby』(1977)

『Ruby』(1977)

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〈おはなし〉
 1935年、フロリダ。女優ルビー(パイパー・ローリー)は夫ミッキーと共に、沼のほとりで夜のデートを楽しんでいた。そこにギャング団が現れ、突然ミッキーに銃弾の雨を浴びせる。蜂の巣にされた彼の体は沼に沈んだ。ルビーはショックで産気づき、その夜、娘を産み落とした……。

 16年後。ルビーはギャングの世話で沼の近くに屋敷を構え、ドライブインシアターの経営者に収まっていた。実際に切り盛りしているのは、彼女を慕い続けているヴィンス(ステュアート・ホイットマン)という男。あの夜生まれた娘レズリー(ジャニット・ボールドウィン)は、なぜか言葉を発しない陰気な娘に育った。彼女の目は死んだ夫の面影を思い出させ、ルビーを苛立たせるのだった。

 そんな折り、ドライブインシアターの従業員たちが次々と怪死。屋敷の周りに死者の影がちらつき始める。亡き夫の呼ぶ声に応えるかのごとく、美しさを増していくルビー。見かねたヴィンスは、超心理学者のケラー(ロジャー・デイヴィス)を屋敷に招き、母娘を救おうとする。その時、レズリーが死んだ夫の声でルビーに語りかけ始めた……。

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 マリオ・バーヴァ監督の『白い肌に狂う鞭』(1963)と、『エクソシスト』(1973)を混ぜ合わせたようなゴーストストーリー。低予算の小品だが、見どころの多い人気作だ。公開当時は「インディペンデント映画で最も稼いだ作品」として名を馳せたらしいが、1年かそこら後にジョン・カーペンター監督の『ハロウィン』(1978)が大ヒットし、すぐに王座を譲り渡してしまったとか。

 監督のカーティス・ハリントンは、1940年代に自主映画作家からスタートして、ケネス・アンガー作品に役者として出演したりした後、AIPでB級ジャンル映画の職人監督となった変わり種。スリラーでもSFでも、どの作品にも独特の淫靡なムードが漂い、一風変わったアルチザンとしてカルトな支持を得ている。雑誌「映画秘宝」で友成純一氏がその半生を詳しく書いていたので、そちらも必読。

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 『Ruby』にはハリントンが好むモチーフ……古き良き時代への郷愁(本作では30年代と50年代の二重構造)、過去の栄光に生きる人間のグロテスクな美意識、40年代以前の恐怖映画へのオマージュ、圧倒的な女性支配の構図などが詰め込まれている。監督自身がキャリアを積んできたドライブインシアター文化の全盛期を舞台にしながら、いささか暴力的に時代への「お別れ」を告げているのが、またひねくれ者のロマンティストであるハリントンらしい。時代設定は1951年なのに、上映されているのが『Attack of the 50 foot Woman』(1958)なのはご愛敬。

 血みどろのショックシーンや恐怖シーンには、どこかクラシカルな雰囲気が漂い、味がある。特に印象的なのは、誰もいないドライブインに佇むヒロインのもとに、クラシックカーが近付いてくる場面。また、少女の顔に突然、殺された男と同じ銃創が現れ、血が流れ出すという描写も強烈だ。カッティングも功を奏している。ただし、ハリントン作品のホラー描写はいつも好きな古典映画の模倣なので、突き抜けた表現というのはなく、妙な安心感がつきまとうのが好悪分かれるところかも。

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 ハリントンの映画には常に強烈なカリスマを持つ女性キャラクターが登場する。本作ではパイパー・ローリーがタイトルロールであるルビーを演じ、いかにもハリントン好みの“女王”を見事に体現している。家の中でも派手に着飾り、ギャングの情婦あがりのタフな口調で、狭い世界に君臨する女。前年にブライアン・デ・パルマ監督の『キャリー』(1976)で演じた狂信的な母親役ともイメージが被るが、『Ruby』の方が彼女の魅力をより堪能できる気がする(映画としての良し悪しは別にして)。低い声を活かした芝居の歯切れよさも素晴らしいが、やはり目を奪うのはその美貌。後半、真紅のドレスに身を包んだ彼女の肌の美しさには、思わず息をのむ。ちなみに元女優で歌手という設定なので、主題歌も歌っている。

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 本作は『エクソシスト』の亜流として作られながら、少女よりも母親に目線を向けっぱなしの異色作。とはいえレズリーに扮したジャニット・ボールドウィンの顔のインパクトは凄い。彼女に死霊が憑依し、ルビーを誘惑しようとする場面では、母娘の近親相姦というハリウッドではあまり例を見ないタブーイメージが浮かび上がる。ここでジャニットが見せる表情がなかなか素晴らしい。本作以外では、『ファントム・オブ・パラダイス』(1974)前半のコーラスガールのオーディションに来た女の子の1人として出演(ジェシカ・ハーパーの後ろに並んでいて、ウィリアム・フィンレイに「嘘だと思う?」とか言う女の子がそう)。また、隠れた快作アクション『ブラック・エース』(1972)ではシシー・スペイセクと一緒に全裸で競売にかけられていた。

 ルビーに思いを寄せる世話役的な男ヴィンスを、ベテラン俳優ステュアート・ホイットマンが好演。『ジャッキー・ブラウン』(1997)のロバート・フォスターを思い出すような切ない役どころを味わい深く演じている。ホイットマンと前年に『悪魔の沼』(1976)で共演したクリスティン・シンクレアも出演。本作では『悪魔の沼』での落ち着いたヒロイン役(でもコートの下は裸)とは打って変わって、はすっぱな尻軽女ライラ・ジューンを巧演。見るたび「いい女だなー」と思うのだけど、あまり女優業は続けなかったようだ。残念。

 製作総指揮のスティーヴ・クランツが相当なシブチンだったせいで、ハリントンと製作パートナーのジョージ・エドワーズはかなり苦労したらしい。結末はいかにもB級ホラー的なオチがつくが、ハリントンやP・ローリーによるとそんなシーンを撮った覚えはないそうで、オリジナル版は「もっとしっとりした」エンディングなんだとか。


製作総指揮・原案/スティーヴ・クランツ
製作/ジョージ・エドワーズ
監督/カーティス・ハリントン
脚本/ジョージ・エドワーズ、バリー・シュナイダー
撮影/ウィリアム・メンデンホール
美術・衣装/トム・ラスムッセン
音楽/ドン・エリス
出演/パイパー・ローリー、ステュアート・ホイットマン、ロジャー・デイヴィス、ジャニット・ボールドウィン、クリスティン・シンクレア
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