Simply Dead

映画の感想文。

『あるいは裏切りという名の犬』(2004)

『あるいは裏切りという名の犬』
原題:36 Quai des Orfeveres(2004)

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 邦題成立の過程を想像して読み解けば、正しくは『オルフェーブル河岸36番地、あるいは裏切りという名の犬』と呼ぶべきだろう。パリ警視庁の所在地を指す原題から数字を取り除けば“Quai des Orfeveres”、つまりアンリ=ジョルジュ・クルーゾー監督の名作『犯罪河岸』(1947)のタイトルとなる。警察組織を描いた映画であると共に、ノワールの伝統を踏まえた作品であることが自動的に連想できる仕掛けだ。

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 実際、映画は「傑作」と呼ぶほかない完成度だが、異色なのはそれがフランス映画らしからぬ硬派なエンターテインメントとして完成している点である。緻密なストーリー構成、語り口の淀みなさ、的確なモンタージュで魅せる堂々たる映像演出は、良質の香港ノワールやハリウッド製の犯罪サスペンスを思わせる堅実さだ。目の前にあるのは、寒々しいパリの路上に立ち尽くすコートの中年男たち、という最高のノワール・ヴィジョンなのだが。その間口の広さで、ノワールという限定的な映画ジャンルの範疇はおろか、フランス映画の固定イメージをも超えている。

 とにかく巧い。巧すぎる。オリヴィエ・マルシャルという監督、一体どんなキャリアを持った人なのかと思ったら、元警察官なのだという。やはり映画は職業映画人の手から取り上げた方がいいのではないか(特にフランスは)、という軽い落ち込みすら誘う演出力だ。俳優としても味がある(本作では元犯罪者の哀愁を漂わせる年老いたヒモの役で登場)。ずるい。

▼監督のオリヴィエ・マルシャル
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 もちろんダイレクトに観客の目を奪うのは、善悪の彼岸で対峙する男たちである。ダニエル・オートゥイユに、ジェラール・ドパルデュー。どこを映しても絵になる2人だ。特に、権力を熱望するあまり人の道から外れていく警視ドパルデューの孤独な佗まいが素晴らしい。寡黙にして悪辣な男を、迫力を漂わせながら静かに演じ、単なる憎まれ役以上の破滅的な魅力を湛えている。ウィスキーを一瓶飲み干し、銃を片手に巨体を揺らしながら歩いていく姿は圧巻だ。一方、オートゥイユもやはり抑制の利いた、繊細に計算された演技で魅せる。『ヒート』(1995)あるいは『トカレフ』(1994)を想起させる彼らの対決を見るだけで、映画を観る幸福は約束されている。

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 脇を固める役者たちの顔触れも素晴らしい。文字通り、男も女もイイ顔が揃っている。イタリア生まれの美人女優ヴァレリア・ゴリノがヒロインとして第一線に帰ってきたのが個人的に嬉しかった。『ホット・ショット』(1991)から13年!

 演出はフランス映画離れしているが、さすがに美術・衣装・撮影などでは、随所にフランス映画の底力が発揮されている。音楽はハリウッド仕様というか、ひたすら全編に鳴り続けてノワール世界への感情移入を助ける役目を果たす。ややうるさいくらいだが、それが作品の普遍性を高めているのは事実だ。

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監督/オリヴィエ・マルシャル
脚本/オリヴィエ・マルシャル、フランク・マンクーゾ、ジュリアン・ラプノー
共同脚本/ドミニク・ロワゾー
撮影/ドニ・ルダン
美術/アンブル・フェルナンデズ
衣装/ナタリー・デュ・ロスコア
音楽/エルワン・ケルモルヴァン、アクセル・ルノワール
出演/ダニエル・オートゥイユ、ジェラール・ドパルデュー、ヴァレリア・ゴリノ、アンドレ・デュソリエ、ダニエル・デュヴァル、カトリーヌ・マルシャル、フランシス・ルノー、ロシュディ・ゼム、ミレーヌ・ドモンジョ

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