
去年の公開時には見逃したので、先日行われた新文芸坐の黒沢清オールナイトでやっと観た。これまた『叫』(2006)と同様、面白かった! 前から「よく分からない」とか「デタラメ」という評判を聞いてはいたが、みんな誉め言葉だったのか……と思うほど、退屈するところのない映画だった。
嬉しくなるのは、黒沢監督が久々に怪奇映画の実践に敢然と挑んでいること。人里離れた森の中にある建物、歩く死体、忌まわしい何かが沈んだ湖……これを現代の日本で、自家薬籠中のホラー演出を駆使しながら、大胆に蘇らせようとした野心作なのだ。流行のJホラー的な部分と怪奇映画趣味、さらに監督がこだわる新基軸=破綻スレスレのスリラー構築が盛り込まれ、結果的に積載量オーバー気味の作品に仕上がっている。だから筋運びや人物描写がデタラメになるのも致し方ない、というか、そこが面白い。映画学校の先生風に言うと「まとまりがなく、とらえどころがない」映画だが、つまらなさとは真逆だ。
あらゆるものを詰め込んだ本作では、黒沢清の恐怖演出も存分に楽しめる。違う言い方をすれば、こんだけメチャクチャやってるのにきっちり怖い。ヒロインが配電盤のカバーを開けて、廊下の奥への視界を遮る(閉じたときに見えるものは?)というベーシックなスリラー演出もちゃんとやっている。だが、そこでは何も起こさない。安直なサプライズ演出には行かず、主人公が「何か起こる」と思ったときに、やっぱり幽霊はそこにいる……こういう描写で“怖さ”を成立させてしまうのは凄いと思う。幽霊を演じる安達祐実のビザールな存在感の貢献度も大きい。ラストの汚しは本当に見事で、怖かった。
そしてもうひとりの主役であるミイラだが、これがついに立ち上がり、迫り来る場面では『墓地裏の家』(1981)のクライマックスを思い出した。目も口も塞がれた死者の造形も少し似ている。
今回も、ここ最近の黒沢作品で顕著な「人違い」という大胆なギミックが、複雑怪奇な物語に組み込まれている。これをミステリではなくホラーでやるのが凄いところで、しかも状況的にはちょっと可笑しい。『ドッペルゲンガー』(2002)でヒロインに想いを告白する役所広司が“悪い方”だったと分かるシーンの可笑しさを思い出してもらえれば分かる。それでいて『LOFT』も『叫』も、そいつが“違う誰か”だったと分かる瞬間は、ゾクゾクするほどスリリングなのだ。怖いと楽しいの入り混じる瞬間、というか。
度肝を抜くのは恐怖シーンだけとは限らず、登場人物の言動もまた想像を越え、目が離せない。みんな言ってることはメチャクチャだが、笑ってしまうと同時に感動的でもある。とりわけ、一部で物議を醸した「ミイラに説教する」というシーンの台詞などは、もちろん怠惰な我々観客へのストレートなメッセージである。この豊川悦司の言葉に刺し貫かれない者などいないだろう。最も凄いのは西島秀俊が演じる編集者のキャラクターだ。彼は完全にどうかしている。

本作は恋愛映画でもあるわけで、しかも中谷美紀と豊川悦司が出会った瞬間から「恋という名の共犯関係」を結ぶところが、黒沢監督らしいアクション派の恋愛解釈で楽しい。アキ・カウリスマキ監督の『パラダイスの夕暮れ』(1986)の素晴らしくカッコイイ男女のやりとり……「(俺と結婚したら)毎日イモだ」「いいわ」……を思い出す、ユーモラスな清々しさがある。説得力の有無など関係ないのだ、そこで起こっているのは恋なのだから、という強引さ。西部劇で好敵手同士がいつの間にか友情関係を結ぶのを描くような、きわどいねじ伏せ方が快い。キャスティングも絶妙だ。真顔で何を考えているか計り知れない2人だからこそ、通じ合う何かがあるのだと思える。特に中谷美紀は『嫌われ松子の一生』(2006)なんかよりずっと魅力的なコメディエンヌぶりを発揮している。フランス語では普通に「女優」という意味なので、そちらでとらえても構わない。豊川悦司もまた、真剣になればなるほど奇妙な可笑しさを醸し出す演技を見せていて素晴らしい。「アーッ」という叫びも最高だ(2回あって2回とも笑わせてくれる!)。
[以下、ちょっとネタバレ]
終盤のひと押しはさすがに冗長に思えたが、それがあの怪奇映画への愛が爆発したラストを描くためと分かれば、もう感動するしかない。黒沢監督言うところの「死の機械」が動きだし、救いと見せかけて運命は避けがたい破滅へと向かっている。空っぽの箱を仕掛けたのは一体誰だ?と考えれば非常にバカバカしいし、その直後に起こる出来事には笑うほかないが、その運びは典型的なゴシックホラーのセオリーに則っている。どうにもならない悲劇の末路を映して、ゆっくりカメラが上昇していくアンニュイなラストカットは、まさしく黒沢清が憧れるヨーロッパ怪奇映画のエンディングにほかならない。もう、とにかく感動した。
シンプルでありながら盛りだくさんで、美しくもありながら楽しいホラー映画。ゆえに、フレキシブルな観賞態度が要求される作品ではある。が、こんな素敵な映画はちょっと見当たらないと思う。
監督・脚本/黒沢清
撮影/芦澤明子
照明/長田達也
美術/松本知恵
音楽/ゲイリー芦屋
出演/中谷美紀、豊川悦司、西島秀俊、安達祐実、鈴木砂羽、加藤晴彦、大杉漣
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