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Simply Dead

映画の感想文。

映画秘宝12月号! TRASH-UP vol.10!『密告・者』パンフ!

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 本日10/21発売の「映画秘宝 2011年12月号」は、サイモン・ペッグ&ニック・フロスト主演の期待作『宇宙人ポール』の表紙が目印。ぼくもいくつか原稿を書かせていただきました。まずは秀作『ウィンターズ・ボーン』公開に合わせた特集「アメリカ闇社会映画NOW」。現代アメリカの知られざる暗部にスポットを当てた社会派作品を、4ページにわたって紹介。本論では未公開作品を中心に『Take Shelter』『Red State』『The Interrupters』『Meek's Cutoff』といった注目作を、欄外では『ジーザス・キャンプ』『フィクサー』『マイ・ネーム・イズ・ハーン』など、日本で観られる必見作をセレクトしています。

 秋の映画祭特集では、東京国際映画祭で上映される注目作紹介コーナーで3本ほど書きました(もちろん、ナ・ホンジン監督の大傑作『哀しき獣』も!)。また、TOKYO FILMEXで上映される韓国映画3タイトルの紹介や、渋谷ユーロスペースほかで全国順次開催される大特集「フレデリック・ワイズマンのすべて」についても書いております。

 さらに「DEVILPRESS」コーナーでは、先日大盛況のうちに行われた「カナザワ映画祭2011・FIlmageddon II」の前半戦レポートを担当。金沢の映画祭イベントには、なんだかんだで5年ぐらい通っているので、感慨深かったです(やったよ、小野寺さん!)。でも、気がついたら映画の話と飲み会の話が半々ぐらいの割合になってしまいました……。

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 そして、ついに10号目を迎えるトラッシュカルチャーマガジン「TRASH-UP!! vol.10」の発売日も、10/31に決定! 柳下毅一郎さん翻訳のリチャード・フライシャー自伝第2回、餓鬼だらくさんの「バスタオルアクションの魅力」、真魚八重子さんのワイ・カーファイ研究など、今回も盛りだくさんの内容。ぼくは今週末公開の韓国インディーズSFコメディ『エイリアン・ビキニの侵略』オ・ヨンドウ監督のインタビュー記事と、山崎圭司さんとのジョン・カーペンター談義という記事で参加しております。『エイリアン・ビキニ~』の劇場販売パンフレットにも、監督へのインタビューが掲載されているので、そちらもぜひ!

 11月12日には、広島県広島市の横川シネマで「TRASH-UP!! in 横川グラインドハウス」というイベントが開催されるとのこと。『悪魔のいけにえ』『地獄の門』『レイキャヴィク・ホエール・ウォッチング・マサカー』『廃棄少女《ロング・ヴァージョン》』『わたしの赤ちゃん』『電撃』と、超名作ホラーから注目の自主映画まで豪華ラインナップを一挙上映。さらに横川シネマ支配人と屑山編集長のトークショーも交えた6時間以上にわたる濃密なイベントだそうです。お近くにお住まいの方はぜひ足をお運びください。

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 また、10/29よりシアターN渋谷ほかにて公開されるダンテ・ラム監督の力作『密告・者』のパンフレットにも、「香港フィルム・ノワールの現在~ジャンルを代表する3人の作家たち」というテーマで寄稿しました。「映画秘宝 2011年11月号」に書いた現代ノワール映画論の香港パートを、さらに拡大してグレードアップしたような内容です(今からでもいいから『証人』公開求む!)。こちらもよろしくお願いします!
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『L'Enfer d'Henri-Georges Clouzot』(2009)

『L'Enfer d'Henri-Georges Clouzot』(2009)
英語題:Henri-Georges Clouzot's Inferno

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 『恐怖の報酬』(1953)や『悪魔のような女』(1955)といった傑作で知られるフレンチ・スリラーの巨匠、アンリ=ジョルジュ・クルーゾー。1964年、彼は人気女優ロミー・シュナイダーを主演に迎えて『L'Enfer(地獄)』という長編映画の製作にとりかかるが、出演者セルジュ・レジアニの途中降板や、監督自身が心臓発作で倒れるなどのトラブルに見舞われ、製作は中断。『L'Enfer』は幻の映画となったが、クルーゾーの死後、クロード・シャブロル監督がその遺稿脚本を受け継ぎ、エマニュエル・ベアール主演の『愛の地獄』(1994)として完成させた。

 ……ぼくが『L'Enfer』について知っていたのは、上記ぐらいの情報でしかなかった。まさかそれが、とんでもなく実験的な試みに溢れた異色作になるはずだったとか、フィルム缶にして185個分・計13時間にものぼる膨大な量の撮影済みフィルムが現存していたとか、クルーゾーの病的なまでの執念が必然とも言える破綻を招いた悪夢のようなプロジェクトだったとか、そんなことは知る由もなかった。それらの驚きに満ちた“真実”を教えてくれるのが、このセルジュ・ブロムベール&ルクサンドラ・メドレア監督による秀逸なドキュメンタリー『L'Enfer d'Henri-Georges Clouzot』である。

▼右から出演者のダニー・カレル、セルジュ・レジアニ、ロミー・シュナイダー、監督のクルーゾー
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 本作は、1964年当時にスタジオで撮影された大量のテストフィルム、オーヴェルニュ地方のカンタル県ガラビで撮影された本番テイクの現存フッテージに加え、現場に参加したスタッフたちへのインタビュー、そして未撮影パートを補足する再現シーンによって構成されている。証言者として登場するのは、助監督を務めたコスタ・ガヴラス、同じく助監督とスタンド・インを務めたベルナール・ストラ、戦前から活躍するベテラン美術スタッフのジャック・ドゥイ、カメラオペレーターを担当したウィリアム・リュプチャンスキーなど、錚々たる面々である。

 現存フッテージは音声トラックが残っていないため、最小限のSEと、ブリュノ・アレクシウによる音楽で品よく補われている。また、セットでの撮影に入る前に製作が中断されたため、撮影されなかった箇所については、当時のシナリオをもとに俳優のジャック・ガンブランとベレニス・ベジョが代役としてシーンを再現。共同監督のほかに製作・脚本・ナレーターを務めるセルジュ・ブロムベールは、クルーゾーが一体どんな映画を作ろうとしていたのか、それがなぜ破綻の道を辿ったのか、多角的に浮かび上がらせようと試みている。

▼再現シーンを演じるべレニス・ベジョ、ジャック・ガンブラン
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 まず『L'Enfer』の内容について簡単に説明しておこう。舞台はとある田舎の風光明媚なリゾート地。ホテル経営者の主人公マルセル(セルジュ・レジアニ)は、若く美しい妻のオデット(ロミー・シュナイダー)とともに幸福な暮らしを送っていた。しかし、彼はある出来事をきっかけに妻が浮気しているのではないかと疑念を持ち、ひそかに嫉妬の炎を燃やし始める。どこにもはけ口がないままに膨れ上がった疑惑は、やがて狂気へと変貌し、妄想にとらわれたマルセルは彼女を尾行し始める……。大筋はシャブロルの『愛の地獄』とほぼ同じ。あまりに魅力的すぎる妻を得た男の悲劇であり、誰の心にもたやすく生じる嫉妬や妄執の恐ろしさを赤裸々に描いたサイコスリラーである。

 フェデリコ・フェリーニ監督の『8 1/2』(1963)を観て感銘を受けたクルーゾーは、4年ぶりとなる新作『L'Enfer』で、現実と幻想の大胆な混濁を試みる。現実世界の場面をモノクロで撮影し、狂気にとり憑かれた主人公の見る妄想をカラーで撮影するという手法で、主人公の引き裂かれた内面を表現しようとしたのだ。といっても単なるパートカラーではなく、カラー部分はのちに現像段階で特殊な処理を施すことを想定し、出演者の肌や唇は青く塗られた(色を反転することで、人間の肌は普通の色調っぽく見えるのに、周囲の世界は奇妙な色彩に溢れているという効果を出そうとしたのだろう)。

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 さらに、クルーゾーは主人公の幻想シーンに、視覚的な「動き」と「錯視効果」を組み合わせたキネティック・アートの表現を採り入れ、かつてない鮮烈なイメージを作り出そうとした。変幻するカラフルな照明効果、特殊なレンズや鏡を用いたトリッキーな映像がもたらす悪夢的感覚に、クルーゾーの鬼才ぶりが如何なく発揮されている。そこに、ややSM趣味の入ったポルノグラフィックなセンスが加わっているのも、彼の新機軸を見るようで興味深い。のちにクルーゾーは遺作となった『囚われの女』(1968)でもキネティック・アートの表現を採り入れ、ささやかながら本作の雪辱を果たしている。

 また、撮影現場で録音されたはずの音声素材が現存しない代わりに、主人公のモノローグのテスト録音テープが残っており、それもやはりクルーゾーのこだわりと先鋭性がうかがえるものだ。緻密な計算に基づいて逆回転やオーバーラップなどの細かい工夫を施したサウンドデザインは、神経症的不安を誘う異様な仕上がりで、さながらデイヴィッド・リンチの世界である。

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 それらの現存フッテージの、なんと魅惑的なことか! 観ながら思わず「どうして完成しなかったのか!?」「出来上がってたら傑作になったに決まってるのに!!」と叫び出したくなるほど、刺激的な映像がバンバン登場する(観ていくうちに、その感想もだんだん変わってくるのだが)。圧巻は、本番のロケ撮影が始まる前に撮り溜められたテストフィルム集である。ここだけでもどこかの美術館のモニターで、エンドレスで流してほしいくらいだ。

 米・コロムビア映画からの出資を取りつけ、潤沢な予算を得たクルーゾーは、スタジオにこもってひたすら実験を繰り返した。絶頂期の美しさを誇るロミー・シュナイダーが、超現実的なライティングのもと、様々なメイキャップを施され、様々なオブジェと共演し、彼女自身が淫靡極まるモダンアートとなってあらゆる表情を引き出される……これを「贅沢な遊び」と言わずして、なんと言おう。残されたフィルムに映る彼女のエロティックな魔力は、ただごとではない。

▼イメージシーンのテスト映像の数々
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 ロミー・シュナイダーもまた、初顔合わせとなる巨匠との仕事に、相当な意気込みをもって臨んでいたのだろう。まだテスト撮影段階だというのに、どんな奇天烈な要求にも応え、ヌードになることも辞さないプロフェッショナルぶりを見せている。きっと演技派女優として大きなステップアップを達成できる作品になると、この時点では信じて疑っていなかったのだろう。

 対する夫役のセルジュ・レジアニの佇まいも、彼女に負けず劣らず素晴らしい。「困った犬」のような顔に優しさを滲ませながら、苦悩を内側に溜め込んでいく男の不器用さを、物言わずして体現してみせる。むしろ本作の核は彼の存在だったのではないか、とすら思えるほどだ(今思えば、クルーゾーはもっと彼を手厚く扱うべきだった)。

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 ロケ撮影パートもまた素晴らしい。河岸に面した瀟洒なリゾートホテル、そして観光名所として知られるガラビ橋(高さ100m近いアーチ型の鉄道橋)がかかっているというビジュアルは、それだけで映画的だ。ロミー・シュナイダーの美しさにも惚れ惚れするばかりである。撮影は3チーム制で行われ、クロード・ルノワール、アルマン・ティラール、アンドレアス・ウィンディングといったフランス映画界を代表する名キャメラマンが一堂に会し、神がかり的なショットがいくつも収められた。特に印象的なのは、マッチョな男友達(マリオ・ダヴィッド)に誘われて水上スキーを楽しむ妻オデットの姿を捉えつつ、画面奥の山道に、夫マルセルが並走する姿が見えるというカット。手前を走る水上スキーと同じスピードで全力疾走しなければならないS・レジアニへの凄まじい負担の掛け方も含めて、これは本当に凄い。ロミーもまた、鉄橋の線路上に全裸で縛りつけられ、そこに蒸気機関車が突進してくるという凄まじいシーンを体当たりで演じている(汽車は逆回しで撮っているとはいえ、裸はスタントなしである)。

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 だが、そういった見事なショットを撮るために、クルーゾーは現場で粘りに粘り、カメラの脇に佇んでどう撮るか悩む時間も増え、スケジュールはどんどん遅れていった。そもそも、名キャメラマンを3人も集めたところで「船頭多くして船なんとやら」であり、それぞれが専属の撮影クルーたちを引き連れていたために現場は大混乱をきたした。撮影プランの話し合いはいつ果てることなく続けられ、ある日クルーゾーに部屋の外から呼び出されたクロード・ルノワールは窓から逃げ出したという。

 クルーゾーは役者の演技に対してもとことん厳しく、中でも最大の“犠牲者”となったのがセルジュ・レジアニであった。来る日も来る日も山道を延々と走らされ、何度となくリテイクを食らい、スタンド・インでも事足りる遠景ショットでさえ彼自身が演じた。次第に監督とレジアニの仲は険悪になり、彼はついに現場から姿を消してしまう。一応、病気による降板という説が一般化しているが、スタッフたちの口ぶりでは、やはり感情のもつれが原因だったようなニュアンスである。

 先述したとおり、レジアニの存在は本作の「核」だったのではないか。すでにこの段階でプロジェクトは決定的な崩壊を迎えたのだろう。代役としてジャン=ルイ・トランティニャンが現場にやってくるが、彼の出演場面は1テイクも撮影されないまま、たった3日で降板。打開策が見えないまま、クルーゾーは湖での撮影を続ける。そして、ロミー・シュナイダーと女友達役のダニー・カレルのレズビアン的な絡みを撮っている最中、心臓発作で倒れる。映画はそのまま製作中断となり、膨大な撮影済みフィルムは差し押さえられ、倉庫へとしまわれた……。

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 クルーゾーは前作『真実』(1960)に主演したブリジット・バルドーとの不倫が噂され、妻のヴェラ・クルーゾーはそれがもとで神経衰弱に陥り、映画公開と同年に心臓発作で急逝(自殺という説もある)。その痛手から復帰し、2人目の妻イネスを得て再出発したクルーゾーが、意気込みも新たに挑んだ新作が『L'Enfer』であった。だが、それも彼自身のサディスティックな完璧主義と、パラノイア的な執念によって、破綻を迎えてしまう。そこには、どこか自己破滅的なものを感じずにはいられない。ある夫婦の間に生じた嫉妬のドラマを描くという、極めてミニマムな素材に対して、映画作家クルーゾーの野心はあまりに巨大すぎたのだろうか? 一方では、同じく何度もトラブルに見舞われ“呪われた映画”と揶揄されながら、巨額の製作費を投じて完成に漕ぎ着けた『ポンヌフの恋人』(1991)という例もあるというのに……。

 もちろん、このドキュメンタリーを観終わったあとも、完成作を観たかったという思いは募る。しかし同時に、これは宿命的に完成することのなかった作品なのではないか、という複雑な思いも抱かずにはいられない。まさに「映画の魔」を感じさせてくれる、貴重な作品である。

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Blu-ray+DVD『Henri-Georges Clouzot's Inferno』(米国盤・リージョンオール・英語字幕)

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『武侠』(2011)

『武侠』(2011)

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 傑作。ドニー・イェン、金城武、タン・ウェイという豪華キャストを得て、ピーター・チャン監督が武侠アクションという香港映画伝統のジャンルに初めて挑んだ話題作。ド直球なタイトルから、極めてオーソドックスな王道復古的作品を連想するかもしれない。が、実際はおそろしくエキセントリックな語り口で観客を惑わす異色作に仕上がっていた。いわば『ヒストリー・オブ・バイオレンス』プラス『CSI:科学捜査班』ミーツ『片××殺×』、さらにホラー成分多めといった感じ。それでいて、過去作へのオマージュとリスペクトに溢れた武侠片としての醍醐味もしっかりと兼ね備えた、不思議な味わいの作品である。

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 映画の語り部となるのは、金城武が四川訛りで演じる捜査官スー・パイジュ。彼は、山奥にある平和で美しい村で起こった奇妙な事件の捜査にやってくる。村を訪れた指名手配中のならず者2人組が雑貨屋で強盗を働こうとしたところ、その場にいた平凡な紙漉き職人のリウ・ジンシー(ドニー・イェン)との乱闘の末、2人とも打ちどころが悪かったのか偶然死に至ったというのだ。ジンシーはたまたま悪者を退治した村の英雄として讃えられるが、パイジュは一介の紙漉き職人が“偶然”札付きの凶悪犯を倒せるわけがないと疑問を持ち、独自に調査を開始する。

 過去にあった事件がもとで「善人などいない。人間性など信じない」を信条とするパイジュは、わずかな状況証拠や医学的知識をもとに、実はジンシーがクンフーの達人であり、恐るべき殺人スキルの持ち主であると推測する。その推理は、ほとんど妄想と言っていい飛躍に富んだ映像として描写される。秒間500フレームの撮影を可能にするハイスピードカメラ「Phantom」を使った超スローモーション映像で映し出される致命的打撃の瞬間。さらに、CGを使って人体内部に視点がギュイーンと潜入し、脳への衝撃派、血管が詰まる様子、心臓の鼓動が止まる瞬間がリアルに視覚化される。ただし、それは完全にパイジュの脳内シミュレーション映像であり、観客にとってはおそろしく信憑性の希薄なものだ。はたして彼は本当に推理の天才なのか、それとも見た目どおりの単なる粘着質の妄想狂でしかないのか?

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 『武侠』前半は、そんな奇妙な味わいのサスペンス・ミステリーが延々と展開する。普通のアクション映画を期待していた人は、正直かなり面喰らうだろう(やや辻褄が合わないところもあったりするし)。平凡な善人に見えて実は恐ろしい使い手かもしれないジンシーと、勝手な推理を振りかざす狂人に見えて実は禁忌の扉をこじ開けようとする愚か者なのかもしれないパイジュ。彼らが暗い森の中でふと2人きりになるくだりは、けっこう本気でゾッとさせられる。緑濃い森の薄闇を美しく捉えた映像とも相まって、ほとんどホラー映画並みのスリルが味わえる鮮烈な場面だ。

 かようにピーター・チャン監督は、観客を煙に巻く妄想ミステリー劇と、著しくツイ・ハーク化の進んだひねくれた演出で観客を翻弄するが、かといって単に奇をてらった内容のままでは終わらせない。延々と溜めに溜め、やっとアクション映画としてのドラマが動き出す中盤以降、映画は「本格武侠片」としての輝きを猛烈に放ち始めるのだ。そこからの物語展開は、あえて秘すことにしよう。「忘れた頃にやってくるカタルシス」が本作の要であり、そこをバラしてしまったら楽しめないからだ。後半「そうか、これってあの映画のリメイクだったんだ!」と忘れた頃に思い出すシーンも死ぬほどカッコいい(ということは続編があるということだ)。幸い、日本での劇場公開も決まっているようなので、ぜひ映画館でシビレてもらいたい。

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 映画のターニングポイントとなるのが、かつて武侠映画のスターとして君臨したジミー・ウォング御大の登場シーンであるという構成の妙に、作り手のジャンルに対する深い愛情と理解、リスペクトを感じずにはいられない。そこに、女性クンフースターとして一世を風靡したベティ・ウェイ(クララ・ウェイ)の姿があるのも、ファン泣かせの嬉しい趣向だ。この両者が単に顔見せ的な登場に終わるのではなく、主演スターのドニー・イェンと互角の勝負どころか、風格も鬼迫も遥かに上回るアクションをしっかり繰り広げてくれるのが素晴らしい。いや、素晴らしいとか思う余裕もないほど、ただひたすら圧倒的である。

 ド兄ィ=ジンシーが初めてその実力を村人たちの前で発揮し、ベティ・ウェイ演じる刺客と激しい対決を繰り広げるシークェンスは、それまでのヘンテコ展開から急激に舵を戻すようなドライブ感とも相まって、超絶にアガりまくる屈指の名場面だ。何よりベティ姐御が昔と全然変わらないスピードとキレの良さでガンガン動けることに涙が止まらなくなる(今でもビックリするほど超美人だし)。村のど真ん中にある広場で始まり、家々の瓦屋根伝いに移動して、狭い牛舎内での近接戦闘に至る場面内でのバリエーションの豊かさも秀逸だ。

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 そして、ジミー・ウォング大先生におかれましては、もうマジでションベンちびるくらい恐い。ほとんど『地獄の黙示録』のカーツ大佐のごとき大迫力である(ムチャクチャ動くけど)。10年ぶりの映画出演となるジミー先生をここまで恐ろしく撮ったというだけで、ピーター・チャン監督は尊敬に値する。この人が怒ったり笑ったり咆哮したりするたびに、なんの理由もなく一陣の風が吹き抜けても「うん、まあ、風吹くよな」と納得させられてしまう。

 クライマックスのジミー御大とド兄ィの激闘シークェンスは、まさか本当に観られるとは思わなかった奇跡のカードの実現というスペシャル感に打ち震えつつ、ほとばしる重厚なドラマ性、そして本物の殺気にも「震え」が走る。そこだけ何度も繰り返して観たい名勝負、というのも通り越して、いちど観たらしばらくは恐ろしくて再見できないと思ってしまうくらいヘヴィーな真剣勝負が繰り広げられるのだ。また、アクションに移行する前、ふたりが会話するシーンの緊張感も凄まじい。そこでジミー御大が見せる壮絶な表情芝居は、まさに「本物」の凄みとフリーキーな異様さに満ちていて圧巻。10年間も役者業から離れていたとは到底思えない、エモーショナルな演技を炸裂させている。

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 ついつい本作について語りだすとジミー・ウォングとベティ・ウェイの話題に偏ってしまうが(それくらい“格の違い”というものを見せつけてくれる)、他のキャスト陣の演技も十分に素晴らしい。特に、金城武の名演は特筆ものだ。論理的でありつつ歪んだ心の持ち主であるスー・パイジュという複雑なキャラクターを、真剣さとおかしさの混じり合う微妙なさじ加減で魅力的に演じ、作品の牽引役としての役割をしっかり果たしている。彼の台詞回しが面白い作品でもあるので、まずはオリジナルの北京語版で観るのがベターだろう。

 ドニー・イェンは『イップ・マン 序章』(2008)で掴んだ一見優しくて寡黙なキャラクターという得意の役柄をさらりと好演。アクション監督としてもノリにノッている感じで、広場でのダイナミックな戦闘から、狭い家屋内での趣向に富んだ動作設計まで、タイトル負けしない見応えあるアクションシーンの数々を構築している(我らが谷垣健治さんも凶悪犯コンビの片割れ役で大活躍!)。ジンシーの妻アユウを演じるタン・ウェイの清楚な美しさも見どころ。彼女を眺めているだけでも入場料の元は取れる。

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 溜め息が出るほど美しい山村の情景を捉えたジェイク・ポロック&ラウ・イウファイの撮影、緻密なリアリティと趣深さを兼ね備えたイー・チュンマンの美術、時代劇らしさにとらわれないロック調の音楽(『孫文の義士団』で組んだピーター・カム&チャン・ クォンウィン)も、鮮烈な印象を残す。ただし、部分的にチャカチャカした編集のめまぐるしさは、好悪の分かれるところだろう。ぼくは香港盤Blu-rayで観たのだが、収録されていたメイキング映像などを観ると、どうやら撮影したのにカットされたシーンも少なくないようだ(ジンシーと妻のなれそめを描く場面など)。まだ日本公開もされてないのに気が早いと思うが、もし全長版が作られるなら凄く観てみたい。

(追記:2012年4月に『捜査官X』のタイトルで劇場公開。同年11月にBlu-ray・DVDリリース)

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