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Simply Dead

映画の感想文。

『Chan is Missing』(1982)

『Chan is Missing』(1982)
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 サミュエル・ホイが歌う「Rock Around The Clock」広東語カバーで、映画は幕を開ける。舞台はサンフランシスコの中華街。タクシードライバーとして起業したばかりのジョーと甥のスティーブは、営業許可証の取得を友人のチャン・フンに世話してもらおうと大金を預けた。ところがチャンは数日前に事故を起こし、それから行方不明に。ジョーとスティーブは方々を訪ね歩き、チャンの足取りを追うが、その行方は杳として知れない。やがて彼がなんらかの事件、あるいは政治的対立に巻き込まれたかもしれない疑惑が浮かび上がる……。

 香港出身の国際派監督ウェイン・ワンが、1982年に発表した単独長編デビュー作。彼が新進気鋭のインディペンデント作家として注目されるきっかけになった出世作だ。当時アメリカで映画制作を学んでいたアン・リー監督は「人生を決定的に変えた1本」として本作のタイトルを挙げている。

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 本作で描かれるのは、在米中国人/中華系アメリカ人の複雑なアイデンティティだ。主役であり、物語のナレーターもつとめるジョーは物心ついたときにアメリカへ渡ってきた移民第一世代(FOB=Fresh Off the Boat)。いっぽう、お調子者キャラの甥っ子スティーブは、アメリカ生まれの移民第二世代(ABC=American Born Chinese)。そんな世代間の違いにとどまらず、さらにまた多種多様なグラデーションがある。たとえば中華人民共和国を支持する者もいれば、反共主義の中華民国(台湾)シンパもいて、もちろんノンポリもいる。ジョーのように英語圏の文化に早く適応した者もいれば、いまだに英語が得意でない人々もいる(出自によって北京語、広東語など話し言葉も異なる)。

 スティーブに至っては黒人スラング満載の口調を操り、アジア系の女の子に「あんた、リチャード・プライヤーの真似でもしてるの?」などと言われる始末。『風が吹くとき』(1986)のジミー・T・ムラカミ監督も、日系人収容キャンプを戦後に出てヴェニス・ビーチの高校に通っていたころ、黒人やチカーノ(移民二世以降のメキシコ系)のグループと付き合ってばかりいたというから、それはそれでリアリティのある描写なのかもしれない。そんな年齢的にも性格的にも異なる凸凹探偵コンビのようなジョーとスティーブは、失踪したチャンの足取りを追って、移民社会の迷宮へと入り込んでいく。

 実在するコミュニティを背景に、即興を大いに取り入れた俳優たちの演技が映し出されるモノクロ映像には、ドキュメンタリーと見紛うようなリアリティと臨場感がある。『バワリー25時』(1956)のような、フィクションとドキュメンタリーの中間を観ているような感覚だ。低予算のモノクロ撮影も効果的で、時にはそれがノワールスリラー風のスタイリッシュな画面に転調したりする。ジョーが事件のなりゆきを訥々と語るナレーションも、ちょっぴり探偵映画の趣きだ(有名なミステリー小説の主人公、チャーリー・チャン警部の名前も劇中でたびたび引用される)。

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 チャンが残していったとされるコートには、新聞記事の切り抜きがあった。旧正月のパレードに「どの国の旗を振るか」で親中国派と親台湾派が衝突し、隣人同士で諍いを起こしていた老人の1人が何者かに射殺された、という事件である。ジョーはこの件にチャンが関わっており、実行役をつとめたあとで失踪したのではないかと推理する。さらに、謎の女性から「これ以上、チャンの周りを嗅ぎまわらないで」という電話までかかってきて、ジョーは(まるでチャンがそうだったように)自分の命が狙われているのではないかというパラノイアに陥る。なお、旧正月のパレードをめぐる中国派と台湾派の衝突は実際にあった出来事だそうだ。

 一方、スティーブにとってチャンは「他人の金を持ち逃げした単なる嘘つき野郎」であって、さっさと警察に届けを出そうとジョーに何度も進言する。が、ジョーは長年の経験から「警察は信用できない」と繰り返すばかり。終盤、2人が埠頭で会話する長回しシーンは、それぞれの育んできた価値観、人間観、米国社会との相対しかたの違いが浮き彫りになる。非常にドラマティックな名場面だ。

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 ジョーにとってチャンを探し出すことはもはやカネの問題ではない。が、証言を集めれば集めるほど、チャンの人物像には矛盾が生まれていく。アメリカでひとかどの人物になって中国に戻ることを熱望していたとも、あるいは香港に帰りたがっていたとも、いちばん好きな音楽はメキシコのマリアッチだったとも語られる。その本心は、結局誰も理解することはない。そしてチャンが持ち逃げしたと疑われていた大金も、思わぬところから戻ってくる……。

 物事も、人の心も、決して単純で明確な答えが得られるものではない。ウェイン・ワン監督のそうした人間観が、すでにこの出世作には色濃く投影されているかのようだ。中華系移民社会を舞台にしたドラマとしては『夜明けのスローボート』(1989)『ジョイ・ラック・クラブ』(1993)に繋がり、コミュニティドラマの名手としての手腕はのちの代表作『スモーク』(1995)に引き継がれる。安易な解決よりも余韻を重視するノワール・センスは『スラムダンス』(1987)、俳優たちのアドリブ演技を楽しんで見つめる演出は『ブルー・イン・ザ・フェイス』(1995)を想起させる。多くの面でウェイン・ワンの「原点」を感じさせる作品だ。

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 出演者の多くはサンフランシスコを活動拠点にするアジア系演劇人で、中華系のみならず日系・フィリピン系も混在している。ジョー役のウッド・モイは、1918年に中国広東省で生まれ、第二次大戦中は米陸軍信号隊に所属していたという文字どおりのベテラン俳優。映画出演作は多くないが『SF/ボディ・スナッチャー』(1978)『ハワード・ザ・ダック/暗黒魔王の陰謀』(1986)などに端役で出演している。スティーブ役のマーク・ハヤシは名前のとおり日系人で、そのコミカルな快演は本作の大きな魅力のひとつだ。ウッド・モイを始めとするキャストとは以前から演劇仲間として交遊があり、映画ではその後『ベスト・キッド2』(1986)で敵キャラのひとり・タロウ役を演じたりしている。また、ジョーの姪エイミー役で非常に達者な芝居を見せるローリーン・チュウは、ウェイン・ワン監督の次作『Dim Sum: A Little Bit of Heart』(1985)で主演に抜擢。アクの強い中華料理店のコック役でひときわ強烈な印象を残すのは、映画監督でもある台湾出身のピーター・ワン。『グレートウォール』(1986)で監督・主演をつとめ、『男たちの挽歌II』(1987)に神父役で出演したあと、ツイ・ハーク製作の『激光人/レーザーマン』(1988)を監督。主演をつとめたのは本作のスティーブことマーク・ハヤシだ。

 今年(2022年)3月、米クライテリオン社から本作のBlu-rayが発売された。その映像特典のなかで、ウェイン・ワンは「アメリカでも、香港でも、中国でも、どこへ行っても自分は“異邦人”だった」と語っている。70年代後半、海外留学を経て出身地である香港のテレビ局で働き始めたウェイン・ワンは、型破りな演出ばかり試したがったせいで職を失った。世代的にはアン・ホイやアレン・フォン、パトリック・タムのように香港ニューウェーブの一員として世に出てもおかしくなかったが、彼はその時代の波に乗りそびれ、再びアメリカに渡る。その“異邦人”としてのアイデンティティを、ウェイン・ワンは孤独や疎外感ではなく、自身の作家性に変えた。その世界と、そこに生きる人々の姿を客観的に見つめつつ、その内面深くのヒューマニティにも迫ろうとする……そんなワン監督のスタイルが、すでにデビュー作で明確に確立されていたことを、『Chan is Missing』は明らかにする。

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▲アドリブ満載のセリフで爆笑させてくれるピーター・ワン

・DVD Fantasium
Blu-ray『Chan is Missing』(Criterion)

1982年アメリカ/モノクロ/スタンダード/76分/劇場未公開
監督:ウェイン・ワン
脚本:テレル・セルツァー、ウェイン・ワン
脚本(ナレーション):アイザック・クローニン、ウェイン・ワン
撮影:マイケル・チン
録音:カーティス・チョイ
挿入歌:サミュエル・ホイ、パット・スズキ、ロス・ロボス・デル・エステ・デ・L.A.
出演:ウッド・モイ、マーク・ハヤシ、ローリーン・チュウ、ピーター・ワン、プレスコ・タビオス、フランキー・アラーコン、ジュディ・ニヘイ、エレン・ユン、エミリー・ヤマサキ、ジョージ・ウー
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『風が吹くとき』(1986)

『風が吹くとき』(1986)
原題:When the Wind Blows

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 落語家の春風亭一之輔師匠がパーソナリティをつとめるラジオ番組「SUNDAY FLICKERS」(日曜朝6時~、JFN系列)と、その放送収録後トーク「週刊サンフリ大衆EX」(AuDeeにて配信中)を聴いていて、そのなかで『風が吹くとき』について触れている回があった(この回)。それで久々に観返してみたいなと思ったら、配信サイトには見当たらず、日本版DVDはすでに廃盤(でもレンタル版はあった)。そこで思いきって2020年にリリースされた海外盤Blu-rayを買ってみた。

 アメリカでBlu-rayが発売されていたことも知らなかったが、発売元が『Born for Hell』(1967)だの『リトリビューション』(1987)だの「アンディ・ミリガン・コレクション」だのといったカルトムービーをせっせとリリースしているSeverinだったのも意外だった(一応「Severin Kids」という子供向けレーベルではあるが、妖しい雰囲気はそのまま)。『風が吹くとき』なんて普通に全人類向けの名作だと思っていたけど、アメリカではもはや「通好みのカルトアニメ」的な立ち位置なのかもしれない。

 Severin Kids盤の内容は、2018年に英国BFIからリリースされたものと同じで、公開当時のメイキングフィルム、編集助手をつとめたジョー・フォーダムによる音声解説、原作者レイモンド・ブリッグズのインタビューのほか、故ジミー・T・ムラカミ監督のドキュメンタリー『Jimmy Murakami: Non Alien』(2010)も収録されている。けっこう初めて知るようなことも多く、見入ってしまった。

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▲『風が吹くとき』原作本(あすなろ書房刊)

 レイモンド・ブリッグズの原作『風が吹くとき』を初めて読んだのは、小学生のとき、たしか学校の図書室だった気がする。大人になって久々に読み返して、まず驚かされたのは、そのコマ割りの細かさだ。『風が吹くとき』はマンガと絵本の中間のようなスタイルで描かれていて、大きめの絵本の判型をめいっぱい使い、横3~6コマ、縦6~7列という高密度なレイアウトで、みっちり絵とセリフが描き込まれている(だから、ある程度の判型の大きさがないと、絵も文字もつぶれてしまって読めない)。その過剰なまでの細かさは、物語の主人公であるジム&ヒルダ夫妻のつつましい生活の規模を表しているとも言えるし、彼らの生活が否応なく巨大なものに呑み込まれていく恐怖を表現してもいる。平凡な日常の所作、会話を余すところなく捉えたディテールが、被爆を境にして変貌していく過程を映し出すフォーマットとしても、これ以上ふさわしいものはない。時折入る大ゴマのインパクトも絶大である(核爆弾の爆発の瞬間は、巨大な見開きの白光として描かれる)。

 救いのないラストシーンは、もちろん子供心に十分以上にショッキングだったし、『はだしのゲン』などの作品と並んで、自分の人格を形作ったもののひとつでもある。いまも全国の小中学校の図書室に、この本が常備されていることを願ってやまない。

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▲映画版『風が吹くとき』オリジナルポスター

 その後、ジミー・ムラカミ監督による映画版を観たときは「こんな風変わりなやり方でアニメ化したんだ」と面食らった覚えがある。特に驚いたのは、実写映像をふんだんに取り入れた作りだったことだ。原作の素朴な絵柄を再現した2Dアニメーション部分と、『おこりじぞう』(1983)のようなコマ撮りのモデルアニメーション、さらに実写の爆発カットやニュースフィルムなどが混在していて、どうやって撮ったのか一瞬わからないような、不思議な感触の映像になっていた。原作読者として「もっと素直に作ればよかったんじゃないの」とか思ったような気もするが、いま思えば、すでにブリッグズの原作において顕著だった実験的表現姿勢に、映画もまた独自のやり方で倣ったのだと考えられる。その精神は、片渕須直監督の『この世界の片隅に』(2016)における、原作に対する映像化アプローチにちょっと通じるものを感じる。

 プロデューサーのジョン・コーツは、ブリッグズ原作の短編アニメーション『スノーマン』(1982)を成功させたあと、次は『いたずらボギーのファンガスくん』の映像化を考えていたという。しかし、出版前の『風が吹くとき』のコピーをブリッグズから手渡され、その内容にいたく感動(風邪をひいて寝込んでいるとき、ラストシーンまで一気に読んで涙を流し、奥さんに「そんなに具合悪いの?」と心配されたとか)。当時の社会情勢も鑑みて『風が吹くとき』の長編映画化を優先し、監督には『スノーマン』で総監修を務めたジミー・ムラカミを起用した。「ただの平面的アニメーションにはしたくない」というのは、ムラカミ監督のアイデアだったそうだ。

 アニメーション制作を手がけたのは、TVCロンドン。『ザ・ビートルズ/イエローサブマリン』(1968)の監督として知られるジョージ・ダニングが、1959年に設立したスタジオである。ジミー・ムラカミも1960~64年ごろ、アニメーターとして在籍していたこともある。ダニング亡き後、その多彩な表現スキルを活かせる企画を探し求めていた同社にとって、『風が吹くとき』はうってつけのプロジェクトだった。とはいえ、2年間も気の滅入るような題材に取り組むのは、スタッフにとって心身ともにハードな経験だったという。

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▲80年代、グリーナムコモンで行われた女性たちの反核運動

 映画では冒頭から、原作にはないオリジナル・シークエンスとして、実写映像が使われている。巨大な物体を積んだ軍用トラックが公道を走っていく姿と、緊迫したムードで対峙する一般市民と警官隊、そして涙する女性の姿を捉えたニュース映像だ。劇中にはまったく説明がないが、これは当時のイギリスでは誰もが知っていたというグリーナムコモンの映像である。もともとは英国空軍の基地があった町だが、1979年ごろからアメリカと旧ソ連の軍拡競争が再加速したことで、この基地にも米国保有の中距離弾道ミサイルが大量配備されることになった。これに対して地元の女性たちが「グリーナムコモン女性平和キャンプ」を立ち上げ、基地周辺で抗議活動を繰り広げた。つまり、トラックの積み荷は核ミサイルである。

 ヨーロッパが米ソ両国による核戦争の舞台になるかもしれないという『風が吹くとき』で描かれた恐怖は、80年代当時はまさに現実のものであり、『風が吹くとき』では冒頭からその象徴的映像が使われている。このアイデアを提案したのは製作のジョン・コーツで、「現実の社会問題について言及したい」という要望からだった(ただし一部スタッフのあいだでは「もっと質のいい映像素材を使えばいいのに……」と不評だったとか)。

 反核・反戦運動は80年代前半からヨーロッパ全土で加熱。ブリッグズが1982年に『風が吹くとき』を発表したのも、こうした社会状況を反映していたといえる。同じころ、映画・テレビ界でも同様の動きがあり、1983年にアメリカで『ザ・デイ・アフター』『テスタメント』が、1984年にはイギリスで『SF核戦争後の未来 スレッズ』が制作された。日本でもアニメ映画版『はだしのゲン』(1983)、『はだしのゲン2』(1986)が公開されている。映画『風が吹くとき』は、そんな世界的風潮の決定打になったのかもしれない。なお、1989年には米ソ首脳会談で冷戦終結宣言が出され、1991年にはグリーナムコモン基地からすべての核ミサイルが撤去された(同年末、ソ連は崩壊)。

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 さて、画面は実写映像からアニメーションへと移行し、ジムとヒルダの物語が始まる。2人のモデルは原作者ブリッグズの両親たちであり、のちに彼らの実像も『エセルとアーネスト』として作品化され、2016年には『エセルとアーネスト ふたりの物語』としてアニメーション映画化もされた。片田舎で隠居生活を始めたばかりの、ごく普通の初老の夫婦。純真素朴で、気のいい、国や政府に逆らうような面倒事を嫌う、典型的な英国労働者階級の一般市民である。

 彼らの平穏な田舎暮らしは、自国がソ連との戦争に突入するというニュースによって唐突にかき乱される。ジムは図書館でもらってきた政府発行のパンフレットをもとに、居間の片隅に「簡易シェルター」をしつらえる。ドアを何枚か壁に立てかけて、その隙間に閉じこもれば核の脅威から身を守れるという触れ込みである。もちろん日本人が見ればデタラメもいいところだし、当時のイギリス人から見ても、せっせとシェルター作りに励むジムの姿は「ブラックコメディ」に映った。

 だが、原作者のブリッグズも、映画のスタッフも、ジムとヒルダが「決してバカには見えないように」心を砕いた。彼らが身を護るために必要だった正しい情報をそもそも与えなかったのは誰か。なぜ彼らの日常が突然破壊されなければならなかったのか。国民の安全も、人類の未来も、つまらない意地の張り合いに固執する国家の代表者たちによって、一瞬で吹き飛ばされてしまう。そんな愚行が現実に起こりうることを、いまの人類なら(一周回って)ごく自然に理解できるのではないか。

 劇中の大部分は、ジムとヒルダが暮らす一軒家を舞台に展開する。映画では、この一軒家をミニチュアセットとして作り、それを背景として撮影(セットの壁の高さは3フィート=約90センチメートルほどあったとか)。そこに手描きの平面アニメーションを合成するという制作手法がとられた。一部の背景、小道具など、平面の手描き美術素材もうまく混在させているが、奥行きのある構図や移動ショットなどでは、この立体感のあるミニチュア背景が独特の効果を上げている。日本初公開時のパンフレットには、自らも実験アニメ制作に熱中していた手塚治虫がその撮影技術について詳しいレビューを寄せている。しかし、作画と実写背景の正確なマッチングは極めて難しく、描き直し・撮り直しも珍しくなかったという。のちの『INNOCENCE』(2004)で、3D背景動画を連続する静止画としてプリントアウトして、それに合わせて2D作画作業を進めたという作画行程もちょっぴり想起させる。

 手描きの作画部分は、原作の素朴なタッチや印象的なポーズを拾いつつ、リアルな日常的所作と誇張のきいたカートゥーン的しぐさのいいとこどりのようなタッチで、魅力的な仕上がりだ。のちに『エセルとアーネスト ふたりの物語』にも参加するリチャード・フォードリーは、本作でキャラクターデザインのほか、コンテと美術にも名を連ねている。終盤、原作の特徴的な丸みとシンプリシティを残しつつ、頭蓋骨のかたちが分かるほど痩せこけた2人の造型が痛々しくも素晴らしい。また、原作にはないヒルダの白日夢シーン(作画担当は『スノーマン』の監督もつとめたダイアン・ジャクソン)や、画面に降る雨=フィルム傷の質感がやたらとリアルなジムの英雄的夢想シーンなど、手描きアニメの底力を感じさせるシークエンスも印象に残る。さすがは『イエロー・サブマリン』の奔放さを受け継ぐスタジオだけあって、アニメーションの多彩な魅力を味わわせてくれる。

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 特に気合が入っているのは、やはり核ミサイルの着弾シーンだろう。原作はジムとヒルダの視点に絞られているので、外で何が起こったかは描かれない。映画では、爆風に吹き飛ばされる自動車、丘を転げ落ちる羊、橋から転落する列車、倒壊する建物などが緻密な鉛筆画で描かれ、時間が引き伸ばされたスローモーションの悪夢的映像が展開する。田園風景を突き進む「爆風主観」ともいうべきダイナミックな背景動画も見事だ。さらに実写の爆破ショットも挿入するなど、型にはまらない大胆な手法で核兵器の恐怖を表現している(そのあと、ジムとヒルダの新婚時代のフラッシュバックが走馬灯のように展開する、詩的でアイロニカルな演出もまた素晴らしい)。

 後半、核爆弾が落ちてからの展開は、まさに悲愴としか言いようがない。あらゆるものが破壊され、煤と灰にまみれ、飛散した家屋内の描写は、背景画ではない立体物(ミニチュア)ならではの生々しさがある。その後、2人がそれを徐々に片付けていく時間経過を表現するため、後半のミニチュア撮影にはアニメーターたちも立ち会って細かいディテールを足していったという。

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 爆風と灼熱からはなんとか身を守ったジムとヒルダだが、放射線は容赦なく彼らの健康を蝕んでいく。ドアを立てかけただけのシェルターには爆弾投下後14日間は籠っていなければならないというが、当然そんなことができるわけもなく、頭痛にさいなまれたジムたちはあっさり外に出てしまう(このへんの行動心理は、コロナ禍で長いステイホーム生活を強いられた我々には、より理解しやすくなったのではないだろうか)。そして、戦争体験者である彼らにとっても未知の「目に見えない攻撃」が牙をむく。いつものように彼らは庭で陽なたぼっこをして、汚染された外気をたっぷり浴び、死の灰を大量に含んだ雨水を汲んで、お茶を沸かして飲んでしまう。待っていれば新聞が配達されるはずだし、電気もガスも水道も元通りになるはず。ロンドンに住む息子たちの家族もきっと助かっているだろう。日常が戻ることを信じて、ふたりは着実に死へと近づいていく。

 2人の体に何が起きていたかを知るには、東海村臨界事故のルポルタージュ『朽ちていった命: 被曝治療83日間の記録』を読んでもいいし、史上最悪の原発事故の一部始終を綴ったドラマシリーズ『チェルノブイリ』(2019)を観てもいいだろう。原作には、ジムがヒルダを慰めるために「心配しないで」と歌いながら、口元から血をこぼすシーンがある。あまりにショッキングな場面なので映画からは削除されたのかもしれないが、そのインパクトの大きさを思うと、少し残念にも思える。なお、旧ソ連領チェルノブイリ(現在のウクライナ北部)で原発事故が起きたのは、本作の完成と同じ1986年のことだった。

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 ジムもヒルダも第二次大戦の戦禍を生き延びた世代であり、その記憶をどこかノスタルジックに美化して語ってしまう傾向がある。Blu-rayの音声解説によると、それはある年代以上のイギリス人の実像として、とてもリアルな描写なのだという。ジムは会話のなかでいつのまにかソ連とドイツがごっちゃになったり、たびたび記憶がチャーチルやモンティ(バーナード・モンゴメリー将軍)の時代にフラッシュバックしてしまう。KGBについて蘊蓄を披露したくても、出てくるのはデタラメなアルファベットだ。いまの政治には興味がないから、現首相の名前も思い出せない。いくぶん誇張気味に、皮肉なユーモアを込めて描かれるジムの愚かしさを、はたして我々は他人事として笑えるだろうか……。

 民衆が政治に興味を持たない社会が完成すれば、その次は国が戦争に参加できる体制を整えるプロセスが始まる。その先に訪れる「誰にも知られぬ死」を、この物語は冷徹に描いている。被曝症状末期のジムとヒルダがズダ袋を被り、再び粗末なシェルターに潜り込む姿はひどく滑稽だが、同時にとてつもなく悲しい。これが未来の我々の姿ではないと断言できるかというと、正直心許ない。

 ラストシーンで祈りの言葉に混じって(死の間際、意識が混濁したかのように)引用されるのは、アルフレッド・テニスンの詩「軽奇兵の突撃」の一節だ。無謀な上官の指揮により多くの兵士が命を落とした、クリミア戦争での悲劇的史実「バラクラヴァの戦い」をうたったもので、映画『遥かなる戦場』(1968)などの題材にもなっている。ただ、英国人以外にはあまりなじみのない引用だからか、映画では聞こえるか聞こえないかのギリギリの音量で処理されている。セリフの意味は分からなくても、胸に突き刺さるエンディングだ。

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▲ジミー・T・ムラカミ監督。ドキュメンタリー『Jimmy Murakami Non Alien』の一場面

 ジミー・テルアキ・ムラカミ監督は、1933年にカリフォルニア州サンノゼで日系アメリカ人として生まれた。1941年、真珠湾攻撃をきっかけに日系人はまとめて隔離施設に送られ、幼き日のムラカミ少年も家族とともに過酷なキャンプ生活を強いられた。終戦までの4年間、人里離れた砂漠地帯に急造されたキャンプで、彼の貴重な少年期は無残に奪われた。そこでは収容者に対して愛国心と忠誠心を問う筆記テストが行われ、突然キャンプ送りにされた人々が率直に怒りを表明しようものなら、さらに粗悪な矯正施設に放り込まれた。その体験が、ムラカミ監督の国家や政府に対する憤り、反骨心を育んだのだろう。

 それについては監督自身がかつて暮らした収容キャンプ跡地を再訪する姿を捉えたドキュメンタリー『Jimmy Murakami Non Alien』に詳しい。兄と一緒にカモメを捕まえて、その羽に赤い日の丸を描き、それを飛ばして監視員たちを驚かせたというエピソードが印象的だ(ちなみに兄のジェームズ・J・ムラカミは、のちにクリント・イーストウッド作品のプロダクションデザイナーとなり、『硫黄島からの手紙』から『ハドソン川の奇跡』までの全作品を手がけている)。

 『風が吹くとき』で皮肉を込めて描かれる国家への憤りは、ムラカミ監督にとっては十分以上に理解できるものだったに違いない。そして、彼が広島の原爆投下で実際に親戚を亡くしていたことも、この映画に取り組む原動力になったという。

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▲日本公開時の『風が吹くとき』チラシ

 日本では1987年に全国公開され、吹替版を監修する「日本語版監督」として、大島渚監督が起用された。パンフレット掲載の大島監督のコメントによると、この仕事を引き受けたのは『戦場のメリークリスマス』(1983)のエグゼクティブ・プロデューサーであるテリー・グリンウッド(『風が吹くとき』の世界配給を担当)、そして主題歌を手がけたデイヴィッド・ボウイに対する友情からとのことだが、もうひとつ、日本での配給元であり、やはり『戦メリ』制作において大役を担ったヘラルド・エースの原正人社長(当時)の存在も大きかったに違いない。また、作品に込められた反戦・反体制のメッセージ、それを直接的には表現しないスタイルを思えば、内容的にも正しい人選だったと言える。パンフレットのコメントがあまりにかっこいいので、ここに少し引用する。

「率直に言って私は人類なんかいつ滅びてもいいと思っている。このあまりにも愚かであまりにも傲慢な種がこの地球という惑星を支配したことは他の種にとって不幸であり申し訳ないが仕方がない。核兵器が悪いなどという自明の理を自分で言わねばならぬとすればむしろ恥じて死を選びたい。(中略)『マックス、モン・アムール』をつくるためにパリに住みヨーロッパ、アメリカをかけめぐる二年間のあいだ、私がつくづく感じたのは、日本人の不感症だった。ヨーロッパ、アメリカで人びとはもっと真剣である。だからこんな映画もつくられる。(後略)」
(『風が吹くとき』パンフレット、1987年発行より)

 オリジナル版では、名優ジョン・ミルズがジムの声を演じ、お人好しでどこか子供っぽいキャラクターを見事に表現している。日本語版でジム役を演じた森繁久彌の吹替は、貫禄と重みと枯淡の味わいを帯び、ちょっと軽妙さに欠けるきらいはある(「社長」シリーズの頃なら違ったかもしれない)が、森繁御大の声優としての名演がたっぷり堪能できる貴重な作品だ。一方、妻ヒルダの温かく気取りのない人柄、そして後半の痛ましい憔悴を演じた加藤治子は、オリジナル版のペギー・アシュクロフトにも匹敵する名演であり、ぴったりのハマリ役だ(2年後には『魔女の宅急便』でも妙演を披露)。日本版DVDには両方の音声が収録されているので、どちらも聞いてみてほしい。

・Amazon.co.jp
原作『風が吹くとき』レイモンド・ブリッグズ

・DVD Fantasium
米国盤Blu-ray『風が吹くとき』(Severin Kids)

1986年イギリス/カラー/スタンダード/86分
製作:ジョン・コーツ、レイモンド・ブリッグズ
原作・脚本:レイモンド・ブリッグズ
監督:ジミー・T・ムラカミ
アニメーション:リチャード・フォードリー
美術、レイアウトデザイン:エロール・ブライアント
プロダクションコーディネーター:アン・グッドール
オープニング主題歌:デイヴィッド・ボウイ
音楽:ロジャー・ウォーターズ
声の出演:ジョン・ミルズ、ペギー・アシュクロフト
日本語版監督:大島渚
日本語吹替:森繁久彌、加藤治子