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Simply Dead

映画の感想文。

おかあさんがいっしょ。『死霊の罠』と『ハサミ男』

『死霊の罠』ブルーレイ化クラウドファンディング
達成記念企画(あとづけ)

おかあさんがいっしょ。
『死霊の罠』と『ハサミ男』


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「この子は、体も病んでいるが心がもっとやられている。火傷のように爛れているんだ」

 あの眼光。鬼気迫る表情。映画ファンなら誰もが『赤ひげ』(65年)の二木てるみに圧倒されたはずだ。狂気に満ちた眼差しで床を磨き続ける天涯孤独の少女、おとよ。上のセリフは、三船敏郎演じる赤ひげが見習いの保本(加山雄三)を担当医として任命し、鼓舞するときの言葉だ。『死霊の罠』(88年)米国盤DVDのオーディオコメンタリーでも、池田敏春監督は二木てるみを紹介するときに『赤ひげ』を代表作として挙げていた。

 もし、おとよが岡場所から救出されず、あのまま狂気を育み続けていたら、どうなっていただろうか?

 『死霊の罠』で二木てるみが演じたのは、謎の殺人者ヒデキの母の声。冒頭とクライマックス近くで聞こえる「ヒデキちゃーん」という呼び声は、どこにでもいる普通の母親のそれだ。子供の秘めた邪気や悪意など、まるで疑っていないような母の声。だからこそ不気味さはいや増す。彼女はヒデキの闇を知らなかったのだろうか?

 そして16年後、二木てるみは再び池田敏春作品で「殺人者の母親」を演じることになる。

【注:映画『ハサミ男』の核心部に触れていますので、未見の方はご注意ください】

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 池田敏春監督が飽くことなく描いてきた「二面性」というモチーフ。『魔性の香り』(85年)の哀しきヒロイン・秋子、『ちぎれた愛の殺人』(93年)の妻と同化する男・村木、そして『死霊の罠』のヒデキと大輔。殊能将之の同名小説を映画化した『ハサミ男』(04年)はそのひとつの到達点と言えよう。それまでの池田作品では謎めく存在として配置してきた多重人格者を、ここではついに堂々の主人公として、語り部として、共感をさそう者として、さらには救われるべき者として描いている。

 原作小説のファンにはあまり評判のよくない映画化であり、その理由もわかる。原作が持つミステリ小説としての醍醐味、巧みなミスリードがもたらす衝撃とカタルシスは、この映画版においては早々に放棄されるからだ(映像化のアイデアとしては秀逸だと思うが、たぶん本当の問題はそこではない。詳しくは後述)。人格が分離していることを明白に可視化した「彼女と彼」を主人公として、物語は展開していく。

 原作では別人格が現れるタイミングにはあるパターンがあるが、映画版は「2人」でいることが常態化しているため、一種のバディものに振っている。自殺願望と殺人衝動に取りつかれた異常に自己評価の低い女性(麻生久美子)と、知的で能弁、飄々として常に偉そうなメンター兼サポーター人格(豊川悦司)の凸凹探偵コンビ。豊川演じる「彼」は、原作における「医師」とはだいぶ人物造形も異なるが、どこにでもくっついてくる“口の悪い探偵助手”として、それはそれで魅力的なサイドキック・キャラになっている。池田監督いわく、喋り方は相米慎二をモデルにしたそうだ。どこへ行くにも常に一緒の2人が、周囲に違和感をまきちらしながら事件を解明していくという、キャラクターものとしての舵の切り方は功を奏していると思う。『死霊の罠』のヒデキと大輔の日常も、こんなふうにポップに描いたらどうなるか?なんて夢想してしまう。

 映画独自のアレンジとして、「彼女」と会話していた者が「彼」の声を耳にして、不気味がるというくだりがある。ここで即座に思い出すのが、『死霊の罠』の終盤、ヒデキと大輔の“会話”を名美(小野みゆき)が盗み聞きするシーンだ。サイコな人物の内面が漏れ出て外部の人間にも影響を及ぼす、ほんの少し条理を超えた映画のマジックも池田作品のトレードマークである。

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 作品全体のタッチは、原作のクールな一人称文体を反映して、池田敏春作品としては珍しいほど温度が低く、淡々として、冷笑的だ。それでいてテンポは速い。捜査に奔走しながら見当違いの方向へ突っ走っていく刑事たちのパートは、監督も「テレビの刑事ものを意識した」とメイキングで語っているが、フィクショナルな感触が強調されるぶん「茶番」感もいや増している。それに拍車をかけるのが、オールアフレコという手法だ。

 池田監督がロマンポルノ時代から親しんできたアフレコという手法は、本作においては単なる経済的事情以上に、作品全体に漂う虚構性、非現実的な作り物っぽさを増強するために機能している(ちなみに『死霊の罠』もオールアフレコだし、『赤ひげ』の岡場所での乱闘シーンも、見事なまでに音が整理されたアフレコ処理で作られている)。ただ本作の場合、その狙いが誤解され、額面どおり「チープでわざとらしい」演出と受け取られているフシはある。

 池田監督は、おそらく音づくりに関しては同録の生々しい音より、夾雑物の少ないフィクショナルな音響設計のほうを好んだのではないか。そういう部分でも『ハサミ男』は池田監督の実験意欲がひときわ強く感じられる作品である。「不自然」であることが、むしろ歓迎されるのだから。

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 メインストーリーの女子高生殺人事件が解決したあと、映画では原作にないオリジナルパート=最終幕が20分近くも続く。ここで登場するのが、二木てるみ演じる「彼女」の母親である。我が子の罪を知らない、のんきな母親。二木は『死霊の罠』、『鍵』(97年)に続いて3本目の池田作品への参加となる。『がんばれ!! タブチくん!!』(79年)などで声優経験もあり、アフレコ慣れしている二木の達者なセリフ回しが、ゾクゾクするほど違和感を際立たせる。

 本作の違和感、不自然さがピークに達するのが、「彼女」のトラウマとなった父親の死の回想シーンだ。バカバカしければバカバカしいほど良い、とでも言いたげな安っぽい合成処理の飛び降り映像。普通に映画を観ていたら終盤で急に投げやりになった……みたいな印象すら抱きかねないだろう。でも、あの描写にこそ池田敏春という人の凄みを感じてしまうのは、気のせいだろうか。父親の死にわざとらしく居合わせる女子高生姿の「彼女」。わざとらしくそこに駆けつける母親。おそらく複数の時制が混濁した、事実と異なる記憶の再生。そこには「人は記憶を改竄する生き物だ」という強い意識を感じるし、もっと言えば「トラウマなるもの」に対する不信感が伝わってくるような冷たさがある。

 そうなると、『死霊の罠』のあのテープの声も怪しく思えてくる。あれは本当に「ヒデキの母」の声なのだろうか? ヒデキ(大輔)の作り上げた記憶のなかにある母のセリフを読まされている、赤の他人の声なのではないだろうか?

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 原作では素早く切り上げられる「彼女」と「父親」のドラマを、池田監督は独自の脚色でたっぷりと掘り下げ、殺人衝動の根源たるコンプレックスからの解放を丹念に描いていく。それは、原作ファンにとっては受け入れがたい部分でもあるだろう。それでも、このエピローグは感動的だ。少女たちを殺して回る殺人鬼よりも、「彼女」に寂しい思いをさせた父親の自殺のほうをこそ、この映画では罪深いものとして描く。希死念慮に憑かれた主人公の内面世界を、そして彼女が救済を得るまでのプロセスをひたすら丹念に真摯に描くことは、もしかしたらセルフセラピー的な意味もあったのかもしれない。

 池田監督は原作者に映画化のオファーをしたとき、『シックス・センス』(99年)を引き合いに出したという。それは終盤のどんでん返しからの連想ではなく、おそらく池田監督のなかで『シックス・センス』が歳の離れた凸凹探偵コンビを描いたバディものであり、なおかつ疑似親子ものであるという認識があったからではないか。池田監督にとって『ハサミ男』は、ずっと「父と娘」のドラマだったのだ。

 ここまでシリアルキラーの心情にやさしく寄り添った映画も、なかなかないだろう。もし「もうひとりの自分(またはイマジナリーフレンド)とお別れする名場面ベストテン」みたいなランキングがあるなら、個人的には『ファイト・クラブ』(99年)や『氷の接吻』(99年)や『キャスト・アウェイ』(00年)などと一緒に、本作の屋上のシーンはけっこう上位に入れたい。真犯人が社会的制裁なしに救いを得て幕を下ろすエンディングを、原作の切れ味とはまた違った繊細さで描いてみせるのも、池田監督らしくて痛快だ。

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 そして、本作にはもうひとりの「母親」が登場する。殺された女子高生、樽宮由紀子の母・とし恵だ。娘とは不仲の冷たい母親というイメージで語られる彼女を演じるのが、『死霊の罠』の名美こと、小野みゆきである。かつてヒデキたちが母の面影を重ねたヒロインの、16年ぶりの池田作品への帰還となった。出番は多くないが、「真実は見たとおりとは限らない」という本作のサブテーマを体現する人物であり、主人公の心を強く揺さぶる重要なキャラクターを好演している。池田監督がこの役を彼女に託したことに、ちょっと感動する。

 監督自ら「持てる技術の集大成」と語った『ハサミ男』には、それまで池田作品を支えてきたキャスト・スタッフが集結。常連俳優の清水宏や広岡由里子、プロデューサーの渡辺敦、共同脚本の香川まさひと、撮影の田口晴久、音楽の本多俊之ほか、池田作品ゆかりの人々が多数、名を連ねている。企画立案から撮影に至るまで、さらに完成から劇場公開されるまでも時間がかかり、都内ではお台場のシネマメディアージュでの単館公開という不遇な扱いを受けた作品だが、改めて再評価されるべきではないだろうか。特に『死霊の罠』とは、セットで(殺人者側から)観直してほしい一作だ。


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『ハサミ男』 2004/119分/メディアボックス配給/DVD:東宝
製作/東宝、東北新社、広美
企画/藤原正道、瀬崎巌、岡田真澄
エグゼクティブプロデューサー/斎春雄、渡辺英一
プロデューサー/釜秀樹、林哲次、渡辺敦
原作/殊能将之
監督/池田敏春
脚本/池田敏春、香川まさひと
音楽/本多俊之
ラインプロデューサー/大里俊博
撮影/田口晴久
照明/斉藤志伸
美術/西村徹
編集/大畑英亮
録音/神保小四郎
整音/山本逸美
脚本協力/長谷川和彦、山口セツ、相米慎二
出演/豊川悦司、麻生久美子、斉藤歩、樋口浩二、石丸謙二郎、清水宏、永倉大輔、菅原大吉、小池章之、阪田瑞穂、小野みゆき、柄本佑、外波山文明、蛍雪次朗、広岡由里子、三輪明日美、二木てるみ、寺田農、阿部寛
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『死霊の罠3』こと『ちぎれた愛の殺人』

『死霊の罠』ブルーレイ化クラウドファンディング
勝手に応援企画その5(番外編)

『死霊の罠3』こと
『ちぎれた愛の殺人』


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 海外でのタイトルは『EVIL DEAD TRAP 3』、つまり『死霊の罠』シリーズの3作目と称されることもある、池田敏春監督×石井隆脚本コンビによるミステリースリラー。製作はパイオニアLDC、プロデューサーは『この世界の片隅に』(16年)の真木太郎。池田監督とは傑作『くれないものがたり』(92年)に続くタッグである。1993年6月にテアトル新宿ほか全国劇場で公開され、その後ビデオとLDが発売されたが、国内ではDVD化されていないので観る機会の少ない1本である。

 池田監督・石井脚本のコンビ作としては『天使のはらわた 赤い淫画』(81年)、『魔性の香り』(85年)、『夜に頬よせ』(86年TV/88年放映)、『死霊の罠』(88年)に続く5作目となる。さらに遡ると、池田敏春は曽根中生監督の『女高生 天使のはらわた』(78年)と『天使のはらわた 赤い教室』(79年)、田中登監督の『天使のはらわた 名美』(79年)でも助監督を担当し、原作者である石井と監督たちとの間で調整役を務めてきた。ゆえに互いに対する敬意と信頼は強く、嗜好も似ていて相性もよかったのだろう。にっかつ時代には西村望の小説『火の蛾』をともに映画化する企画もあったが、これは頓挫し、のちに石井隆監督作品『死んでもいい』(92年)として結実する。

  『ちぎれた愛の殺人』は、90年代に入ってすぐ大ヒットした『羊たちの沈黙』(91年)の向こうを張ったサイコスリラーとして企画されたであろう内容だ。さらにドラマ『ずっとあなたが好きだった』(92年TV)の常軌を逸したマザコン演技でブレイクした佐野史郎に、サイコキラー(的な)役を演じさせるなど、いろいろと「当てに行って」いる作品である。同時に本作は、石井隆が描き続けてきた名美と村木の救われないラブストーリーのひとつであり、池田監督がこだわり続ける人間の「二面性」を掘り下げた作品でもある。

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▲主人公の女性刑事・陽子を演じる横山めぐみ(左)と、その相棒となる食いしん坊刑事役の山田辰夫(右)

 身元不明の女性の切断死体が、出雲の海に打ち上げられる場面で、映画は幕を開ける。首も手足もない、裸の女の白い胴体だけが真っ黒な岸壁に打ち上げられたイメージが鮮烈だ。ほかにも劇中では「冷蔵庫に入りきらないほどみっしり詰め込まれた切断死体」といった、いかにも池田監督の好きそうなビジュアルも登場する。

 死体発見と時同じくして、東京のとある短大で1人の女子大生が投身自殺を図る。彼女の遺書には、剣道部顧問である助教授・村木(佐野史郎)との不倫関係が記されていた。警視庁の女性刑事・陽子(横山めぐみ)は、かつて自分の同級生だった女子大生の失踪事件と、やはりその際に関係者として浮上していた村木の疑惑を改めて洗い出そうと試みる。その背後にちらつく、村木の妻・名美の存在。彼女は精神を病んでおり、夫の故郷である出雲で療養生活を送っているという。だが、その姿を見た者はいなかった。陽子は謎の核心に迫りながら、同時に抗いようもなく村木に惹かれていくのだった……。

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▲終盤に登場するだだっ広い“処理室”はスタイリッシュな『悪魔のいけにえ』といった趣き

 横山めぐみ演じるおきゃんな女性刑事はあんまり有能そうには見えないが、そんな彼女とさながら「レクターとクラリス」のような禁断の関係に陥る村木役の佐野史郎は、『死霊の罠2 ヒデキ』(92年)のサイコパス演技とは打って変わって、妖しくも危うい魅力を放つカッコいい系のキャラクターを、ほんのり“得意技”の怪演をきかせながら生真面目に演じている。そのアンバランスな二枚目ぶりは、『死霊の罠』で本間優二が演じた大輔のニヒルなキャラクターに近い。村木と陽子が惹かれ合う描写はちょっとトレンディドラマっぽい雰囲気もあり、時代を感じさせる。

 終盤では艶やかな女装姿を見せたり、多重人格的な芝居をノリノリで披露したりするものの、実はそれも……というのが本作のツイスト。佐野史郎が当時得意とした変態キャラ的イメージを逆手にとったキャスティングといえる。剣道シーンでのキレのある動きなど、アクション俳優としてのポテンシャルを池田監督が引き出そうとしているかのようだ。

 狂っているのは余貴美子演じる名美である。登場シーンはおそらく10分にも満たないが、そのインパクトは絶大だ。白いデスマスクを被り、巨大な鉄斧を振りかざす雄姿、痙攣する前衛ダンサーのような動作が、なんとも禍々しく魅力的である。

 愛する者のために手を汚し続ける村木の純愛は、すでに腐臭を放っていることに本人だけが気づいていない。愛はすべてを狂わせる。石井隆らしい捻ったロマンティシズムであり、『死霊の罠』のいじらしくも血にまみれた兄弟愛に通じるホラー観である。そう思えば池田監督は、殺人者/復讐者の動機には常に「愛」があることを描いてきた作家であり、『人魚伝説』(84年)も『湯殿山麓呪い村』(84年)も『死霊の罠』も『MISTY/ミスティ』(91年)も『ハサミ男』(04年)も、すべて「ちぎれた愛の殺人」の物語と言える。

 青を基調とした……というより、シーンによっては真っ青に染め上げられた過剰にスタイリッシュな映像美は、『死霊の罠』以上にダリオ・アルジェントの影響を感じさせる。もしかしたら当時の邦画ファンが心酔していた「キタノ・ブルー」への対抗意識か……などと勘ぐってしまうほど、本作の「青」は強烈だ。巨大な換気扇が回る、だだっ広い地下の“処理室”で展開するクライマックスでは、『サスペリア』顔負けの条理を超えた原色照明エフェクトが炸裂! ぜひ高画質で再見したい名場面だ。

 脇を固めるキャストのなかでは、『MISTY/ミスティ』に続いて池田組に参加した山田辰夫の好演も心に残る。四六時中なにかをムシャムシャ食ってばかりいる所轄の刑事・武藤という役で、いいところを見せようと思った矢先に不憫な最期を迎えるのが悲しい。池田監督は、山田辰夫がデビュー間もなく出演したにっかつ作品『鉄騎兵、跳んだ』(80年)の助監督も務めていた。その後、池田監督が手がけたオリジナルビデオ『暴力商売』シリーズ(01~02年)にもレギュラー出演している。

 杖をついた先輩刑事役の清水宏、特殊美術創作として参加した若狭新一、操演の岸浦秀一、音楽の吉良知彦といった『死霊の罠』組もとい池田組の面々はここでも健在。企画は『死霊の罠』も含め、ディレクターズ・カンパニー時代から池田監督を支えてきた渡辺敦。本作も『くれないものがたり』同様、日活出身の半沢浩プロデューサーが立ち上げたフィルム・シティが制作プロダクションを担った。これも本来ならディレカンで撮るはずの企画だったのかもしれない。『死霊の罠』に続いて、この映画も『くれないものがたり』とセットで「池田敏春×パイオニアLDC Blu-ray BOX」みたいなかたちでリリースしてくれないだろうか?

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『死霊の罠』『死霊の罠2 ヒデキ』のブルーレイ化を実現させよう!」
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『ちぎれた愛の殺人』 1993/101分/東京テアトル、パイオニアLDC配給
製作/真木太郎
プロデューサー/半沢浩、山本文夫
監督/池田敏春
脚本/石井隆
撮影/田口晴久
照明/木村誠作
録音/小高勲
整音/神保小四郎
編集/井上治
美術/丸尾知行
特殊美術創作/若狭新一(MONSTERS INC.)
操演/岸浦秀一(ローカスト)
音楽プロデューサー/梶原浩史
音楽/吉良知彦
製作協力/フィルムシティ
製作/パイオニアLDC株式会社
出演/佐野史郎、横山めぐみ、山田辰夫、浜田晃、椎谷建治、清水宏、竹井みどり、中村由真、広岡由里子、今井健二、余貴美子

『死霊の罠2 ヒデキ』を忘れるな

『死霊の罠』ブルーレイ化クラウドファンディング
勝手に応援企画その4
『死霊の罠2 ヒデキ』を忘れるな

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▲『死霊の罠2 ヒデキ』北米盤DVDジャケット

 『死霊の罠』(88年)の好調なビデオセールスを受けて、当然のごとく立ち上がったパート2の企画。当初は1作目と同じくジャパンホームビデオビデオとディレクターズ・カンパニーの共作として進んでいたが、諸般の事情で企画は一時棚上げに。新たに仕切り直された『死霊の罠2』の監督として白羽の矢が立ったのが、橋本以蔵だった。トレンディドラマの先鞭をきった『君の瞳をタイホする!』(88年TV)、大友克洋監督の大ヒット作『AKIRA』(88年)の共同脚本などを手がけ、気鋭の脚本家として活躍していた橋本は、すでにジャパンホームビデオ製作のオリジナルビデオ『LSD ‐ラッキー・スカイ・ダイアモンド‐』(90年)などの監督作も手がけていた。『死霊の罠2 ヒデキ』では、共同脚本に『ほんとにあった怖い話』シリーズの小中千昭を迎え、即物的恐怖を追求した1作目とは異なる恐怖を描いてみせた。

 正直言って、これを池田敏春監督作品『死霊の罠』のパート2と考えると、ポカーンとするしかない内容の作品である。しかし、単体の映画として改めて観ると、これはこれで他の追随を許さない異貌の一作ではある。誤解を恐れずに言えば、これほど負のパワーに満ち溢れた映画も珍しい。

 前作の登場人物がほぼ全滅している以上、直接的な続編は作れない。しかも、宮崎勤事件の影響もあってそこまで無邪気なスプラッター・スラッシャーを撮るわけにもいかない。そこで橋本監督はどう考えたか? 先日、『死霊の罠』ブルーレイ化支援クラウドファンディング・サイトに寄せられた橋本監督のコメントを、以下にまるごと引用する。

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「死霊の罠」の続編ということでオーダーを頂きましたが、自分としてはアメリカ映画風の表面的なホラーに興味がなく、怖いのは人間の内面で、どろどろとした情念こそ恐ろしい魔だという思いがあり、それを映像化しようと思いました。
全部が登場人物の生きることへの恐怖や屈折、挫折感からくる怨念、そのぶつかり合いで、それが悪夢のように展開されるように構成しました。

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 ……とのことで、まさにその言葉どおりの映画になっている。登場人物全員が何かしらの鬱屈やコンプレックスを抱えており、そこから救われるためにモラルから逸脱した行為(殺人、淫蕩、自傷等)に走るのだが、まったく救われることはなく、むしろ傷つけ合い、さらなる地獄に堕ちていく。もっとも打算のない純粋な人間同士の関係となりうる「親友」という単位も、ここでは歪んだ劣等感と優越感を育む温床でしかなく、醜いマウントの取り合いはやがて血まみれの破局を迎える。それこそが本当のヒューマニズムだと言わんばかりに。そんな全方位的に共感を拒むドラマであるがゆえに、「誰にも好かれない映画」になることも、もちろん覚悟の上だっただろう。

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 映画館で働く亜紀(中島唱子)は、夜の街頭で見かけた美しい女たちを毒牙にかけるシリアルキラーである。肥満体型にあらゆるコンプレックスを詰め込んだ寡黙な都市生活者(かつ孤独な殺人者)である亜紀の肖像は、ちょっと『ハサミ男』も想起させる。だが、過食症の人間がいくら食べても戻してしまうように、いくら女たちを殺しても他人の血肉は彼女のものにならない……。亜紀に殺される街娼の役でルビー・モレノが登場するが、殺害シーンは直接映さず、いわゆる普通のホラー映画的カタルシスは徹底的に排除される。映し出されるのは、ギラギラと光るネオンの下で行われる殺人にも無関心な街。

 テレビドラマの明るくチャーミングな印象とは正反対の陰々滅々としたキャラクターに扮する中島唱子の熱演が、本作最大の見どころと言っても過言ではない。ヌードもアクションも辞さない体当たりっぷりに目を見張る。ちなみに亜紀が働く映画館でかかっているのは、韓国の巨匠イム・グォンテク監督の『アダダ』(87年)。映画館には同監督の『キルソドム』(85年)のポスターも貼ってあり、2本とも日本では1993年に劇場公開された。

 亜紀の親友、といいながらねじくれた愛憎を彼女に抱き、常に劣等感と裏返しの優越感をぶつけてくる絵美(近藤理枝)のキャラクターも強烈だ。いくら外見的に勝っても、自分はゲスな業界ノリに染まった三流番組のレポーターでしかなく、亜紀の生来持つ魅力には敵わない……そんな屈折を全身から発散する近藤の力演に、観ているほうも辟易とすること請け合いだ(そういう狙いの芝居と演出なのだから、これは正しい)。ついには文字どおりの死闘に至る2人の関係性は、どこか『AKIRA』の金田と鉄雄にも似ている。

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 そこにさらなる混迷を生じさせるのが、佐野史郎の怪演である。『LSD ‐ラッキー・スカイ・ダイアモンド‐』に続いての橋本組となる本作では、絵美の不倫相手・倉橋役で、バブル景気に浸かったヤッピー風の色男として登場する。ハンバーガーをむさぼり食いながらセックスする『鉄砲玉の美学』(73年)のオープニングくらい分かりやすい飽食ニッポンイズムを生理的嫌悪感たっぷりに演じる珍場面を挟みながら、亜紀への偏執を募らせていくサイコパス演技はまさに怪優・佐野史郎の真骨頂。誰もいない映画館でぴょんぴょんシートを飛び回り、亜紀をいたぶる姿はもはや痛快。狂気すらも軽薄になっていった80年代末~90年代初頭にかけての時代に向けた、作り手の憎悪がすさまじい。

 さすがに池波志乃演じるカルト教祖のくだりは盛り込みすぎのきらいもあるが、1995年の地下鉄サリン事件以前に新興宗教のいかがわしさを描いた作品としては『教祖誕生』(93年)と並んで貴重ではある。ほかにも、きたろう、岩松了、大島蓉子、角替和枝といったバイプレイヤーたちの意外に豪華な顔ぶれにも驚かされるが、なかでも「普通に見えて実はいちばん恐ろしい」という役柄でいきなり場をさらってしまう平泉成がぶっちぎりのMVPである。

 これらの濃すぎる人間ドラマのなかに心霊ホラーの構造を組み込んだのは、おそらく共同脚本で参加した小中千昭の功績だろう。亜紀が映画館や殺人現場でたびたび目撃する謎の少年=ヒデキの影。その姿は絵美がレポートする死体発見現場のビデオ映像にも映り込む……。傍観者のようにも見えるし、殺しをそそのかす悪霊にも見える少年ヒデキは、多くの人が指摘しているが『呪怨』(00年)の俊雄くんによく似ている。さらに言うと『氷の接吻』(99年)の主人公ユアン・マクレガーの行く先々に出没する少女の幻影、あるいは『親切なクムジャさん』(05年)に登場する、誘拐・殺害されたときの格好のまま歳をとってしまった少年の亡霊(ユ・ジテ)にも佇まいが似ているかもしれない。亜紀にとっての悔恨と喪失感の源泉である点も含めて。そのほか『死霊の罠』1作目との共通性として、番組レポーターという設定、そして廃墟(厳密には建設現場)といった要素が押さえられている。

 クライマックス、誰もいない建設現場でやおら始まる亜紀VS絵美の対決シーンは、それまでのドラマをすべて吹き飛ばすほどのド迫力だ(やっぱり構造が『AKIRA』に似ている)。建設現場の建物自体はありものだろうが、気合の入った美術の作り込みがすごい。「えっ、こんな小規模な映画でそんなに大がかりでステージの多いセット組んで大丈夫なの!?」と心配になるくらいだ。廃墟そのものが映画の主役でもあった1作目への対抗意識が強かったのだろうか。

 美術を担当した沢田清隆(澤田清隆)は、ジャパンホームビデオ製作の『砂の上のロビンソン』(89年)にも参加しており、90年代には廣木隆一監督の『さわこの恋』(90年)や神代辰巳監督の『棒の哀しみ』(94年)などで美術を手がけている。現在もテレビドラマで活躍中だ。また、撮影の藤石修は、橋本監督とは『LSD ‐ラッキー・スカイ・ダイアモンド‐』と『帝都物語 外伝』(95年)でも組んでおり、その後は『踊る大捜査線』劇場版シリーズなどの撮影を手がけている。

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 ジャパンホームビデオの升水惟雄社長とともに、本作の製作に名を連ねている斉藤佳雄は、製作会社エイジェント21の代表取締役だった人物。同社は『クレオパトラD.C.』『DOMINION』(ともに89年)などのアニメ作品を主に手がけていた会社で、橋本以蔵が脚本を担当した谷村ひとし原作のOVA『ハイスクールAGENT』(87年)、そして橋本以蔵の監督・脚本作『cfガール』(89年)もプロデュース。『死霊の罠』1作目の併映作品『DOOR』(88年)もディレクターズ・カンパニーと共同製作している。『死霊の罠2』にエイジェント21のクレジットはないが、製作協力のギャラント・カンパニーは『DOOR』の企画協力も担っているので、おそらく近いところにあったプロダクションだろう。

 企画のクレジットには、国際映画社を経て、エイジェント21でアニメ作品のプロデュース・脚本を数多く手がけた藤家和正の名前もある。のちに彼が天沢彰名義で原作を手がけた劇場長編アニメ『ガンドレス』(99年)の脚本には、藤家とともに、本作の助監督を務めた伊崎健太郎も参加している。

 当時は中野武蔵野ホールでのレイトショー公開のみ(ずっとテアトル新宿だと勘違いしていた……関係者の方、すみません)。やはりビデオリリースのほうに主眼が置かれていたのだろう。バブル崩壊直後という時代の空気が、すさまじい嫌悪感とともにパッケージされたこの作品を、いよいよ我々は改めて直視するときが来たのではないだろうか。

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▲『死霊の罠2 ヒデキ』英国盤DVDジャケット

『死霊の罠2 ヒデキ』
エンドロール


キャスト/中島唱子、近藤理枝、佐野史郎、池波志乃、平泉成、角替和枝、大島蓉子、新井康弘、きたろう(友情出演)、榎本翔太(子役)、前田淳、岩松了、大久保了、晶衛里仁、坂入宏子、水戸部千希己、小野綾華、由良宣子、白川綾音、大島宇三郎、田辺年秋、小形雄二、梶原賢二、法嶋伸雄、坂井功、緑川美津、江鳥山佳子、早川プロ
大野剣友会

製作/升水惟雄、斉藤佳雄
企画/石井渉、藤家和正
プロデューサー/伊藤直克、藤田光男
脚本/小中千昭、橋本以蔵
音楽/阿部正也
音楽プロデューサー/高津芳治
撮影/藤石修
照明/居山義雄
録音/矢野勝久
美術/沢田清隆
編集/只野信也
助監督/伊崎健太郎
制作担当/山口謙二
特殊メイク/伊藤太一、木村明彦、三浦嘉子(A.T. Illusion)
操演特殊効果/神尾悦郎
記録/天池芳美
衣装/川口修治
美粧/庄司真由美
スチール/遠藤秀司
宣伝/水谷祐子
監督助手/芹澤康久、三輪勝司
撮影助手/笠告誠一郎、前田智、谷川創平
照明助手/細谷育男、東海林毅、溝渕健二、久保覚
録音助手/井上幸雄、藤本賢一、岩橋政志
美術助手/長谷川圭一、山浦克己、坂本朗、鈴木隆之
編集助手/福田千賀子
ネガ編集/橋場恵
効果/柴崎憲治
制作進行/香川智宏、鈴木和行
制作デスク/星野弘恵

《衣装協力》
衣装デザイン/長谷川貴子
AGGIE GREY'S

《美術協力》
パネット株式会社
アクアデザインテック
林建設株式会社
ABISTE
PENTAX
TOMY

《協力》
カネボウステージコスメティック株式会社
東映化学
日本コダック
映像サービス
三和映材社
高津映画装飾
山崎美術
東京衣装
日映美術
ニオステック
東宝映像美術
ランナーズ
東映東京撮影所AV事業部
サウンドボックス
アップルボーイ
アオイスタジオ

制作協力/ギャラント・カンパニー

監督/橋本以蔵

製作/ジャパンホームビデオ

(C)1991 ジャパンホームビデオ

ディテール・オブ・『死霊の罠』

『死霊の罠』ブルーレイ化クラウドファンディング
勝手に応援企画その3
ディテール・オブ・『死霊の罠』

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▲米シナプス社から発売された『死霊の罠』DVD

 やはり『死霊の罠』はどう考えても素晴らしい映画だ。『別冊映画秘宝 怖い、映画』では加藤よしき氏に渾身のレビューを書いてもらったし、自分でも『映画秘宝』本誌のカリコレ2019特集で紹介文を書いたりしたが、まだ書き足りない。思う存分、字数を気にせず、その魅力を書き尽くしてみたい。今回のクラウドファンディングに乗じて、その欲望を叶えることにした(身勝手)。

 2000年11月に米シナプス社から発売された『死霊の罠』DVDに収録された、池田敏春監督と特殊メイクの若狭新一氏によるオーディオコメンタリー(ただし英語吹替)は、ファン垂涎の貴重な情報が満載だ。それをもとに、記録を担当された白鳥あかねさんの名著『スクリプターはストリッパーではありません』、雑誌『映画芸術』池田敏春監督追悼特集なども参考にして、改めて『死霊の罠』という作品が持つディテールの面白さを書き連ねてみたい。

【注:映画終盤の展開まで触れているので、未見の方はご注意ください!】

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 いきなりエンドクレジットの話になるが、毎回観るたびに「協力/熱川バナナ・ワニ園」と出てきて「!?」となる。映画の冒頭、深夜番組のレポーター・名美(小野みゆき)がワニの捕食シーンを間近に見て「ひ!」と驚愕の表情を浮かべるシーンの撮影に協力したのが、おそらく熱川バナナワニ園。本編が強烈すぎて冒頭のことなど忘れてしまうから、いつも無駄に驚いてしまう。

 さて、物語の発端となるスナッフビデオは、脚本の石井隆のアイデアだそうだ。80年代当時におけるもっとも禍々しいホラーアイテムとして、みごとに「厭な感じ」を醸し出している。このスナッフビデオで最初の犠牲者を演じているのが、橋本杏子。80~90年代にかけて数多くのピンク映画・アダルトビデオに出演した人気女優だ(一時引退後、2002年に復帰)。1988年には深町章監督の新東宝作品に何本も主演し、金子修介監督の『ラスト・キャバレー』にも出演している。

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 カメラに据え付けられたナイフが女の眼球を突き刺す変態的ショットは、『血を吸うカメラ』(60年)か『アンダルシアの犬』(28年)、はたまた『サンゲリア』(79年)を想起させるが、この刃先がさらに上に向かい、瞼まで切り裂いていくしつこさと芸の細かさが素晴らしい。特殊メイク担当、若狭新一の技が光る。

 石井隆といえば「堕ちていく女」名美と「惚れた女を救えない男」村木の物語を描き続ける情念の作家として知られているが、ホラー要素の強い作品も多い。劇画における石井ホラーの代表作は、ごく普通のサラリーマンが連続殺人を繰り返す姿を描いた『魔樂』(86~87年連載)だろう。ここでもビデオが禍々しいアイテムとして登場する。映画でも監督デビュー作『天使のはらわた 赤い眩暈』(88年)をはじめ『ヌードの夜』(93年)や『GONIN 2』(96年)でも執拗にホラータッチの悪夢シーンを描き続けているし、『GONIN』(95 年)での竹中直人演じるマイホーム・パパのエピソードは完全にサイコホラーだ。『フリーズ・ミー』(00年)や『人が人を愛することのどうしようもなさ』(07年)の狂気のなかで解放されていく女性像も忘れがたい。即物的恐怖に振りきった『死霊の罠』は、映画においては最もハッキリと石井隆のダークサイドが露わになった貴重な一作といえよう。

 何者かの送ってきたビデオを観た名美が、取材に行かせてくれと懇願するTVプロデューサーを演じるのは、島田紳助。彼の主演作『ガキ帝国』(81年)の監督である井筒和幸のツテで特別出演してもらったそうだ。当時は大変な人気者だったので、ギャラは高かったという(池田発言)。

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 名美はビデオの映像を手がかりに、殺人現場と思しき廃墟への突撃取材を決意。その道連れとなるのが女所帯の番組制作チームという設定が面白い。姉御肌の名美をリーダーに、おっとりしていて男に振り回されがちなスタイリストの麗(小林ひとみ)、天然キャラでムードメイカーの理江(中川えり子)、そしてクールな構成作家の雅子(桂木文)という顔ぶれ。もちろんホラー映画の法則として美女たちを血祭りに上げるための設定でもあるが、きちんと彼女たちを「男どもに負けず、しっかり業界の第一線で働く女性たち」として描いているのがいい。仕事ができる女性をまったく描くつもりがない『ダンスウィズミー』(19年)みたいな映画とは志が違う。ドライバーとして強引に同伴させられる唯一の男、ADの近藤(『天使のはらわた 赤い淫画』で村木を演じた阿部雅彦)がとことん軽薄で頼りない役立たずでしかないところにも、時代性を反映したジャンルムービーを作ろうという監督の明確な意志を感じる。

 小野みゆきの衣装は、彼女が自前で用意したもの。小林ひとみも自分で服を選んできたが、監督から「お稚児さんみたい」とNGが出たため、記録助手の鶴田しのぶの服装を真似たという。

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 主な舞台となる廃墟のロケ地として選ばれたのは、朝霞のキャンプ・ドレイク跡地。池田監督でさえ「夜になると本当に怖かった」ともらすような場所で、スタッフは連日寝泊まりし、美術に使えそうなガラクタを探し求めて敷地内を歩き回り、朝9時から深夜3時まで続く撮影に耐えた。しかも「撮影現場で笑った者は即刻クビ」という厳しさ。スケジュールはどんどん延び、気温も下がっていく。当然のごとく脱落者も続出し、撮影も終盤になるとスタッフの人数がガタ減りしていたという。

 撮影をつとめたのは田村正毅。もともとはドキュメンタリー出身だが、本作ではアルジェントの『シャドー』(82年)を思わせるクレーンショットや、360度ドリーショット、「めまい」ショットなど、池田監督の要求に応えて過剰なまでにスタイリッシュなカメラワークの数々に挑んでいる。黄色や青といったキーカラーの表現もみごとだ。また、本作では低予算のため35ミリではなく、16ミリフィルムの音声トラック部分まで映像記録用に使いきる「スーパー16」方式を採用。35ミリカメラに比べて機動性がきくという利点があり、ややノイジーな映像の質感も、結果的に作品のムード作りに大いに貢献している。

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 そして、ついに犠牲者が出る。小林ひとみが床や壁から飛び出した鉄杭によって串刺しになる強烈な殺害シーンは、なんと池田監督が演出していないのだという。スケジュールの都合で仕掛けの多い場面はB班に任されることになり、このシーンもそのひとつだったとか。B班監督の堀内靖博も池田監督と同じく日活出身で、のちに『8マン すべての寂しい夜のために』(92年)などを監督。撮影は、石井聰亙監督や阪本順治監督とのコンビで知られる笠松則通がつとめた。

 リトル・ペンタゴンの建物内に入っていった名美たちは、カメラのフラッシュを焚いて真っ暗な建物のなかを照らしながら前進する。これはロケハンに来たとき、あまりに建物の内部が暗いため、池田監督たちが実際にやったことだそうだ。そして、その場で作中に取り入れようと思いついたのだという。

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 4人の前に、吊り下げられた小林ひとみの死体が廊下の奥からゴーッと近づいてくるシーンは、黒沢清監督の『CURE』(97年)終盤のワンシーンを思い出させる。本作のプロデューサーをつとめた神野智と、製作担当の下田淳行が、のちにツインズジャパンで『CURE』を含む黒沢清作品を数多く制作することを思うと、なんとなく“原点”めいたものも感じさせる名場面である。

 ショックで悲鳴を上げ、散り散りになって逃げだしてしまう4人。中川えり子は広大な廃墟を本気でダッシュし、膝がしらに本物のあざを作りながら熱演。桂木文も同様に、埃まみれで廃墟内を駆けずり、転げまわった。女優陣の頑張りは池田監督を感心させたという。

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 謎の殺人者に監禁され、自由と引き換えに中川えり子をレイプする男を演じたのは、清水宏。『人魚伝説』(84年)では白都真理にメッタ刺しにされるヤクザ、『湯殿山麓呪い村』(84年)では無理やり即身仏にさせられる破戒僧などを演じ、その後も池田作品に出演し続けた名バイプレイヤーだ。本作では文字どおりの汚れ役で、『フェノミナ』(84年)チックな死にざまも見せてくれる。

 見知らぬ男に犯されたあげく、ワイヤーで首を絞められ、ワゴン車の屋根から脳天落としされて絶命するという、実に踏んだり蹴ったりな死にざまを見せる中川えり子。ここで、清水宏の口から溢れた血を顔面に浴び、目の周りに深紅の隈取りを施したようなビジュアルになるのが、とてもいい。これは桂木文の絶命シーンにもつながるイメージなので、池田監督が意図的に「血を目に落とせ」と指示したのかもしれない。

▼理枝(中川えり子/上)と雅子(桂木文/下)の死にざま
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 桂木文が殺されるシーンでは、監督の要望で歌舞伎のような白塗りメイクが施された。実際には歌舞伎というより就寝前のOLの顔面パックみたいだが、頭上からスイングしてきたナタが彼女の横顔に叩き込まれ、両目が充血し、顔半分が鮮血に染められた瞬間、監督の意図した歌舞伎メイクが完成するわけだ。このシーンでは瞬間的にアプライエンス・マスクが使われているそうで、オーディオコメンタリーでの監督と若狭新一の会話が面白い(英語吹替なのでニュアンスの正確性は微妙)。

若狭「あんなに苦労して作ったマスクなのに、たった3コマぐらいしか映ってないじゃないの!」
池田「どんなに短くても、映画にとっては絶対に必要で大事なカットなんだってば! それに、観客にはそこだけ生身じゃないダミーを使ってるってバレてほしくなかったんだ。観客は敏感だからさ、そのギリギリの線を考えるとあの尺がベストだった。でも、いい出来だったよ」

 ちなみに、同年ビデオ・LDが発売された桂木文のプロモーションビデオ『愛しい人』は、ディレカン所属の相米慎二が監督している。池田組でひどい目に遭わせたことのお返しだろうか?

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 これ以降、映画の登場人物は名美と、廃墟をうろつく謎の男・大輔の2人きりになる。大輔役の本間優二は、元ブラックエンペラーの名誉総長。ドキュメンタリー『ゴッド・スピード・ユー! BLACK EMPEROR』(76年)で出会った柳町光男監督に抜擢されて『十九歳の地図』(79年)で俳優デビューし、10年間活動したのちに俳優業を引退。『死霊の罠』はその少し前の出演作であり、まぎれもなく代表作の1本だ。その不良性とねじれた色気が、観る者を巧みにミスリードする。(本人は苛酷な撮影にも決して音を上げず、近くのコンビニで買ったものを差し入れてくれたりするナイスガイだったそうな)

 米国盤DVDのオーディオコメンタリーによれば、最初の脚本(実際には完成稿のことらしい)では、ラストに明かされるシリアルキラーの正体は中学生の少年だったという。いま思えば、まるで1997年の酒鬼薔薇事件を予見するような内容である。しかし、さすがに問題があるとの監督判断でその案は却下となり、『悪魔のシスター』(73年)や『バスケット・ケース』(82年)を思わせる現在のかたちとなった。また、大輔が雪駄をはいているという設定に関しても、池田監督と石井隆は衝突。いろいろあって石井は企画から降り◆「降りたという事実はなく、準備稿、決定稿も石井隆氏によるものである」と、ご指摘を受けました。謹んでお詫び申し上げます。◆、脚本の後半部分は池田監督がリライトしたそうだ(あくまで池田監督の言。米国盤DVDのオーディオコメンタリーの英訳が、微妙なニュアンスを取りこぼしたのかもしれない)。◆ラストの展開については「準備稿と完成稿ではたしかに内容が異なっており、出来上がった映画では、準備稿でもともと書かれていた胎児のヒデキが登場するラストが復活した」のだそうです(追記:2019.9.29)◆

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 大輔のはいている雪駄は、最初の名美との会話シーンで、彼がやくざ者であると観客に思わせるための小道具となる(「ここんとこずっとテレビのないところにいたもんでな」というセリフから想像できるのは、刑務所か、あるいは閉鎖病棟である)。中盤、彼が階段で名美と会話しながら、ずっと足元で雪駄をもてあそんでピタピタ音を出し続け、名美に「やめて、それ!」と怒鳴られるシーンがある。池田監督曰く、ここで彼の子供っぽさを出したかったのだそうだ。

 大輔が初めて弟のヒデキについて言及すると、スキットルがひとりでに階段を転げ落ちて、大輔が拾いに行く。「ヒデキか? いいかげんにしろよな」。このとき、名美の視点から(つまり階段の上から)、しゃがんでスキットルを拾う大輔の姿が映る。あの長身痩躯の本間優二が、一瞬、子供に見えるのだ。このカットは何度観ても怖い。吉良知彦による音楽が入るタイミングも絶妙だ。

 地下のトンネルを2人で歩くシーンで、大輔は「訪ねていけば抱かせてくれるのか? こりゃいいこと聞いた」と名美に対して軽口を叩く。その場違いな発言などから、だんだんと、見た目はアウトロー風の大輔もまた「子供」であることがわかってくる。そして次の瞬間、彼は胸を押さえて苦しみだす……嫉妬したヒデキが怒っているのだ。ちなみに、このトンネルの場面はキャンプ・ドレイクではなく、戸田競艇場の地下で撮ったのだそうだ。

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 大輔とヒデキは、池田監督が好んで描き続けた人間の「二面性」を体現するキャラクターだ。彼らは『スプリット』(17年)に登場する多重人格者のように見えて、実は『トータル・リコール』(90年)のクアトーのように「1人かと思いきや2人いる」具体の持ち主でもある。ちょっとトマス・トライオンの小説『悪を呼ぶ少年』や、スティーヴン・キングの『ダーク・ハーフ』のプロローグも連想させるキャラクターだ。ライターの熱さを感じないという演出は、大輔の肉体と魂が完全に分離しているようにも思えて、やはり秀逸である(しかし、実際持っていた本間優二にしてみれば、泣くほど熱かったらしい)。

 終盤のシーンでは、兄弟の人格が同時に現れ、会話までしてのける。ヒデキの声を演じるのは『鉄腕アトム』のアトム役でおなじみの……というより、ここは『妖怪人間ベム』のベロ役でおなじみと言いたい、清水マリ。その無邪気な声の醸し出す禍々しさは忘れがたい。画の生々しさゆえに、人工的なアニメ声と芝居が異化効果を生み、えもいわれぬ気色悪さを感じさせるという点では、今敏監督の『PERFECT BLUE』(98年)も思い出す。

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▲『死霊の罠』と併せて観たい『ハサミ男』

 いわゆる多重人格の症状として、複数の人格が同時に現れることはまずない。むしろそれは「妄想人格」といったほうが正しい……というのは殊能将之の傑作ミステリ『ハサミ男』に書かれた蘊蓄の受け売りだが、この小説を池田監督が映画化した『ハサミ男』(04年)の主人公である「彼女と彼」こそ、池田監督の終生のテーマ「二面性」の総決算というべきキャラクターである。そしてもちろん、『死霊の罠』の大輔とヒデキに直結するキャラクターでもある。何しろ本作で大輔とヒデキの母親の声を演じた二木てるみが、15年後の『ハサミ男』でも、やはり「彼ら」の母親役として登場するのだから。

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 一度は脱出しながらも戦う決意をする名美。泣きべそをかきながら、髪を結び、懐中電灯と拳銃を手にして、廃墟に戻っていく姿が「ザ・戦うヒロイン」という感じで実にカッコいい(車にあった飲みかけの缶コーヒーを飲んでいくディテールにもグッとくる)。ここでの彼女の覚悟に感動した身からすると、ラストの展開はやっぱりやりきれない。その無念さが、繰り返し観てしまう理由なのかもしれない。

 名美がトンネルを抜け、殺人者の部屋に辿り着くクライマックスで、作品の禍々しさはピークに達する。広々とした病院のベッドルームめいた大部屋は、オレンジ寄りの黄色に染め上げられている。黄色は「人間の注意力を喚起し、不安を誘う色」として、池田監督が本作の随所にちりばめたキーカラーだ。ベッドの背にある壁には人体解剖図が描かれ、柱の周りには木の根のようにコードが垂れ下がっている。監督曰く『エイリアン』(79年)のH・R・ギーガーによる美術を意識したそうだ(確かに、冷や汗まみれの小野みゆきが地下通路から顔だけのぞかせて、部屋の様子を眺めるカットは『エイリアン』終盤のワンシーンそっくり)。低予算映画の美術としてはハードルの高すぎる注文だが、その出来栄えは素晴らしい。

▼圧巻としか言いようのないクライマックス
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 ヒデキの念動力によって部屋じゅうから爆炎が上がり、スプリンクラーの豪雨が降り注ぐ。室内での爆破撮影はとても危険だが、この映画では出演者の至近距離で20発ぐらい爆発している。しかも部屋全体が水浸しで、凍えるほど寒かったという(実際、撃たれた本間優二の息が白い)。こういう仕掛けの多い、しかも危険性の高い撮影の場合、通常は絵コンテを用意して計画的に撮っていくものだ。しかし、池田監督はコンテなしでひたすら直感的に撮り続け、自分でもどう繋がるのかわからない状態だったという。

 大輔の体を破ってヒデキの“本体”が姿を現すシーンは、低予算映画とは思えない特殊メイク&造型のクオリティも相まって、忘れがたいインパクトを与える。はっきりとしたフォルムを把握できない造型なのもいい。池田監督のイメージでは、ヒデキの造型は絶対に幼児である必要があった。幼い子供の純粋さが生むネガティブな感情……嫉妬心、身勝手さ、残酷性が、彼を殺しに駆り立てるからだ。「映画だからこそ、現実にはありえないものを観客に見せることができる。現実にいる殺人鬼と被害者しか出てこない、普通のホラー映画を撮るつもりはなかった」……これもオーディオコメンタリーでの池田監督の発言である。

 名美とヒデキが死闘を繰り広げるくだりは、もはや大友克洋マンガのサイキックバトルに近い迫力である(コマ撮り・モノクロ・ハイコントラストのヒデキの主観ショットは何度観てもカッコいい)。そして、大輔は最後の力を振り絞り、暴走した弟と心中する。燃え尽き、焼けただれた本間優二のメイクは、朝6時から6時間かけて完成したという。本当にもったいないぐらい出番は短いが、どこか怪人感の漂う『墓地裏の家』(81年)タッチの造型がすばらしい。

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 病院のベッドで目覚めた名美が出会う中年刑事を演じたのは、ベテラン名脇役の三谷昇。「観客に安心感を与え、現実に帰還させる役割にぴったり」という意図のキャスティングだという。もしかしたら池田監督の『湯殿山麓呪い村』(84年)で三谷が演じた刑事とも、同一人物なのかもしれない。

 仕事に復帰した名美の体に異変が起きる衝撃的なラストシーンは、『ハウリング』(81年)や『悪魔の受胎』(79年)といったジャンルムービーではお約束の、歴代「厭なラスト」にのっとった展開といえる。同時に、このシーンは池田監督が見た悪夢を下敷きにしているという。オーディオコメンタリーでの監督の言によると「夢のなかでは、最後に女の目がぐるっと反転して白目になったので、女優にも頼んだら無理といわれた。だからフィルムの裏焼き処理で近いイメージを表現した」とのこと。

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 凄惨というほかないヒデキの“再誕”シーンでも、特撮と特殊メイクがみごとな効果を上げている。カリコレ2019での『死霊の罠』上映後トークでゲストの若狭新一氏が語っていたが、この場面も相当な苦労の賜物らしい。ヒデキが「ママ~」と言う口元のアップは監督の容赦ないリテイクを食らい、撮影が終わってキャストのアフレコ収録をしているとき、その裏でヒデキの頭部を作り直して再撮したのだという……壮絶!

 しかし、そんな池田監督の妥協なきこだわりが、本作をいまだに古びない作品にしているのは間違いない。だからこそ、これからも長く残るかたちで残さなければならないのだ。品行方正な名作ばかりが「映画遺産」ではない。血まみれの俗悪な夢に懸けたプロフェッショナルたちの情熱を、我々は忘れてはならない。

●クラウドファンディング・サイト
MOTION GALLERY
「邦画スプラッター・ホラーの傑作
『死霊の罠』『死霊の罠2 ヒデキ』のブルーレイ化を実現させよう!」
https://motion-gallery.net/projects/cinema_donuts-001

『死霊の罠』エンドロール

キャスト/小野みゆき、桂木文、小林ひとみ、中川えり子、阿部雅彦、清水宏、橋本杏子、前原祐子、須和野裕子、清水マリ、三谷昇、二木てるみ(母の声)、島田紳助、本間優二

製作/升水惟雄
企画/渡辺敦
プロデューサー/神野智、大塚未知雄
脚本/石井隆
撮影/田村正毅
照明/三好和宏
特殊メイク/若狭新一
操演特殊効果/岸浦秀一
美術/丸尾知行、林田裕至
編集/川島章正
記録/白鳥あかね
整音/山本逸美
助監督/渡辺容大
ビデオ撮影/清水博志
視覚効果/伊藤高志
監督助手/監物英一、早川喜貴
撮影助手/伊藤栄美、茂呂高志、土屋武史
特機/芳賀真人
照明助手/市川元一、池田義郎、金子浩治、立石和彦、宮坂斉志、三上誠司
装飾/足立茂
美術助手/三宅喜郎、西本太郎、大沼武、影山拓、村山誠二、須坂文昭、林谷和志
ヘアメイク/金森恵
特殊メイク助手/甲斐三幸、真鼻宏行
特殊操演効果助手/小野瀬幸一、米倉裕二
ネガ編集/渡辺明子
編集助手/太田義則
選曲/関谷行雄
音響効果/柴崎憲治、佐々木英世
記録助手/鶴田しのぶ
企画助手/室賀厚、伊藤直克、森田登、乗田豊、斉藤雅弘
スタント/深作覚、二家本辰己
製作主任/久家豊
製作進行/武井豊、井上陽一
製作担当/下田淳行

〈B班撮影〉
監督/堀内靖博
撮影/笠松則通
助監督/武井法政
記録/吉田まゆみ
撮影助手/石井浩一、遠藤孝史

IMAGICA
映像サービス
アスカロケリース
映広音響
東洋音響
高津映画装飾
ポパイ・アート
ローカスト
モンスターズ
日映美術

衣装協力/CAGI、東京ファントム
協力/レンタルのニッケン、SONY、富士通株式会社、ミノルタカメラ株式会社、熱川バナナ・ワニ園

音楽プロデューサー/梶原浩史
音楽/吉良知彦
演奏/ザバダック
(協力)アーティストマネージメントオフィス

監督/池田敏春

Copyright (C)1988
JAPAN HOME VIDEO CO., Ltd.
DIRECTORS CAMPANY INC.


JHV、ディレカン、『死霊の罠』

『死霊の罠』ブルーレイ化クラウドファンディング
勝手に応援企画その2

JHV、ディレカン、『死霊の罠』
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 ジャパンホームビデオとディレクターズ・カンパニー。映画『死霊の罠』を生んだ、ふたつの会社。前者は話題のドラマシリーズ『全裸監督』(19年/Netflix)でもスポットが当てられた黎明期のアダルトビデオ業界で、最も成功したビデオメーカーのひとつ。そして後者は日本映画界の新しい波を自ら生み出そうと荒海へ漕ぎ出した、若き映画作家たちによる独立映画制作集団。どちらも80年代の映像業界を語るうえでは外せない存在である。

 ジャパンホームビデオは、日本のアダルトビデオ最初期のメーカー「日本ビデオ映像」の設立メンバーだった升水惟雄によって、1984年に設立。1986年に「アリスJAPAN」レーベルを立ち上げ、人気女優を起用した数々のヒット作を世に放った。『死霊の罠』のメインキャストに、小林ひとみ、中川えり子という当時の人気AV女優が起用されているのも、その繋がりからだ。アダルト部門と並行して、一般作品の制作・販売を行う「JHV」というレーベルを設け、川尻善昭監督・菊地秀行原作のアニメ『妖獣都市』(87年)『魔界都市〈新宿〉』(88年)、実写作品『砂の上のロビンソン』(89年)などを自社制作。塚本晋也監督の『鉄男』(89年)をビデオリリースした会社としても思い出深い。

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▲初期JHVが生んだ傑作のひとつ、『妖獣都市』(87年)。2019年、待望のブルーレイがリリースされた

 一方のディレクターズ・カンパニーは1982年に設立。「既存の大手映画会社に頼らず、作家性と娯楽性を両立させた作品を企画・制作していく、監督中心主義の映像プロダクション」を標榜し、業界内外で大いに話題を呼んだ。参加監督は長谷川和彦、相米慎二、池田敏春、根岸吉太郎の元日活組に加え、自主映画出身の井筒和幸、石井聰亙、大森一樹、黒沢清、そしてピンク映画界で監督・プロデューサーとして活躍していた高橋伴明の9名。社長には博報堂社員だった宮坂進が就き、その同僚だった渡辺敦が企画や専属監督のマネージメントをつとめた。

 本格的長編第一作となった池田敏春監督の『人魚伝説』(84年)は、それこそ伝説的といえる予算超過&スケジュール遅延でいきなり会社の屋台骨を揺るがし(そもそも当初の目算が誤っていた説もある)、良くも悪くもディレカンという会社を象徴する一作となった。その後もディレカンは企業VPやCM、カラオケビデオや本番なしのアダルトビデオといった小さな仕事をこなしつつ、石井聰亙監督の『逆噴射家族』(84年)、相米慎二監督の『台風クラブ』(85年)『光る女』(87年)といった意欲作を次々と放っていく。が、興行的成功には結びつかず、さまざまな問題を抱えたまま1992年に倒産することになる。

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▲池田敏春監督作品『人魚伝説』(84年)。キングレコードよりブルーレイ・DVD発売中

 池田監督は渾身の一作『人魚伝説』の興行的不振にもめげず、アダルト作品やカラオケビデオといった長編以外の仕事も挟みながら、ディレカンの専属監督として活動。結城昌治の小説を『天使のはらわた』シリーズの石井隆が脚色したにっかつロマンポルノ『魔性の香り』(85年)、同じく石井脚本によるTVドラマ『夜に頬よせ』(86年/88年放映)を手がけた。そこに、ジャパンホームビデオから渡辺敦プロデューサーのもとに持ち込まれた企画が、『死霊の罠』として結実するのだ。

 ジャパンホームビデオは「オリジナルビデオ作品として売る長編のホラーもの」の製作をディレクターズ・カンパニーに依頼。JHVでは同じころ、かの悪名高きスプラッタービデオシリーズ「ギニーピッグ」を復活させ、日野日出志監督の『ザ・ギニーピッグ マンホールの中の人魚』、倉本和比人監督の『ザ・ギニーピッグ2 ノートルダムのアンドロイド』(ともに88年)をリリース。『死霊の罠』もその枠に入る予定だったのだろう。

 監督として白羽の矢が立った池田敏春は、石井隆脚本による『死霊の罠』という企画案を提出。これにOKが出て、製作が本格スタートする。

 低予算作品のため、ロケ地選びにも大きな制約があったが、ディレカン側のプロデューサー神野智(のちのツインズジャパン社長)が朝霞のキャンプ・ドレイク跡地を発見。池田監督と石井隆は現地の下見に赴き、その不気味なムードを買ってメインロケ地に決定。当時はまだほかの映画やテレビの撮影にも使われておらず、夜になると完全な真っ暗闇になるため、さしもの池田監督も「本当に怖かった」という。

▼『死霊の罠』ガールズの面々。上から小野みゆき、小林ひとみ、中川えり子、桂木文
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 ジャパンホームビデオ側は主演に売れっ子AV女優の小林ひとみを推したが、池田監督は面談の結果「主役には向かない」と判断し、別の主演候補を探すことに。そして「シガーニー・ウィーヴァーに雰囲気が似ている」という理由で、小野みゆきが抜擢された。池田監督の頭には最初から、本作の主人公のあるべき姿として『エイリアン』(79年)『エイリアン2』(86年)のシガーニー・ウィーヴァーのような「戦うヒロイン像」があったのだ。小野みゆきは池田監督直々の出演オファーを快諾。自前の衣装で撮影に臨むなど、並々ならぬ意欲で戦うヒロインを熱演した。一方、助演に回ることになった小林ひとみ、中川えり子も、ホラー映画のサブヒロインになりきってなかなかいい演技を見せている。厳しい池田演出の賜物だろうか?

 当初はビデオ用作品だった『死霊の罠』は、フィルムの出来の良さから劇場作品に格上げ(どの段階で決定されたかは不明)。同じくディレクターズ・カンパニーが製作した高橋伴明監督のホーム・インベージョン・スリラー『DOOR』(88年)と2本立てで、ジョイパックフィルム配給で公開された。このとき、池田監督はハードな撮影の疲れからか体調を崩して入院しており、公開中に劇場まで足を運ぶことはかなわなかった。初めて大きなスクリーンで観たのは10年後、アメリカで『死霊の罠』が上映されたときだったという。

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▲『死霊の罠』と同時公開された高橋伴明監督『DOOR』

 劇場での興行成績は芳しくなかったものの、『死霊の罠』はもともとターゲットにしていたビデオ市場で好調な売れ行きを記録。すかさずパート2の企画が立ち上がった。ディレカンの渡辺敦プロデューサーは、『DOOR』の助監督をつとめた平山秀幸の監督デビュー作として企画を進め、脚本に『人魚伝説』の西岡琢也を迎えてストーリーを練り上げていった。ジャパンホームビデオが所有するサイパンの寮を使ったロケーションも念頭に入れたシナリオは、いつしかブラックコメディの色合いを強めていき、純然たるホラー作品を求めていたジャパンホームビデオは製作から撤退。結局、この企画はディレカンが引き継ぎ、アルゴ・プロジェクト作品『マリアの胃袋』(90年)として完成する。

 一方、ジャパンホームビデオでは脚本家の橋本以蔵を監督に起用し、新生『ザ・ギニーピッグ』シリーズの第3弾を製作していた。しかし、1989年夏に日本中を騒然とさせた連続幼女誘拐殺人事件の影響でお蔵入りの憂き目に。翌90年に『LSD -ラッキースカイダイアモンド-』のタイトルでひっそりとビデオ発売された。そして、橋本監督が次に同社で撮ることになったのが、新たに仕切り直された続編企画『死霊の罠2/ヒデキ』(92年)であった。

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 『死霊の罠』で成功を収めたスプラッターホラーという命脈が、まさかの事件でいきなり絶たれてしまったJHVは、スプラッター以外のホラー路線を模索する。その結果生まれたのが、Jホラーの原点のひとつである小中千昭脚本・鶴田法男監督の『ほんとにあった怖い話』シリーズである。すべては歴史のなかで繫がっているのだ。

 池田敏春監督は、その後もジャパンホームビデオとの関係を晩年まで保ち続けた。JHVとディレカンが組んだオリジナルビデオ『ねっけつ放課後クラブ』(89年・全3巻)のVol.1とVol.3を監督したほか、『監禁逃亡 禁断の凌辱』(95年)をはじめとする『監禁逃亡』シリーズの3作品、新堂冬樹原作・竹内力主演の『無間地獄 凶悪金融道』二部作(02年)などを監督。また、竹橋民也名義で『監禁逃亡』シリーズや『痴漢の指』(98年)などの脚本作も数多く手がけた。よくあるエロVシネかと思ってよくよくジャケ裏のストーリーを読んでみると、猟奇殺人や異常心理といった池田監督好みのモチーフがじゃんじゃん盛り込まれていて楽しい。

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▲池田敏春監督作のひとつ、『監禁逃亡 性奴隷』(97年)

 しばらくしてディレカンを離れた渡辺敦プロデューサーとも、1991年の『女囚さそり 殺人予告』、1992年の『くれないものがたり』、1993年の『ちぎれた愛の殺人』、2004年の『ハサミ男』で仕事をともにしている。特に『ハサミ男』は池田監督が自ら集大成と語る入魂の一作であり、『死霊の罠』との共通点も少なくない。2人にとっては、ディレカン時代からの総決算といえる作品だったのではないだろうか。

(つづく)

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ヒデキは、まだそこに……『死霊の罠』とキャンプ・ドレイク

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ヒデキは、まだそこに……
『死霊の罠』とキャンプ・ドレイク


 恋人の浮気現場を目撃した看護婦・土屋名美(桂木麻也子)は、悔しさで家を飛び出したところで車に撥ねられる。運転していたのは会社をクビになったばかりの証券マン・村木(竹中直人)。意識不明の名美を慌てて助手席に押し込んだ村木は、がむしゃらに車を走らせる。ひと気のない郊外で車を停め、村木は自暴自棄の心境も手伝ってか、名美の若い体に欲情。愛撫されるうちに目を覚ました名美は、村木を押しのけ車から逃げ出し、棒きれで彼を殴りつける。廃墟に逃げ込んだ名美を追う、血と雨でずぶ濡れの村木――。

 石井隆の監督デビュー作『天使のはらわた 赤い眩暈』(88年)の一場面である。その撮影に使われたのが、埼玉県南部にあった米軍基地“キャンプ・ドレイク”の跡地だ。その敷地は朝霞市・和光市・新座市、一部は東京都練馬区にまでまたがり、面積は約4.5平方kmに及ぶ。戦中には帝国陸軍の軍需工場(被服廠、武器弾薬工場など)が密集していた地域で、終戦後に進駐軍が占有。米軍情報部の主要中継局舎として作られた多角形の建物は“リトル・ペンタゴン”の通称で知られ、『赤い眩暈』、そして同じ場所でほぼ全編ロケ撮影された『死霊の罠』(88年)にも印象的に登場する。

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▲『天使のはらわた 赤い眩暈』より

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▲『死霊の罠』より

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▲キャンプ・ドレイク、リトル・ペンタゴン外観

 朝鮮戦争、ベトナム戦争の際には重要拠点として機能したキャンプ・ドレイクは、米軍のベトナム撤退後、徐々に返還されることになった。敷地の大部分は立入禁止区域として長らく手付かずのまま廃墟となっていたが、1986年にキャンプ・ノースと呼ばれた北部全域が返還。テレビドラマや映画の撮影にうってつけのロケ地として、さっそく『赤い眩暈』『死霊の罠』で活用されたわけだ。

 『赤い眩暈』ではすさんだレイプシーンの舞台として、そして行く当てのない男女の隠れ家として描かれた場所が、さほど時置かずして、池田敏春監督作品『死霊の罠』では殺人鬼が巣食う魔窟となった。この2作を繋ぐのは、言うまでもなく『赤い眩暈』の監督・脚本、そして『死霊の罠』の脚本を手がけた石井隆。そして両作の制作スタッフをつとめた下田淳行。下田はのちに製作会社ツインズジャパンのプロデューサーとして、黒沢清や塩田明彦らと組んで数多くの作品を手がけている。画面のなかでキャンプ・ドレイクの建物が醸し出す雰囲気は、黒沢清作品の廃墟にも通じるものがある。

『死霊の罠』は廃墟映画として見応え満点、見どころ満載の傑作である。ここまでキャンプ・ドレイクというロケーションを活かしきった作品はないだろう。池田監督の目には「宝の山」に見えたのではないかとすら思えるほど、丹念に廃墟のさまざまな表情を捉えている。

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 『死霊の罠』の映像には、ホンモノをフルに活かしたロケ撮影ならではの生々しい不気味さが濃密に漂う。かつて野戦病院としても使われた建物には、医務室や薬品倉庫、負傷兵たちが眠れない夜を過ごしたベッドルームもあり、劇中でもその残滓を感じ取ることができる。ほんの数年前まで誰も足を踏み入れなかった場所から漂う禁忌的ムード、瘴気が画面に映り込むほどの禍々しい空気感は、到底ゼロから作り出せるものではない唯一無二の代物である。そこへさらに池田敏春監督のビジョン、丸尾知行&林田裕至をはじめとする美術スタッフの頑張りが加わって、あの鬼気迫る映像が作り上げられたのだ。

 実際、キャンプ・ドレイクは心霊スポットとしても知られている。朝鮮戦争時にはここから前線に飛び立って命を落とした兵士ももちろん少なくなかったし、基地周辺に歓楽街があったことから犯罪も多く、治安は非常に悪かったという。ベトナム戦争時には、先述のように基地内に野戦病院(米陸軍第249総合病院)が設置され、負傷兵を乗せたヘリコプターがひっきりなしに離着陸。地元の人々はフェンス越しに数限りない傷病者と死体袋を眺める日々を送った。やがて「死んだ負傷兵の幽霊が現れる」という怪談も囁かれるようになった。

 そんな場所に乗り込んで、死屍累々のスプラッターホラーを撮ろうというのだから、どんな祟りや呪いを受けても不思議はない。

 小林ひとみは阿部雅彦とセックスシーンを演じて鉄杭で串刺しになり、中川えり子は清水宏に犯されてワイヤーで首をへし折られ、桂木文はナタで横っ面を叩き割られ血のモニュメントと化し、小野みゆきはスプリンクラーの豪雨を浴びながら火炎に脅え床を這いずり回った。米軍撤収後、積もりに積もった約10年分の埃とカビにまみれながら……。毎晩その場に泊まり込み、終わらない苛酷な撮影と、遅延するスケジュールのなかで疲弊していったスタッフも同様に。

 といっても、キャンプ・ドレイク跡地はべつに「呪われた場所」でもなんでもない。現在、この広大な土地は学校や団地、そして陸上自衛隊の朝霞駐屯地などに活用されている。一部は公園として解放され、いまも映画や特撮番組のロケ地として頻繁に使われるそうなので、見覚えのある方もいるだろう。『死霊の罠』撮影当時の堂々たる廃墟ぶりは、いまやほとんど感じられない。

 ちょうど夕暮れ時に合わせて、キャンプ・ノース跡地の「朝霞の森公園」周辺をちらっと見に行ってみた。ほんの少しでも片鱗をうかがうことができれば、と思いながら。

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▲「朝霞の森公園」入口。夜になるとゲートが閉められるが、子供たちがまだ遊んでいた。

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▲立ち入り禁止になっていた公園の工事中エリア。緑道を整備するらしい。

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▲日が落ちると、当然、林の奥は真っ暗。

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▲公園近くの通学路。右側はえんえんと続く長いフェンスに囲まれた林がそのまま残されている。

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▲月が出ていた。フェンスの奥は手つかずの林。

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▲雰囲気十分。

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▲夜がまた来る……

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▲先ほどの通学路。敷地を縦に貫くように伸びる真っ直ぐな道の長さから、基地の広大さがわかる。

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▲そのとき、雷が。

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▲もう一発。

 晩夏だったので日が落ちるのも早く、空には雲が広がり、何度も稲妻が光った。まるで「そのへんにしておけ」と言わんばかりに、森から冷気があふれ出す。ついさっきまでの蒸し暑さからは考えられないほどに。

 帰りは朝霞駐屯地、隣接する団地の外縁をぐるっと回るように自転車で走ってみた。敷地の広大さを肌で感じ、それだけの土地が廃墟となっていた往時の光景に思いを馳せた。

(つづく)


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