Simply Dead

映画の感想文。

『30 Door Key』(1991)

『30 Door Key』(1991)

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 もうすぐ最新作『エッセンシャル・キリング』(2010)が日本公開されるポーランド出身の鬼才イエジー・スコリモフスキ監督が、同国の異端作家ヴィトルト・ゴンブローヴィチの小説『フェルディドゥルケ(Ferdydurke)』を映像化した作品。1930年代の東欧を舞台に、30歳の青年作家が学生に逆戻りさせられ、社会の様々なステージで若さと未熟さをもってカオスに巻き込まれていく姿をコミカルに描く。スターリン主義を批判した『手を挙げろ!』(1967)が問題となって故国を捨てる羽目になったスコリモフスキが、久々にポーランドに戻って本格的な映画撮影を行った作品であり(ただし1981年には『手を挙げろ!』の追加部分の一部をポーランドで撮影している)、彼が17年間にわたる休業状態に入るきっかけともなった曰くつきの作品でもある。ちなみにポーランド語タイトルの“フェルディドゥルケ”とは意味をなさないデタラメな造語らしく、スコリモフスキはそれを何度も口にするうち“Thirty-Door-Key”という言葉に聞こえてきたので、映画のタイトルにしたのだそうだ。

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〈おはなし〉
 30歳を迎えたジョーイ(イェーン・グレン)は、初めて小説を出版したばかりの新進作家。ある日、彼は自宅を訪ねてきたピンコウ先生(ロバート・スティーヴンス)の強引な命令で、18歳の学生として学園生活をやり直す羽目になる。ジョーイは学校でミェントゥス(クリスピン・グローヴァー)というエキセントリックな青年に気に入られ、交流をもつ。

 ピンコウ先生はジョーイの下宿先として、進歩的なヤング家を紹介する。そこには美しく挑発的な女学生ズー(ジュディット・ゴドレーシュ)がおり、ジョーイは彼女の魅力にノックアウト寸前。問題を起こさないため、ジョーイは自ら滑稽なピエロを装い、ズーとの距離を保とうとする。そして、ズーが秘かにボーイフレンドを寝室に招き入れたところに、ズーの両親やピンコウ先生まで巻き込んだいたずらを仕掛け、ヤング家が実は保守的な一家であることを暴露してみせる。

 ジョーイはミェントゥスを伴い、地方貴族の叔父一家が暮らす屋敷に身を寄せる。そこで彼は、かつて想いを寄せていた従姉妹ソフィ(ファビエンヌ・バーブ)と再会し、再び急接近。しかし、彼女にはドイツ人将校の許嫁がいた。一方、農村での簡素な生活に憧れているミェントゥスは、屋敷の小間使として働く小作人のトムと親しくなる。階級や身分の垣根を越えた彼らの付き合いは、やがて小作人たちの一斉蜂起を招くことに……。

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 かつてキャメロン・クロウは『初体験/リッジモント・ハイ』(1982)の原案となったルポルタージュを書くために、20代で高校生になりすまして学校の潜入取材を行った。この物語の主人公ジョーイは、30歳になって作家としてようやく社会に認められかけたところで、強制的に学生に逆戻りさせられてしまう。強引かつ不条理な展開には呆気にとられるが、それを黙認する周囲の反応もまた倒錯している(ジョーイ役のイェーン・グレンは確かに老けた学生に見えないこともないし、周囲の学生たちにしても「おまえは10代じゃないだろ!」という顔立ちの役者が意図的にキャスティングされているフシがある)。

 ジョーイは半ばヤケクソ気味に未熟な学生を演じながら、やがて彼に元々内在していた未熟さを露呈していく。つまり、年齢や社会的地位によって「大人」になったと思い込んでいた者が、その肩書きを剥奪され、ナイーヴな青春時代をやり直すなかで立ち現われてくるのは、己の「未完成」ぶりなのだ。そこで彼が目の当たりにするのは、教師や親、地主や小作人といった社会的立場=役割に寄りかかっている大人たちのデタラメで曖昧な生きざまでもある。最終的には、主人公はヒロインから「少し大人になったみたい」と言われる。いわば、ひとりの若者が真の成長を遂げるための通過儀礼のシミュレーションドラマであるともいえよう(とはいえ本作のラストで、主人公が本当に成長したのかどうかは極めて曖昧なままだが)。若さ、幼さ、純真さゆえに社会生活や人間関係において折り合いがつけられない人物というのは、スコリモフスキが好んで主人公として描いてきたキャラクターだ。『早春』(1971)しかり、『King, Queen, Knave』(1972)しかり、『アンナと過ごした4日間』(2008)しかり。

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 一方で、主人公は“ホンモノの若者”であるミェントゥスとともに、未熟さならではの反骨精神と突飛な暴挙をもって、社会の各階層に揺さぶりをかける。なんとなくロバート・アルトマン監督の『突撃! O・Cとスティッグス/お笑い黙示録』(1985)も思い出させるが、破壊の対象はより広範だ。この映画は「学校」「進歩的な中流家庭」「地主貴族の屋敷」という全3幕に分けられ、それぞれに破壊的展開が待ち受ける。

 規律に縛られた学校内では、学生たちによるアナーキーな狂騒が常にそこかしこで繰り広げられている(それこそが学生の本分であると言うかのように)。ミェントゥスは体育館で同級生の美青年フィズに勝負を挑み、どちらの表情=演技が心揺さぶるかという、いわば高度な睨めっこ対決を行う。己の純真さと清冽な魂を売りにしているフィズは、聖なる殉教者のごときイノセントな表情で天を仰ぎ、しまいにはどこからか差し込んできた神々しい光に包まれる。それに対してミェントゥスは禍々しさに満ちた絶叫と苦悶の表情で対抗する。怪優クリスピン・グローヴァーの面目躍如たる壮絶な芝居が圧巻だ(たんつぼの中身を飲み干すくだりは本当におぞましい)。互いに一歩も引かない勝負の末、自分の負けを察したミェントゥスは暴力でフィズを組み伏せ、ラテン語(?)で卑猥な言葉をまくしたててフィズを発狂寸前に追い込む。純真さや健全さは容赦なく破壊されるのだ。

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 中盤のヤング家のくだりは『アニマル・ハウス』(1978)的な青春艶笑コメディに近しいタッチで、進歩的な態度を気取りながらも実はコンサバな一家の虚飾が剥がされる。一人娘の恋愛に対しても寛容さを示す両親が、ガスマスクを着用してセックスしているという狂ったユーモアが凄い。そして、ノーブラの白いシャツで主人公を挑発する女学生ジュディット・ゴドレーシュのいたずらな魅力といったら……。ヌードシーンもあるが、白い生地の向こうにうっすら浮かぶ乳暈の誘引力には負ける。生意気さのにじむ気丈な眉とコケティッシュな微笑、ソファからぶっきらぼうに投げ出された脚の撮り方も素晴らしい。スコリモフスキ恐るべし。

 最終ステージとなる地方貴族の屋敷では、はっきりと階級闘争のドラマが展開する。農民へのシンパシーに溢れたミェントゥスと小作人トムの紡ぐ友情はいささか唐突ではあるが、支配者・被支配者の関係に亀裂を入れるプロセスとしては周到かつ秀逸である。この第3幕でもっとも面白い場面は、ジョーイと叔父一家がテニス観戦に行くシークェンスだ。なぜか近場で貴族同士の決闘が行われており、その流れ弾が観客席にいた老将軍に当たり、会場がパニックと化す。大変愉快なアナーキズムに溢れたシーンであり、巨大なテントに覆われたテニスコートと森の中の決闘という全く異なる情景が、一発の弾丸によってシュールに結ばれる映画的飛躍も魅力的だ。

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 スコリモフスキ作品の特徴的モチーフとして「予知夢」がある。本作もまた、主人公ジョーイが恩師ピンコウ先生の夢を見て目覚めるところから物語が始まり、そこへ本当にピンコウ先生がやってきて……という流れで、突飛なストーリーが展開していく。つまり、ここから先の物語は現実ではなく「夢のまた夢」ではないか、というニュアンスも漂うのだ。また、彼がそこで見た夢は、第3幕に現実の景観として現れ、一種の「予知夢」であったことが示される。この両場面に登場する「馬に乗って森を走ってくるガスマスクを被った白装束の一団」という非現実的かつ不気味なイメージは、ナチス台頭を示唆しているようでもあり、死神の群れのようでもある(スコリモフスキ曰く、本作にはポーランド史に関する符牒が随所に散りばめられており、それはポーランド人にしか分からないレベルで周到に暗号化されているそうだ)。さらに、オープニングタイトルを飾る映像は、映画のラストで小舟に乗って川を流されていく主人公の主観を「予知」したものとも思える。

 このように見どころの多い作品ではあるが、残念ながら掛け値なしの傑作とは言い難い。必要以上に喜劇色を強調しすぎているきらいがあり、やや空回りしている感は否めない。イェーン・グレンも、クリスピン・グローヴァーも頑張ってはいるのだが、コミカルな顔の芝居に頼りすぎという感もある。また、スコリモフスキ作品特有の「運動性」の面でも、少し冴えないところがある。冒頭の校庭のシーンなどは、大勢の学生たちをめいっぱい動かして画面に躍動的な運動を与えようとしているのだが、動きの設計にやや甘さが感じられるのだ。おそらく、現場が監督の要求に全て応えきれる状況ではなかったのだろう。

▼校長先生役で出演しているイエジー・スコリモフスキ(右)
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 スコリモフスキ自身、本作の出来には満足しておらず、その忸怩たる思いは17年間の監督休業という事態を招くことになった。彼はこの映画を撮る前、19世紀ウィーンを舞台にしたスリラー映画の企画を動かしていたが、スコリモフスキ自身の判断で白紙に戻すことになり、代わりの企画をと言われてとっさに出てきたタイトルが、若い頃に読んでいたゴンブローヴィチの小説『フェルディドゥルケ』だった。しかし、スコリモフスキはゴンブローヴィチ文学の持ち味を映像にうまく置換できなかったという。加えて、本作は海外セールスを意識して全編英語で製作されたものの、とうとう英米では売れなかった。それも監督本人の低すぎる自作評価に繋がっているのではないか、と「紀伊國屋映画叢書1 イエジー・スコリモフスキ」には書いてある。確かに、同国人にしか分からないような細部を詰め込んだドメスティックな小説の言葉を、商業的要請から英語に置き換えて、それがまったくの無駄骨だったとしたら落胆するほかないだろう。

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DVD『Ferdydurke(30 Door Key)』(PAL・リージョン2)

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本「フェルディドゥルケ」 ヴィトルド・ゴンブローヴィチ(平凡社ライブラリー)
本「紀伊國屋映画叢書1 イエジー・スコリモフスキ」
本「エッセンス・オブ・スコリモフスキ」

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お知らせなど(映画秘宝「初夏のドニー・イェンまつり」、TRASH-UP!! vol.9 etc.)

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 明日5/21発売の「映画秘宝 2011年7月号」で、3本ほど原稿を書かせていただきました。まずは『導火線 FLASH POINT』『イップ・マン 序章』『イップ・マン 葉問』の連続DVDリリースと、主演作『処刑剣 14 BLADES』 の劇場公開に絡めた特集「初夏のドニー・イェンまつり」。ぼくは「ドニー・イェン正伝/“宇宙最強”のドラゴンが誕生するまでの軌跡」という長めのテキストを担当しました。『導火線』から『イップ・マン』2部作、カンヌで話題を呼んだ最新作『武侠』に至るまで、我らがドニー先生がいかにして中華圏を代表するスターになったかを解説しております。

 そして「DEVILPRESS」コーナーでは、注目の新鋭・内藤瑛亮監督の問題作『先生を流産させる会』の最速レビューを書かせていただいております。スキャンダラスな題材に真正面から切り込んだ社会派エンタテインメントでありつつ、ホラー映画としてもガールズムービーとしても高い完成度を誇る傑作。ぜひとも早急に劇場公開を!

 もうひとつは、5/28から新宿K's cinemaで開催される「真!韓国映画祭2011」の告知記事です。バングラデシュからやってきた出稼ぎ青年と韓国の女子高生の交流を描いた『ソウルのバングラデシュ人』(一昨年のコリアンシネマウィークでは『バンドゥビ』という原題で上映)のほか、TRASH-UP!!でも紹介されたパク・チャノク監督の問題作『坡州 パジュ』、朝鮮戦争時に実際に起きた米軍による韓国人虐殺事件の映画化『小さな池─1950年・ノグンリ虐殺事件─』など、注目のタイトルが揃ったイベントです。

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 おなじみトラッシュカルチャーマガジン「TRASH-UP!! vol.9」も、震災による紙不足などを乗り越え、6月に刊行予定。ぼくは今回、前号の特集に引き続きクロード・シャブロル監督の追悼記事として「クロード・シャブロルの共犯者たち【女優編】」という長文をメインに書かせてもらっています。特に、ステファーヌ・オードラン、イザベル・ユペール、マリー・トランティニャン、ベルナデット・ラフォンについては、文字数多めに書きました。

 そのほか、新作DVD紹介コーナーで、赤狩りと闘った不屈の映画人エイブラハム・ポロンスキーの初期作『ボディ・アンド・ソウル』『悪の力』と、マイケル・ケイン主演の社会派バイオレンス・スリラーの秀作『狼たちの処刑台』、キリアン・マーフィーが二重人格者を演じた異色の心理ドラマ『サイコ リバース』のレビューを書きました。地震や放射能にもめげず中身の濃さは一切変わっていないと思いますので、皆様よろしくお願いいたします!

 あと、こういう雑誌でも、ちょびちょび書いております。『カラフル』『REDLINE』『四畳半神話大系』のレビューや、いくつかのインタビューまとめなどをやりました。ご興味ある方はどうぞ。

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