Simply Dead

映画の感想文。

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『欲望の沼』(1982)

『欲望の沼』
原題:욕망의 늪(1982)
英語題:The Swamp of Desire

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 70~80年代の韓国映画界を牽引した職人監督イ・ドゥヨンが、メロドラマの女王の異名をもつ人気作家キム・スヒョンのシナリオを得て撮り上げたスリラータッチの愛憎劇。とにかくひたすら気が滅入るようなストーリーで、イ・ドゥヨン監督のフィルモグラフィーの中でも一、二を争うくらい陰々滅々とした作品。公開当時は大コケし、ソウルの劇場でしか上映されなかったという。「TRASH-UP!! vol.7」でイ・ドゥヨン監督の特集記事をやった時点では未見だったが、韓国でもかなりレア度の高い中古ビデオを最近見つけたので、結構な値段だったものの購入して観てみた(本編の途中、電化製品のCMが3回も入ってる凄いテープだった)。

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〈おはなし〉
 二度も夫に先立たれたオンニョ(チャン・ミヒ)は、舅に厄病神となじられ家を追い出され、一人息子のユンスを連れて親戚の暮らす炭鉱村を訪ねる。炭鉱で働き始めたオンニョは、貯炭場の責任者チョ(ユン・イルボン)に目をつけられ、無理やり体を奪われてしまう。それ以来、オンニョはチョにつきまとい、献身的に世話を焼こうとする。が、かつて妻の浮気を目撃してから女性に対して屈折した憎しみを抱くようになったチョは、オンニョを冷たくあしらうばかり。

 ある大雨の夜、オンニョとチョが橋の上にいるとき、チョに惚れている酒場の女チュンジャが食って掛かった。揉み合いの末、チュンジャは橋から落ちて死んでしまう。殺人罪に問われることを恐れたチョは、口封じのためにオンニョとの結婚に同意する。

 チョは、オンニョに対して日常的に暴力を振るい、ユンスを邪魔者扱いし、たびたび家を空けては賭場と酒場に入り浸る。誰にとっても幸福ではない悲惨な生活の中で、ユンスはこの村を出て行こうと母に懇願する。しかし、男に頼るしか女の生きる道はないと信じているオンニョは、聞く耳を持たない。ある夜、悪夢にうなされたオンニョは寝言でチュンジャの死の真相を口走ってしまう。チョはとうとう彼女を事故に見せかけて殺そうとするのだが……。

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 端的に言えば、屈折した異性観・愛情観を抱えた男と女が出会って起こる悲劇、愛情のないままに築かれてしまった家族関係の悲惨さを描いた物語。メロドラマというよりは、昔からあった不幸な家庭のパターンをそのまま見せられているようで、ただひたすら痛々しく暗い。筋立て自体の古くささも否めない。殺人という軸はあるがスリラー要素は薄めで、監督の得意なアクション演出も当然発揮されず。これを娯楽映画として封切った意図がよく分からない、というのが正直な感想である。

 確かに、規制の厳しかった当時の韓国映画としては大胆なベッドシーンや、主演女優チャン・ミヒが披露する美しいヌードなどを見どころにしたエロ映画としての売りは分かる。浮気現場を目撃されたチョの元妻が、全裸のまま草原を逃げるスローモーション映像など、結構力が入っているとも思う。が、何しろ話が陰鬱すぎて欲情するどころではない。ある意味、その徹底ぶりも韓国映画ならではのパワーを感じさせる。

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 主演のチャン・ミヒは、『生死の告白』(1978)のユ・ジイン、『最後の証人』(1980)のチョン・ユニと並んで、当時の韓国映画界を代表する「トロイカ女優」のひとりとして人気を博した。本作では薄幸のヒロインをあまりに見事に演じすぎていて、見ているうちにゲンナリしてくるほど。ハ・ギルジョン監督の『続・星たちの故郷』(1978)で演じた奔放なニンフェット役とは顔つきから何からまるで異なり、女優としての進化ぶりに驚かされる。とはいえ、本作と似た系統の役柄なら、キム・ギヨン監督と組んだ傑作『ヌミ』(1979)のヒロインのほうが断然凄かった。相手役のユン・イルボンは、『草墳』(1977)や『深夜に突然』(1981)でも印象深い演技を見せている名優。歪んだ男の性癖をこれまた見事に演じていて、胃もたれしそうになる。

 スリラーとしても女性ドラマとしても、同じイ・ドゥヨン作品なら『傘の中の三人の女』(1980)のほうに軍配が上がると思うが、何か本作に宿る暗いパッションが一部の人をとらえてやまないのも分かる気がする(実際、この映画を高く評価する人もいるらしい)。本物の炭鉱にロケした映像は雰囲気たっぷり。その土地のムードが、どんづまり感に溢れたドラマをしっかり盛り立てている。撮影を担当したイ・ソンチュンは、イ・ドゥヨン監督の『解決士』(1981)や『愛 ―L'Amour―』(1999)、キム・ギヨン監督の『殺人蝶を追う女』(1978)など数多くの作品を手がけているベテランだ。

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『マムート』(2009)

『マムート』
原題:Mammuth(2009)

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 傑作。名優ジェラール・ドパルデュー演じる定年退職者の男がバイクに乗って旅する姿を、一筋縄ではいかないエキセントリックな笑いと、ペーソス溢れる語り口で描いたロードムービー。昨年のフランス映画祭2011で観て、あまりの面白さに度肝を抜かれたが、いまだ日本公開の予定はなく、現時点でほとんど誰にも知られていない。先日DVDで観直したらやっぱり傑作だったので、遅ればせながらここに紹介しておきたい。『空飛ぶモンティ・パイソン』やシティボーイズLIVE、アルベール・デュポンテル作品のファンなら絶対にハマると思う。

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〈おはなし〉
 「マムート(マンモス)」のあだ名を持つ主人公セルジュ(ジェラール・ドパルデュー)は、勤め先の食肉工場で定年を迎え、記念品のパズルをもらって引退する。スーパーでレジ打ちのパートをしている妻カトリーヌ(ヨランド・モロー)を送り出し、慣れない家事に手を出してみるものの、あまりうまくいかない。ある日、彼は役所へ年金の申請に出かけるが、そこで「今まで働いてきた職場の就業記録がなければ、年金は払えない」と言われてしまう。各地で転職を繰り返してきたセルジュは、ガレージに眠っていたバイク「マムート」にまたがり、就業記録を集めるため昔の職場をめぐる旅に出る。

 ところが、セルジュの前には予想外の出来事ばかりが待ち受ける。雇用主の行方が分からなかったり、職場自体がなくなっていたり、記録など残っていないと言われたり。あげく、サービスエリアのカフェで出会ったギプス姿の美女(アナ・ムグラリス)に所持金と携帯電話を盗まれる始末。途方に暮れるセルジュだったが、それでも旅を続けるしかない。かつてバイク事故で死なせてしまった元恋人(イザベル・アジャーニ)の幽霊が、守護天使のように見守ってくれることだけが唯一の慰めだ。旅の途中、セルジュは伯父の家を訪ねるが、そこには自分が名付け親になった姪っ子ソランジェ(ミス・ミン)がいるだけだった。奇妙なアート作品を作りながらマイペースで暮らしている彼女との出会いは、セルジュの旅に思いがけない変化をもたらす……。

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 監督は『Avida』(2006)のブノワ・ドゥレピーヌ、ギュスタヴ・ケルヴェン。一瞬ギャスパー・ノエ系のアートフィルムかと見紛うような粒子の荒い映像で、どこか不穏な空気を漂わせながら始まるものの、ちょっぴり毒の効いたオフビートな笑いの連打で「あ、コメディなんだ」と気づかせる。わりと思いつき的な単発ギャグが多めだが、よけいな説明を排してシチュエーションと構図だけで笑いを誘うコメディ演出は実に上等。特に、家ですることがない主人公セルジュが通り過ぎる車の数をただ数えているシーン、田舎のレストランで出張中らしき男たちが同時に泣き出してしまうくだりなど、間の取り方といい構図といい、非常に秀逸である。主人公の前に血まみれの元カノの幽霊(イザベル・アジャーニ! 生々しい流血のデザインが絶品)がたびたび現れたりする型破りな演出も面白い。

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 また、現代社会が抱えるさまざまな問題、そして全ての人が抱える「老い」と「老後の生活」への不安をさりげなく切り取る鋭い視線も、本作をただ楽観的なだけのコメディに終わらせていない。格差社会の底辺に生きる低所得者層の生活、定年退職者を襲う虚無感、不安定な年金受給問題、役所が押しつける無理難題、寂れゆく地方社会の現実などなど……。そんな「時代の不穏な空気」が、ざらついた質感の映像で見事に視覚化されている。主人公が老人たちの乗る団体バスの列に呑みこまれそうになるシーンなど、老いていくことへの不安を端的に表した描写の数々もうまい。それでいて、語り口は実に軽やかで飄々としており、なんとも不思議な味わいを湛えた作品である。ガエタン・ルーセルによるウクレレを使った音楽の効果も大きい。

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 でっぷり肥えた巨体にグランジヘアーで登場するドパルデューは、まさにマムート(マンモス)そのもの。その見た目と食肉工場で働いているという設定から、思わず『レスラー』(2008)のミッキー・ロークを想起する人も多いだろう。大型哺乳類的な愛らしい佇まいと、最小限に抑えたコミカルさで最大限のおかしみを醸し出す芝居が素晴らしい。久しぶりに会った従兄と挨拶替わりの「クロスオナニー」をおっぱじめるという結構なヨゴレ役でありながら、ドパルデューは年齢を超えたイノセンスを持った人物として、セルジュ=マムートをユーモラスに魅力的に演じてみせる。彼ほどの大御所俳優がこんな奇抜な演出に溢れた作品に体を張って挑んでいるのも、ちょっと感動的だ。

 セルジュは柔和で寡黙な愛妻家だが、決して知性溢れる人物でも、誰にでも好かれる社交家でもない。道中、彼は行く先々でお前は昔からバカだアホだと言われ(最後に会ってからもう十何年も経ってるのに!)、実際マヌケな所行の数々を重ねるが、そんな彼にも今まで彼なりに生きてきた人生があるのだ。セルジュはさまざまな人々や思い出と再会し、自らの長い人生の軌跡をたどっていく。そして、自分と同じアウトサイダーの匂いを持った姪っ子と出会い、彼女への共感とともに、不器用でも真面目にやってきた自分の生き方を肯定する力を与えられる。この先も続いていく「未来」に、新たな光を見出すまでの男の旅路は、爽やかな余韻と希望を観る者にもたらしてくれる。

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 セルジュの妻カトリーヌを演じるヨランド・モローの貫禄溢れる存在感も、ドパルデューに引けをとらないインパクト。夫の携帯電話を盗んだ女詐欺師をとっちめようと、フロントグラス全壊の車で殴り込みに行くくだりは最高に笑わせてくれる。また、金属探知機を持ってビーチをうろつき、金目の物を拾い集めている男を演じるブノワ・ポールヴールドも、短い出番ながら相変わらず強烈な印象を残す。アナ・ムグラリスの特別出演も嬉しい。だが、助演陣でいちばん素晴らしいのは、ソランジェ役のミス・ミンだろう(劇中でも自らミス・ミンと名乗っている)。ひょっとして本物か? と思わせる目つきと佇まいの危なっかしさがたまらなくキュートな彼女は、女優業のほか、歌手やアニメーション作家としても活躍しているという。本作に続くドゥレピーヌ&ケルヴェン監督の次回作『Le Grand Soir』(2012)にも、ブノワ・ポールヴールドやヨランド・モロー、アルベール・デュポンテルらとともに出演するそうだ。

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 高齢化社会・年金問題・就職難などの諸問題を抱える日本にとっても、全く他人事ではない内容である。厳しい現実を見つめながら、希望の持ちようも提示してみせる、未公開なのが本当にもったいない秀作だ。

・DVD Fantasium
DVD『マムート』(米国盤・リージョン1・英語字幕版)

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『マージン・コール』(2011)

『マージン・コール』
原題:Margin Call(2011)

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 現在も続く世界的金融危機の引き金となった、2008年の「リーマン・ショック」をモデルに、ニューヨークに本社ビルを構える大手投資銀行が経営破綻に至るまでの24時間を描いた社会派ドラマ。新人監督によるインディペンデント作品ながら、ケヴィン・スペイシー、ポール・ベタニー、ジェレミー・アイアンズなどの豪華キャストが一堂に会し、「その日、その決断」に携わった人々を力演。日本では劇場未公開のままDVDスルーとなった。タイトルの「マージン・コール」とは、投資家が保有するポジション(資産の持ち高)にレート変動などによって評価損失が生じた際、預託している保証金に追加金を払い込んでポジションを保持するか、この時点で解約するか決めてほしいという、取引業者からの連絡のことだそうだ。

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 見境のない住宅ローン貸し付けによってバブル崩壊を招いたサブプライムローン問題は、そのローン債券を組み込んだ金融商品を取り扱う投資銀行にも莫大な損失をもたらした。2008年9月、業界大手のリーマン・ブラザーズが約64兆円という驚異的な負債を抱えて倒産すると、金融ビジネスへの不信、ひいてはアメリカ経済全体への不安が広まり、世界的な金融危機へと発展していった。これがリーマン・ショック。映画『マージン・コール』は、ある投資銀行が破綻するたった1日前、リスク管理部で働く一介の若手社員ピーター(ザカリー・クイント)が、その日の朝にリストラされた上司に託されたデータをもとに、危機的状況を割り出してしまうところから始まる。ほとんど誰も気づかぬまま沈没寸前まで追い込まれていた大企業に、言わば遅すぎた「マージン・コール」が突きつけられるのだ。そして、本来は取引先に対して「マージン・コール」を正しく通知しなければならない投資銀行が、その後にとった行動とは?

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 バーで飲んでいた上司を呼び出し、さらにそのまた上司の重役連もオフィスに駆けつけ、ついにはCEOまでヘリコプターで急行するという経緯を段階的に見せることで、事態の深刻さをスリリングに浮かび上がらせていく演出が巧みだ。映像的には、スーツ姿の人々が無機質なオフィスを右往左往する姿を映し出すだけなので、一見えらく地味で淡々としている。だが、実際こうして地味に淡々と世界市場崩壊のトリガーが引かれたのだと思うと、非常に不気味である。失踪した元管理部長デイル(スタンリー・トゥッチ)を探しに行ったピーターたちが、タクシーの窓から道行く人々の姿を眺めながら「彼らは明日、世の中がどんなことになるのか知らないんだ……」と呟く場面は、強烈な印象を残す。

 本作のオリジナル脚本を手がけ、長編監督デビューも飾ったJ・C・チャンダーは、ある特定の出来事を描きつつ、あくまで「状況の俯瞰図」ではなく「現場の人々」にフォーカスを合わせて映画を展開させる(だから、僕みたいに金融ビジネスに詳しくない人間でも、サスペンスフルな人間ドラマとして観ていられる)。サブプライムローンの仕組みや、経営破綻に至るまでの負債額の推移、実体を持たない金融商品をやりとりする投資ビジネスの実態などには、さほど詳しく踏み込まない。グラフや数値を示したパソコンのディスプレイを、画面に大写しにすることもない。描かれるのはあくまで、その状況に直面した社員や責任者たちの反応・言動である。そうなると必然的に、映画の内容は「倫理」をめぐるものになってくる。

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 図らずも大事件の発見者となってしまったピーターは、これまで間近で会ったこともなかった人たち……利益拡大と資産保全のためなら、どんな非情な手段も辞さない経営陣の前に引っ張り出され、事情の説明役を務めることになる。彼の驚きは観客の驚きだ。40代前半の若さで統括部長を務めるコーエンに扮するサイモン・ベイカーは、いかにもやり手だが人間的には何かが決定的に欠落した人物を説得力十分に演じている。ピーターの上司であり年収2億円近い給料を稼いでいるウィル(ポール・ベタニー)もまた、クールな性格や達観した態度ではコーエンに引けを取らない人物だが、そこまでの非情さや冷徹さは持ち合わせていない(だからこそウィルは、同じくらいの年齢で遥か上位に出世したコーエンに対して「追い越された」という意識を強く持っている)。

 そして、真夜中にヘリで乗り込んでくるCEO・トゥルド役のジェレミー・アイアンズは、登場した瞬間から「あちら側の人種」ならではの威圧感と貫禄を迫力たっぷりに見せつける。大銀行のトップで立ち回る彼らは、我々一般市民とは異なる視野をもって苛烈な日々を生きている人種だが、一方で、全く目に見えていないものもだんだん分かってくる。それは「常識」「倫理」「良心」といったものだ。

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 トゥルドとコーエンは今の状況が発覚する前に、自社の保有するポジションをすべて「売り逃げ」することで損失を最小限にとどめようとする。つまり、すでに資産価値が暴落していると分かっていながら、黙ってそれを叩き売るということだ。ケヴィン・スペイシー演じる勤続30年のベテラン社員、サムは猛反対する。それは職業倫理に反することだし、顧客の信頼を裏切ることだし、何より市場全体の信用が地に墜ちることを意味するからだ。しかし、彼らは会社の資産を死守するため、最悪のリスクヘッジを断行する。といっても実際に手を下すのはサムやウィルやその部下たちであり、責任者という名の人柱になるのはリスク管理部長のロバートソン(デミ・ムーア)である。当の発案者であるコーエンは素早く、巧みに立ち回って安全な立場をキープする。彼らはそうやって生き馬の目を抜く業界をしたたかに生き延びてきたのだ。

 翌日、トゥルドは昼食をとりながら、すっかり割り切った態度で「歴史上、世界恐慌は何度も繰り返されてきた。だが、勝者と敗者の比率はいつも変わらない」とサムに言う。それによって仕事を失い、生活を破壊されるであろう大勢の人々の姿、そして打ち砕かれたサムたちの尊厳、もっと言えば世界の調和など、彼の眼中にはない。数字しか見えていないのだ(正確にいえば総資産額)。

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 プライドもモラルも捨て、部下たちも巻き込んで組織ぐるみの悪事に手を染めてしまったサム。それでも彼は、辞表を叩きつけることすらできない。彼もまた金が必要だからだ。映画のラストで、サムは病死した愛犬の墓を泣きながら掘る。同時に、彼は自らの内にあった大切なものを自身の手で殺し、それを葬ったのである。秀逸なエンディングだ。

 ここからは余談。かつてTVシリーズ『新トワイライトゾーン』(1985)で、ウェス・クレイヴンが監督したエピソード「動揺日(Shatterday)」というエピソードがあった。広告代理店に勤める自堕落な独身男(ブルース・ウィリス)が、ある夜バーで飲んでいる時に間違えて自分の家に電話すると、電話口の向こうに「もうひとりの自分」が出てしまう。恐怖に駆られた主人公は自宅にいる「もうひとりの自分」をなんとかして叩き出そうとするのだが、向こうは常に先回りして彼の思惑に引っかからない。そのうち「もうひとりの自分」は、かつて酷い目に遭わせた元恋人に謝罪し、年老いた母親と一緒に暮らすことを決め、いいかげんな付き合い方しかしてこなかった今の恋人とも真剣な交際を始める。さらに、環境汚染を招く商品の宣伝プロジェクトを成功させてしまったことを悔い、会社に異議を唱える。まさに人間のネガとポジが完全に分離してしまったのだ。あっという間にネガ男の人生を乗っ取ったポジ男は「お前は自分のダメな人生を改善しようとしなかった。だが私は違う」と言い、とうとうネガ男の存在は霧のように消えてしまう……。

 原作はハーラン・エリスンの短編小説。一見すると「自分の人生を誰かに乗っ取られる恐怖を描いたスリラー」にも思えるが、一方では「欠点だらけの自分が死んで、いいところしかない自分だけが生き残ってほしい」という、切実な願望を描いたファンタジーでもある(それが“勝手に”起こるところがダメ人間らしい願望でもあり、恐怖でもあるのだが)。ここでも、決して世のため人のためにならないと分かっていながら職務を全うしなければならないという職業意識と、人としてのモラルのせめぎ合いというテーマがすでに内包されている。今のこの世界は、そのアンビヴァレンスがさらに広く深く進行しているのではないか。揉み消し屋の弁護士が大企業に反旗を翻す『フィクサー』(2007)など、そうしたテーマを真正面から描いた作品が増えてきたのも、それが今の一般観客の胸にダイレクトに突き刺さる切実な問題だからだろう。映画『マージン・コール』もまた、そんな問題提起を我々に投げかける秀作である。

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 少額のギャラで本作に集結した豪華キャストの中では、やはりケヴィン・スペイシーとポール・ベタニー、ジェレミー・アイアンズの存在感が際立っている。特にアイアンズが画面に登場した瞬間に張りつめる緊張感は凄い。冒頭と終盤にだけ登場するリスク管理部長役のスタンリー・トゥッチも、いい味を出している。そして、リブート版『スター・トレック』(2009)で若きスポックを演じたザカリー・クイントが、大多数の観客とほぼ同じ目線で事態を見届ける若手社員ピーター役を好演。彼は今回、プロデューサーにも名を連ねている。この映画の制作プロダクションのひとつ「Before the Door Pictures」は、クイントが大学の同窓生たちと共同経営する会社なのだそうだ。

▼『マージン・コール』出演者たちの愉快なポートレート
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・Amazon.co.jp
DVD『マージン・コール』

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映画秘宝4月号!『ギョ』!『ミッドナイトFM』!

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 本日2/21発売の「映画秘宝 2012年4月号」は、成海璃子さんとドクロの素敵なツーショットが目印。今号からついに新連載「成海璃子のキミにRICOメン!」もスタートする成海さん、巻頭グラビアの可愛らしさも殺人的です! 今回の目玉は、娯楽映画のスタイルを変えた2大巨匠スティーヴン・スピルバーグ&ロジャー・コーマンの大特集。石上三登志先生が語るスピルバーグ映画史&コーマン雑学辞典をはじめ圧巻の大ボリューム。他にも牧口雄二のカルトな世界、原田美枝子ロングインタビュー、ノーマン・イングランド氏の新連載「グラインドハウスUSA」など充実の内容。大西祥平さんのインタビュー連載「ニュー漫画大学 秘宝分校」では、なんと「TRASH-UP!!」にて『エレノイド・ミッシェル』連載中の呪みちるさんが登場! そして『哀しき獣』のミョン社長になりきった江頭2:50さんの写真も素晴らしすぎ!

 ぼくは今回、短い原稿をふたつほど、ちょこちょこっと書いております。まずは、3/9から開催される「第7回大阪アジアン映画祭」の紹介記事。ジョニー・トー監督の最新作『高海抜の恋』、ドニー・イェン×金城武×ジミー・ウォングの話題作『武侠』改め『捜査官X』、台湾先住民の抗日暴動を描いた戦争叙事詩『セデック・バレ』2部作など、アジア各国の最新映画を一挙上映する注目の映画祭。ぼくも昨年に引き続き参加する予定です。もうひとつは、現在公開中の『POV~呪われたフィルム~』鶴田法男監督のロングインタビュー記事内で、短い作品紹介を書かせてもらいました。『POV』は、Jホラー表現のオリジネイターである鶴田監督が流行のPOV(主観映像)型モキュメンタリー心霊ホラーに挑みつつ、自身の持てる演出テクニックを余すところなく駆使した意欲作。意外に盛りだくさんの快作なので、ホラーファンにはぜひ観ていただきたいです。

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 「映画秘宝」巻末の近況でも触れていますが、伊藤潤二の同名ホラーコミックをアニメ化した『ギョ』は、なかなか見応えある快作。ある日突然、海から陸地に上がってきた奇怪な「歩行魚」がもたらす世界の終焉を、不気味に、ユーモラスに、かつアクション満載で描いたパニックホラーです。主人公の設定を男女逆転させるなどの大胆な脚色を施しながら、不条理な状況がどんどんエスカレートしていく伊藤潤二作品のシュールでアナーキーなテイストを見事にすくい取っています。原作ファンはもちろん、ホラー映画ファン、特に黒沢清監督のファンは必見。こちらの雑誌では平尾隆之監督にインタビューさせてもらいました。現在、Blu-ray・DVDともにリリース中なので、『ピラニア3D』と併せてどうぞ!

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 また、ちょっと先の話ですが、今春公開予定の韓国発サイコスリラー『ミッドナイトFM』のパンフレットにも原稿を書かせていただくことになりました。人気ラジオ番組「真夜中の映画音楽室」のDJをつとめる女性アナウンサーと、彼女の愛娘を人質にとった狂気の殺人鬼の攻防をスリリングに描いた作品で、ユ・ジテが『オールド・ボーイ』以来7年ぶりに血も涙もない悪役を怪演。気丈な態度を貫きながら必死に戦うヒロインを熱演したスエは、本作で青龍賞主演女優賞を獲得。さらに『息もできない』『哀しき獣』のチョン・マンシク、『生き残るための三つの取引』のマ・ドンソクらが意外な役柄で登場するキャスティングの妙も見どころです。パンフレットでは監督・共同脚本をつとめたキム・サンマンへのインタビューも担当しました(「TRASH-UP!! vol.12」にも掲載予定)。お楽しみに!

「TRASH-UP!! vol.11」発売中!

 日本で唯一のトラッシュカルチャーマガジン「TRASH-UP!! vol.11」は現在好評発売中。前号から判型が新しくなって電話帳サイズになりましたが、今回はさらに厚みも増して、常軌を逸したボリュームになっております(知り合い何人かに見せたら例外なく笑ってました)。ぼくは今回「KMDBで韓国映画を観よう!《前編》」という記事を書いています。韓国の映画データベース「KMDB」内で、約400本もの新旧の韓国映画を配信しているVODサービスの見方・登録方法について分かりやすく解説しています。主な配信作品リストもついているので、ご興味ある方はぜひ。表紙は『ゾンビ大陸アフリカン』!

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TRASH-UP!! vol.11
定価/1575円(税込)
[TRASH-UP!! 公式サイト内 通販ページ](限定購入特典あり)
[Amazon]
その他の取扱店はコチラ

 今号の「TRASH-UP!!」は映画関連の記事がとても充実しています。内藤瑛亮監督による『先生を流産させる会』制作日誌パート3は、あんな緊張感に溢れた傑作の舞台裏に漂う監督と少女たちのほんわかムードを瑞々しく感じさせつつ、監督自身の「産みの苦しみ」の告白も赤裸々に綴られた感動的な文章です。早く一般劇場公開されることを願ってやみません。本当に成功するといいね。

 昨年の「TRASH-UPLINK!!」イベントで上映され、観客の度肝を抜いた特撮人形劇『ENCOUNTERS』の飯塚貴士監督のインタビュー記事も必読! 独力でセットや出演者(人形)を作り、撮影し、操演し、燃やし、さらにアテレコまでして、『SUPER 8』を遥かに凌ぐ堂々たるエンタテインメントを作り上げた飯塚監督の強烈な「本物」っぷりが、同じく映画作家である朝倉加葉子さんのインタビューによって浮き彫りにされています。「撮影はすべて順撮りで、撮影中に損壊した人形は事故死扱い」「追撮パートは急遽代役を立てたという設定で、別の人形や写真を使って撮る」という神経の細かさは、ほとんど『デス・プルーフ』のクエンティン・タランティーノ級。「ものすごく本気でやらないと、素敵なダメさは降りてきてはくれないと思います」という名言も飛び出します。

 真魚八重子さんの「ワイ・カーファイの世界《後編》」は、日本ではジョニー・トー監督のパートナーとしか認知されていない異才ワイ・カーファイの特異すぎる作家性に迫った特集記事の第2弾。『マッスルモンク』『我左眼見到鬼』『喜馬拉亞星』『MAD探偵/7人の容疑者』といった開いた口のふさがらない代表作の解説を通し、その計り知れない作品世界の魅力を解き明かしています(その他『鍾無艷』など監督作のショートレビューもあり)。『MAD探偵』を観て「ジョニー・トーってこんな変な映画撮る人だっけ……?」と深く考え込んでしまった方はぜひ御一読を!

 「TRASH UP!!」筆頭ライター、餓鬼だらくさんによる衝撃の2011年ベストテンも要チェック。他の映画誌では絶対に選ばれないラインナップがドーンと誌面を飾っております。また、現役ゴミ映画ウォッチャーの餓鬼さんだからこそ書ける「コーマン・スクール2000年」も圧巻。ロジャー・コーマン門下の俊英・職人・凡才たちが、今もレンタルDVD店の片隅を席巻していることが分かります。いつになく熱い餓鬼さんの文章にも注目!

 そして今回「TRASH-UP!!」初参戦となるタダーヲさんの「海を渡ったアウトローたち 東映Vアメリカの軌跡」は、90年代に作られた日米合作Vシネマの短い歴史と作品群をまとめた、非常に面白くてためになるテキスト。さっき飲み会で「書いたきっかけが最近ARBを聴き直したから」という衝撃の理由を耳にしましたが、そんなことも心地好く忘れさせてくれる素敵な記事です。昨年の川谷拓三映画祭でニュープリント上映された幻の映画『史上最大のヒモ 濡れた砂丘』をめぐる、映画研究家の高鳥都&春日太一両氏の居酒屋ロングトークも楽しいです。俺も一緒に飲みたかったなあー。

 さらに、現在ヒューマントラストシネマ渋谷などで開催中の「未体験ゾーンの映画たち」上映作品や、『レッド・ティアーズ』『ゾンビアス』『タッカー&デイル』『ゾンビ大陸アフリカン』『セルビアン・フィルム』『ダーク・フェアリー』など、新作レビューも充実。新しい書き手さんも大量投入されて、一気に華やかになった印象です。近日開催の「トーキョーノーザンライツフェスティバル2012」の特集記事もあり(祝『魔女』スクリーン上映!)。残念ながら「リチャード・フライシャー自伝」は今回お休み。

 ほかにも『へんげ』大畑創監督、『旧支配者のキャロル』高橋洋監督、『kasanegafuti』の西山洋一監督、『わたしたちがうたうとき』木村有里子監督へのインタビュー記事を掲載。石井モタコさん、やまがたいくひろさん、呪みちるさんなど、おなじみの強力メンバーによる漫画連載も相変わらず最高。音楽関連の記事も読み応え十分。まだ全然読み切れていませんが、とにかく今回の「TRASH-UP!!」は買いです!

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