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Simply Dead

映画の感想文。

『The Dumb Waiter』(1979)

『The Dumb Waiter』(1979)

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 英・BFI発売の短編映画アンソロジーBlu-ray「Short Sharp Shocks Vol.2」収録の一編。そのタイトルから、ハロルド・ピンターの戯曲『ザ・ダム・ウェイター』の映像化と思わず混同しそうだが、こちらはロバート・ビアマン監督のオリジナルストーリーである。

 先にピンターの『ザ・ダム・ウェイター』の説明からしておこう(演劇ファンには説明するまでもない有名作品だと思うが、用語解説も兼ねて)。ダム・ウェイターとは、レストランやアパートなどにある小型昇降機/小型エレベーターのこと。料理を運んだり、ゴミを運搬したりする機械で、日本でも中華料理屋なんかでよく見かけると思う。それを英語では「物言わぬ給仕」=Dumb Waiterと呼ぶ。ピンターの戯曲は、地下室で何者かの指示を待ち続ける殺し屋2人組の物語。階上からダム・ウェイターで随時運ばれてくるメモに翻弄され、疑心暗鬼に陥っていく男たちの不条理でサスペンスフルな会話劇を通し、Dumb Waiter=「愚かな待ち人」としてしか生きられない人間がいかなる運命をたどるのかをシニカルに描く。ピンター版『ゴドーを待ちながら』のような二人芝居で、日本でも様々な俳優たちによって何度となく舞台で上演されている。1987年にはカナダで、ロバート・アルトマン監督、ジョン・トラヴォルタ&トム・コンティ主演という顔ぶれでテレビ映画化。同じピンター原作の中編『部屋』を足した長編『ベースメント』が、日本でもビデオ発売されたので観た方も多いだろう。

 で、ロバート・ビアマン監督の『The Dumb Waiter』は、それとはまったく無関係の短編スリラーである。たった17分という短い尺のなかに、サスペンス演出をめいっぱい盛り込んだ「演出スキル見本」のような作品だ。実際に本作がCIC配給で『ドラキュラ』(1979)の添え物として公開され、ハリウッド映画人の目に留まったことで、ビアマンのアメリカ進出が実現したという。

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 ある夜、ロンドンに暮らすサリー(『アンという名の少女』のジェラルディン・ジェームズ)が車で自宅へ帰る途中、謎の車に追跡される。どうやら運転手は、彼女に不気味な電話をかけてきた変質者らしい。雨に濡れた夜のロンドンの街並みを、陰影の濃いルックで捉えた映像は雰囲気たっぷり。疾走する2台の車をカットバックする、緊迫感に溢れたカーチェイス演出もなかなかに秀逸。特にヒロインが追いつかれる寸前、黒手袋をした男の執拗な追跡を「タッチの差」で振り切るシーンの組み立ては見事だ。監督曰く、カーチェイスの撮り方はひたすら『フレンチ・コネクション』(1971)を意識したとか。ちなみにライティング・キャメラマンとしてクレジットされているのは『10億ドルの頭脳』(1967)や『ガンジー』(1982)のベテラン撮影監督、ビリー・ウィリアムズなので、画のゴージャスさは文句なし。

 サリーは自宅に辿り着くが、それでも不安は消えない。案の定、黒手袋の男はいつの間にか彼女の住むアパートの門前に辿り着いていた。なんでもない室内ショットも移動とズーミングの組み合わせで巧みにスリルを煽り、細長い廊下にも不気味なムードをまとわせる撮り方は、むしろカーチェイスより卓抜している。よせばいいのに風呂に入ってしまったヒロインが、全裸という最も無防備な状態で、飛び出しナイフを手にした侵入者と対峙するシーンは、サスペンス映画の教科書のような演出ぶりだ。正体不明かつアクティブな変質者のキャラクターといい、いつしか犯人側の視点に立っているスリリングな侵入シーンといい、ボブ・クラークの『暗闇にベルが鳴る』(1974)を思い出さずにいられない。時代的には『ハロウィン』(1978)の影響もあるのかもしれないが、むしろブライアン・デ・パルマ監督が『ミッドナイト・クロス』(1981)冒頭でパロディ風に描いたストーキング・シーンの的確な先取りのようでもある。

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 ここで「致命的進入路」として活かされるのが、タイトルでもあるダム・ウェイター。まさかの場所から出てきた犯人に、驚愕の表情を浮かべるヒロイン……というサスペンスのピークで、バッサリ終わるバッドエンドが後を引く。このように、長編スリラーの一場面を凝縮して切り取ったような内容なので、気のきいたオチとか、ヒネリのきいた種明かしみたいなものはない。その手の短編ならではの味を求めるファンには物足りないかもしれないが、ハリウッドのプロデューサーに「こいつは即戦力になりそうだ」と思わせるには十分な出来栄えだ。

 ロバート・ビアマン監督と言えば、レスリー・アン・ウォーレン主演のテレビムービー『アポロジー/変質殺人者の告白』(1986)、そしてニコラス・ケイジ主演の怪作『バンパイア・キッス』(1989)を手がけた人物という以外、ほとんど情報がない。ブルーレイにはビアマン監督自身が本作のメイキングや自身のキャリアについて振り返るインタビューが収録されているので、いくつか彼の言葉をかいつまんで紹介したい。

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▲『バンパイア・キッス』撮影現場のロバート・ビアマン監督とマリア・コンチータ・アロンゾ

 70年代のイギリスでは、アラン・パーカーやトニー・スコットなど、優れた映像クリエイターたちはこぞってCM業界を主戦場としていた。若き日のロバート・ビアマンも映画制作を志望しつつ、CMディレクターとして活動し、広告プロデューサーのマギー・ランダルとともにプロダクション「ビアマン&ランダル」を設立。テスコやカールスバーグなどの数百本ものCMを手がけるが、あるとき「CMよりも長い作品を撮ってみたい」と提案し、ゼロから立ち上げたのが本作『The Dumb Waiter』だった。

 CM業界ではプロとして活動していたので、映像クオリティに関しては申し分ない。しかし、ビアマンは映画のシナリオの書き方も、観客をストーリーに没入させるためのテクニックも知らなかった(このへんは、映画製作のノウハウをきっちり身に着けてから短編『The Lake』を撮り上げたリンゼイ・C・ヴィッカーズ監督とは異なるところだ)。特に「ガールフレンドの車に同乗していたら、見知らぬ誰かに追いかけられてすごく怖かった」という自らの体験をもとにした渾身のカーチェイスが、編集してみたら何ひとつ感情に訴えかけてこなかったことに、ビアマンは愕然としたという。「僕は物語に必要なセットアップすら用意していなかった。それで冒頭に、殺人者が電話口で『お前が運転するとき、俺はぴったり背後にいる』とサリーに告げるボイスオーバーを加えたんだ。それだけで見違えるほど観客の感情移入が可能になった」。セットアップとは状況説明・人物紹介・舞台設定などを最小限の手数で示す、いわば“お膳立て”だ。本作の場合、それが後付けなうえ、反則ギリギリの手段だが、この不気味なオープニングが『暗闇にベルが鳴る』を彷彿させるサスペンスを生んでいる。

 短編『The Dumb Waiter』の製作を通して映画作法を学んだビアマンは、その後、米パラマウント社に招かれてロマン・ガリー原作の『ホワイト・ドッグ/魔犬』の映画化に取り掛かる。しかし、自ら「アメリカの人種差別問題に疎いイギリス人の自分には向いてなかった」と認めるとおり、いろいろ揉めた末に降板(のちに、サミュエル・フラー監督により完成・公開)。そして『ザ・フライ』の監督に抜擢されるも、娘が南アフリカ共和国で起きた事故で急逝し、その痛手から立ち直れずにこれも降板。「プロデューサーのメル・ブルックスは、3カ月待つから復帰できそうなら教えてほしいと言ってくれたが、数週間後に僕のほうから復帰は無理そうだと伝えた」という。紆余曲折の末、ビアマンはついに『バンパイア・キッス』でハリウッド・デビューを飾るが、公開当時から万人受けしないカルトムービーとみなされた。脚本のジョー・ミニオン、若き日のニコラス・ケイジ、そしてジャン・コクトーに多大な影響を受けたビアマンという3人が集えば「ああいう映画になるしかなかった」と監督自身も語っている。

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▲『バンパイア・キッス』撮影現場のロバート・ビアマン監督とニコラス・ケイジ

 90年代以降、ビアマンは故郷イギリスに戻り、ドラマシリーズのエピソード監督などを手がけている。日本では未公開の劇場長編『Keep the Aspidistra Flying』(1997)は、1920年代のイギリスを舞台に、広告代理店を辞めて詩人に転身した若者の前途多難な暮らしを描いた作品。原作が『1984』のジョージ・オーウェルで、主演が『広告業界で成功する方法』(1989)のリチャード・E・グラントというのもすごい。機会があればぜひ観てみたい一作だ。

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「Short Sharp Shocks Vol.2」英国盤Blu-ray(BFI)

1979年イギリス/カラー/ヴィスタ/17分/劇場未公開
監督・脚本:ロバート・ビアマン
製作:マギー・ランダル
ライティング・キャメラマン:ビリー・ウィリアムズ
キャメラ・オペレーター:ボブ・ボイル
編集:モーリス・ハンブリン
音楽:コリン・タウンズ
出演:ジェラルディン・ジェームズ、ジョン・ホワイト
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